06
同一人物だったなら、ビルヴァに居着く幼い古霊と。
おれ自身とのつながりが、確定的となる。
得も言われぬ緊張で、痺れるような感覚があった。
それまでおとなしく二人の魔女のあいだに収まっていたアラマルグが、なにやらそわそわし始めた。
緊張が伝わったのかと思ったが、なにかを探すようにきょろきょろ室内を回し見て、困ったように首をひねる。
そうしてちらちらと、おれを見る。
落ち着きのないその様子にゾミナ様も気がついて、どうしたの? と問いかけると、彼が、おれをまともに見つめ。
「先生いま、なんにも言ってないよね?」
そう訊ねた。
「ああ。なにも言ってないよ」
答えると、そうだよね……と呟く。
頷いておれは長椅子へ目をやった。
そこに座るサリアタ様と、その面前に立ったセナ魔法使いとが、見るべき記憶について話し合っている。
「なによアラム。先生の声が聞こえたの?」
「ううん、ごめん。木の精だったかも」
苦笑いを浮かべ、口元で茶碗を傾けたのだった。
そんな少年の様子を受け、ふと思い出した。
朝方、一緒に歩いたポトス湖の岸辺。
そこでも彼は、同じようなことをおれに訊ねていた。
(先生なにぶつぶつ言ってるの?)
「……そういえば」
(言ってたね。ぜったい言ってた)
その時のことを口にしかけた時だった。
「どうわっ」
サリアタ様の大声と同時にごんと鈍い音がして驚いて見ると、禿頭のうしろを両手で押さえ辞儀するように深々と前傾しながら、くうううと呻いた。
何事かと一瞬あわてたが、その悶絶の様子を見おろす魔女の後ろ姿は黙ったままで動揺の気配はなく、そして長椅子の背後には、布製の小物入れが掛かる板壁があった。
ああ、どうやら。
そのちからの育ての親であっても。
脊髄反射は避け難いようだ。
「カユ大丈夫?」
「……ううう、だいじぶ」
「喧嘩相手が柱じゃなくてよかったわね」
老魔法使いの災難を前に凝然と立ち尽くしていた夜色の衣が、やがて末広がりの裾をひらり翻し、こちらを向いた。
魔女の瞳が、おれをひたと見据える。
「あなたが見た子と、同じ子だと思う。着てる服は違うけど、顔つきが。背丈も年頃も」
「大当たりだな……」
言いながらゆっくり頭をもたげた。
照合の結果を告げたセナ魔法使いがすぐさま長椅子に腰をかけ、サリアタ様の後頭部の状態を検める。
ゾミナ様が問う。
「その子も魔女ね?」
「それが、わからん。おでこに徴がない。なかったろ?」
「うん。前髪越しでも、ないように見えた。そこは先生が気づいてなくて、体験の記憶に残らなかっただけかなって思ってたんだけど。元からなかったのね」
ひたいが示す異能の証。
聞いておれも窓の向こうに立った少女の顔を思い返してみたが、もはや、わからなかった。
「しっかし先方さん。おのれの生前の面、先生の目に曝しとったなあ。姿どおり子供らしい、裏のない素振りだね。お陰であっさり見つかったが……痛っ。そこ押すな」
「でも、問題は、ここからよ。オキナツ・サワダ邸を訪ねてきたその女の子。ちから持ちの魔女のはず。何者よ」
「あかくなってる。ここ」
「だから押すなっつの。あの子が何者かは、もうちっと先を視てみんことには……さっきの場面。確認で切っちまったが、まだ続きがありそうだった。フロリダス殿」
呼びかけに、おれは頷いた。
「だから押すなっつの」
姿のとおり子供らしい、裏のない素振り。
サリアタ様が評したその古霊の少女が身にまとっていた服装は、巫女装束に酷似した。
嘘偽りのない自分の姿を曝け出していたのだとしたら、オキナツ・サワダが迎えた訪問者は、つまり。
本物の巫女であった可能性が高くなる。
そういえば……。
公文書館で読んだ巫女に関する記録のどこにも。
先天的な前頭骨の陥没――第三の眼孔についての記述は、書かれていなかったような。
彼女たちには、この星では当然となった魔法使いである特徴は、なかったのかもしれない。
おれの前世『沢田沖夏』は、巫女と面識をもっていた?
その巫女の魂が、現代のこのビルヴァに……。
(ご先祖様の手鏡よ。あの子なら、似合うと思わない?)
事実を捉え違えているのは、おれのほうなのか?
「この感情は、なんだろう」
胸元を凝っと見据えながら、眩しそうに眉根を寄せた。
「幼いこの子を前にして込みあげてくる、この気持ち。いろんな感情が綯い交ぜになって、オキナツ・サワダ殿の心を埋め尽くしておるようだ。なんだかこの場面。見れば見るほど苦しくなる。たまらんわ」
片手で、すっと目元をぬぐった。
「先生にちょっかいした魔女っ子さん。おのれの姿をすっかり曝しとったんよなあ。それがなにを意味するか。自分のことを、思い出して欲しかったんかのう。……この時代のこの日から、離れ離れになってしもうたんかのう」
そう呟いた氏の隣で、セナ魔法使いが。
「別れの場面ってこと?」
「わからんが。そんな気がな。けれども二人の関係性。どんな間柄だったのか。そこらの具体的な情報が、まったく視えてこん。ああ目が滲む」
言いながら上着の懐をまさぐった。
「バレストランド。さっき渡した手ぬぐいどこやった」
「そこ置いといたよ」
長椅子を指差す。
透視の目線をはずしたサリアタ様が、傍らを見やってから腰を浮かすと、ご自身の尻の下に、それはあった。
ゾミナ様が言う。
「親子ではなさそうよね。お客さんなわけでしょ?」
「うむ。状況からするとな。あの子は、男が連れて参ったように思う。その客の男にしても、何者なんだか」
ほつれた布巾で目元を拭いて、透視を再開する。
その直後だった。
「……あれ? ……え? なんだあ?」
声を戸惑わせた。
「あれえ? わしが今、視とるんは先生の過去生だよな。現世の記憶じゃあ、ないよな。ええっ?」
「余計なことは言わないでよ。魔女っ子さんが関わってそうなところだけよ」
「いやあ。魔女っ子さんらしき黒髪の女の子。その子の隣に、いつのまにか、もう一人、女の子がおってな。すぐ横に立っておるんだが。そっちの女の子が、どういうこっちゃ、わからんのだが」
……メソルデなんだよ。
最後に聞こえたその言葉で、場の空気が固まった。
理解が滞ったのは、おれだけではなかったようだ。
「お爺ちゃん。なに言ってんの?」
「メソルデがおる。魔女っ子さんの隣に」
「ちょっと待ってカユ」
夫人が聞き咎めた。
「その子はメソルデじゃないわよ。似てるってだけでしょ。あなたが視てるのは先生の過去生なんだから、メソルデのわけないじゃないの。混乱しないでよ」
「それは、そうなんだが……。似てるってもんじゃないんだよ。瓜二つなんだ。顔が、まるっきりメソルデなんだよ」
おれの前世に、メソルデが?
いったい、なにが起こってるんだ。
「もう、なんなの」
セナ魔法使いが長椅子から腰をあげた。
そうしてサリアタ様の正面に向かって屈んだ瞬間。
「どうわっ」
のけ反った老魔法使いの肩をつかんだまま、彼女が。
「……嘘」
呟いて、振り返った。
「メソルデだわ……」
自分が見たものを確かめるように、訥々と。
「でも髪の長さが、違う。今のあの子より短い金髪。だから別人。なんだけど。年頃も。顔つきも。まんまメソルデ」
そう言ったのだった。
「どゆこと?」
アラマルグが投げかける。
その問いが、静寂のうちに消えかけた時だった。
きいっと軋む音がして、居間の玄関扉がひらいた。
「失礼します。ゾミナ様。戻りました」
こちらへ向かってぺこんと頭をさげ、扉を閉めていく。
長い金髪を三つ編みにした一人の少女。
メソルデ・クランチだった。
玄関口に現れたその姿に、われらの視線が集中する。
無言の凝視に気づいて彼女がその場でぴたり足をとめ、ひるんだ様子で一歩、あとずさった。
「え? え? ……な、なんですか?」




