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13:「紗弓さん。ロゼにも直接、怒ってないって言ってあげてもらえませんか」

「ん……」


 気づけば私は、全く知らないところに寝かされていた。ぼんやりした視界が、だんだんはっきりしてくる。それにつれて、私の家ではありえないはずの真っ白な天井が、目いっぱい映り込んだ。


「あっ……」


 私が目を覚ましたのに気づいて、リュールがのぞき込んできた。ふわふわしたアッシュグレーの髪が、妙に懐かしく感じた。


「リュール?」

「すみません」

「いや……えっと、これ……どういう状況?」

「ここは病院です。あの、もちろん、悪魔退治は無事に終わったのですが。予想外のことが起きてしまいまして」


 私はベッドのそばに置いてあったスマホを確認した。日付は例の悪魔退治をした翌日、時刻は午後三時を回ったところ。リュールとロゼを陰で見守っていたのがだいたい夕方の五時くらいだったはずだから、丸一日寝ていたということになる。


「……今日の講義出れてないってこと?」

「そう、なります。すみません」

「まあ、出席しないと単位落とすのはないから、まだよかったけど……」


 私はどうして自分がこんなことになっているのかと、記憶を探った。ロゼとリュール、それからロンテが応援で呼んできてくれた天使たちのおかげで、悪魔たちを倒せたのは確かだ。


「……確かあの時、最後の最後で悪魔が分裂してたような」

「見えていたんですか?」

「記憶にはあるから」

「じゃあ、その悪魔に襲われたんですね……」


 リュールいわく、悪魔を無事討伐できて喜んでいると、急に私が失神し倒れたらしい。幸い私が天使管理官で、天使を憑依させていることから悪魔の影響が最小限に抑えられ、またすぐにリュールたちが処置をしたことで、大事には至らなかった。しかしそれでも、その悪魔に体力をごそっと持っていかれ、私が丸一日寝込むはめになったらしい。


「すみません、わたしたちの不注意で」

「リュールたちは悪くないよ。まさか最後の最後で分裂して、悪あがきで襲いかかってくるなんて予想できなかっただろうし。それに、私だってその悪魔が一瞬見えたか見えなかったか、って感じだったから」


 リュールが今にも泣き出しそうだったので、私はなるべく優しい声を出すことに努めつつ、フォローをかけた。あんなのは防ごうと思って防げるものではない。


「……あれ? ロゼは?」

「分かりません。一人にしてほしい、とは聞いたのですが」

「一人にしてほしいって言われても……」

「きっとロゼのことだから、近くにはいると思うんです。でも紗弓さんがこうして悪魔の被害に遭ってしまったのが、想像以上にショックだったみたいで」

「ショックなのはこっちなんだけど……」


 どこかズレてるな、と私は思う。だがリュールの顔は大真面目だった。


「ロゼって悪魔や天使の臭いに敏感なだけじゃなくて、動体視力もいいんです。だからあそこでやっと終わった、って浮かれてなければ、絶対気づいてとどめを刺せたはずだ、って。紗弓さんのせいにすることは絶対できないし、自分を責めるしかないんです」


 すぐに処置できたんだし、私も丸一日寝込んだだけで、特に体に異常があるわけでもない。自分を責めるほどのことなんだろうか。


「……ロゼは怒られるのが怖いんです」


 すると私の思いを察したかのように、リュールがつぶやいた。


「そうなの?」

「何でもかんでもすぐ偉そうにするのがロゼの悪い癖なんですけど、あれは見栄っ張りだからなんです。本当は怒られるのが怖くて、でも嘘をついたらもっと怒られるのは分かってるから、強気な態度に出てごまかそうとしてしまうんです」

「うーん……」


 気持ちが分かるような、分からないような。


「ロゼの能力が認められたのって、ずっと小さい頃で。当時は周りにそんなすごい能力を持ってる子なんていなかった。だから、今も本気で自分の能力がすごいって思ってるんです」


 実際、すごいのには違いない。天使はごまんといて、順位づけされているのはそのうちのたった百人で、その中で33位なのだから。隣に3位のリュールがいて、かすんで見えるだけなのだ。


「でも偶然関わってきた天使たちがみんなロゼより強い人で、なかなかロゼが強い、って認められてこなかった。だから、ロゼもむきになってるんです。弱気になってたら怒られっぱなしで終わるから、それならせめて堂々としてた方がいいだろう、って」

「……」

「紗弓さん。ロゼにも直接、怒ってないって言ってあげてもらえませんか。それから、心配しなくても大丈夫ってことも……。できれば誰にでも偉そうにするのもやめてくれ、って言ってほしいんですけど……言っても、それは無理そうなので」

「……ん。分かった」


 私は窓の外を見た。下宿先からほど近い、通学中にいつも見る病院らしい。広がる景色に見覚えしかなかった。


「……じゃあ、あそこかな」


 私にはロゼの行先で一つ、思い当たる場所があった。ナースステーションで外出することを伝えて、家の方に向かって歩いてすぐ。全国どこにでもある、髪の長い女性がトレードマークのコーヒーチェーン店に入る。木目調の内装に、天井にはマイペースにおしゃれなファンが回っていた。

 そんな落ち着いた店内の端っこの二人席に、茶髪の女性が座っていた。後ろ姿から出る雰囲気は完全に、社会人五年目くらいのお姉さん。すらっとした体つきに、ブラウスとスカートがよく似合っている。しかし前に回り込んでその顔を見てみると。


「……なによ」


 鮮やかな水色の瞳は、右目しか見えていない。左目は長い前髪で隠れてしまっている。そしてせっかくの整った顔が、むすっとした表情で台無しだった。右手にはミドルサイズのカフェオレが収まっているが、左手は手持ちぶさたというふうに前髪をいじっていた。


「ロゼ。やっぱりここだった」

「身体は大丈夫なの」


 前から通学でこの店の前を通るたびに、ロゼが気にしていた。だから一人でどこかに行くとすれば、ここになるような気がしていた。


「大丈夫。ロゼたちがすぐに手当してくれたって聞いたし」

「……あたしは別に何もしてない。リュールでしょ、やったのは」

「そうなんだ」

「嘘つき。さっきまでリュールと一緒にいたんでしょ。リュールの匂いがする」

「そんな浮気の証拠見つけた、みたいに言わなくても……」


 私は相変わらずふてぶてしい顔のロゼに笑いかけて、それから彼女の頭を少しなでた。前髪をくるくるいじる左手が動きを止めた。


「……なによ」

「ずっとそんな顔してたの?」

「ずっとこんな顔してちゃ悪い?」

「悪い。せっかくのかわいい顔が台無しでしょ」


 ふいにロゼの顔に驚きが浮かび上がった。確かめるように私の顔を見つめて、何度かまばたきをした後、慌ててカフェオレを吸い上げた。


「……そんなこと言って。どういうつもり」

「ロゼはかわいいんだから、そんな顔しちゃダメでしょ」

「そ……そんな甘いこと言ってあたしをだませると思ったら大間違いよ」


 ロゼは強気な態度を崩そうとしなかった。でもさっきと違って、私の方をおそるおそる見つめていた。私はロゼのさらさらした髪の毛を手に取りつつ、そっと頭をなでる。


「怒ってないよ、ロゼ。怒ってない」

「……ほんとに?」


 リュールの言った通りだ、と私は思った。私だって怒られるのは嫌だけど、それで一人にさせてほしいと思うほどではない。散々怒られてきたことが、よほどトラウマになっているのか。


「ほんと。ロゼは何も悪いことしてないでしょ」

「……それは、そうだけど」

「悪いことをしていない妹には怒りません。……それだけは、あの姉たちからもよく学んだから」


 私は姉二人、特に上の姉が嫌いだ。でもそれはむやみやたらに怒られてきたからではなくて、私が困るようないたずらばかりされてきたから、それから私がやりこめられて泣いているのを見て、楽しんでいたのがやけに頭にこびりついているから。だからキノコとくっついて雲散霧消してくれるなら願ったり叶ったり、くらいには思っている。でも、悪いことひとつもしていないのに、怒ってくることはなかった。


「んー……」

「だから全然怒ってない。まあ本音を言えば、もうちょっと大人しくなってほしいかなって感じだけど」

「大人しくなってほしいってそれ……あたしに言う? キャラ崩壊するでしょ」

「いやキャラ崩壊って」


 ロゼの顔からすっかり、不機嫌そうな表情はなくなっていた。


「あたし、元からこんな感じだし。お父さんとお母さんに怒られることなんてなかったし」

「あー……分かる。めちゃくちゃ甘やかされて育った感じするもん」

「だから今更キャラチェンジとかは無理。……でも」

「でも?」


 ロゼがカフェオレを残り三分の一くらい、一気に飲み干してから言葉を続けた。


「……さゆみが怒らないって言うなら、大人しくするように頑張る」

「よく言った」


 私はさっきまでより強く、わしわしとロゼの頭をなでた。

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