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~閑話 左馬之助剣客修行譚 其之四 小田原御前試合~②

前編のあら寿司

 主人公のいるはま家を出奔して甲斐から小田原へと移った左馬之助は北条家の主催する御前試合「天下一剣舞会」に出場する事となる。並みいる剣豪を押しのけ、賞金500貫と武将化のチャンスを掴み取る事が出来るのか!?

 そして迎えた試合当日、小田原城内の稽古場にはおおよそ200名を越える猛者が集結していた。豪華な鎧に身を固めた者も居れば、鎧も付けてない貧相な老人も居る。忍びのような姿で小太刀の者も居れば巨大な棍棒を持った大男も居る。とてもカオス極まりないこの状況でどうやって試合を行うのか、誰もが疑問に思っていた。


「え~これより天下一剣舞会を始める! 早速だがそなたらは4つの組に分けさせてもらい、そこで戦ってもらう事になる。それぞれの組の中で最後に立っていた2名のみが1対1の御前試合に出られるものとする! 」


 つまり、今で言うところのデスマッチで上位8名まで絞るという方法だ。適当な方法で稽古場を区切った4カ所に分けられ、左馬之助はいきなり50名近くと戦わされることとなった。


「こんぐれェ、こちとら何度も経験済みよっ!! 」


 左馬之助は得意の槍を振り回して四方八方からくる攻撃を受け流す。実際、乱戦を経験した事もなさそうな有象無象の輩からどんどん戦闘続行不能者が出てきている。


「おいやめろ! 俺を誰だと思ってる? 我こそは甲斐武田家支流・武田武明ぞ……ぐえッ」


 明らかに甲斐の武田家とは関係なさそうな派手な鎧の武者を槍で打ち払うが、倒れた姿を見て何かがおかしいと察する左馬之助。

 地面に転がった鎧武者をよーく見ると槍で打たれた部分よりも腕や足に付いた傷の方が深い。何か、獣に噛みつかれたような傷だ。


「ワフゥ!! 」


 一瞬の後に後方から殺気を感じて飛び退きながら振り返る。するとそこには数匹の凶暴そうな顔をした犬たちが姿勢を低くして唸っていた。


「グルルルルッ! 」

「くっ、もうちょっとで腕利きを仕留められたのに」


 その犬達の後方に立っているのは忍びのような装束の小柄な男。


「ワシは北条家臣にして天下唯一の『犬術』の使い手、太田資正(おおたすけまさ)! この犬どもの動きに貴様は付いて来れるかな?シロ・クロ・タロ、行け!! 」


 太田と名乗る男が指図すると三匹の犬が同時に左馬之助めがけて噛みついてくる。

 人の放ってくる太刀の剣筋なら数人相手でもまとめて凌ぎ切れる左馬之助だが、犬の動きとなると全く異なる上に慣れていないので避けきれない。たちまち片腕と片足に牙を立てられ、動きを封じられる。空いている方の片足と片腕で何とか振り払う事に成功するが、犬たちはまだ噛みついてこようとしていた。


「しつけェ犬どもだな!飼い主共々躾がなってないぜ」

「ハハッ、そんな様でまともに槍など振るえるつもりかね」

「いや、こうすんのさッ!! 」


 余裕そうに構えている太田に向かって左馬之助が槍を投げつける。さすがに唯一の武器を投げるという行動は想定していなかったのか、飛んできた槍を避けようとした太田は派手にひっくり返った。


「ソエッ!! 」


 そこに何者かの空中からの一撃が入り、太田資正を捕らえる。次の瞬間、死角からの一撃をモロに受けた太田は情けない声を上げ、気絶していた。


「クゥゥゥン」


 主人を心配するように犬たちは一斉に太田へ駆け寄り、完全に戦意を無くしている。辺りを見回してみるがその男と自分以外はもう、この場で立って残った居る者はいないようだ。


「助かったぜ、アンタ何者だ?」

「なんの、拙者は【天流】斎藤 伝鬼房(さいとう でんきぼう)と申す者。こちらこそ注意を引き付けてもらったおかげで、厄介な敵を打ち倒す事が出来申した」


 そう言ってニカっと笑う屈強の男はまだ少年と言ってもおかしくない顔立ちだった。驚いた。世の中にはこんな天賦の才を持ったヤツもこれから世に出ようとしているんだな、と感心していると


「予選一組、斎藤 伝鬼房と真野 抜作。この二人を御前試合出場とする! 」


 という声が響き渡り、予選の終わりを告げる。その後次々と予選終了の報が聞こえ、200名以上居た猛者はたった8名に絞られた。

 残った者の中には開始前に集められた時も目についた、鬼が金棒を持ったような大男も粗末な身なりの老人も居る。それから全身を黒い甲冑で固めて、顔を覆う頬当てで素性の分からない鎧武者も居た。さて、この中で無事優勝まで勝ち抜けるものかどうか。


 

 そして御前試合、左馬之助が準決勝で当たったのは鬼が金棒を持ったような大男、【常陸国(ひたちのくに)の鬼真壁】を名乗る真壁 氏幹(まかべ うじもと)。先程の準々決勝では予選で共に戦った斎藤 伝鬼房が放った高く跳躍しての一撃を虫でも叩き落すかのように葬り去った猛者である。


「グハハハッ! 間抜けみたいな名の貴様が我が相手か。貴様程度の小粒な男、この俺様が一捻りよ! 」


 試合始めの声がかかるや否や、そう叫んで左馬之助に猛ダッシュで向かってくる鬼真壁。7尺(約2メートル強)はあろうかという巨体で金属の棘のついた、自分の身長を越えるような棍棒を振り回して襲ってくる姿はまさに鬼そのものである。だが一方の左馬之助はあくまで冷静に攻撃を見極め、紙一重の所で避ける事を繰り返した。


「全くハエのようにちょこまかと! 今に捻り潰してくれるわ! 」

(なるほどな、昔の俺ならこんな感じか。だが今の俺からしたらこんな動き……)

 

 苛立った鬼真壁が力任せに棍棒を振り下ろした瞬間、大きな隙が生まれるのを左馬之助は見逃さなかった。直線的に突っ込んでくる真壁を半円を描くような曲線的な動きで躱して背後に回り込み、そのまま独楽のような回転で手にした二刀の小太刀を叩き込む。あくまで試合用の刃を落とした刀だがそれでも、大男の意識を刈り取るには十分な攻撃だった。


「勝者! 真野!! 半刻(約一時間)ののち、決勝とする」


 進行役の男が叫ぶと拍手喝采が巻き起こる。だが称えられた当の本人は顔つきや風貌から「お尋ね者の元海賊」である事がバレないかと冷や冷やしていた。



 そして迎えた決勝戦はどういうわけか、粗末な身なりの老人だった。

 刃を落とした太刀とはいえ、こんな老人を殴って死なれでもしたらどうしようか?と試合開始まで左馬之助は心配していたが、いざ立ち合いが始まるとそれどころではない事を思い知る。ゆらり、と力の抜けたような老人の構えには一部の隙も無く、逆に油断でもしたら一瞬で命を刈り取られそうな雰囲気を感じたのだ。


(このジジイ……武田最強の飯富(おぶ)ナントカってのと同じか、それ以上の殺気を放ってやがる)


「ほう、こんなジジイ相手に油断も隙も無く冷静に向き合えるとは、さすが我が弟子を軽くいなしただけあるな」

「弟子ってあの鬼棍棒の事か?アイツはまだ動きがデカすぎて隙が多いぜ。あんなのしか居ないのか?」

「アレで最近の若手の中ではそこそこやる男だったんじゃがの。お前さんは確か武蔵野武蔵か佐々木光二郎か……本当の名はどれじゃったかの?」


 殺気は全く緩めないまま、老人はとぼけたような口調で左馬之助の動揺を誘う。


「てめェ、どうしてその名を……」

「ワシの所には腕の立つ者の名や剣の型の情報は全て入ってくるでのう。

 あるいは……そなたはもしや青鯖海賊衆のサバノスケといったかな?」


 一瞬ギクリとしたのを感じ取ったのか、老人が地面を蹴ると一瞬にして姿を消す。先程まで放っていた圧倒的な殺気までが全く何も感じ取れない。だが必ずどの方向からか斬撃が来る! と思い直して左馬之助は太刀を握り直し目を見張った。

 

 

 何処だ?右からか、左からか?それとも上か、下か。


 

 その時、左前側にふわりとした空気を感じて左馬之助は咄嗟に太刀を構えながら後ろに飛んだ。


 

 一瞬遅れて先程まで左馬之助が立っていた場所には嵐のような突風と共に、首どころか胴体まで斬りおとしてしまいそうな勢いの老人の鋭い横薙ぎが放たれていた。遅れてやって来る禍々しいほどの殺気に左馬之助は思わず身震いする。


 「ほう、わが奥義【一之太刀】を躱すとは。だがこれはどうかな?」


 続けて右、左ととんでもない速さの斬撃が飛んでくるが、反射と本能だけで何とか刀を合わせて凌ぐ。さらに流れるように続く上段からの斬りおろしに左馬之助は左手で刀の峰を掴み、両腕と踏ん張る力で必死に抵抗する。

 ガキャァァァァァン!! ととんでもない音がして、老人の刀が折れて切っ先が宙を舞う様にその場にいる誰もが釘付けになっていた。


 

「ほう……思った以上にやりよるな。刀がこうなった以上、ワシの負けという事になるしかあるまい。見事じゃ」

「しょ、勝者、真野! 塚原卜伝(つかはらぼくでん)殿を下して優勝! 」


 

 とんだ番狂わせに会場が騒然となる。無理もない。塚原卜伝といえば、これまで多くの剣客を生み出し生涯不敗と言われる伝説の人物。だが事の重大さを全く知らない男がこの場に一人だけ、いた。


「爺さん、アンタこんなナマクラじゃなくて自分の刀だったら刀ごと俺を真っ二つにしてただろ?こんなん納得いかねえぜ! もうひと勝負しろ! 」

「ほほう、ワシに向かってくるとはなかなか威勢が良いな。じゃがそなたの方にはそんな暇は無いようじゃぞ」

「何を余計な……」


 老人・塚原卜伝は飄々とした顔でそう答える。それに対して左馬之助は再戦しろと顔が真っ赤だ。これではどちらが勝者なのか分からない。


 だがそこに割って入るように北条の鎧武者の一団が詰め掛けた。

 

「貴様! 名は変えておったがその太刀筋、青鯖海賊衆の青井左馬之助だな! こちらへ来てもらおう! 」

「ちっ、バレたんなら仕方ねぇな。失礼するぜ! 」

「待て! 待たんか!! 」


 言うが早いか、踵を返して警備が手薄な方へと走り出す左馬之助。その背中に老人が声を掛ける。


「ほとぼりが冷めたら鹿島のワシの道場を尋ねるが良い。待っておるぞ」

「おうよ! 必ず行くからな! ちゃんと待っててくれよ! 」

 


ご観覧ありがとうございます。

是非とも面白い作品に仕上げていきたいと

思っておりますので感想戴けると嬉しいです♪


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