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噤みの森(つぐみのもり)  作者: べにさし
真偽の天秤
148/205

02

 聞いて思わず顔を見合わせたゾミナ様が、早口に問う。


「この子にも魔女っ子さんとの過去生が残ってたの?」


「いや、魂は、まだとらん。視る前に気がついた。おそらくな、先方さん。メソルデの背後についとるわ」


「なんですって?」


「十中八九、この子の守護様だ……」


 そう答え、夫人へ顔を振り向けた。


「……だと思います」


「視えたわけ? お役目が」


「いんや、逆だ逆」


 片頬をわずかにしかめて苦笑した。


「見つからんかったんだよ。この子についとる守護様が、ひとりもな。けれども背後のおらん人間なんぞ、おらんだろ。誰かしらついとるもんだ。必ず。ま例外もあるっちゃあるが、この子にはまったく当てはまらん。それでも、見つからん、ということはだよ。メソルデの守護様は、わしには視えん相手ということ。わしよりも、ずっと格上のちから持ちで、存在感をきれいに消しとるんだ。そんな真似ができるんは。そういうことだろうよ」


 洞窟にて、アラマルグが遭遇した幼い魔女の霊。

 林道にて、おれに干渉した黒髪の少女の霊。

 正体不明の古霊これいを指して、そう答えたのだった。


「なによもう。この子の守護様」


 そういうことだったの……と、ゾミナ様が唖然とした口調で呟くと、サリアタ様が。


「どうやらな。顔がそっくりなんは、それでかのう。わからんけれども、魔女っ子さんを後ろにつけとるメソルデは、オキナツ・サワダ殿の家におったメソルデ似の女の子と、深いゆかりを持っておるのは間違いなかろう。でなきゃ、いくら顔が瓜二つでも、背後につきたいとまでは望むまいよ」


「やっぱりメソルデは、その子の生まれ変わりなのね」


「ただ、そうなるとだ。魔女っ子さんは、はるか昔にくたばって、天下にとどまったまんま、現代に生まれたメソルデを庇護下に置いたことになる。これまでわしが視てきた守護様は皆、ゆかりの深い魂が、そのお役目をもって天上から降りてきておったが。それが定番なんだと思っておったが、こんな納まり方もあるんか。うーん。だけれども、それは――」


 言い差して、夫人に目を向けた。


「現在の目的よな。本来の目的は、別にあったはず。そっちが、古霊これいとなった元々の理由だろう。こいつぁ先方さん。わしらが思った以上に、面妖めんようなお方のようだぞ」


 室内をゆっくりまわし見た。


「それゆえなのか、ちからの強さからなのか。メソルデの命を見守りながら、洞窟にも林道にも出没しとる。ずいぶんと身軽なご様子。サワダ・オキナツ殿がるこの家にも、すでにお越しなさっておられたのかな?」


 にやり、笑った。

 その口元が、すっと引き締まり。

 言葉遣いもおごそかに、虚空へ呼びかけた。


「メソルデ・クランチが守護様よ……。ビルヴァがいわくの古霊これいよ……。おいでならば、お出ましくださらんか。ぜひにご意志をうけたまわりたい」


 静まり返る。

 そうして耳に届いたのは、しかし。

 二階の部屋で二人が発てる物音のみ。


御影おかげ様よ。音沙汰でも構いませぬ。どうぞ、お応えを」


 ふたたび呼びかけ、促した。

 状況の推移に固唾をのむ。

 すると。

 静寂の居間へ、天井から籠もった声が――。


 なんでぶつんだよ、先生に言いつけるからな。


 あんたが遊んでるからよ、ちゃんと探しなさい。


 探してますう、ちゃんとやってますう、痛えっ。


「……いないのかしら」


 ゾミナ様が言う。


「いや、たぶん、おる。この家の存在感の密度が、わしら六人のそれだけでは、ちいとばかし足りん気がするのよな。不自然に抜け落ちとる感じがする。もし、当たりなら、この違和感は……わざと、だろうな。ちからの程度を考えるとな。それが先方さんの返事なのかもしれんわ」


「お話しを伺うのは無理そうねえ」


「守護様のほうもメソルデに似て、とっても恥ずかしがり屋さんのようだの」


「でも魔女っ子さん、言葉は喋れるのよね?」


「うむ。そのようだなあ。あの意味深な言葉を先生は、ちゃんと声で聞いとったからのう。受け取った思念を脳みそが訳した意味じゃなく、相手の声で、しっかり言葉を聞いておる。そうなんだよな?」


 思い返す。


(初めまして。わたしを憶えていますか)


 ……聞いている。

 彼女の声を……おれはそのとき確かに聞いた。


「言葉も天下のしがらみの一つだから、死んだあとには心残り。その有り様からすっかり忘れとると見込んでおったが、憶えとったようだの。まあ、そんでも、お化け仲間の話し相手があの婆さんではなあ。だんまりを決めたくなるのもわかるわい」


 くすくす笑って、おれを見た。


「そういえば、その言葉。公用語だったんか?」


 不意にそう問われ、はい、と頷きかけて。

 おれは固まった。


(初めまして。わたしを憶えていますか)


 公用語。

 当然のように聞き取っているので、公用語。

 だったように思うが。

 あらためて言われ、よくよく考えてみると……。


 わからなかった。

 言語が、わからない。

 あれは……何語だ?


 サリアタ様をじっと見返した。


 声しか聞こえなかった円卓での会話。

 そこで飛び交っていた言葉も、何語だったんだ?

 あたりまえのように理解していたが。

 オキナツ・サワダの存命年代は推定、紀元前。

 公用語の制定前であり、なおかつ原形となった第一言語と現代の公用語とは、もはや別物。

 もし、公用語だったとしたら。

 議論内容と使用言語とが、ちぐはぐだ。

 一致しないと言うことはやはり全部あれは、記憶?

 机に置かれてあった場違いな封書にしても。

 おれは、何語の文面を読んだんだ?


 頭をかかえた。


「あれま。先生、悩んじゃったよ」


「わからないんです。何語だったのか。公用語だったのか、どうか。わからない」


 指摘されるまで気づかなかった。

 ゾミナ様が言う。


「古語だった可能性もあるわけね」


「なるほどな。霊が発する声は耳が聞く音ではないからのう。古語だとしたらその聞き取りは魔女っ子さんの干渉で、オキナツ・サワダ殿の過去生が影響したのやもしれんな。そこらも、素性を確かめる手がかりになりそうだの」


 あの体験は、セナ魔法使いも追体験している。

 二人の男の会話も聞いたと彼女は言っていた。

 彼らの話し言葉を、支障なく理解していたように思う。

 ならばやはり、すべて公用語だったのか?


「さてと。その点はひとまず置こう」


 サリアタ様が、メソルデに向かって微笑んだ。


「おまえさんには、とってもちから持ちの魔法使いの女の子が、守護についておる。どうやらそうみて間違いなさそうなんだけれども、その魔女っ子さんは、メソルデが産まれるずっと前から、ビルヴァにったようなんだな。それはなぜなのか。どうしてそんなことになったんか。そこんところがわからない。そこんところが、もしかしたら、魔女っ子さんと仲良しだったかもしれないおまえさんの魂に、残っておるやもしれん。それを今から探してみたい。よろしいかな?」


 老魔法使いをまっすぐ見返し、背筋を伸ばした。

 普段の声量よりも少し張った声で、はい、と頷く。


「わたしも、わたしをお守りくださっている守護様が、どなた様なのか。知っておきたいです。お願いします」


 一語一語をはっきりと発音し、そう答えた。

 彼女が薫陶くんとうを受ける老魔女に似た、凛とした態度であった。

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