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噤みの森(つぐみのもり)  作者: べにさし
四方山話

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209/212

04

 近づきながら周囲を観察した。

 空き地の周りは灌木かんぼくやぶに漏れなく囲われ、結界の内側から見た外側の様子は、変わり映えない森だった。

 林冠りんかんを吹き過ぎる風音もその風が揺らすこずえの葉音も、野鳥たちの地鳴じなきの声も、今や普通に耳に届く。

 陽射しも、結界のうちに変わらず降り注いでいた。


 山小屋の外寸は四メートル前後の長方形。

 四周の壁は丸太を積んで四隅を組んだ簡素な造りで、屋根は丸太を斜めに並べただけのようだったが、表面には剥いだ樹皮とおぼしきものが板状に隙間なく張られている。

 玄関扉はその軒下のきした側にあって外開そとびらき、二足の靴が転がる敷石の奥に基礎部分の石垣がわずかに見えた。

 視野の端でなにかが動いたので目を向けると、空き地内の緑草あおくさの上を同色の羽の鮮やかな小鳥が一羽、地面をついばみながらちょこちょこ跳び歩いていた。


「あら綺麗なお客さん。帰り道わかってるのかな、あの子」


 ようやく魔女が手離した長杖を持っておれは玄関へ歩み寄り、覗いた屋内の床面は、すべて板張りの座敷であった。

 窓は一枚もなく、採光と換気は玄関口の開放のみ。

 サリアタ様が折畳おりたたみ式の坐卓を壁に立てかけながら薄暗い室内のあちこちを眺める傍ら、アラマルグは壁際にうずくまり、大きめの木箱の中身をなにやらごそごそ物色している。

 ほかに目についた物は、置かれたばかりの段袋だんぶくろと短杖を除いて寝袋らしき四つのかたまりと、取っ手付きの空桶からおけ二個の重なりと、竹箒たけぼうきが一本横たわっているだけであり、丸太壁の両側には吊り棚がしつらえられてあった。


 いおりと呼ばれるこの山小屋は年に二回、サリアタ様が祈祷場にてお務めを行う際の単身寝床として建てられた模様。

 四人での泊まりは不適当だったが、そこは仕方ない。


「そういや雑巾がねえんだよな。弁当の包みでいっか」


 毛織帽子にかっこいい感じにさってあった風切羽根かざきりばねの先端が、いつのまにか前を向いてしまっている。


「バレストランド。おまえのそばにほうきがあるな。そんでこん中はちりが溜まっとるわな。わし水汲んでくっから。頼むぞ」


 言いながら二個の空桶からおけを両手にげ持った。

 水の調達先は、祈祷場に昔からある湧き水とのこと。

 ここから西へ二百メートルほどと言う。

 森林内部に自然形成された岩石地帯。

 樹海の魔法使いの仕事場に興味があった。


「わたしも一緒に行っていいですか?」


「もちろん。荷物はそこらへんにな」


 瘤杢目こぶもくめの長杖を玄関脇に立てかけ、おろした背嚢はいのう段袋だんぶくろの隣に置き、そうして二個の木桶をおれが受け持った。

 いおりの裏手からセナ魔法使いの話し声が聞こえ、あいつ誰と喋ってるんだと見に行ってすぐ笑いながら戻ってきた。

 空き地を囲うやぶの一か所に踏み込んだサリアタ様に続いて結界の外側から認めたその内側は、もはや丸見え。

 なんだか、童話の書き出しのような景観だなと思った。

 深い深い森のあるところに、老いた魔法使いの隠れ家が、ぽつんと佇んでありました。




 ふたりで向かった祈祷場への道すがら。

 おれは気になっていたことを口にした。

 先刻、結界に入る直前に気づいた音の途絶について。

 その点これまで触れることはなかったが、考えてみれば隠蔽手段としても用いられる以上そこは当然と言える。

 外部に音が駄々漏れでは、頭隠して尻隠さずだ。

 結界なる魔法の作動原理に関しては、形而上けいじじょうの観点からの説明はかるく受けていたものの、先ほどセナ魔法使いから聞いた話だと、どうやら物理法則も絡んでいるようで。

 今後のためにも、詳細を伺ってみたのだった。


「そうなんだよ。言葉足らずだったね。すまんすまん」


 歩きながら、ぱきっと小枝の折れる音。


「音は現象、魂は存在。異質なその二つを結びつけとるんが空間で、あらゆる空間に働く波動に干渉をかける魔法が、結界っていうちから技なんだ。魂こそ、その波動のかたまりでね。影響をもろに受けるんよな。そんで音ってのも波動だろ。だから、ついでに音も切れちまうって寸法」


「光も、波動の一種です」


 林床りんしょうに落ちる木洩れ陽を踏んでいく。


「音は切っても、光は切ってませんよね。結界の原理は、波動の反復周期と関係あるんですか。つまり周波数」


「おまえさんも、つくづく因果な男だよね」


 呆れた顔をしみじみと向けられた。


「そういう理屈になるんだろうな。いかにも科学的な解釈だとさ。実際、音を通す結界や光を遮る結界なんかも、やりようによっては張れっかんね。間違っちゃいない……と思う」


 歯にものが挟まったような返答だった。

 かぶっている毛織帽子をおもむろに取り。


「ありゃ、かっこいい感じじゃ、なくなっとった」


「違和感がありますか」


「て言うかねえ。波動の振り幅の問題だけじゃ、結界ってもんを片づけられんのよ。例の、気づき云々(うんぬん)ってところ」


「魂が気づかなれば無いも同然」


「それは結界が、存在と現象とが絡み合う空間に干渉しておるから、起こることでね。魔法使いであれば、空間に結界を張れるってのは直感的にわかる。けれども、結界を張れる空間とはなんぞやと問われると、魔法使いにも答えられん。老シタヒンゼですら。当然わしにもな。つまるところ、結界って魔法の真髄は、ちからそのものじゃないってこと。本当にやばいのは、あたりまえにそこにある空間なんよ」


「空間……ですか」


「だから結界ってもんを掘り下げるとなるとね。宇宙の誕生にまでさかのぼって考えにゃあならんのよ。神様が宇宙をこしらえたとき、現象の生じる空間を先にひらいてから、意識の生じる魂を流し込んだのか。それとも意識を生じさせてから、空間を拓いたのか。そういう話になってくんの」


 言って目線を、手に持つ毛織帽子へ落とした。


「先生は、鎌鉾かまぼこの羽根、見たことあるかい」


「……ええ、あります。石打いしうちを。綺麗な尾羽ですよね」


「これはたぶんカラチどりの羽根だから、だめだけど」


 外した風切羽根かざきりばね羽軸うじくをつまんで、くるくる回しながら。


鎌鉾かまぼこの羽根ってさ、地色は暗いが、こんなふうにして眺めると、いろんな色が見えるよな。見る角度で、色味がころころ変わる。七色に見えよる。それに似とるわ。空間って」


「視点によって空間の見え方が違う?」


「見え方が変わるその視点の違いが、魂の気づきってことよな。その如何いかんで、あれこれ七変化しよると。べつの言い方をすっと、空間の有り様は、ちゃんと見るまで決まらない」


 ……ああ、なるほど。


「さっぱり意味がわかりません」


「言ってるわしもわかりません」


 くすくす笑う。


「なんだけど。そんな摩訶不思議を持ち出さんと、結界がもたらす効果を説明できないんだ。めんどくせえんだよ」


 観測される事実に理論が追いついていない。


「空間は、意識があってこそ生じると」


「そうなんじゃねえかっつう話。魔法陣にしても結界の化けもんとは申せ、わしらとおんなじ空間を使っとるわけよな。おんなじ理屈が通るはず。理屈の根っこはわからんでもね」


「用法が確立されている魔法でも、原理は仮説なんですね」




 風雨に曝され破断面の摩滅した大小の岩塊がんかいが結構な数、点在しており、三メートルちかい巨石もちらほらあった。

 総面積はおよそ五十平方メートル、森林との境に断層が露出、浅い窪地が岩場になっていて、裾野の斜面に沿って北西から南東へと縦長に延びていたのだった。


 ひとわたり眺めた地形の印象は、河川跡。

 おそらく渓流の激しい流れに従い、山の上から転がり落ちてきた岩が、低い川底に引っかかってこの場に集積、長い年月の末、水源が枯れたか、水筋みずすじが変わったかの結果だろう。


「やっぱし先生もそう思う? わしもそう思っとった」


 わずかの坂を降りて窪地に入り、雑草の繁る岩間を歩く。

 到着した祈祷場は、緑にぐるり囲まれた灰色はいしょくの岩石地。

 色の対比で目立つ場所だが、あきらかに自然物だ。


いおりの礎石はここの石なんよ」


「サリアタ様が、建てられたんですか?」


 違う違う、と片手をひらひら振った。


「建てたんはビルヴァの衆。もう四十年くらい経つかな。わし目当てに集まってきよる霊たちを、御神木へ送るんに、ここが具合いいって話をゾミナにしたら、当時はおさだった爺様が請け負ってくれてね。わしは棟梁とうりょうに注文つけただけ」


「築四十年ですか。確かに頑丈で、修繕の簡便性を優先した合理的な設計ですよね」


「一年に十日ほどだからねえ。人の住まない家は壊れんの早い。ときたま坊が、温泉で遊びたがるんで、ついでに立ち寄らせたり。わしもるだけは、ちょくちょくとるよ」


「そういえば近くに温泉が」


「こっから南にくだったとこ。浅いけどな」


 かつての川の下流域に、熱水泉が湧いているわけか。

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