表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/205

01

 ごとごとがたんと揺れた身体に驚いて、はっとまぶたをひらくと、もたれていた背後の水桶みずおけの中で、ちゃぷちゃぷ跳ねる音がした。

 草原くさはらの丘を通る赤茶色をした煉瓦れんがの道が、彼方にそびえる高峰に向かってどんどん流れ、道脇に点々と立つこんもりとした木々が、一本また一本と、遠ざかっていく。

 その景色の傍らに、荷台の後部に腰をかけ、両足をぶらぶら揺らしている銀髪の少年の背中があった。

 視野の端に、横坐よこずわりの白い足元がちらりと見えた。

 いつのまにか、寝てしまっていたようで。

 獣車ししぐるまの震動を尻に感じながら、日除けの頭巾をかぶったままで、しばらくぼんやり微睡まどろんでいると――。


「油断するからだよ」


「うるさいわねえ」


 アラム少年の言葉に、不機嫌そうに応えるセナ魔法使いの小声が。


「しかたないでしょ」


「だってさあ」


「しつこい」


「どう考えてもだよ。あいつ」


「サリアタ様は手を出すなと。構わないでいい」


「わかってるけどさあ。油断するからいてえっ」


「お黙り」


「杖は反則……」


 少しのがあった。


「やっぱり、やったのあいつだよ。だんだんき出しになってきてる」


「それならそれで好都合。ほうっておきましょ。今はね」


 会話がやんだ。

 魔女の最後の一言ひとことが、なんだか少し怖かったので、顔をもたげ声をかけた。


「あのう。なにか、あったんですか?」


 するとアラム少年が振り返った。


「あ。先生、起きてたんだ」


 今起きたと答えると、ぐっすりだったねと微笑まれた。

 頭巾をおろしつつ、太陽の位置を確認して、驚いた。

 ほんの寸分すんぶんと思ったのだが、三時間ちかく眠っていたようだった。

 寝心地のよろしくない環境ながらも、熟睡であった。

 よだれは垂らしていないようであり、安心した。

 メイバドルまで、往路はおよそ五時間と聞いていたので、もうしばらく、車上の人となる。


「ぼくらのあとをね。ついてきてるお化けがいるんだよ。森からずっと」


「森から?」


 横で、か細い吐息がした。

 バレストランド魔法使いが川沿いで見た幽霊。

 セナ魔法使いを追いかけてきた男の幽霊が、まだ、ついてきている?

 訊ねてみると、少年が顔を左右に振った。


「ううん、別のお化け。川にいたお化けは、ほんとにただの通りすがりの人。追い払うのは面倒だったけどさ」


「二週間くらい前に、里にきた魔法使いよ」


 裾で足首を隠しながら、つまらなそうに言う。


「とても感じのいい人で。わたしも姿を出して、気軽に接してたの。そしたら先日、そろそろがりたいからって、サオリの御神木ごしんぼくの場所を聞かれてね。こまかく教えてあげて……。その日のうちに里から居なくなってたから、てっきりがったものと思ってた」


「それががってなかったんだ。森にうじゃうじゃいるお化けたちの存在感に、紛れ込んでた。たぶん、がるのやめて、里まで戻ってきたんだと思う。ポハンカが見つからなくて、まわりの森をうろうろしながら、さがしてたみたい」


「セナ様を捜す?」


「うん。ポハンカは普段、化粧の魔法をかぶってて、お化けの目には偽物の姿が映ってる。ポハンカが心をひらかないと、ほんとうの姿は見えないんだ。それで、居どころがわからなくなって、さがしまわってるうちに気持ちがどんどんふくらんで、こじれてったみたいで……。嫌らしいお化け迷子になっちゃってた。ポハンカのことしか頭にない感じ」


 なんと答えたら、よいのやら。


「そいつが、サリアタ様のちからを辿って追ってきていたことに、さっき気づいたんだ。ポハンカの居場所が、やつにばれてた」


「どうして?」


「森で、川を渡ったとき」


 うーん、とおれは唸ってしまった。


「倒木がなくなってたのは、やつの仕業だよ」


あみを張ったと?」


「どうかしらね。偶々(たまたま)だとは思うけど」


「油断するから」


「うるさい」


「それで、どうするんですか?」


 問うとセナ魔法使いが、おれの外套がいとうに手を伸ばし、そでの汚れをそっと払った。


「今のところは、どうもしないわ。ついてきているだけだから。サリアタ様のご判断待ちよ」


「ひさしぶりに、町へ遊びに行くのにさあ」


 言いながらアラム少年が、短弓を握ってはすに構え、過ぎてゆく道の彼方へ向け、つるをききっとしぼってみせた。


「お化け迷子の危ない魔女には、お引きとり願おう」


 え?


「魔女っ?」


 思わず声高こわだかになって聞き返すと、二人が同時に頷いた。


「女の人なんですかっ?」


「そうよ。だからわたしも、姿を見せて接したの」


「ポハンカはよそ者の男とはほとんど話ししない。顔は、絶対に見せないよね。ぼくにはすぐ見せたけど」


「あんたは例外。子供だったからね」


 セナ魔法使いに執着している幽霊は、女性なのか。

 同性にも、つきまとわれてしまうとは、いやはや。


「じゃあ……。フロリダス先生のときは?」


 不意の沈黙。


「サリアタ様がびっくりしてたよ。あっさり顔面を見せよったって。なんで? 先生はなんの例外?」


 興味深げに問いを重ねる少年を、じろりと後目しりめにかけつつも、ぞんざいな口調の答えが、横から聞こえた。


「同じよ。子供だったから」


 がたんと荷台が揺れ、ころころころと長杖が転がり、おれの腰にとんと当たった。

 訪問客の精神年齢を、見抜いた、ということなのだろう。

 その返答に、納得しかけていたところで。

 アラム少年が、同情するような優しい眼差しで、おれを見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ