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 一応前置きとして。


 前にも、この作品に出てくる技術はおおむね、現実に即していると書きましたが、だからと言ってその性能まで一緒というわけではありません。現実の方が優秀であったり、遅れていたり、など細かいところは変えてあります。


 あくまでこの作品は娯楽作品として書いていますので、そこは嘘というか、設定として見ていただけると嬉しいです。


 そのための歴史改変設定ですから。

 荷物が届くとは聞いていた。


 聞いていたけど、まさか朝の八時に来るとは思っていなかった。


 エルシーさんはまだ眠っていたビヴさんを叩き起こし、着替えさせていた。その間にも荷物はどんどん運び込まれていた。


 その日は夕食前まで片付けに追われていた。


 食事の支度など家事全般はビヴさんが請け負ってくれていた。いつのまにか、パステルブルーの世界的にもタフで有名な50ccの日本製スクーターを手に入れた彼女は、それを駆って買い物に行ってくれた。


 マスのフライのタルタルソースがけと野菜がたくさん入ったベイクドビーンズ、温野菜のサラダ、軽めの赤ワイン。料理はワンプレートではなく、ちゃんと別々に盛られて、味が混ざることはなかった。イギリスの料理をこれほどおいしくできる人をはじめて見たような気がした。


 「君、車、ホントにほしい?」


 テーブル上にタブレット端末を置いて、それを眺めながらワインを飲んでいたビヴさんがぼくに突然尋ねてきた。


 「まあ、あると嬉しいですね。ぼくが買うことができる範囲でならもっといいですね。」


 「この前のタートスがあるって。」


 「もう調べているんですか? すごい早いですね。」


 「仕事だから。」


 「あのビヴさん、イギリスにいることですし、英語でもいいですよ。端的すぎてちょっと要領が得ません。」


 「気にしない。キャラ作り。」


 「どこまで本気なんですか?」


 「ビヴが飽きるまで付き合ってあげてください。私たちはすみやかに地元に馴染むのも仕事のうちだから、ビヴの交流技能が高いのは当たり前です。 」


 「そうそう。」


 ビヴさんがタブレット端末で見せてくれたのは、砂のような茶色のタートス グリーンバード SSSだった。いまどき珍しいスクエアなデザインのセダンはドアが二つのハードトップでこれがダッチサンではなく、タートスであることの証拠だ。スクロールすると、様々なアングルの写真があり、一番下に値段と個人名があった。幸いなことにぼくの貯金でも余裕で手が出る額だった。


 「いいですね。」


 「じゃあ、これね。」


 ビヴさんはいくつか操作して画面を閉じた。


 「えっ?」


 「えっ?」


 買ってしまったらしい。





 あの後、どんなことをしてもキャンセルの手順は見つからなかった。


 そして驚いたことに次の日の午後、実物が届いた。


 欲しかったし、あると便利だとは思っていたし、それを口にしていたけど、なんとなく理不尽さを強く感じてしまった。もう一つ驚いたことは、ビヴさんに対して、いろいろと常識的な振る舞いをするように言ってくることが多いエルシーさんが今回について特に何も言わないことだ。


 サファリイエローのグリーンバードの扉を開き、内装を確認した。


 クリーム色と外装と同系色のシートやダッシュボードは綺麗で、ハンドルの中央にある緑と黄色のタートスのエンブレムが誇らしげに光っていた。


 「とてもいい状態ですね。中古とは思えませんよ。」


 「ええ、実はあまり乗っていなくてね。」


 「そうだったんですね。」


 「だから妻にもう売るようにと言われてしまって。」


 苦笑いした持ち主は振込先の口座番号を書いた紙を置いて去った。


 「ドライブいこ。」


 ごく当然にビヴさんは助手席のドアを開き、シートを倒して後ろに乗った。肩を落としたぼくはエルシーさんに助手席に乗るように促した。

 エンジンをかけるとラリーカーのような音を立てた。


 ガソリンを入れるのと慣らし運転を兼ねて少し遠出をした。


 「ビヴさんやエルシーさんは結局、保安上の問題もあるので、あんな無茶をしたんですね。」


 「わかってしまいました?」


 「おかしいなと思いました。ビヴさんは発言はあれですけど、多分常識的な方だと思うし、エルシーさんが彼女を怒らなかったことも変だなと思いました。」


 「君、意外と聡いね。」


 「私も色々と面倒を見ていただいているので、きちんと言っていただいてくれれば言う通りにしますよ。」


 「すみませんでした。少し、仕事のクセが強すぎたと思います。」


 ぼくはため息をついて、二人を許した。

 




 初勤務日、ぼくはエルシーさんとセクレタリーのギレンホールさんのところで別れ、デスクについた。まずは子どもたちの情報を仕入れることにした。


 「…………神さま。」


 モニターを見つめながら思わず今まで口にしたことのない神への問いが漏れた。


 状態が悪すぎる。


 さまざまな人工臓器、たとえば血中ガス交換のための膜型の大型人工肺装置や水溶性毒素除去目的とアルブミン透析目的の人工肝臓の組み合わせ、もちろん人工透析も行われている。


 手術で用いられるような人工心肺器は長期間を想定していないために肺と心臓の循環器の代替は別々にしているようだ。


 全員がこれらすべてを用いるわけではないが、正直ここまでとは考えていなかった。


 栄養は消化器が残っていれば栄養剤を用いているようだが、血管への輸液療法によるものがほとんどだった。骨髄も足りず、造血作用が低いために定期的な輸血療法も用いている。


 右の人差し指で机を叩く。


 ぼくの午前中はため息で終わった。


 


 「ビヴのお手製ですよ。」


 「本当に料理がうまいですね。こんな和食のお弁当を作ることもできるんですか。」


 ぼくとエルシーさんはビヴさんが作ってもたせたお弁当を食べていた。大きめのランチバックを開くと、小ぶりのおにぎりがふたつ、味は梅と昆布の佃煮なんだそうだ。おかずは甘いだし巻き卵、筍と戻した干し椎茸、人参と里芋の煮物、ナポリタン、ウサギに切ったリンゴ。


 昭和のお弁当といった風情だが、動物性たんぱく質が足りない。具体的には肉がない。


 「ビヴさんは、特にベジタリアンというわけではないですよね。」


 「ん〜、聞いたことがないですね。普通にすき焼きとか食べますよ。」


 「今日は肉なしなんですね。」


 「きっと気を使ったんじゃないですか? あなたの脇腹が柔らかいことを笑っていましたから。」


 「ひどい。」


 「ですよね。Body Mass Indexは特に問題がないですから、単純に運動不足だと思いますよ。」


 「エルシーさんもひどい。なんでぼくの肥満度の指数を把握しているんですか?」


 クスクスと笑ったエルシーさんの後ろからホロウェイさんがティーカップを手にやってきた。


 「あら、とてもおいそうなランチですね。アリスさんの手作りですか?」


 「いえ、今日はシェアしている友人が作ってくれたものです。」


 「あらそうなの。彼女も日本人?」


 「違いますよ。」


 「あらあら、じゃあアリスさんも頑張らないといけないわね。」


 「えっ?」


 ホロウェイさんはウィンクしてギレンホールさんがランチを食べているデスクに向かい、二人でこそこそと話をしはじめた。


 「…ま、まあその、午後からはどうするのですか?」


 エルシーさんはそっぽを向いて、左手の人差し指に手入れの行き届いた豊かなブロンドの髪をくるくると巻きつけていた。


 「あっ、ああ、子供達にあいさつをしに行こうと思っています。」


 「そうですか。いい子達らしいので、楽しんできて下さい。」


 「エルシーさんは話していないんですか?」


 「ええ、直接接する業務ではないので。上がってくる書類から判断しました。」


 「わかりました。頑張ってみますよ。」




 別に午後の業務開始のベルがなるわけでもなく、それぞれ職員はゆったりと仕事をはじめていた。ぼくはコントロールルームのような部屋にゆき、そこの責任者に子どもたちと話したいことを伝えた。責任者はサンタナさんという髭のないラテン系の男性だった。


 「二時まで授業がある。それ以降だったらいいぜ。」


 「ありがとう。あいさつをしておきたくてね。」


 「ああ。ただ、仕事の件は秘密にしてくれると嬉しい。」


 「そのつもりでしたが、改めて理由を聞いてもいいですか?」


 「年長の子どもは自分の状況について理解している。まだ海のものとも山のものともつかない話で下手に希望を持たせるのも残酷な話だと思うぜ。」


 「同じ考えでしたね。よかった。」


 「で、実際のところどうなんだ?」


 ぼくは深いため息をついた。


 「想像以上でした。視覚は取り戻すことができると思いますが、内臓は違うアプローチを考える必要があります。」


 「そうか。」


 サンタナさんは頷いた。


 ぼくは一度部屋を出て、自分のデスクに戻った。少し強いものが飲みたくなり、セクレタリーさんたちが飲み物を淹れる場所をエルシーさんに尋ねようと思ったが、彼女はモニターに向かい、恐ろしい勢いでタイピングをしていた。忙しい様子なので、ギレンホールさんの方に足を向けた。


 「どうしました?」


 「いえ、コーヒーを飲もうと思いましたが、淹れる場所がわからないので、教えてもらってもいいですか?」


 「コーヒー? お茶でなくて?」


 「ええ、少し強いものが欲しくなりました。ありますか?」


 「まあそれは、一応。じゃあノンカフェインではなく、フレンチローストの豆がありますのでそれをいま淹れてきますね。」


 「あぁ、自分でしますよ。」


 「いえっ、大丈夫ですっ! 飲み物の用意は私たちがしますので、気兼ねなく声をかけてください。」


 かなり強い口調でギレンホールさんに主張され、ぼくは席に戻ることにした。日本ではどちらかというと「自分のことは自分で」の精神があって、学校や職場の掃除まで自分たちですることが多いが、こっちでは仕事の区分がきっちりと決まっているので、きっとぼくはセクレタリーさんたちの領分に足を入れそうになったのだろう。


 そんなことを反省しつつ、モニターを眺めながら、臓器関連のアイディアを練っているとそっと香り高いコーヒーがエルシーさんを連れてやってきた。


 「私に言ってくださいよ。」


 「いや、忙しそうだったから。」


 「先輩たちに後で怒られちゃいます。『声をかけにくい雰囲気を出しちゃダメ』って。」


 「それは申し訳なかったです。あと、お茶汲みはセクレタリーさんたちの仕事なんですね。」


 「いえ、そういうわけではなかったそうですよ。聞いた話なんですが、研究などで煮詰まって残業される方もいるんですが、勝手にキッチンを使われて、朝来るととても残念な光景になっていることが多かったんですって。それで怒ったホロウェイさんがキッチンはセクレタリー以外立ち入り禁止にしたそうです。」


 「それはそれは。でも、残業するときはどうするんですか?」


 「私たちが帰る前に使っていないデスクの上に電気ケトルと水のボトルを置いておくそうです。あとはティーバックやインスタントコーヒーを用意して勝手に飲んでくれとのことです。この部屋では汚したらコンピューターなどが危険にさらされるので、みんな気をつけてくれるそうですよ。」


 「ここの真の支配者はセクレタリーさんたちでしたか。」


 「ですよ。それでコーヒーはどうですか?」


 「おいしいです。ありがとう。」


 笑みを浮かべたエルシーさんは席に戻り、また猛烈な勢いでタイピングをはじめた。よいコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋でそして愛のように甘いだったか。とりあえず黒くて熱くてそして愛のように苦い味がする。


 ぼくはそっとそれに口をつけた。





 時計を見て、午後二時半を過ぎたところでまたコントロールルームに足を踏み入れた。


 サンタナさんは頷いて、コンソールの一つを開けてくれた。


 「五人全員に同時に話しかけることはできないんだ。一番年上のルクサーナと話せるようにしてある。」


 「ありがとうございます。でもそれでは子供たちは互いに話すことはできないのですか?」


 「そもそもあいつらは音声で会話をしていないからな。BMIを利用しているから今のところはモニター上に言葉が出るだけだ。」


 「ああ、何と無く分かりました。」


 元々は難病や事故で口が動かすことができなくなったり、気管切開術で後天的に発声が困難になった人向けに開発されたものである。


 言葉を思い浮かべた時に出てくる脳波の特徴的な波形を拾い、それを言語としてモニターに浮かべるタイプのBMIで、単純な言葉を強く思念することで、今は75〜90%超の確率でできるようになっている。


 出て来た文字を音声変換することもできるが、エラーが出たら、意図しない言葉になるかもしれない。また言葉を思い浮かべるのに精神的な集中が必要になるので、複数人が同時に話されても聞き取りがしんどい。


 確かにチャットには少し不向きかもしれない。


 「じゃあ頼むぞ。あんまり長いことおしゃべりはするなよ。あと、口説くのは禁止だ。」


 彼は大笑いした。ぼくもおつきあい程度に笑みを浮かべて肩をすくめた。


 実は緊張でそんな余裕などない。ルクサーナのプロフィールを思い出す。今年で推定一五歳。生地ではあまり年齢は気にされないのか、ざっくりとした感じなのだそうだ。おとなしい性格で、慣れない人には「はい」か「いいえ」くらいしか返してくれないそうだ。


 自己紹介するとゆっくりとだが、名前を教えてくれた。よしよし、まずは第一印象は良いようだ。


 『新しい・先生?』


 「そうですよ。でも、勉強を教えるんじゃなくってスタッフの方ですけどね。」


 『そう。』


 「勉強はどう? 大変?」


 『はい・いえ・いいえ。』


 「大丈夫。ここには君の先生はいないから。」


 後ろで彼女の教育担当スタッフであるモリセットさんが苦笑していた。


 『いえ・楽しい』


 「そうですか。それはよかった。」


 『先生・なに・する・?』


 「ぼくは大した仕事をする人ではないですよ。いろんなことを考える人です。考えて、実行する人に伝える人です。」


 『むすかしい』


 多分、ルクサーナは生命維持装置の中で顔をしかめているだろうと考えるとふと笑みが浮かんだ。


 だよね。曖昧すぎてまるで雲をつかむような返事だ。


 でもそれ以外言いようがないのも事実だ。


 「そうだね。時折、こうやってルクサーナたちとおしゃべりしに来てもいいかな?」


 『はい。』


 「じゃあ、今日はありがとう。また来るよ。」


 『はい・ありが。』


 どうやら最後は言葉を完全に拾い上げることができなかったようだ。ぼくはマイクのスイッチを切り、椅子にもたれて大きく息を吐き出した。サンタナさんがぼくの肩を強く叩いた。


 「どうやら、コミュニケーションは成功したようだな。」


 「そうでしたか? ひとまず無難に終わってよかったとしか。それ以外の感想が出ませんでした。」


 「無難が一番さ。なんせ、相手は一番むずかしい年頃だ。よくやったぜ。」


 「ありがとうございます。」


 今日一日分の仕事をした感じだ。このままかえって、風呂に入って冷たいビールをあおりたい。


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