2・繰り返す生きる道
「はっ?」
「ここは?」
気がついたら、私達は、芝生の上にいた。
辺りを見回す。そこは広場になっていて、多くの人が一点を見つめていた。歓声も聞こえる。
「行けええええっ!」
「させーっ!」
「まくれえええええ!」
人々は、小さな紙を手に、叫んでいた。その先にいたのは。
「馬だわ」
「馬だな」
馬が十数頭集団で走っている。かなりの速度だ。馬は人を乗せて走っていた。
「なんという手綱さばき」
「見て。あんなに早いのに、ちゃんと集団で走ってる!」
馬達は、大きな看板のある所まで走ると、ゆっくり走るのをやめた。歓声はその時が1番大きかった。
「あれはいったい…」
「あんちゃんたち、何してんの?」
近くにいた高齢の男性が声をかけてきた。
「あんたら、それ、コスプレ?随分おしゃれだなあ。昔の競馬場って貴族様が来たって言うもんな」
「競馬?」
「なんだ、知らんのか?どの馬が1番早く走るのかを賭けるやつだぞ?」
「賭け事ですの?」
高齢の男性は、親切に競馬なるものを、教えてくださった。
それをお聞きして、我々の心は一つになった。
「「女神さま、何考えてんの?」」
馬券買えってか?
「まさか、あの速度の馬に飛び乗る練習をさせようとして?」
「いや、恐らく自分が見たかったからでは?」
「どちらにしろ、ここで何かを学んでから、馬を救えとおっしゃりたいのでは?」
何を学べというのか?
とりあえず、親切な高齢男性から、こちらの通貨を私のハンカチと交換してもらった。馬券の買い方を習う。パドックに連れて行ってもらった。
「ここで、どの馬の馬券を買うのか決めるんだ」
次のレースに出る馬達が、パドックと呼ばれた小さな楕円の広場をゆっくり歩き回っていた。
「このくらいなら、飛び乗れそうだな」
「あの速度と比べたら可愛いものね」
馬達がある程度まわると、係員らしき人物が大きな声をあげた。
「とまーれー!」
すると、馬を引いていた人が馬を止めたのだ。
「止まったわ」
「すごい、簡単に止まっている」
馬が止まっただけで胸が熱くなって、思わず2人で泣いた。
隣の人が、引いていた。
その後、騎手という人が、他の人の手を借りて、軽やかに馬に飛び乗った。
「なんて羨ましい」
「私もあんな風に飛び乗れたら」
そうか、あれが完成形なのね。
「やりましょう。私達も」
「そうだな…だが」
そう、多分無理。出来ない。あれは大人しく止まっている馬だからこそ乗れるというもの。
「どうすればいいの?」
考えは浮かばない。とりあえず、元いた芝生の広い場所に戻ることにした。
「あら、馬がこちら側にいるわ」
先程私達が現れた場所の柵の向こうには、大きな門のようなものが設置され、その近くを十数頭の馬がクルクル回っていた。
「これは何かしら?」
「これは出走ゲートだよ。ここに一頭ずつ入って、一斉に走り出すんだ」
「そうですの」
また親切な高齢男性が教えてくれた。後少しでレースが始まるのだと。
しばらくすると音楽が流れて会場の人々が拍手をしている。その後、馬がゲートに誘導されて個々の場所に入っていった。
すると、あと2頭ほどというところで、一頭の馬がゲートに入るのを拒んだ。
「あんな狭いところは嫌よねえ」
「そうだな」
その馬をなんとなく見ていた。栗毛の馬体。黒いたてがみ。お腹に白くて丸いブチがある、その姿に私達は目が釘付けになった。
「「ああっ!」」
ここで大きい声を出してはいけないと教わっていたので、両手で口を押さえて2人で叫んだ。
「あれ、殺人馬だ」
「そうよね、あの子よね。ま、まさか」
『そう、あれはあの子の前世の姿なの』
いつのまにか女神様が、私達のすぐ側に立っていた。
「女神様?」
『しっ、黙って。馬の神にバレるわ』
「確か出禁では」
『いいのよ。今はあの子を守るのが大事なんだから。あの子が私の推し馬の前世の姿なのよ』
そして、いかにこの馬が可愛いのか、ぶつぶつ語りはじめた。
だが、その間も馬はゲートに入るのを拒み続けている。やがて係員が布の袋を取り出し、馬の顔に被せてしまった。
「あれはどういうこと?」
『視野を隠すことによって落ち着くのよ』
そうして係員に誘導され、あっという間にゲートに入って、競馬はスタートした。
「そうか、馬の顔に布をかけてしまえば…」
「多分大人しく…」
『やることは決まったようね』
*****
再び私達は、暗い空間に立っていた。女神様の後光が、私達の顔を照らしている。目の前の彼の顔に、迷いはなかった。
そう、私達がやることは、決まった。
「やりましょう」
「そうだな。馬を救おう。そして、家に帰ろう」
彼が手を差し出した。私も両手を出して彼と手を繋ぐ。
「僕は君を信じている。君は勇敢な女性だ。こんなに辛いことから逃げず挫けず、頑張る君を素晴らしいと思う」
「あなただってそう。私を庇ってくれた。助けてくれた。そんなあなたと一緒に助かって、元の世界で会いたいの」
「無事に戻ったら、一緒にお茶に行かない?」
「パーティも行きましょう」
「舞台は?」
「しばらくはやめておこうかしら。ピクニックはどう?」
「いいね、一緒に行こう」
「ずっと一緒よ」
彼が私の手を引っ張った。そのまま彼に身を委ねる。その温もりがとても心地よかった。
「少し打ち合わせをさせてくれる?」
『オッケー。作戦会議ね』
話し合いの後、2人頷くと、場所は元の劇場のホールに戻っていた。
**
私は靴を投げ捨てながら、近くのテーブルのクロスを引き抜いた。花瓶が割れたが気にしない。次に隣の甲冑から槍を抜く。
彼は椅子を3つ引き寄せ、馬が飛び込んで来る地点の横に設置し、飛び乗った。私もそこへあがる。
彼が両手で私を頭上に持ち上げる。私は彼の肩に足を乗せた。
「「さあ、来いやぁ〜!!」」
周りが引いていた。
そこへ、ドンという音と共に馬が駆け込んできた。
「届けぇー!!」
私は腕をギリギリまで伸ばして、槍の上にかけておいたテーブルクロスを馬の顔目掛けて振り落とした。だが、布は、床に落ちていった。
15秒。
**
次も、また次も。何度もそれを繰り返す。
時には彼の肩に登る前に落ちて、終わったこともあった。
時には、彼がバランスを崩して、2人で馬の前に倒れたことも。
失敗しても、彼は私を責めなかった。私も同じだ。
「よし、次だ!」
「はい!」
大丈夫。私はやれる。彼が支えてくれる。何度も死線を潜り抜けた、絶対の信頼があった。
そうしてようやく、テーブルクロスが馬の顔にかかり、馬の視野が隠れた瞬間、2人で叫ぶ。
「「とまーれー!!!」」
槍で手綱を引っ掛けて、こちらに引き寄せて、2人で手綱を引っ張った。
そして、馬の前世の名前を呼んだ。
「「止まれっ!アメフッテサンバ!」」
アメフッテサンバと呼ばれた馬は大きく嘶くと、前足を高くあげて、ようやく止まった。だが、私達は、アメフッテサンバに引っ張られ、椅子から転倒した。
「いたた…」
「あいつ、思いっきり引っ張りやがって…あれ?」
「え……もしかして、死んでない?」
「そうだ、死んでない!」
2人で顔を見合わせた。互いに両手を大きく広げて抱きしめ合った。
「「死んでない!!」」
そうして私達は劇場の係員に声をかけられるまで、大声で笑って、そして泣いた。
「いたた、馬め、暴走するとは許さん」
私達がようやく立ち上がって、馬の方へと歩き出した途端、馬車から誰かが降りてきた。振り向くと、そこにいたのは、私の婚約者だった。
「そういえば、この馬車の家紋はあいつの家のものだわ」
「何、知り合い?」
「一応婚約者なのよね」
「でも、他の女と降りてきてるけど?」
「そうなのよ。政略結婚の予定なんだけど、その前に女作りまくってる、ド最低野郎なのよ」
「こんなのやめとけ」
婚約者は女と降りてきたが、頭でも打ったのか、ヨロヨロとした足取りだった。おまけに服は半分はだけていて、女もドレスがいろんな意味で乱れていた。
「…もしかしてさ、馬車でイチャイチャしてた?」
「最低ね」
そこへ、初老の男性が走って劇場に入ってきた。
「あれは確か、御者だわ」
「坊ちゃん、大丈夫ですか?」
「お前、馬車を暴走させやがって。お前なんかクビだーっ!」
「はあ?馬車の中で婚約者以外の女性とイチャイチャしてたのは、あんたでしょ?」
「それを、御者席側の小窓から覗いていたのは、お前だろー!」
「それを見て怒鳴るから、驚いたわしがひっくり返って、馬が暴走したんじゃないすかー!」
「許すまじ」
「あいつらのせいかよ」
私はとびきりの笑顔を作って、近くにいた劇場関係者と警備員の元へと向かった。馬車の持ち主がいますよ。コイツらのせいですよと。
礼儀作法の先生、この笑顔なら、合格くださるかしら。
「何のことだ?私が馬車を?」
「離してえ〜」
婚約者と女と御者は、事情聴取ということで連行されていった。
「終わったわね。帰りましょうか。あ」
そういえば、帰りの馬車がなかったわ。
「君は迎えの馬車が来ているの?」
「いいえ、暴走しちゃったから、ないわ」
「そうだったね」
2人で顔を合わせて笑う。
ちょうどその時、私達の前を、アメフッテサンバが通りかかった。馬車は外され、手綱を引っ張られている。
「怪我はなかったかしら」
「あの様子だと大丈夫そうだな」
『もう落ち着いたようね』
また声が頭の中で響いた。横を見ると、私の隣にあの女神様が立っていた。光り輝く女性が立っているのに、他の人は誰も見ていなかった。どうやら私達にしか見えないらしい。
『この子を助けてくれて、ありがとう』
「みんな無事でよかったですわ」
「本当に」
3人でうんうん頷く。
『本当に、無事でよかった。このまま馬に飛び乗ろうとする姿が、ずっと続くのかと思った』
『ごめんね、時の神。あなたのおかげで馬が助かったわ』
『少しはこの人間達に感謝の意を示してやれば?』
もう1人、今度は彼の隣に別の女性が現れた。水色の長い髪に濃厚な青い切長の瞳。背は高く、中性的な美しさを持つこの方は、時の神と呼ばれていた。
彼女は私達を見ると、
『わがままな”偏愛の神”に使われて、災難であったな。こやつは馬の神に頼めないからと私に泣きついてきてな。すまなかったが、そなた達を巻き戻すしか方法がなくてな』
「そ、そうでしたか…」
「偏愛の神って…」
『…そなた、身分詐称したのか?』
『いいじゃない!愛は愛なんだから!』
本当は、多々、もう多々多々文句をそれこそ山ほど言いたいが、相手は神。たとえ偏愛の神だろうとも、神様相手では無理。絶対無理。私達は空気を読んだ。
『感謝する。そなた達に幸運を』
時の神が手をかざすと、光が現れ私達を包み込んだ。眩しさに一瞬目を閉じ、再び目を開けたときには、女神達の姿はどこにもなかった。
思わず周りを見回したときに、馬と目が合った。
「ひひひん」
なんだか『おつかれ』って聞こえた気がした。
「あなたもお疲れ様」
思わず返事を返してしまった。すると、馬がこっちに寄ってきて、顔をこすりつけてきた。
「きゃっ」
「ああ、すみません。これ、馬、お貴族のお嬢様に何してるんだ」
馬を連れていた劇場関係者の男性が手綱を引くが、馬はこっちを向いて離れない。
「もしかして、この子前世を覚えているのかしら」
「それとも、僕らと一緒に死に戻っていた記憶があるのかもね」
だから、こんなに懐いてくれたのかも。
私は劇場関係者の男性に尋ねる。
「…あの、この子、これからどうなるんです?」
「持ち主に返すだけですよ」
「それなら、私が預かってもいいかしら。私の婚約者の馬なの」
「あ、ああ…、そそそそうですか。ご愁傷様で、じゃなかった。お疲れ様です。あわわ」
その婚約者が、先ほど他の女と一緒に連行されていったのを知っているのだろう。そんな気を使わなくてもいいのに。
「大丈夫よ。それじゃあ、貰うわね」
そう言って手綱を受け取ろうとすると、私の代わりに彼が慣れた手付きで馬の手綱を握ってくれた。
「こいつ、どうするの?」
「馬車がないから、この子に乗って帰ろうかと思って」
「乗れるの?」
「ううん。あれほど頑張ったんだから、乗れそうな気がするんだけど、ダメかしら」
「確かに」
2人で吹き出す。
私達は馬を連れて外に出た。もうだいぶ遅くなってしまった。いつの間にか、雨も上がっていた。薄雲の間から、時折星が見えた。
「明日は晴れそうだな」
「そうね」
一度馬を馬車置き場近くに連れていって、水を飲ませてやる。その間に2人乗り用の馬具を調達した。
2人で馬に乗る。もちろん近くにいた馬の世話係に手伝ってもらった。私達だけじゃ、無理だった。やっぱり飛び乗る案はダメだったのね。
私は彼の前に乗せてもらった。
「さて、帰ろうか。ところで君をどこに送ればいいんだ?」
「そういえば、まだ名乗っていなかったわね」
「結局我々が知っているのは、馬の名前だけか」
今度は大声で笑った。
通りすがりの人がこちらを見ていた気もするが、何も気にならなかった。
*****
劇場での出来事は、瞬く間に広がった。それはそうだろう。伯爵家の嫡男が、劇場近くの馬車で婚約者以外の女とイチャイチャして、挙げ句の果てに馬が暴走して、劇場に突っ込み、破壊したのだから。
幸い怪我人はほとんどいなかったそうだが、私達は、翌日寝込んだ。椅子から落ちた打撲とかすり傷。それ自体は大したことはなかったのだけど。1番ひどかったのは『筋肉痛』だった。
わかる。
あの事件の時、椅子に乗って槍を振り回していたカップルのことは、誰も何も言わなかった。
「もしかして、時の女神様の祝福って、これだったのでは?」
「それはそれで嬉しいけど、確かに後で変な目で見られたら困るけど、なんか他にも祝福あってもいいんじゃ」
「あの人達に変に貸しを作ると怖いからやめましょう」
「うん」
ある意味変人扱いされるところを救っていただいたと、好意的に捉えることにした。筋肉痛も癒してほしかったけど。
そうそう、私は婚約破棄となった。もちろんあいつの有責で。
奴は暫くは領地で蟄居だそうだ。ただし、領地には、武勇で名の知れた部下が大勢いるそうなので、そちらで『特訓』するとのこと。それなら暴れ馬なんて、お手のものになるでしょうね。もちろん御者も仲良くお供するらしい。
一緒にいた女性にも一応婚約者がいたらしく、彼女も婚約破棄されて、修道院へ送られたそうだ。
奴からの慰謝料の一部として、馬を貰った。その馬は、うちで毎日のんびり過ごしている。
私は新しい婚約者が出来、毎日がとても忙しい。
なんと彼は侯爵家の嫡男だった。彼は元々親に結婚相手は自分で探せと言われていたらしい。両親が恋愛結婚だったからとのことで、親が結婚相手を選ぶことが多い世の中では珍しいと言える。
正直身分差とか考えて不安だったけど、ご両親はあっさり認めてくださって、正直とても嬉しかった。
だけど、侯爵家に嫁ぐからにはもう少し勉強しなくてはいけないし、これからもトラブルは、多々起こるだろう。
それでも、彼となら絶対乗り越えられるって、わかっているから。
これからもずっと、彼と生きていける。
私が速攻で別の人と婚約したことに、友人達から何度も尋ねられた。
「どこで出会ったの?」
「劇場よ」
「まあ、もしかして、例の?」
「そう」
「そんな災難にあった場所で。でも、これはきっと運命ね」
そんな友人に、笑顔で答えた。
「そうよ。私達、出会って15秒で恋に落ちたの」
おしまい
*****
( おまけ )
数年後、当時の服のポケットから、あの日競馬場で購入した馬券が出てきた。
「あなた、懐かしいものを見つけたわ」
「これ、持っていたんだね。懐かしいなあ」
主人が苦笑いを浮かべた。
「そういえば、これ、当たっていたのかな」
「結局レースは見ていませんものね」
『見てあげるわ〜』
「うわ、女神様」
『しっ、声が大きい…ああっ!この馬券は!』
『偏愛の女神よ。また馬券を買ったのか?』
『違うのよ!馬の女神!こ、この馬券、過去最高額がついた万馬券なの!なのに誰も換金に来ないって話題だったやつ!!」
「「えええ?!」」
『マジ?』
『時の女神ー!急いで換金に連れてってー!』
後日これを元手に競馬場を作れと言われました。
無理だって。
雨から始まる切ない恋物語を書く予定でした。
途中で馬が出てきたあたりで、なんか違う展開になりました。
でも書いてて楽しかったです。
この方法で馬が止まるかどうかは不明です。
よい子のみんなは真似しないでね。
読んでいただき、ありがとうございました。




