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2-3

 完全に日が落ち、すっかり暗くなった高原。

 そんな暗闇の中、池のほとりにオレンジ色の灯りが灯っていた。

「おっ、もうそろそろだな」

「うん」

 ゴツゴツした石で2本の脚を作り、その上に平らな石を乗せた即席の土台。

 その下から火を当てており、高熱を帯びた平らな石の上で一口大に切り分けられた肉が焼かれている。

 白い煙を上げ、芳ばしい香りが周囲を包む。

 茶色に変色した身から、肉汁が漏れ出ていた。

「美味しそう…」

 そう溢すローズの口の中が、涎でいっぱいになる。

「オウルベアの肉とか初めてだな。市場じゃあんまり出回ってねぇし」

 ネーロの言う通り、焼いてる肉はオウルベアのものだ。

 林の中での戦いの後、ローズはネーロから教わりながら、オウルベアの身体を解体した。

 食料となる肉はもちろん、爪や毛皮、骨も採集。

 オウルベアの身体から得られるものを、採れるだけ採った。

 解体が終わった頃にはもう夕方。

 ローズは大急ぎでテントと焚き火を用意し、今に至る。

「よし、もういいだろ。食ってみろ」

「うん」

 ネーロに言われ、ローズは肉をフォークで刺した。

 湯気を出し、肉汁がポタポタと零れるそれを、思い切って口に入れる。

「ッ!!」

 しかし味わうより先に感じたのは、舌を焼くような熱さだった。

「うぶっ…!あふっ…!」

「何やってんだよ。そりゃ熱ぃだろ」

 とはいえ熱いのは初めだけ。

 肉を口の中で転がしているうちに、丁度いい温かさになった。

 そしてローズは、肉を噛んだ。

「ッ!」

「おっ?どうだ?」

「……」

 ネーロの質問にすぐには答えず、ローズはゆっくりと肉を味わった。

 思いの外柔らかく、それでいて強い旨味に濃厚な味わい。

 簡潔に言うと、かなり美味い。

 噛めば噛むほど肉汁が湧き出て、仄かに甘みも感じられた。

「ネーロ、これ美味しい」

「おぉ、マジか!俺にもくれよ!」

「うん」

 ローズが次の肉をフォークで刺すと、ネーロに差し出す。

 猫だけに猫舌なのだろう。

 ネーロは肉に数回息を吹きかけると、肉に食いついた。

「むぐっ…ぐむっ…。……へぇ、ちゃんと美味いじゃねぇか」

「でしょ?」

「こんなに美味ぇのに、オウルベアがあんなだからなぁ。そりゃあ滅多に出回らねぇか」

「うん……。すごく凶暴だった。大人が10人居ても苦戦しそう」

「1人で殺せたお前が言うことかよ?まぁいいや。とにかく食おうぜ。肉焦げるぞ」

「そうだった…」

 それからローズは次々と肉を焼き、ネーロと共に食べ続けた。

 1日歩き続け、戦ったせいなのか。

 それとも肉の美味しさ故か。

 ネーロの腹はすぐに満たされたが、ローズの食欲はなかなか治まらなかった。




「すげぇ食ったな」

「うん。……もう、あんまり動きたくないかも」

 焼き肉を楽しんだローズとネーロは、テントの中に寝転んでいた。

 ローズは毛布を被っており、ネーロはローズの顔の傍に居る。

 流石に肉を全て食べ尽くすことはできなかったため、残った肉は干し肉にすることにした。

 そうすれば非常食として長持ちする。

「東の方の国じゃよぉ、食ってすぐ寝たら牛になるって言うぜ」

「えっ?東の国ではそんな現象が起こるの?」

「実際に牛になる訳じゃねぇ。言い伝えだ。行儀の悪ぃガキを躾けるためのな。どの国でも教育のための言い伝えやら作り話やらが1つはあるもんだ」

「……思ったんだけど」

 ローズはネーロの顔を見た。

「今の寝たら牛になるやつとか、解体のやり方とか……。ネーロって、いろんなこと知ってるよね」

「そりゃあ今までたくさん旅してきたからなぁ」

「いつから旅をしてるの?」

「500年くらい前だな」

「えっ……?」

 ローズは目を見開く。

 サラッととんでもないことを言い放つネーロに、驚きを隠せない。

「……嘘だよね?それか…それも東の国の言い伝えとか…?」

「それがホントなんだよなぁ」

「……500年だよ?猫ってそんなに長生きできないと思うけど」

「だが現に俺は生きてる。500年くらいな」

「またこのパターン……」

「まぁ、俺はちょっと特殊なんだわ」

 ネーロは少し、苦虫を噛み潰したような顔をして言った。

「遥か昔…っつーか500年以上前、とある魔女が居た。その魔女は不老不死を実現させるため、日々研究をしていた。だが不老不死なんてモンは現代でも実現不可能。できようモンなら神の所業だ。それでも魔女は研究を続けた。寝る間も惜しんで何年もな」

「どうしてそこまで…?」

「歴史に名を残したかったんだと。けどその魔女は発想力が乏しくてな。画期的な研究ってのは全部他人が思いついちまう。魔女に思いついて、尚且つ歴史に残るくらいの研究は、不老不死しか無かったんだよ」

「そうだったんだ。……それで、結局その魔女は、不老不死を実現できなかったの?」

「いや、できたぞ」

「えっ?」

 ローズはまた驚く。

 ネーロはとんでもないことをサラッと言ってしまうから困る。

「不老不死は実現不可能なんでしょ?」

「そう言われてるな。だが実現できた」

「どういうこと?」

「魔女は不老不死を呪いとして、実験用の動物に使ってた。呪いを掛けて、殺す。生き返らなければ失敗…って感じだ。今思えば、それを何百回も繰り返してたんだろうなぁ」

「……」

「そしてあの日、呪いを掛けて殺した後、生き返った猫が出てきた。その時点で不老不死の研究は成功だった。だが過労だったんだろうなぁ。魔女は満足した感じで死にやがった。不老不死の技術を発表すること無く……歴史に名を残すこと無く……な」

「……もしかして」

「あぁ。魔女に不老不死の呪いを掛けられたその猫が俺だ」

 ネーロはぶっきらぼうに応える。

 実験のため。

 魔女の名誉のために、殺されかけたのだ。

 良い思い出では無いことは、ネーロの態度から読み取れる。

「どうせ死ねねぇんだ、生きるために必死になることはねぇ。だから俺は、楽しみを見つけるために旅に出た。100年くらい経つと喋れるようにもなった。それでも未だに見たことねぇモンがある。それくらい世界は広いんだわ」

「どうしてそれで喋れるようになったのか不思議だけど、やっぱり旅って面白いんだね」

「不思議っつったらお前だお前」

「私?」

 ローズはキョトンとした表情を見せる。

「なんでそんなに強ぇんだ?」

「それは先生のおかげ……」

「それもあるかもしれねぇが、お前の動きは身体強化の魔法すら使えねぇ奴のそれじゃねぇんだよ。師匠がいくら優秀だろうと限度があるだろ。なんつーか……お前は普通の人間と何か違うんだわ」

「そうなんだ」

「お前はいったい何者だ?」

「私は……」

 ローズは答えに詰まった。

 物心付いた頃からソルブレアに居て、先生の指導を受けて、ここまで強くなった。

 ネーロに誘われるまでは、兵士としての人生を全うするものだと思っていた。

 自分が何者かなんて、考えたこともなかった。

「うぅ〜……」

「解らねぇか。まぁ、あれだ。自分が何なのかを確かめる。そういうのも旅の醍醐味だぜ」

「……なるほど」

「とりあえず、お前の旅の目標は2つだ」

「うん…」

 ローズは指折りで確認する。

「『ヒタキ先生を見つけること』と『私が何者なのか確かめること』」

「そうだ。目標があるとモチベーションも上がってくるもんだ。もちろん楽しむことも忘れるな」

「うん」

「さてと、目標を再確認できたことだし、寝るか」

「そうだね…。丁度眠くなってきた」

 ローズは欠伸をすると、ランプの火を消した。

 たったそれだけでテントの中が真っ暗になり、何も見えなくなった。

 ネーロに関しては完全に闇に溶けている。

 ローズは毛布を深く被った。

「温かい……」

「今んとこ何かが襲ってくる気配はねぇな。ゆっくり眠れ」

「うん……。……おやす…み……」

 ローズの声が徐々に小さくなる。

 それからすぐ、眠りに落ちた。

「よく食ってよく寝るなぁ。気持ちの良い奴……」

 ネーロはそう言って、ローズの頭を肉球で優しく叩いた。




 翌日。

 ローズは早朝に目が覚めた。

 ネーロを起こし、池で顔を洗い、朝食として完成した干し肉を食べ、テントを畳む。

 全てをリュックに詰めた時には、すっかり陽が昇っていた。

 天気は晴れ。

 旅にはもってこいだ。

 ローズは双剣を差し、リュックを背負い上げる。

「……」

 ふと気になって、高原を振り返った。

 風で草木が輝く、綺麗な高原。

 しかし今この場には、ローズとネーロ以外の動物の気配は無かった。

「馬、居なくなっちゃったね」

「そりゃあんなことがあったら移動するだろ。馬は用心深ぇからなぁ。しばらくはここに戻ってこねぇだろうよ」

「……ちょっと寂しいかも」

「まぁ、次またここに来た時は、流石に馬も戻ってきてるだろ。それ期待して行こうぜ」

「……うん!」

 ネーロがリュックの上に乗るのを確認したローズは、ゆるりと歩き出した。

 またこの高原に来られると信じて。

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