3-2
”ザシュッ!!“
肉を激しく斬り裂く音と共に、ゴブリンの首が宙を舞う。
これで10体目。
ローズは剣に付いた血を払った。
それ以降、ゴブリン達は迂闊に攻撃を仕掛けてこなくなった。
いきなりの強敵に対して、ゴブリン達は明らかに攻めあぐねている。
騎士達もただ、唖然として立ち尽くしていた。
(俺達が苦戦したゴブリンを一瞬で…!?あの娘は何者なんだ!?立ち回りといい、剣の速度といい、ただの少女じゃない!)
若騎士の目も、ローズに釘づけになっていた。
するとそこへ、ネーロが飛び込んできた。
突然傍らに現れた黒猫に、若騎士はギョッと驚く。
「強ぇだろ。あいつ」
「なッ!!?」
その黒猫が喋ったものだから、若騎士はさらに驚いた。
「猫が喋ったァ!!?」
「うるせぇなぁ。…ん〜?」
ネーロは若騎士の左肩に注目した。
そこには矢が刺さっている。
「騎士の兄ちゃん、それ痛そうだな」
「あっ…あぁ……」
「ローズ、気をつけろ!弓使いが居る!多分木の上だ!」
ネーロは即座に警告を送る。
その瞬間、まるで示し合わせたかのように、ローズの頭目がけて矢が飛んできた。
「ッ!!」
するとローズが驚異的な反応を見せる。
体をずらし、不意打ちの矢を躱したのだ。
しかし、それだけで終わらない。
最初の弓撃を皮切りに、複数の矢が射出された。
「見える…!」
それでも命中することはなかった。
ローズは全てを避け、時には剣で弾き、回避して見せたのだ。
「……あそこか」
さらにローズは、躱しながら矢が飛んでくる方向を見ていた。
一瞬矢の雨が止まるのを見計らい、スタートを切る。
そして軽々とジャンプし、木の上に飛び乗った。
「やっぱり」
ネーロの予想通り、弓矢を持ったゴブリンが太い枝に跨っていた。
「グゲッ!!?」
そのゴブリンは戸惑いを見せる。
無理もないだろう。
ついさっきまで自分が狙っていた獲物が、すぐ横に現れたのだから。
そのゴブリンは、すぐに思い知らされた。
獲物なのは、自身の方だと。
“ビュッ!!”
そのゴブリンの首は、即飛ばされた。
「次…!」
ローズは隣の木に飛び移る。
そしてそこに座って弓を構えていたゴブリンも斬殺した。
それからまた別の木に移って、そこに居たゴブリンを殺した。
次々と木から落ちてくるゴブリンの骸に、騎士達は再び呆気に取られる。
「何やってんだよアンタら」
訳の解らないことばかりで動かない騎士達に、ネーロが声を上げた。
「まだ敵は残ってんぞ。戦えよ。このまま少女1人の手柄にする気か〜?」
ネーロはわざと挑発するような口ぶりで話した。
それに発破を掛けられたのだろう。
「我々をナメるなよ!」
「あの少女に遅れを取るな!」
「バードピアの騎士の誇りを見せるのだ!!」
騎士達が一斉に奮起した。
「ぐっ!!やってやる!!!」
若騎士も張り切っている。
そして騎士達は、地上に残っているゴブリンの討伐に乗り出した。
まさに形勢逆転。
一気に陣形を崩されたゴブリン達は、次々と殲滅されていく。
このまま押し切れば勝利。
彼らがそう思っている時だった。
「グォオオオオオオオオオオオオオオ___!!!!!」
野太い雄叫びと共に、茂みの中から新たなモンスターが現れた。
体色は緑。
顔付きはゴブリンに似ているが、体格が良く、身長も騎士達の2倍くらいはある。
「ほぉ〜、ホブゴブリンまで居んのか」
ネーロはまじまじと奴らを見る。
出てきたホブゴブリンは全部で3体。
さらには大型の斧や棍棒で武装していた。
「怯むな!伐ち倒せ!!」
騎士達は怯むことなく進撃した。
ホブゴブリンの力は、普通のゴブリンとは比べ物にならない。
すぐに何人かが弾き飛ばされた。
しかし、それで折れる騎士達ではない。
盾を使って攻撃を防ぎつつ、突撃を繰り返した。
そして、この騎士達の執念が功を成す。
「ググッ!!?」
「グガァ!!!」
なんと2体のホブゴブリンが、バランスを崩して倒れたのだ。
それを逃すこと無く、騎士達が仕留めに掛かる。
ホブゴブリンの腹や胸に、剣を突き刺していく。
「ググッ…!!グガァアアアアア!!!」
仲間をやられた残りの1体が、咆哮を上げた。
それから騎士達に向かって、力任せに棍棒を振り上げる。
しかし、その棍棒が降ろされることはなかった。
“ズバッ!!”
棍棒を持った腕が、切断されたのだ。
「グッ…、ガガッ!!?」
まさに一瞬の出来事。
訳も解らず、そのホブゴブリンは狼狽える。
だが、この状況で狼狽えては命取り。
”ザシュッ___!!!“
そのホブゴブリンの首は、ローズによって飛ばされた。
「……」
着地したローズは、騎士達の方を見る。
他の2体のホブゴブリンも、既に討ち取られていた。
「……もう、大丈夫かな」
もう周囲に殺気は感じない。
ローズは一息つくと、双剣を鞘に納めた。
「お疲れ〜!ローズ〜!」
戦闘が終わると見ると、ネーロがローズの肩に乗ってきた。
「相変わらず、身体能力が化け物じみてんなぁ」
「……褒めてるの?」
「まっ、そんくらいお前は強いってこった。そんなことより、もう行こうぜ。騎士のおっちゃん達、お前のことが恐ぇらしい」
ローズは騎士達を見る。
戦闘後も、彼らは忙しなく動いていた。
周囲を監視する者。
傷ついた仲間の手当てをする者。
馬車を起き上がらせる者。
そして、馬車に乗っていたであろう要人を囲う者。
各々が自身のできること見つけ、実行している中、多くの者がローズに視線を送っていた。
その目から読み取れるのは、警戒。
当然のことだろう。
急に戦場に飛び込んできたローズは、1人で多くのゴブリンを撃破。
さらには木の上の弓手まで落とし、ホブゴブリンも1体、たった2撃で討ち取ったのだ。
明らかに戦闘力がずば抜けている。
そもそも騎士達からすれば、ローズの素性は謎。
助けてもらったとはいえ、警戒の糸を緩めることはできないのだろう。
「……」
ローズはゆっくり歩み寄る。
それを見た騎士達が身構えた。
だが、ローズはすぐに立ち止まる。
双方に一定の距離ができた。
「……皆さん、驚かせてすみませんでした。私達、もう行きます」
ローズはそう言ってお辞儀をする。
騎士達がキョトンとする中、置いてきた荷物を取りに戻ろうとする。
その時だった。
「お待ちください」
凛とした声が、ローズの足を止めた。
振り返ると、1人の女性がこちらに歩いてきていた。
おそらく歳は20代前半。
白い手袋に、紺色の外套を身に纏っている。
顔立ちは整っており、絹のような白い肌で、翡翠色の長髪を三つ編みにしている。
そして左肩に、ローズ達をここまで導いた白い鳩を乗せていた。
「姫様、お待ちください!」
「あの少女、得体が知れません」
騎士達が慌てて彼女を止めようとする。
それに対し、“姫様”と呼ばれた女性は微笑で返す。
「大丈夫です。あの娘達、敵意がありませんもの」
騎士達が緊張する中、彼女は再び足を進める。
そして、あっという間にローズの目の前に立った。
「おいおい、随分肝据わってんなぁ」
「……えっと」
ネーロが呆れ、ローズが戸惑っている中、女性が行ったのは挨拶だった。
「御機嫌よう。私は、バードピア王国の王女ルチアと申します」
「へっ……?」
「おぉ〜…。王女様ときたか」
ローズとネーロが驚く中、ルチアはこう続けた。
「この度は、危ないところを助けて頂き、ありがとうございます。是非とも、我が国で御礼をさせてください」




