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わたしは信じます

俺は立花大和 まあそこそこの高校二年生である。

そこそこって何と聞かれても、まぁ平凡ですとしか答えられない俺だがひとつだけ他人に自慢できるものがあった。

昨日の日曜日はネットカフェでリアルワールド社のVR格闘ゲームファイヤーフィター、通称VRFFの世界大会に参加して、見事8代目チャンピオンになった。


時差のある世界大会で連戦していたので眠い。

校門の中に入ったとたん、同級生の一人がだーっと駆け寄ってきて俺の手を両手で握り締めた。

「大和君、悪いことはしてないよね」

「もちろんしてない」

何が起こってるんだ。

彼女は源陽菜みなもとはるな、俺はこの学年一の美人とほとんど口を利いたことがない。

「ほんとだよね、私の目を見て言える?」

「もちろん」

顔がものすごく近い、どきどきが通り越し固まってしまう。

「うん、信じる」

そのままいい香りを残して走り去って行った。

何だ?あれ。

その意味が分かったのは、2時限目が終わったときだった。


校内放送で呼び出された生徒指導室には人相の悪い二人の中年男がいた。

「警察のものです。リアルワールド社から告発状が届いています。VRマシンの不正改造で署まで同行おねがいします」

何のことか分からない俺はせかせるままパトカーに乗せられて警察署に連れて行かれた。

俺は母親と二人暮らしだが、今は海外出張で帰って来れない。

無料の弁護士は後で紹介してくれるみたいだ。

「何のことか分かりません。不正改造機なんか持っていません」

俺はそういうしかない。

そもそもVRマシンなんて高価な機械を俺が持っているわけが無い。

VRマシンは健康に悪影響を与えるどころか、脳に快楽物質を作らせて麻薬的な使い方で中毒症状を起こしたりすることもあるので、改造はVR法によって禁じられている。

「決勝トーナメントの一回戦突破者の全員が不正改造つまりチートを使用していました。君が勝てるはずがないんです」

「と、言われても俺は何もしていません。公認カフェのドリームドリームでマシンを使っただけです。改造する金も技術も有りません」

「だけどねぇ、運営会社はありえないといってきてるんだよ」

「運営からならどこから接続したか記録があるはずです。ネカフェにもあるはずです」

と、平行線をたどっていたのだが、お昼前になって連絡が入った。

「何?公式マシンしか使っていないだって?ありえんだろう、良く探せ」

俺はけっっと思ったが、バンと机を叩いて要求した。

「運営の技術者を連れてきてください。そちらのマシンでそちらのキャラでやりますから、それで証明します」


この警察署にもなぜかVRマシンが何台かあった。

何に使うのかは分からないが。

とにかく大勢の技術者が見守る中、俺はVRマシンにいつものように入った。

ヘッドギアを着け、柔らかいエアマットに包まれて眠りに落ちる。


俺がVRFFでいつも使っているキャラではなく最初に操作練習をするためのLV1チュートリアルキャラクターが立ち上がる。

このキャラクターにはスキルがひとつあるだけだ。

軽く手足を動かしてみる。

いつもと違うが何とかいける。

AIが動かすNPCを一方的に蹂躙した。

後から出てきた明らかに上級プレイヤーだと思われるキャラも撃破した。

パンチに炎を纏わせたり、高速で3発出したりしても軌道を見切ってかわせばダメージは受けない。

相手の装甲が固くても、同じ場所に攻撃を当ててやればダメージは蓄積する。

相手の強弱は、ただ処理時間がどれだけかかるかの差でしかなかった。

見覚えのある関東のどこかのチャンプを倒したところでゲームは終わった。


「信じられませんが、不正はありませんでした」

「最初からそう言ってるでしょう。優勝は認めてもらえるんですよね」

「はい」

「賞品ももらえるんですよね」

「もちろん」

「それで疑われて授業もあるのにここまで連れて来られた責任もとってもらえるんですよね」

「それについては協議させていただきます」

「じゃぁ帰らせてもらいます」

「ちょっと待ってください、どうしたらこんな結果が出るのか教えてもらえませんか」

「それは反射神経が人より良いとしか言えません」

「そうですか」


実は原因ははっきりしている。

中二の時、木から落ちたんだ。

死んで神様からチートをもらったのではない。

VRマシンで勝てる技術をもらってどうするんだよ。


その木の枝は高さが2階の屋根ぐらいだったかな。

隣の佐倉さんが指差す木の枝で、登った子猫が降りられなくなっていた。

俺は男としてがんばって登って、猫と一緒に落ちた。

おちるのにかかった時間は一秒あるのか、とにかく一瞬の間だった。

その一瞬がとにかく長く感じた。

死の直前に、一生の出来事を思い出す、ではなくものすごく高速で頭が動いた。

猫が地面を見て体をひねり足を地面に向けるのがはっきり見えた。

俺も同じようにして体をひねり、曲げた手足を同時に地面につけて衝撃を吸収していく。

驚いたことに太ってなくてよかったとか余計なことを考える余裕さえあった。

手が衝撃をもう吸収できなくなってきて俺は力を込めて前転した。

ごろんと転がって止まる。

転がったときに背中を打って暫く息ができなかったが見上げた空に雲が動いていて生きてることを実感した。

駆け寄ってきた佐倉さんが俺の横でワーワー泣いてた。

本当に死ぬかと思った。

猫はどこかへ行ってしまってた。

どの道佐倉さんは猫が触れない。

アトピーがひどいんだ。

今も包帯とかで顔もほとんど見えない。

でもとても優しい子なのは俺が良く知っている。


「祥子どこにいるの、外へ出たらだめじゃない」

彼女のお母さんが探す声がした。

「早く帰れよ。あったかくって気持ちいいからさ、もう少し転がっているよ」

本当は体がまだ痺れてじんじんしていた。


 しかしその時からなんだ、ピンチになったら思考が急加速するようになったのは。

敵が剣を振り上げたとき、俺は余裕を持ってそれをかわし拳を叩き込むことが出来た。


 分析に時間がかかるとかで待たされる間、そんな昔のことを思い出していた。

「お待たせしました、学校まで送らせてもらいます」

謝罪はないんかい、と思いつつも口には出せず、帰りついた学校では連絡を受けた校長達が待っていた。

当然事情の説明はおまわりさんにしてもらって、俺は黙って聞いていた。


 校長室のドアを開けると源さんたち女の子が並んでいてなんかホームランを打った後の出迎えみたいな手つきをしていたのでハイタッチをしたら非常に喜ばれた。

分けがわからん。

いや、俺ってゲームの中だけど世界チャンプだったんだ。

忘れてた。


 その翌日、運営会社から届いたメールを見て驚いた。

要約すると、VRFFの引退勧告。

俺に勝てるプレイヤーがいないからだ。

ゲームバランスを壊さないために引退して欲しい、そういうことだ。

その代わり、新作のVRMMOのリアルファンタジー、通称VRRFの無期限無料アカウントとVRマシン1台、課金に使えるゲーム通貨で百万円分がもらえるということだ。

どの道VRマシンは研究用のモニターかなんかついてるだろうし、ゲーム内通貨なんて運営会社にとってはただみたいなものだ。

どの道ゲームだし、俺はそれで良いと返事を送った。

そしてそれが届いたのは、正式サービスが開始して他のプレイヤーのレベルがかなり上がった3ヵ月後のことだった。



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