23:「一方的にやられている方に味方するというのが、時として道理に適うこともある」
「……さゆみ」
「うん」
「次はハッタリかけるわよ。本当に跳ね返すんなら、その時のことも考えないと」
私たちは次の攻撃の準備をする。あくまで外見上はさっきと同じくらいの威力にして、中身は男子が手加減して投げたドッジボールが当たったくらいのもの。もっと弱くしないと私たちも痛いのだが、威力を強く見せたまま、これ以上勢いを弱めることはできない。
「……はっ!」
私の炎とロゼの氷が入り混じってクールを襲う。本来なら相殺するはずの二つの勢力が、まるで相性抜群のように混ざりあって、直線的に突き進む。しかし。
「まあ、跳ね返すと予告されたからと言って、やらないわけにはいかないからな」
まさしくクールの言う通りになった。クールに届くはずだった炎と氷は、目の前で回れ右をして、私たちにそっくりそのまま返ってきた。いや、むしろ速くなっている。実際の威力を弱くしていたことで大した痛手にならずに済んだが、それでもその場で尻もちをついてしまうくらいのものだ。視界が下に移動する寸前、クールたちの方を見た。ヴィテスがクールの隣にいながら、右手をクールの目の前に差し出していた。
「……なるほど。俺は試されたというわけか」
ほとんど無傷でいる私たちを見て、忌々しげにクールがつぶやいた。
「やれ、ヴィテス。33位とエセ天使にコケにされたのは気に食わん。特にエセ天使、あの元管理官を確実に殺せ。ロゼがかばっても構わん。多少傷ついたところで、死ななければ能力は回収できる」
「……オレに命令するな」
ヴィテスがやはり太い声を発する。この場にいるだけで、威圧を感じる。
「……やっぱり普通の方法じゃ無理ね。どうする?」
「お父さんの方法を試そう。現状、それしかないでしょ」
「でもパパがあたしたちだからできる、って言っただけよ。どういうリスクがあるとか、何も分かってない」
「……そりゃリスクはあるだろうけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないと思う。それでクールが倒せるなら、やるべき」
「分かった。さゆみがそう言うなら」
私はロゼと手をつないだ。私と同じくらいの大きさの手だ。それから氷を操る能力の持ち主らしく、少しひんやりとしていた。
「……行くわよ」
ロゼのお父さんから話を聞いた感じでは、そこまで深刻なリスクがあるものでもなかったんだけど。私はそう言いたいのを抑えて、ロゼの手を握り返した。
その時だった。
「なッ――」
クールがふいに素っ頓狂な声を上げる。真下を向いて、まさか、という驚きを隠せない表情だった。わずかにクールが回避しようとする動きが見えたが、地面の下から人影が飛び出してくる方が早かった。
「なに!?」
「……助けが来たみたいよ」
クールと一緒に素直に驚いてしまった私とは対照的に、ロゼは落ち着いていた。ロゼがそっと私の手を離す。
「……おいおい。本気かよ」
「ああ。ぼくはいつでも本気だよ。特にこういう時くらい、本気を出さないとね」
どこか懐かしいような、懐かしくないような。そんな声とともに、クールに向かって容赦のない雷が降り注いだ。音こそ夕立と一緒に落ちてくる雷と大差なかったが、まぶしさは私がこれまでの人生で見てきたのとは比べ物にならなかった。
「……今回の計画には、お前は要らない。お前は”神”の良心のうち、”要らない方”なんだよ」
「”神”の良心は”要る方”がいてこその良心じゃないかい? しかしまあいずれにしろ、”要らない方”と決められる筋合いはないけどね」
直撃した雷によって出た煙が晴れて、クールの姿が見える。クールが傷を負っている。そのクールを見つめるのは、
「フードゥル……!」
「遅いわよ、あんた」
「勝手に天界に行ったのは誰だよ、まったく」
ヴィテスは突然の出来事に驚いて動けないでいたが、フードゥルの名乗り代わりのセリフで我に返ったらしかった。すぐにクールを防御しようと前に出たが、
「お前はしばらく黙ってろ。その自慢の筋肉はマヒで抑えておいてやる」
頭上からクール以上の威力の雷を落とした。一瞬稲妻が光ほどの速さになってヴィテス自身に接近したが、
「無駄だ。お前の能力じゃ、雷の威力は殺せない」
ほとんど変わらないように見える威力の雷を食らって、ヴィテスがその場に泡を吹いて倒れた。
「邪魔するんじゃねえよ。要らねえって言ったら大人しく下がるのが道理だろうが」
「さあ、どうかな。一方的にやられている方に味方するというのが、時として道理に適うこともある」
起き上がって構えたクールに、フードゥルが容赦のない殴りを入れる。
「ぐふっ」
「お前の能力は他人の心を読んだ上で、自分の行動を選択することができる。あるいは他人の行動をねつ造することもできる。いずれにせよ、相手がどう思っているか、どんな行動をするかが確定的に分かってないと、お前はそれをねじ曲げることができない」
殴って、殴って、殴って。クールがフードゥルに一方的にやられている。さっきまでどうすればクールに攻撃を与えられるか分からないでいた私たちは、黙って状況を見つめるしかなかった。
「……っ。何だ、ちょっと優勢になったからって調子乗りやがって」
「いいや、ちょっとじゃない。お前がその能力を持ってる限り、ぼくは優勢だ。お前には予測できない行動――不意打ちは、防げない」
殴られる一方だったクールが後ろに下がって距離を取る。しかしクールが直前で勘づいて、距離を取るのをやめた。クールが下がるはずの場所に雷が落ちる。
「……確かにそうだな」
クールが失笑交じりにそう答えた。
「不意打ちは俺が予測できない行動だ。だからバカ正直に受けてしまう。だけどもう不意打ちというには長すぎる時間が経っている。そろそろ俺の能力も通るんじゃないか?」
「通らないよ」
フードゥルの言葉通り。彼の雷が、再びクールの身体の芯ど真ん中に命中する。手加減したような威力ではない。クールを一発で気絶させるか、あるいはそれ以上のものだ。そして服を焦がし煙を出して再び倒れ込んだクールが、歯ぎしりをして忌々しげに天を仰いだ。
「もう一つ、お前が対処できないものがある。全く別のベクトルを向いている気持ちだよ」
「別のベクトル?」
「ぼくは最初から、お前を倒そうという気持ちを持っていない。少なくとも、意識はしていない」
「俺のことなど、眼中にないということか」
「そう思うなら、そう解釈すればいいんじゃないかな? どちらにせよ、ぼくの行動は全て、リュール姉を助けるって目標一つに集約されてるってことは変わらないからね」
一方的な攻撃をこれだけ受けてもなお、クールは起き上がろうとする。しかし残りの体力をその起き上がろうとする行為に使い切ってしまったらしく、クールが力尽きて意識を手放した。確実に意識を飛ばしたのを確認して、フードゥルが距離を取って見ていた私たちの方へ来た。
「やるじゃない。見直したわ」
「天界には行くなって言ったのに、勝手なことして窮地に陥ってるから。リュール姉はぼくが助けるって言ったのに」
「ピティエに勝手に連れて来られたんだから、仕方ないでしょ。それにあんたに行くなって言われて、はいそうですかって納得するわけにはいかない」
「……まあ、その気持ちも分かるよ。ただ、助けは呼んでほしかったかな」
「いいえ。これはあたしと、リュールの問題よ」
ロゼとリュールの能力を”神”の一部が欲しがっているから、とロゼは言いたいのだろう。しかし事情も聞いていないフードゥルが、大人しく引き下がるはずはない。
「それでも、だよ。勝手な行動になるかもしれないけど、ぼくも一緒に戦わせてもらう。ヴィテス単体でも、結構厄介な相手だ」
見れば、ヴィテスが声にならないうめき声を上げている。図体のでかい男がこちらをにらみつけているというのは、まぎれもなく威嚇している証拠だった。
「行くよ。あの手の奴は、窮地に陥るほど馬鹿力を発揮して強くなる。リュール姉のためにも、早く対処しないといけない」
ヴィテスがついに我慢の限界に達し、地を震わせるほどの雄叫びを上げた。




