25・薄まらぬ劇毒
「では、早速ですがこれを」
ボクは懐にしまっていた毒入りの小瓶を取り出す
静かな礼拝堂内でアンジュの息を飲む音がよく響く
「ええ、分かってーー」
「帰れ! 悪党め!! 姉さんもわざわざ、こんな奴の言う事を聞かなくても良いじゃないか!!」
近付いて小瓶に手を伸ばそうとしたアンジュとボクの間に、今まで無言だった少年が割って入る
震えるその手には、みすぼらしい外見に似合わない、繊細な装飾の施された美しい短剣を握って
「ホーヴィ!? 何を!?」
「へぇ。君は彼女とボクに神への誓いを破れと?」
「神への誓いだって? お前達盗賊がここへ来なければ、元々こんな事にはならなかったのに何を言ってるんだ!!」
ボクらへの怒りからか、それとも人に武器を突きつけた恐怖からか、未だに震えながらも剣先を向けたまま睨み付けてくる視線
勇ましく健気で、馬鹿げた滑稽な姿の眩しさたるや
実に残念だ、後10年経っていれば君はきっと素晴らしい【正義】になれただろうに
「来なければ、ね。残念だけどそれは無理な話だ、ボクらが来てしまった真実はすでに変えられない」
1歩、ゆっくりと前に進む
ホーヴィがさらに力を込めて短剣を握りしめる
「後、優しい先輩からの忠告だ。武器を敵へ不用意に向けるぐらいなら、最初から問答無用で襲うべきだった、ねっ!」
最後の一言と共に片手に抱えていた本をホーヴィの顔面に向かって投げ付ける
条件反射で握った短剣ごと両手を上げて顔を守ろうと構えた彼の腕を、杖の先でそのまま更に上に払い上げれば耐えきれずに放した短剣が宙を舞う
そこから姿勢を低くして、滑り込ませた杖の柄で両膝を後ろから思いっきり叩いてやれば崩れ落ちる
飛ばされた短剣がボク達から離れた礼拝堂の奥で虚しい音をたてて落ちた
「砂よ、捕らえろ」
倒れこんだホーヴィの両足を動かないように固定する
そんな状態にされてまでも諦めようとしない彼が、上半身だけを起こしてこちらに敵意を持った視線をよこす
諦めない彼に向かって、もう一度杖を構えれば
「もう止めてっ!!」
すぐ背後から切ない悲鳴が上がる
後ろに振り返れば、ボクのローブの端を掴み、必死に叫ぶアンジュの姿
「飲むから! ワタシが毒をちゃんと飲むから!! もうホーヴィを傷つけないでっ!!」
「……はぁ、そうですね。それが本来の約束ですから今回はこれで引きましょう。でも、次はありませんよ?」
「もちろん、分かっているわ」
「アンジュ姉さんっ!!」
「ホーヴィ。大丈夫よ、だから姉さんを信じて」
倒れ付したままのホーヴィを安心させようと彼女が後ろに向かい微笑む
「彼の拘束は、貴女が毒を飲んだら外しましょう」
「構わないわ」
「良い返事で助かります。まずは貴女が毒をきちんと飲んだのを確認したら、それからボクがここを出たら彼を解放しましょう」
「ここで待たないの?」
「外で待っています。朝になったらもう一度この中へ戻って来ますから」
毒の入った小瓶をアンジュへ手渡す
受け取った彼女は、小瓶をギュッと握りしめて目を離さない
「もし、貴女とまた会えたなら、その時はどんな症状が出たのかを詳しく教えてください」
「そうね、その時は貴方がうんざりするほど詳しく話してあげるわ」
「毒だと言ったのに、かなり自信があるようで」
「身体は昔から丈夫な方なのよ。それにこれでもワタシは修道女見習いなの、甘くみないで欲しいわね」
「そうですか。なら明日の朝を楽しみに待っているとしましょう」
キュっと軽い音がして小瓶の蓋が開かれる
後ろから未だに訴える声が聞こえてくるが、アンジュはそれに答えるように微笑んだままで一気に飲みほす
「……コレ、腐ってるじゃない?」
「あぁ、材料のせいで生臭いですけど腐ってる訳じゃないので安心してください。まぁ、毒の時点で安心も何もないですけど」
小瓶の中身を飲みほした彼女は、苦虫を噛み潰した様な不快感がひしひしと感じる表情で呟いた
毒を飲んだ事を見届けたならここに用はない
投げたせいで足元に散らばった本を集めて、入ってきた礼拝堂の出入口に足を進める
「それでは、また朝に」
2人にそう声をかけて、忘れないうちにホーヴィの魔法も解いてから教会を後にする
外へ出ると辺りは来たときよりも暗く、真上から降り注ぐ月明かりで何とか周囲を見渡せる程度
灯火の魔法で明かりを確保して、教会を中心に5m程離れた位置にガリガリと杖の石突で円を書く
最初と最後を繋いだら、大きく深呼吸して自身の気を落ち着かせてから、強くイメージを固めて言葉を紡ぐ
「砂よ、水よ、混ぜて、溶けて、底なしの沼へ」
杖の先端を線の上に重ねて唱えれば、ガラスが割れる音が1つ響いて淡い光が線へ溶け出していく
線に沿ってぐるりと一周光が繋がると、パッと瞬いて光が地面に消えたらその場からすぐに離れる
暗いので良く見なければ分からないが、書いた線を軸に幅2mぐらい地面の色が違う場所が出来上がっている
「あ、そうそう。うるさいのは近所迷惑になりますからね。空間、静寂せよ」
教会の扉を軽く杖で叩いてから空に向かって杖を掲げれば、音もなく花火のように光が上がりパッと弾けて無くなった
「ここまで大規模に使うと魔力の減りが早いですね、これはかなり疲れます。魔石に魔力を貯蓄しといて正解でしたよ」
礼拝堂の出入口にあたる石の階段に座り、灯り代わりの杖を壁に立て掛けて持ってきた本を読み始める
魔法をかけたおかげで辺りは全くの無音
ボクが本を捲る音だけが一定の間隔で耳に入るだけ
どれぐらいの時間がたっただろうか
持ってきていた本の2冊目を読み始めた頃に、耳障りで騒がしい叫び声が辺りに響いた




