表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
噤みの森(つぐみのもり)  作者: べにさし
かたほとりの古――いにしえ
132/205

03

 自説を述べ伝えると、坐卓は、静まり返った。

 誰も言葉を発しなかった。

 それぞれが、それぞれの心に浮かんだなにかを見つめているかのように、午前の村屋むらやは静まり返った。

 遠くでさわぐ子らの声。

 押し黙っていた樹海の魔法使いが、まぶたを伏せてうつ向いて、吐息まじりに呟いた。


「この絵は、先生にしか見えんだろうな。市井しせいもんには思いも寄らん。いかにも」


 言いながら両腕を胸元で組んだ。


「興味深い話しだ。メイバドルの開拓者たちが、森に集まったんは紀元三百年。そう申したな?」


「はい。建設予定地に納入された年月日が、公式文書に記録されております」


「石斧を担いだ木樵きこりさんが大勢ここへやって来たその当時、ビルヴァは、地上の別んところにあったという筋は?」


「もちろん、その可能性もあります。わたしの推理は、公式文書の記録内容が起点となっておりますので、そうだった場合は、もう一つのビルヴァは、ただの絵空事となりましょう。ですが地上に、集落が築かれるとしたら、森の東から遠く離れた場所は選ばれないだろうと思うのです。理由は、サオリです。かつてのフンダンサマが樹海へられた時期はわかりませんが、の地球神の存在は、地球の秘密を背負った彼らにとって、最重要の精神的支柱ではなかったろうかと……。その祭祀場さいしばが、この土地にあります」


 そこで氏が、うむと唸って小首を傾げ、沈黙した。


 サリアタ様が投げた問いは、自説の穴を突いていた。

 報告書の記録に矛盾が生じるのは、紀元三百年以前にビルヴァが地上に築かれていた場合であり、その矛盾を解消する仮説が、地下に築かれた潜伏拠点だった。

 異端者たちが活動した年代は、手帳の記述から、およそ千年前の紀元前後とみて間違いなく、短くともメイバドル建設までは、この土地の地上には人口密集地はひらかれていなかったと仮定する。

 だが、それを事実とすると、書庫の番人の血脈は、三百年ちかくものあいだ、地下にもぐっていたことになる。

 潜伏期間としては、あまりにも長過ぎる。

 サリアタ様は、その三百年間の不明を、あんに指摘した。

 ならば、おれの解釈……お答えしておかねばなるまい。

 地下への扉が見つかれば、ただの空想も、まことに近づく。


「ご指摘のとおり、彼らの潜伏期間は、謎を含んでいます。その点に関しては、正直を申しあげると計り兼ねるところです。わたしの論がほつれるとすれば、そこからでしょう。しかしながら、その点にこそ、もう一つのビルヴァを目指す意義が、あるようにも思うのです。千年前」


 視線を一同に返す。


「当地に現れたビルヴァの開祖は、ロヴリアンスの決断に異を唱えた者たちでした。みずからの過去を放棄することを拒んだ者たちでした。彼らは、この星に至ってなお、地球人で在り続けることを望んだのです。その者たちが復元した禁書群。その原典は、魔法のような電気機器類だったろうとわたしも思います。その利器を機能させるのに必要だった発電機。……しかし、それらは、未だ見つかっていないとのこと」


 確かにと夫人が呟いた。


「そして、発電機の動力源と見なされる蒸気機関。さらにはその山岳地への設置や、地下神殿の構材であった巨石など、重量物の運搬手段も無視できません。そうした先史文明の足跡を、地上に残した地球人たちが、潜伏拠点を、地下に展開したならば、それは、いかなる居住環境であったのか」


 自分の発言で、高揚している自分があった。


「変数に、地球を代入したなら、わたしの式は破綻しない。もしかするとその解は……。もう一つのビルヴァを辿る道は……。時空を超えるかもしれません」


 口走りながら頭の隅で、子供っぽい言辞げんじだなと思ったが、あながち見当外れとは言い切れまいとも思うのだった。

 当地に及んだ異端者たちの足跡からの類推に過ぎないが、超高度の科学力を駆使することに躊躇ためらいがなく、駆使することも不可能ではなかった彼らと言えよう。

 この星の地下の一部が、遥かなる地球の箱庭と化していたとしても、不思議はない。


「時空を超える、か……。まったく、おまえさんらしい言い振りだよ」


 口元をゆるめ、目を閉じたままくすくす笑う。


「鏡を見てみろ。先祖学者の大先生だった面構つらがまえが、おもちゃ屋さんへ向かう子供みたいなつらになっとるぞ」


 皆が一斉におれを見た。

 ……うち、若干一名。

 ものすごくなにかを言いたそうに視線を突き刺してくる方が、左のほうにおられたが、咳払いでやり過ごす。


「ミラチエーゲもそうだったわ」


 ゾミナ様が、ふふふと笑った。

 差しのべられたお言葉に。


「ルイメレク様も」


 乗っかってかじを切る。


「ビルヴァの洞窟へ立ち入られたとお伺いしました。大火以前から存在する古井戸と、手帳を残したご先祖とのつながりについて、お疑いをもたれたからだろうと思います。そうして最終的に双方は、無関係と結論された。その根拠となった情報源は……サリアタ様の千里眼せんりがんですね?」


 話しを戻すと、氏は小さく頷いた。

 伏せているまぶたの裏に遠い記憶を見るように、ゆったりとした口調で。


「そうだった。確か師が、書庫で、休んでおったときだ。そばで遊んでたわしに、思い出したように言っての。いつぞや洞窟を歩きながら書いとった、線を引いただけの簡単な地図をひろげてきて、あっちこっち指差してな。なんべんもやらされたよ。だが、なんべんやっても、わしの答えは同じだった。土塊つちくれしかえんかった」


 やはり、ビルヴァの地下には、なにもない。


「ルイメレク様のご判断には、もう一点、根拠があったはずです。あの洞窟の発見は、今からおよそ二百年前と、お聞きしましたが」


 村長へ目をやると、そのとおりですと肯首こうしゅした。


「で、あればです。それ以前では、地下への扉がありません。千年前のパガン台地は、地上と地下とは不通だった……と、ルイメレク様はお考えになられた。その点も、サリアタ様の観察結果を裏打ちする――疑いを捨てる大きな理由になったと思われます」


「なるほどのう。それで、渓流沿いの洞穴ほらあなか」


 正面に向かってふたたび低頭した。


「かく自説を述べましたうえで、あらためてお願いいたします。おちからをお貸しください」


 顔を伏せつつ、返事を待った。

 すると右肩が、かるく叩かれた。

 ゾミナ夫人のあおい目線が、前を示す。

 見ると氏は変わらずに、厚ぼったいまぶたを閉じたまま、うつ向き加減で佇んでいた。

 もしや……。

 夫人へ顔を戻すと、老魔女は微笑し、頷いたのだった。


 サリアタ様は、すでに千里眼を……。


 これまで話しに聞くのみで、そのちからの行使に際するのは初めてだったので、わからなかった。

 かしこまって口を閉じ、遠隔透視の様子を観察する。

 まもなく気づいた。

 まぶたが、完全には閉じられていなかった。

 伏せたまぶたの下から、うっすら瞳が覗いている。

 半眼はんがんの状態だった。

 うつろなその眼差しは虚空こくうを見据えて微動せず、首だけが時々わずかにうごく。


「フロリダス殿」


 呼びかけに、はっとなった。

 千里眼の目遣いのまま氏が続ける。


「さっきも申したが。ここは、昔に何度かておる」


 早鐘を叩く心音の狭間。


「最初は、師の工房から。ドレスンが訪問した日だ。そのあとも幾度いくたびか、この洞穴ほらあながんを飛ばしておる。まあ、百年ちかく前のことだがのう。けれどもな、そのときに、ルイメレクに話しとるはずなんだ。話した憶えがないんだよ」


 言葉の意味を理解するのに、わずかながらを要した。

 百年前の時点で、空洞をていれば、そう告げたはず。

 察した現場の状況に、頬が大きくゆがんだ。


「見つかりませんか」


「……ない」


 はっきりと耳にし、思わず両目をぐっと閉じる。


「奥の奥まで岩盤だ。息が詰まりそうだよ。残念だが」


 卓をこつこつ叩く音。


「カユ、ちゃんとて。わたしも、先生のおっしゃるとおりご先祖様の機械があるそこが怪しいと思うのよ。黒よ黒」


「わたしもそう思うわ。黒」


「……じゃあ、ぼくも黒」


「くろくろくろくろ言われたって、ないもんはないんだよ。五十メートルくらい先までてみたが、やはり、どこもかしこも岩だらけだ。人工物の影も、いっこも見当たらん。フロリダス殿。地下への扉は、ここではなさそうだのう」


 さかのぼる道が、遠ざかる。

 渓流沿いの洞穴ほらあなが、最有力かつ唯一の該当地点だった。

 それが外れであるなら、ご先祖はどうしてあの場所に。


 旧墓地は百年前すでに千里眼に曝され、神殿以外の空洞はないことが判明している。

 つながりの暗示かもしれない指先は水没していた。

 対象範囲は広域に渡り、割り出すのは困難。

 謎は、謎のまま残るのか……。


 卓上に突いたひじのあいだで、おれはうなだれた。


 サリアタ様の千里眼は、着眼点を指定する。

 指定がなければ、視線は届かないようだった。

 つまり、所在不明のものを探し当てる用途には不向き。

 そうでなければルイメレクも、もっと早くに書庫へ辿り着いていたはずだ。


 禁書の隠し場所。

 危険な場所とのことで、準備をしてから行くと昨晩、氏から聞いたきり、遠からず知るところでもあったので聞かぬままでいたのだが、状況が変わった。

 地下への足掛かりは、書庫の位置情報しかなくなった。

 だが、しかし……。

 おれがご先祖だったなら。

 存在理由と、潜伏場所とは切り離す。

 秘された書庫から、もう一つのビルヴァに至る可能性は、限りなく低いだろう。

 そう思った時だった。


「……んん? いや、ちょっと待った」


 耳に入った氏の言葉に、うなだれた首をもちあげると、千里眼を使う首のうごきが忙しくなっていた。


「これは……。ほう……。こいつはおもしろい」


「なによ? なんかあったの?」


 夫人に続いて思わず。


「空間ですかっ。洞窟が見つかりましたかっ」


 卓上へ身をのり出すと氏が。


「いや違う……。洞窟は、ない。空洞はどこにもない」


「だったらなにがおもしろいってのよ」


「空洞は、ないんだがな。洞穴ほらあなの奥と、ふさいどる岩盤とが、つながっとらん。ちょびっと隙間があるんだよ。洞穴ほらあなの奥んとこで、岩盤が、断ち切れとる。これは……」


 一拍置いて、言った。


「洞窟が、続いとった跡じゃないんか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ