04
驚くべき事実が、立て続けに書かれてあった。
読みながらの処理が追いつかず、途中から。
思考は停止していた。
サリアタ様が言う。
「まあ……そういうことらしいんだわ」
目線がおれの手元へ落ちた。
「どれもこれも、わしらには到底、知る由もない情報だ。まるごと棚上げするほかなかった空欄まで、一気に埋まったもんだから、わしの頭じゃ捌き切れんでな。今さら急ぐわけでもないのに、思わず先生を呼び出しちまったよ」
くっくっくっと苦笑い。
その表情からは疲労が窺えた。
「二人から聞きました。これを書き起こすために取られた手段。具合のほうは、いかがですか」
「なんとかな。そんでもさすがに堪えたわ。あれのちからをあの魔法に仕込んだんは、わしだがよ。二度とはご免かな」
からから笑って、ため息を深々と。
「昼頃に村を発つつもりでおったんだが……どうすっか。書庫への日取りが延び延びになっちまうからのう」
「いえそこは、お構いなくお願いします」
うむと頷いた起きぬけの顔を、両手でばしばし叩かれた。
「車の外の道っぱたに、忽然とお立ちになられてなあ」
言いながらご自身も立ちあがり、思いきり背伸びをする。
「どっかで会ったことのある雰囲気だなあ、と思って考えたら昨日わし、見ておった。ゾミナんとこで、先生の魂の年輪を覗いたとき。そんとき姿が、ちらっと見えたんよな」
振り返り、幌窓の幕を捲りあげた。
おれも背後の幕を捲ってその下端を上に引っ掛ける。
「只者じゃない雰囲気だったんで憶えとった。真っ先に存在感を出しとるから主格だろうな。えらい別嬪だったぞ」
左右の幌窓がひらいて車内はすっかり明るくなった。
互いに長椅子に座り直し、老魔法使いを対面に見返すと。
……目つきが鋭くなっていた。
その眼差しに促され、おれの思考も回り出す。
「お出ましの目的は、旧墓地に出没した霊団の排除。だから、わしらが追ってるこの件とは、直接的には無関係……のようなんだけれども。伺えたお話しは、ご覧のとおりでな」
ふたたび手に取った三枚の紙。
「終わってみれば言伝よ。サオリ・クラモチの思惑を、マテワト・フロリダスが正しく理解するための助言ってこった」
なにかを追い求めている人間には、そのなにかにつながる情報が、必ずもたらされると、おれは信じている。
あらゆる角度から、それは必ず訪れる。
「しかし、書いててつくづく思ったね。おまえさんは真、ご先祖との縁が深いのう。こんだけの情報をお持ちだった御陰様。視線でのやり取りだったんで言語はわからん、素性も、明かされんかったがよ。どう転んでも地球人だぜ」
「ええ。そのようですね……」
呟き応じ、紙面を見おろす。
先ず以て? この星で誕生した最初の人間?
はい。さおりは、神の子として命を得、神の子として殉じました。この星に依って立つ人類の歩みを知る子です。
サオリ・クラモチは、つまり。
大神の娘です。われらが母神の子なのです。
「……神が、人として生まれ落ちる。有り得るんですか?」
「有り得るかどうかは、森の姫様が教えてくれとるな。自称、鹿の身を纏っておられるあのお方も、神の子だからの」
ああ、そうか、そうだった。
「日がな、森をお散歩されとる可愛い女神様も、サオリの娘――いや、オオなんたらカミ様の分魂なんよ。つまりはそういうこったろう。『倉持さおり』という人の身を纏ったその分魂の源は。道理でな。手も足も出んわけだよ。……サオリの本当の名前なんてったっけ?」
オ・オ・カ・ド・ヌ・シ・ノ・カ・ミ――『大門主神』
「メソルデさんの魂の年輪を透視されたとき、仰ってましたね。この子には守護様がひとりもいない。そんなことは普通はない。だからその背後は十中八九、ビルヴァの古霊。存在感を消してるんだと、そう、見抜いておられた」
「よもや、神様を背負っておったとはのう」
「彼女はこの道行きで、名実ともにメソルデ・クランチ魔法使いとなりました。巫女の覚醒。どうやら、それを促したのも」
「おまえさんの御陰様のようだの。……ただなあ、いま話したけれどもサオリ・クラモチが絡むこの件と、御陰様とは、直には関係なさそうなんだよな。この件に関しての受け答えはいずれも、第三者の立場。サオリ・クラモチが起こした行動からその胸中を推し量っての発言なんよ」
フロリダス殿の身辺に起こった幾度かの妙な出来事。すべてサオリ・クラモチの仕業とみていますが、いかが。
同感です。
彼女の意図は、なんだと思われますか?
この状況が、その答えだろうとわたくしも思います。
「そうですね。返答が客観的ですね」
「だから、メソルデの覚醒があの天井図の認識につながったとは考えにくい。たとえメソルデが魔法使いとして仕上がらんかったとしても、あの子は、あれを見たろうよ」
顔をあげた。
「やはりご覧になっておられましたか」
「うん見た。ぶったまげたなあ」
そこでサリアタ様が、眼前の虚空に人差し指で。
◯
⛩
◯ ◯
「こんな感じの絵図だったよな」
「そうです。正三角形を成す頂点に獣の顔を正面から描いた三つの絵。そしてその三か所の頂点からの垂線の交わる一点に謎の絵という規則性をもった配置」
「あれが、婆さんが言うとった天井の落書きだろうなあ。吹き抜けの原因かどうかはわからんが。そこんとこの究明はもう、どうでもいいわな。それどころじゃなくなっちまった」
言って『⛩』を描いた空間を指差す。
「真ん中にあった一つの字。字と言うより、ありゃ記号かね」
「おそらく。古語なのかもしれませんが、わたしには読めず、記号と見なすほかない状況です。意味もわかりません」
「まあ、意味はわからんでも、そこが、あの絵図の肝なんは間違いなかろうのう。構図からしてよ。フロリダス殿」
まっすぐにおれを見た。
「どうやらサオリ・クラモチは、おまえさんを……禁足地とやらへ連れて行きたいがために、あれやこれやと昨日ちょっかい出してたようだよ。そんでもって明くる日の今日。おまえさんは、冒険物語さながら謎の絵図を手に入れました」
その禁足地とやらは、どこに?
まさに今、大神のご威光に照らされているのです。その状況が、さおりの意図を思い做した理由です。
「御陰様のお見立て……正解だろう」
「ええ。わたしもそう思います」
「真ん中に描かれとった記号。あれが表しておるのは禁足地。要するにあの絵図は、禁足地の在処を示す地図」
「現状、配置図と仮定してます」
「つうことは、禁足地を取り囲んでる三匹の獣のうち、二匹の居場所がわかれば辿り着けるってわけか」
「はい。二か所だけでも特定できれば、正三角形の内角は六〇度、残りの一か所も判明。正三角形の一辺に対し垂線の角度は九〇度、垂心に位置する記号も判明。二つの該当地点をそれぞれ二か所に絞り込めます。その理屈はあくまで配置図として見た場合の話しですが、おそらく三匹の獣の役割は、道標。配置図ではなかったとしても、それらの意味するところの解明が重要になる気がします。しかし」
「メソルデが言うとったように、わしにも犬に見えたんだよな。ココちゃんに似とるかどうかは、わからんけどもね」
「そうですか。それらを犬と仮定しても」
「犬ありきの場所ってことだよな?」
「そう思うんです。しかし、土地勘のないわたしには皆目。サリアタ様。どこか心当たりございますか?」
「土地勘あっても全然わかんない」
顔をふるふる左右に振った。
「場所に獣が集まっとるところなら、林を抜けた先にあるけれども。たぶん違うよなあ。牛ならともかくな。なんぞ手がかりになりそうなことは申されてなかったし。うーん。肝心の読み解きは、宿題になりそうだのう」
ただ、獣を意味する対象は、外に求めるまでもなく。
同一空間の内に、有るには有るのだった。
……龍。
「てかさ、旧墓地のあの地下よ。神殿じゃあ、ないってさ。龍の柱は飾りだと。御陰様からそれ聞いて、ずっこけたよ」




