02
聞いて思わず顔を見合わせたゾミナ様が、早口に問う。
「この子にも魔女っ子さんとの過去生が残ってたの?」
「いや、魂は、まだ視とらん。視る前に気がついた。おそらくな、先方さん。メソルデの背後についとるわ」
「なんですって?」
「十中八九、この子の守護様だ……」
そう答え、夫人へ顔を振り向けた。
「……だと思います」
「視えたわけ? お役目が」
「いんや、逆だ逆」
片頬をわずかに顰めて苦笑した。
「見つからんかったんだよ。この子についとる守護様が、ひとりもな。けれども背後のおらん人間なんぞ、おらんだろ。誰かしらついとるもんだ。必ず。ま例外もあるっちゃあるが、この子には全く当てはまらん。それでも、見つからん、ということはだよ。メソルデの守護様は、わしには視えん相手ということ。わしよりも、ずっと格上のちから持ちで、存在感をきれいに消しとるんだ。そんな真似ができるんは。そういうことだろうよ」
洞窟にて、アラマルグが遭遇した幼い魔女の霊。
林道にて、おれに干渉した黒髪の少女の霊。
正体不明の古霊を指して、そう答えたのだった。
「なによもう。この子の守護様」
そういうことだったの……と、ゾミナ様が唖然とした口調で呟くと、サリアタ様が。
「どうやらな。顔がそっくりなんは、それでかのう。わからんけれども、魔女っ子さんを後ろにつけとるメソルデは、オキナツ・サワダ殿の家におったメソルデ似の女の子と、深い縁を持っておるのは間違いなかろう。でなきゃ、いくら顔が瓜二つでも、背後につきたいとまでは望むまいよ」
「やっぱりメソルデは、その子の生まれ変わりなのね」
「ただ、そうなるとだ。魔女っ子さんは、はるか昔にくたばって、天下に留まったまんま、現代に生まれたメソルデを庇護下に置いたことになる。これまでわしが視てきた守護様は皆、縁の深い魂が、そのお役目をもって天上から降りてきておったが。それが定番なんだと思っておったが、こんな納まり方もあるんか。うーん。だけれども、それは――」
言い差して、夫人に目を向けた。
「現在の目的よな。本来の目的は、別にあったはず。そっちが、古霊となった元々の理由だろう。こいつぁ先方さん。わしらが思った以上に、面妖なお方のようだぞ」
室内をゆっくりまわし見た。
「それ故なのか、ちからの強さからなのか。メソルデの命を見守りながら、洞窟にも林道にも出没しとる。ずいぶんと身軽なご様子。サワダ・オキナツ殿が居るこの家にも、すでにお越しなさっておられたのかな?」
にやり、笑った。
その口元が、すっと引き締まり。
言葉遣いも厳かに、虚空へ呼びかけた。
「メソルデ・クランチが守護様よ……。ビルヴァが曰くの古霊よ……。おいでならば、お出ましくださらんか。ぜひにご意志を承りたい」
静まり返る。
そうして耳に届いたのは、しかし。
二階の部屋で二人が発てる物音のみ。
「御影様よ。音沙汰でも構いませぬ。どうぞ、お応えを」
ふたたび呼びかけ、促した。
状況の推移に固唾をのむ。
すると。
静寂の居間へ、天井から籠もった声が――。
なんでぶつんだよ、先生に言いつけるからな。
あんたが遊んでるからよ、ちゃんと探しなさい。
探してますう、ちゃんとやってますう、痛えっ。
「……いないのかしら」
ゾミナ様が言う。
「いや、たぶん、おる。この家の存在感の密度が、わしら六人のそれだけでは、ちいとばかし足りん気がするのよな。不自然に抜け落ちとる感じがする。もし、当たりなら、この違和感は……わざと、だろうな。ちからの程度を考えるとな。それが先方さんの返事なのかもしれんわ」
「お話しを伺うのは無理そうねえ」
「守護様のほうもメソルデに似て、とっても恥ずかしがり屋さんのようだの」
「でも魔女っ子さん、言葉は喋れるのよね?」
「うむ。そのようだなあ。あの意味深な言葉を先生は、ちゃんと声で聞いとったからのう。受け取った思念を脳みそが訳した意味じゃなく、相手の声で、しっかり言葉を聞いておる。そうなんだよな?」
思い返す。
(初めまして。わたしを憶えていますか)
……聞いている。
彼女の声を……おれはそのとき確かに聞いた。
「言葉も天下の柵の一つだから、死んだあとには心残り。その有り様からすっかり忘れとると見込んでおったが、憶えとったようだの。まあ、そんでも、お化け仲間の話し相手があの婆さんではなあ。黙りを決めたくなるのもわかるわい」
くすくす笑って、おれを見た。
「そういえば、その言葉。公用語だったんか?」
不意にそう問われ、はい、と頷きかけて。
おれは固まった。
(初めまして。わたしを憶えていますか)
公用語。
当然のように聞き取っているので、公用語。
だったように思うが。
あらためて言われ、よくよく考えてみると……。
わからなかった。
言語が、わからない。
あれは……何語だ?
サリアタ様をじっと見返した。
声しか聞こえなかった円卓での会話。
そこで飛び交っていた言葉も、何語だったんだ?
あたりまえのように理解していたが。
オキナツ・サワダの存命年代は推定、紀元前。
公用語の制定前であり、なおかつ原形となった第一言語と現代の公用語とは、もはや別物。
もし、公用語だったとしたら。
議論内容と使用言語とが、ちぐはぐだ。
一致しないと言うことはやはり全部あれは、記憶?
机に置かれてあった場違いな封書にしても。
おれは、何語の文面を読んだんだ?
頭をかかえた。
「あれま。先生、悩んじゃったよ」
「わからないんです。何語だったのか。公用語だったのか、どうか。わからない」
指摘されるまで気づかなかった。
ゾミナ様が言う。
「古語だった可能性もあるわけね」
「なるほどな。霊が発する声は耳が聞く音ではないからのう。古語だとしたらその聞き取りは魔女っ子さんの干渉で、オキナツ・サワダ殿の過去生が影響したのやもしれんな。そこらも、素性を確かめる手がかりになりそうだの」
あの体験は、セナ魔法使いも追体験している。
二人の男の会話も聞いたと彼女は言っていた。
彼らの話し言葉を、支障なく理解していたように思う。
ならばやはり、すべて公用語だったのか?
「さてと。その点はひとまず置こう」
サリアタ様が、メソルデに向かって微笑んだ。
「おまえさんには、とってもちから持ちの魔法使いの女の子が、守護についておる。どうやらそうみて間違いなさそうなんだけれども、その魔女っ子さんは、メソルデが産まれるずっと前から、ビルヴァに居ったようなんだな。それはなぜなのか。どうしてそんなことになったんか。そこんところがわからない。そこんところが、もしかしたら、魔女っ子さんと仲良しだったかもしれないおまえさんの魂に、残っておるやもしれん。それを今から探してみたい。よろしいかな?」
老魔法使いをまっすぐ見返し、背筋を伸ばした。
普段の声量よりも少し張った声で、はい、と頷く。
「わたしも、わたしをお守りくださっている守護様が、どなた様なのか。知っておきたいです。お願いします」
一語一語をはっきりと発音し、そう答えた。
彼女が薫陶を受ける老魔女に似た、凛とした態度であった。




