第117話 毛利の黒幕
翌日の朝早い時間、俺達は広島の町で馬を借り、次の目的地へと経つことにした。まだ輝元は起きていないらしく、誰も近付けるなというお達しだったので城の者に礼を伝えてもらう事にする。
城を出る前、既に起きていた吉川夫妻は見送りに出てくれたが、そんな俺達を一瞥した小早川隆景はフンと鼻を鳴らして城の奥へと戻っていった。感じ悪すぎんだろアイツ。まあ、見張るように付いて来られるよりはマシだけど。
「ホイじゃあ、また遊びに来ての」
城の入り口で昨日のままの、タキシードにちょんまげ姿の4男・穂井田元清に見送られて広島の町へと向かう。輝元にしても隆景にしても、コイツの1割でも気さくさと愛嬌があればもうちょっとやりやすいんだけどなぁ。
馬を借りると追手の尾行などが無い事を厳重に確認し、いったん北側から町を出て山中で道を逸れて東へと向かう。土地勘は無いので分からないが、ある程度を進んだところから瀬戸内海が見える方へと南下していけば目的には近付けるはずだ。あとは、瀬戸内海を見ながらひたすら東へと進んでいくだけ。そうして2度ほど小休止を挟んで夕暮れ前、俺達はようやく目的の場所に辿り着く事が出来た。
瀬戸内の島々を臨む岡山平野の真ん中に建てられた、備中高松城。3里(約12km)ほど離れた旭川沿いの岡山城を拠点とする謀将・宇喜田直家の動きを監視できる位置に建つ、毛利家にとってまさしく備中防衛の要となる城である。
湿地帯の真ん中に建てられた『攻めるに難しい城』で、豊臣秀吉がそれを逆手にとって史実上では『水攻め』を行って水没させたことで有名な城。と俺よりは歴史に詳しい軍監から聞いていたハズなのだが、西洋文化の技術を取り込んで大規模な干拓を行ったのか城の周辺は高い城壁で覆われ、城下町の地下に溜まる排水を平野側へと流すための下水が城壁の外へと何方向にも伸びていた。これ多分、水攻めされんの先に知ってないと出来ないヤツだよね。
町を守る城門と城へ入る城門の前で東国の大名であることを名乗り、小早川の息子へ面会したい旨を伝える。唯一の不安材料として俺達が動向を知られないように迂回しているうちに小早川隆景が先にこの城へ戻ってきている危険性も考えたが、奴の戻りは明日の予定だそうで城の兵達は何の警戒もなく俺を城内へと通してくれた。
「やっぱり来たのか。予測通りだな、兄貴」
形式通りにお互いの名を名乗って挨拶をすると、早々に人払いをした別室に通すなりその男―――今世での名は小早川隆景の嫡子・小早川元景を名乗る少年はそう切り出した。
「やっぱり、お前だったんだな。輝彦」
俺も確信をもってその名で呼ぶ。思い返してみればコイツじゃないかってヒントは幾つかあった。
俺もよぉく知ってる奴で、連絡を取り合ってるヤツが居ると言っていた義仁の言葉。
歴史ヲタで全国の主要武将をゲームで知り尽くしているハズの軍監も知らなかった、「小早川元景」という名前。
転生者という言葉を使った時の、小早川隆景の表情。
そして輝元が俺への言い訳に使った「マスタープラン」だの「ロードマップ」なんていう堅苦しいワード。
「どうだ? 良い街だったろ広島は? 南蛮マニアの信長ですら『この時代の日本人』じゃこれだけ西洋技術を再現した都市は作れないんじゃないか?」
「そういうの得意だったもんな、お前。小難しい理屈並べてさ」
前世(現代)での輝彦は大学を卒業した後、役所の都市計画課で何年も働いていた。課長クラスのベテランと比べたら在籍年数はまだ短いものの、色んな分離にも精通していて相当期待されてるらしい、と義仁が自分の事みたいに自慢げに笑っていたのを覚えている。
「これから瀬戸内海側の重要拠点から順次、あれぐらいの近代都市にしていくつもりだ。こんだけ財源も潤沢で最新鋭の技術を兼ね備えた大国なら、どんなヤツが来ても簡単には手出しできないだろ?勿論オレ自身、『逆らうものは皆殺し』なんて危ないヤツにも『ヘラヘラ笑ってるフリして人を手玉に取る猿野郎』にも従うつもりなんてこれっぽっちも無いけどな」
得意そうなドヤ顔でそう話す弟。自信家で不敵なところは相変わらず前世のまんまだな。
「ちなみに言っておくなら、麻呂だの雅だの言ってるお飾りの将軍にも従うつもりも無いし、似たり寄ったりのバカ殿にもいつまでも遜ってるつもりもないぜ。バカは手の内で躍らせといても害は無いからな」
「お前はそれじゃあ、最終的にどうするつもりなんだ?」
自分の仕えている人物を堂々とバカ呼ばわりする輝彦の狙いは何なのか?
「あんなバカが代表者で実質上のトップ2人は牽制し合ってるこんな状況じゃ、この毛利を今以上にデカくして天下を獲るなんて無理な話だ。俺が継ぐ予定の小早川が音頭を取って瀬戸内側に力を集め、然るべきタイミングでバカと敵対勢力は追い出す。その為に着々と準備を進めてる所だ」
クックック、と悪そうな笑いを浮かべながらとんでもない事をサラッと言いのけ、輝彦はさらに信じられない提案をしてきた。
「どうだ、兄貴は俺の手下として天下獲りの片棒を担ぐ気は無いか?」




