1_07_モーニングコール
ストックが尽きかけてきた・・・
「……お?」
目が覚めると、見知らぬ部屋だった。
なんというか……高級一歩手前の宿といった感じの雰囲気だ。
けど、俺が今まで使っていた家具なんかもあって……あれ?
「あ、そっか」
ここは魔法学校の寮だった。
・・
・・・
「お〜い、ラグ〜」
コンコンと扉をノックして、まだ寝ているだろうラグへと呼びかける。
昨日、入学式を終えた俺達は今後の生活拠点として利用する寮の部屋を選んだ。
普通なら新入生用の寮から部屋を選んで、って流れなんだろうけど……俺達は先輩の意味ありげな物言いに反抗して生徒会用の寮を選んだ。
結果、まるで分かっていたかのように部屋の中へ自分の家具や荷物が送り込まれていたわけで……
ちょっとした知り合いになった生徒会長の話を聞いてみると、魔具による転送らしい。
それから色々と魔法関係で知識を賜ったわけだが、なんと生徒会長は俺達が生徒会へ入るつもりだと勘違いしていたようだ。
まあ生徒会用の寮を選べば、そう思うよなって話なわけで。
ただ純粋に反抗期だっただけですと理解してもらえて、一段落したわけだ。
しかしながら、部屋をどうするかという話は決着していない。
本来なら複数人で共同生活の出来る大部屋もあり、仲の良い俺達ならアリかと思う。
ただハイクが寝てしまったために、明日は大部屋を見学してみようとだけ打ち合わせて休んだのだ。
んで、今朝は俺が一番早く起きたようなので他の面子を起こして回ろうとしている。
「お〜いラグ〜、開けてくれ〜」
「……」
「たーすーけーてー! 殺される! ラグっ!! 開けてく」
「うっせえな!!」
勢い良く開いたドアからラグが出てきて、俺は叫ぶのを止めた。
他の生徒会員も寝ていると思うと、迷惑かな? って考えんでもないが仕方ない。
「おはよ」
「お前さ、もうちょっと考えろよ」
「ん?」
「さっき叫んでたの信じて生徒会が飛び出てきたら大変だろうが」
「あ……」
ただ迷惑なだけかと思っていた。
それだけでもアウトな気はするが……信じられると困るな。
「俺って知らない内にピンチだった?」
「自分で招いたんだろ」
「まあまあ。じゃ、さっさと準備しろよ。おら、2分だけ待ってやるから」
「なんで偉そうなんだよ……ったく」
部屋に戻って着替え始めたラグは元気が無い。
あいつは朝に弱いからだ。
普段は姉が叩き起こしてくるから、なんのかんのと言い合ってる内に、いつもの調子を取り戻すらしい。
つまり、在学中は俺が姉代わりになるんだな。
「お兄ちゃんとは呼ばれているが、流石にお姉ちゃんは初体験」
「いや呼ばねえし」
ともあれラグも準備が終わったようで、今度はハイクの部屋へと向かう。
「ハイク〜。起き……あれ?」
ノックをすると扉が開いた。
ん? 開けっ放し?
「無用心な奴だ」
「だな」
空き巣のような一言を零しつつ、ラグと一緒に部屋へ入る。
しかし、誰も居ない。
「ハイク?」
「居ないな……お」
ラグが何かに気付いて小さいテーブルに近付く。
そこには置手紙があった。
”探さないでください”
「おい! あいつ失踪したぞ!!」
「マジかよ! くっそ、油断した!」
「てか手紙残せば大丈夫とでも思ったのかよ!?」
知らねえし! 早く探そ……
「ど〜ん」
「「ギャアァァーー!!」」
失踪期に入ったかと焦っていたら、いきなり後ろから肩を掴まれた。
振り返るとハイクである。
「ハイクか! おどかすなよ!!」
「おはよう」
「お前っ! どこに隠れてた!」
「天井」
「「はあ!?」」
なんで!?
「サプライズ」
「大成功だよチクショウ!」
「てかよ、この置手紙って……」
「うん、誘導するため」
朝から手が込んでやがるな。
冗談にならないから勘弁してほしい。
「じゃあ、ソマリも起こそうか」
「アッサリしてんな……」
「ま、いいか。行こう」
最後はソマリだ。たぶん寝てるだろうな。
放っておくと昼まで寝るのがソマリだ。
「ちょっと待って、その前に……」
「「?」」
「耳貸して」
「どしたん?」
「かくかくしかじか」
あ〜はいはい……なるほどね。
「分かんね」
かくかくしかじか、って何?
「やっぱダメか。そんな都合の良い呪文じゃないんだね」
「詠唱なの?魔法?」
「いや、こっちの話。でさ……」
ーーーーー
「ソマリさ〜ん! 開けてもらえますかぁ!?」
ダンダンッ!
「居るのは分かってるんですよぉ!! 今日こそは払ってもらえますかねぇ!?」
ドンドンッ!
「昨日は羽振りが良かったらしいじゃないですかぁ! ねえ! ソマリさーん!!」
執拗に呼びかけ、ドアを殴るようにノックしているのは遮光鏡で目を隠したガラの悪い男Aだ。
遮光鏡はサングラスとも呼ばれていて、自然と名前が浮かんでくるらしい。
ともあれ、そのサングラスによって、男Aは日が差さない場所へ身を置いているかのような雰囲気を醸し出していた。
それなら実際は必要ないのだが……必要なのだ。
「聞いてんですかぁ!? ソマリさーん! ひとまず返事してもらえますかねえ!!」
ドンドンッ!
またしても響く乱暴な音。
この音だけで気弱な人物は頭を抱えて震えてしまうだろう。
「こちとら偶然見てたんですよ! お友達とお高いお料理をお楽しみでしたねえ!!」
偶然であるはずがない。
彼らは獲物を逃がすつもりはないのだから、常に見張っているのだ。
「そんな金があるならさぁ! 今頃は借金ぐらい片付いたんじゃないんですかねえ!?」
これも違う。借金を負わせ続ける事こそが、甘い汁を啜り続けるために必要なのだから。
一定量だけ利子として回収して、後は生活費に残してやると言いながら、後日また利子が嵩むのを待つのだ。
「どうせ賭け事でしょぉ!? なんなら儲かる場所でも教えてあげましょうかぁ!? 元手があるんならさあ!」
これに乗ってはいけない。勝ち目の無い世界へ引きずり込まれる。
「元手がなくても構いませんよぉ!? 以前からお薦めしてましたよねえ!!」
これにも乗ってはいけない。
元手が無ければ体で稼がされるのだが、暗い未来である事だけは確かだ。
「……だんまりですか。ならこちらも考えがあるんですがねぇ」
そう言って目配せした先には、冒険者のような格好をした男Bが居た。
額に皺が出来るほど顔を顰めて腕を組みながら仁王立ちする様は、用心棒と言うには些か勢いが前に出過ぎている。
そう、最後は暴力……世の中これで9割解決すると信じているかのような振る舞いだが、実際に振るわれようものなら心も体も折れる事だろう。
「おう、あんまし大声出さないでもらえっかな。頭に響くんだわ」
ぶっきらぼうに言う男Bは二日酔いであるかのような発言をする。
だが、腰に下げた土瓶を煽って喉を潤すあたり、日常茶飯事のようだ。
「それは失礼しやした。ですがね、良い暮らしを送るのも収入ありきでしてねぇ」
「あんだと?」
「いえ、そろそろ清算日だったなと思いまして」
「ちっ……分かってんだよ、んな事は」
どうやら雇われたらしい男Bの稼ぎは歩合制のようだ。
やらねば食えぬ、その摂理を受け入れて、血も涙も流させる側に回っている。
「しゃあねえな。おら、どいてろ」
「へっへっへ、頼んますぜ。ちぃっとばかし腕が立つみたいでしてねぇ」
「っは! だったら魔物でも狩りゃあ足しになんだろうがよ。それもしねえ腰抜けなんざ眼中にねえな」
「仰るとおりで」
つつつ、と引き下がった男Aだったが、唾吐きそうな顔で男Bの背中を見やる。
男Bだって魔物を狩る生活を過ごしていないのだ。
言う資格などあるはずもない……指摘する必要も無いが。
「部屋ぁ壊しても構わないんだな?」
「気にしないでくだせえ。どうせ近々取り壊す予定ですからねぇ」
どうやら本気で実力行使に出るようだ。
きっと、よほど払いが悪かったのだろう。
体を張って稼がせる方向へ切り替えるつもりらしい。
「んじゃ、いくぜ……」
「待ちな」
「……ああん?」
突如聞こえた制止の声に男Aと男Bが振り返ると……
「待ちな、って言ったんだ。器物損壊でブタ箱ぶち込むぞ? チンピラ共」
そこに立っていたのは白を基調とした制服に身を包んだ男Cだ。
暴徒鎮圧に用いるかのような短い鉄の棒を持ち、掌を打ち鳴らしながら倦怠感丸出しにしている。
「なんだぁてめえ」
「やめときやしょう。警備員ですぜ」
「んだと?」
どうやら男Cは街の治安を守る警備員らしい。
だが、その立ち振る舞いからは正義感などが垣間見えない。
「俺が見回る時ぐらいは大人しくしとけって言ったろ。しょっ引いてほしいのか?」
「これはこれは。この時間帯はいつもの店かと……」
「てめえらの回し方が下手だから早く終わったんだよ。そろそろ懐が寒いんだが?」
「失礼しやした……後で何本か都合つけますんで」
「気を付けろよ。この前は見られかけてたぜ」
「へい」
どうやら悪徳警備員のようである。救いがない。
「で、何してたんだ?」
「へい、ちっとばかし回収を」
「ん? ここは……そうか」
何事かを呟いて、男Cは近くの壁に背を預けた。
くいっ、と顎で部屋の扉を示して言い放つ。
「俺は余所見してるから」
「はい?」
「全部言わせるな、早く用事を済ませろ」
「あのぉ……傍で見られるのは……」
「だから余所見してるって言ったろ。この部屋の奴は先日たんまり稼いだんだ。俺も絞られた」
「……へっへ、そういう事ですかい」
悪徳警備員は、この部屋の主に賭け事で大金を搾り取られたようだ。
そして男Aの握った情報によると、最近の散財は高い晩餐を楽しんだのみである。
つまり、まだ大金が残っているはずなのだ。
悪徳警備員は、その場で何本か渡してもらう事にしたらしい。
罪を見逃し、罪を犯す……どうしようもなく悪に染まっているようだ。
「そういうわけで、やっちまってくだせぇ」
「でもよ……」
「大丈夫でさぁ、たんまり持ってるみたいですから色付けますぜ?」
「……」
男Bは脛に傷持つ身として、たとえ悪徳警備員であっても肩書きに萎縮している。
しかし、報酬を上乗せするという言葉で渋々だが覚悟を決めたようだ。
ここにきて小物感が漂っている。
「しゃあねえ……じゃ、いくぜ」
「おっと、その前に一言いいですかい?」
「あぁん? 早くしろよ」
「へい。ここで保険打っておかないと難癖つきますからねぇ」
すすっ……と進み出て男Aが最後の通達を告げる。
「ソマリさん、最後に一回だけノックしやすが、ちぃっとばかし力加減が下手なんで気を付けてくださいねぇ?」
いざ訴えられても、ただのノックでしたと言い張るつもりだ。
それこそ難癖の範疇なのだが、文句を言わせない環境が今は整っている。
借金という枷と、口を封じる暴力と、表に出させない腐臭に塗れた権力だ。
「……もういいか?」
「どうぞどうぞ。へっへっ」
「んじゃ、遠慮なく」
男Bが拳を大きく振りかぶり、扉へ目掛けて……
「アホですか!」
「っおあ!?」
拳が衝突する寸前で扉が開かれ、男Bは空振りの勢いで転んでしまった。
ーーーーー
「着替えている間に騒がしいと思ったら……」
ソマリが出掛ける支度をしながらブツブツと文句を言っている。
「どうだった?」
「何がですか!」
「モーニングコール」
「朝から重いですよ!!」
不満だったようだ。
けっこう頑張ったんだけどなぁ……
「そもそも! どうしてケートス先輩まで部屋に居るんですか!?」
「え、だってナレーションしてもらったし」
「ナレーション!?」
そりゃそうだろう。
役者が演技しながらナレーションまですると違和感がすごいからな。
無断で騒ぐと怒られるだろうから、小芝居しますと寮を通達して回っているとケートス先輩が食い付いてきたのだ。
面白そうだから混ぜてくれって言われて、先輩の頼みとあっては断れないが、既にシナリオは完成してたのでナレーション役を追加した。
「中々の出来だったな。俺も役者になりたかった」
「今度は先に声掛けますんで」
「そうしてくれ。出来れば次は感動系にしたいな」
「いいっすね。実話から引っ張ってきますか?」
「創作でも良いんじゃないかな? 考えるのも面白いものだからね」
「生徒会長まで……まさか……」
車座になって反省会をしている中で、クリストフ先輩も混ざっている。
「ん? ああ、シナリオの添削をね」
「生徒会長の尽力があったからこそ、あそこまで救いの無いシナリオになったんだぜ?」
「救いなさいよ! 生徒会長でしょう!?」
ソマリの意見には一理ある。
俺も完成したシナリオを読んで、やりすぎじゃね? と思ったほどだ。
だが、機先を制して語ったクリストフ先輩の言葉に納得した。
「演技だからこそだよ。実際に身を持って体験する前に、過剰なまでの教訓を得る事で未然に防げる」
「これこそ真の救いってわけだ」
「聞いてたの僕だけでしたよ!? しかも不意打ちで!!」
そこなんだよな、一番大きい反省点は。
「ここまで本格的になるとは思わなかったからなあ」
「だな。少し勿体無い気もしたぜ」
「かといって大人数の前で公演するには物足りないかな」
「でも準備とか練習だとかに割ける時間も無いね」
「そうだな。今回だって即興なのに昼になっちまったし」
腹減ってきたよな。
「え!? もう昼なんですか!?」
「おうよ」
「そんな……」
なにやら膝から崩れ落ちたソマリだったが、起こさなけりゃ結局は昼まで寝てただろ?
モーニングコールとは言ったが、実際はヌーンコールだ。どうでもいいけど。
「こんな時間まで僕は寝てたんですね……」
「悪かったよ。お前も混ざりたかったよな?」
「そっちじゃなくて!」
ともあれ全員起きたわけだし、先輩達とも交流を深められた。
俺としては収穫だな。先輩達もノリが良いと分かったし。
やがてソマリの準備が終わり、皆で昼食を取るために食堂へ向かう。
談笑しながら腹を満たした後は、大部屋を見に行くために先輩達と別れたのだった。
ひとまず今回はここまでの投稿です。
次回・・・女子登場?