14:「悪魔ってちゃんと考えて行動してるようで、案外頭空っぽなのよ」
結局ケガをしているわけでもなし、一日中気を失っていただけなので、ロゼと話をしたその日には退院できた。実家の方に連絡もいっていないようで、心配の電話がかかってくることもなかった。
「悪魔に関わることなので、入院費などは天界から出ます。ご安心ください」
「天界って何でもありが過ぎない?」
「でも悪魔にしてやられたせいで入院することになって、その時のお金は自腹です、なんて言われたらやってられないでしょ。この際天界は便利屋さんとでも思うことね」
ロゼにそう言われたので、私は従うことにした。
退院した翌日。すっかりいつも通りになった私は、いつものように亜季と一緒に食堂で昼食をとっていた。ロゼもリュールも実体化して、全部で四人のにぎやかなひと時。
「にしても、助かった~」
「まあ悪魔がいなくなって、あのサークルも元通りになったから、むしろ入ってもいいと私は思うけど」
「え、嫌。だって別に興味あるわけじゃないし」
例のサークルはもともと、いわゆるサブカル系のサークルだったらしい。それも自分たちでアニメや漫画、小説を作る方。他人のレポートをいくつも集めて、ちょこっとずつ抜き出してそれっぽいレポートを書くことに全力を注ぐ亜季には、到底向いていないと言えた。まあちょこっとずつ抜き出しておいて、それをつじつまが合うようにまとめられるという意味では、才能がある気もするのだが。
「しかも飯山さんにも、無理はするなって言われてるし。あんな目に遭ってまだあのサークルに近づこうとするとか、よほどの物好きか変態って感じじゃない?」
「ま、それは正しい」
飯山さんに憑依している天使・ロンテ。彼が人間界に降りてきた主目的は達成されたが、まだしばらく残るという。悪魔の集団を叩いたことでだいぶ悪魔の影響はマシになったが、それでもまだあちこちに悪魔は残っている。それに、なぜこんなに急に悪魔が増えたのか、という理由は、いまだに分かっていない。それが分かるまでは人間界にいないといけないらしい。
「心配ないわよ、亜季。悪魔が関わってるサークルなら、あたしが感知できるから」
「また悪魔と出くわすなんて、そんなことある?」
「悪魔ってちゃんと考えて行動してるようで、案外頭空っぽなのよ。特に前に悪魔がいたところは、同族の臭いを感じ取ってまた悪魔が集まりやすいの。……って言っても、一度天使が集まってぶちのめしてるし、悪魔側も天使と当たるのは避けるはずだから、もう一度あんな感じになることはそうそうないとは思うけど」
へえ、と感心したようにつぶやいて、亜季は豚骨ラーメンを思い切りすすった。スープは……こっちに飛んできてない。セーフ。でも亜季って私が見てる時いつも、麺ばっかり食べてる気がする。
「で、これからどうするの」
「どうするも何も。これまで通りよ。余計に増えてる悪魔を倒しつつ、どうしてこんなに異常に増えてるのか、原因を突き止める。これが自然現象なはずはないから」
ロゼが当たり前でしょ、と言いたげに私に答えた。まあそっかと思いつつ、特に何も考えずにロゼの方を見ると、しばらく目が合った。それからロゼが目線をそらして、
「……ま、まあ、さゆみがケガしないように、だけど……」
ともごもご言った。優しい。かわいい。
「……ただ、その理由を探るにしても、わたしとロゼ、それからロンテだけでは限界があります。しかも、ロンテは一人でやる、みたいなことを言っていましたし。わたしたちが協力できる相手がせめてもう一人、ほしいところです」
「でもロゼは33位で、リュールに至っては3位でしょ? 何とかなるんじゃないの?」
「順位はほとんど関係ありません。確かに悪魔といざ相対した時、手っ取り早く片づけられるのは間違いないでしょうが……あれこれ原因を探るには、やはり人手が必要です」
リュールがそう言うので、確認の意味でロゼの方を見てみた。ロゼもうんうん、とうなずいていた。
「特に今回は、人間に原因があるわけじゃないから。人間の心が一斉にか弱くなった、とかなら別だけど、そんなことそうそうないし」
人間の心が一斉にか弱くなる時。ロゼによれば、それは世界的な大災害が起こって、未来が不安定な時だったり、地球が滅亡の危機に追い込まれた時だったりするらしい。もっとも、後者はあまりないだろうけど。
「じゃあ黒幕がいるってことでしょ? 悪魔たちをこの世界に放った奴らが」
「そうなるわね」
「そんなことできる人、いるかなあ」
「こんな芸当、人間には無理よ。いくら悪魔が何も考えてないって言っても、さすがに人間を目の前にしたらそいつを襲うわ。悪魔を支配下に置く前に、自分が支配下に置かれる」
私も亜季と同じく黒幕と聞いて人間を想像していたが、どうやら違うらしい。
「結局のところ、悪魔を束ねられるのは悪魔。それか、」
「天使です」
リュールがロゼに同調して言った。
「天使が? 悪魔と敵対してるんじゃないの?」
「もちろん、そうです。でもそれは大多数の天使の話であって、そうじゃない天使がいる可能性も十分あるんです」
「例えば、最初から悪魔より圧倒的に強いって分かってる天使が、旨味のある条件を出して交渉した、とか。悪魔側は反対したらぶちのめされるだけだし、従うしかないってわけ」
めちゃくちゃ人間くさいな。しかも人間の汚い部分をめちゃくちゃ正確にマネしてる。
「なんかそんなの聞くと、裏切り者の天使の仕業としか思えなくなってきた」
「ただ、それだけじゃ意味がないんです。具体的に誰が関わっているのか洗い出さないと、天界も動くに動けないんです」
「ただ、天使全員に聞き取りするわけにもいかないし、あんまり事を大きくしすぎない方がいい。だからあと何人か協力してほしいけど、そこまで大規模である必要はないってことよ」
ロゼは四人の中で一番早く食べ終わると、ご飯粒一つ残さず食べたカレーのお皿を持って立ち上がった。何だかんだロゼの育ちの良さが見えて、私は少し感心した。
「そういえば」
「なに?」
「今日はさゆみ、いつも通り4限までよね?」
「そうだけど。どしたの?」
「昨日行ったコーヒーのとこ、もう一回行きたい」
「うん。分かった」
前から気にしていただけあって、ロゼは相当お気に召したらしい。それはよかった。
「じゃ、わたしは他のサークル探しの旅に出る。先帰ってていいよ」
「おっけー。リュールも来る?」
「来る、というか、さゆみさんとロゼが行くというなら、実体化しない限りわたしも行かざるを得ないのですが……。ちょうど雰囲気も気になっていたところですし、興味があります」
結局いつもの三人だ。昨日結局コーヒーを飲み損ねたこともあって、単純に私は楽しみだった。
一番最後まで麻婆丼を食べていたリュールが食べ終わるのを待って、私たちは立ち上がる。その時、何か怪しい雰囲気を感じ取った気がして、思わず辺りを見渡した。
「どうしたのよ」
「いや、気のせいかな……なんか、誰かに見られてた気がする」
「こんなとこ、いくらでも人がいるんだし、偶然見つめちゃった人がいてもおかしくないんじゃない?」
「そっか。気のせいだよね」
そんなことよりさっさと教室行って寝たい、と全力で主張してくるロゼに、私はそう答えて会話を終わらせた。しかし目の端では、リュールが私と同じようにキョロキョロするのを捉えていた。私はリュールにだけ聞こえるように、そっと耳打ちする。
「……やっぱり、気のせいじゃないよね」
「はい。絶対に見られてます」
さらに私たちを、ぞくっとするような寒気が襲う。どこかからのぞかれた上、笑われている気さえした。
「……いませんね。怖いです……でも」
「でも?」
「不思議と、どこか懐かしい感じもするんです……どういうことなんでしょう」
「さあ……」
その正体は、4限後すぐに分かることになった。




