7話 side 勇者になった元吸血鬼の少女
「よし、クリス! そっちにジャイアントボアが逃げて行ったぞ!」
戦士ライガーの斬撃で傷を負ったジャイアントボアはそのまま勇者クリスの近くへと逃走している。
もちろん、クリスはそれを見逃さない。
「分かっている! 愚かな魔物よ……私の贄となるがいい……シャドーストライク!」
無数の闇の影がジャイアントボアに襲い掛かる。
闇の影が全身に覆い、動きを完全に封殺して窒息死してしまう、恐ろしい魔法である。
身動きが取れなくなったシャイアントボアに魔女はトドメを刺す。
「極寒の土地よ私に力を与えたまえ……エターナルフォースブリザード!」
魔法を唱えた魔女からは凍てつく冷たい空気が流れ、辺りは一瞬で氷に覆われてしまった。
カチコチに凍ってしまったジャイアントボアは、彼女が解凍するまでは永遠に凍ったままである。
自分よりも魔力が高い相手には全く通用しない魔法ではあるが、
ほぼ一撃で相手を死に至りしめる威力を持っているため
魔法使いの間では禁術の一つとして指定されていた、恐ろしい魔法である。
そして、勇者PTは無事に狩りが終了し、一息つく。
「疲れたぜ……まあ今日の食糧はこれだけで十分だろ」
「そうね。 さっさとこの食糧を国に満ち帰りましょう」
戦士が片手で凍ったジャイアントボアを持ちあげたまま
馬車が立ち止まっている交易路へと運ぶ。
戦士の姿が消えた後、勇者クリスは疲れた表情で、愚痴をこぼす。
「しかし……食糧危機がこれほどまでとはな……」
「仕方ないわよ。農作物は全く実らない現状じゃ、頼みの食材は無限に湧く魔物しかいない。しかも魔物な並の人間では返り討ちにあってしまうほどに凶暴……魔族が侵略せずともに、ここまで人類が追い込まれるなんて私だって想像すらしていなかったもん」
魔女であるアイリスも現状の悲惨さに苦悩していた。
魔物の討伐は死ぬ危険性が高い為、ハンターに就職出来る数は限られている。
勇者PTがいくら食糧である魔物を調達しようとしても、大多数の国民は食べる事が出来ないため、殆ど寝耳の水である。
食糧危機の被害を逃れた国も不幸は襲う。
食材を求めた隣国は我先にと豊な国へと侵略を開始してしまったのである。
お蔭で泥沼の戦争へと発展してしまい、ますます国は疲弊してしまった。
そんな中、解決策が見つからなかった祖国や他の国は打開策として
新たなフロンティアを求め、魔族が住まう魔の領域へ侵入した。
だが、殆どの軍は返り討ちに遭い、勇者PTも敗北してしまう。
しかも魔の領域は楽園とは程遠い、暗闇の世界。
とてもじゃないが、魔の領域に移住する事なんて不可能である。
「さてと……帰るとするか」
無事に今回の獲物を仕留めたが、食糧調達まだまだ続く。
農作物が頼れない今、魔物が唯一の食材なのだから……
ここで一つ、私の自己紹介をしよう。
私の名は勇者クリス。
だが、本当の名はイルビアである。
私の人生は苦労の連続であった。
幼少の頃から、エリートとしての教養を身に着けなくてはならず。
厳しい戦闘特訓で何度も死にかけた。
空を飛ぶ訓練では崖から突き落とし、空を飛ぶのが後数秒遅れていれば、私は死んでいただろう。
まあ、吸血鬼は再生能力が強いから、死んでも直ぐに復活するけどね。
だから命が軽かったのかも知れない。
しかも戦闘訓練に付き合っていた幼馴染は私に惚れてしまった。
お蔭で、好きでもない相手に何度もプロポーズされてしまい、私はストーカ被害にも合っていた。
そんな不幸の連続だったが、私は魔王の花嫁を選ぶ審査の情報を知る。
何でも、全く女性に興味のなかった魔王ジルスが遂に重い腰を上げて、結婚相手を探すらしい。
もちろん、私の両親もさらなる地位を固める為に、花嫁の候補として私は応募されてしまう。
これは私にとってもいい機会だ。
あのヤンデレの幼馴染よりも、魔王ならきっと贅沢な暮らしが約束されるに違いない。
ライバルの花嫁は、かなりの数が多いようだが、私は最高幹部である四天王の娘だ。
スタートラインは有利に立てるに違いない。
行ける! ついに私も春が来る!
そうわくわくしながら、早々と魔王城に向かったが、不幸にも勇者の襲撃に遭遇してしまい、私は抵抗も虚しく胸を突き刺されて倒されてしまった。
もちろん、トドメを刺さずに勇者は立ち去ったので、私はいずれ肉体が再生し、復活するかと思っていた。
だが意識が戻った場所は、美しいステンドグラスが輝く、見たこともない神殿の中であった。
「……ここは何処?」
キョロキョロと辺りを窺ってみると、辺りは白い石の壁が取り囲み、何かの儀式の祭壇のような広場。
そこには見覚えの無い2人の人間が私に近づいて来ていた。
なぜ人間がここに居る?
私は徐々に混乱してしまう。
「貴方も帰還して来たって事は、魔王に敗北してしまったのね……」
「はあー結局、勇者PTは全滅か………」
魔法使いの衣装を身にまとう若い魔女と逞しい肉体の若い戦士である男性はそう私に話しかけた。
魔王に敗北?
何を訳のわからぬ事を……
だが、私は身に起こった異変にいち早く気づいてしまった。
「……なんだこれは!?」
女性にはありえない低い声に男性の衣装……
そう、私の肉体は人間の男性に姿になってしまった。
しかも、私が着ているこの服装には見覚えがある。
どう見てもあの私を殺した憎い勇者であった。
だとすれば、この二人は勇者の仲間に違いない。
どういう事だ?
なぜ私が勇者として復活してしまっているのだ!?
「大丈夫か? クリス」
「あ、ああ。大丈夫だ」
私はそのまま起き上がり、現状を整理する。
魔王に殺された勇者。
だが、死亡したとしても……直ぐに勇者が蘇生してしまうスキルがあるらしいと
魔族の間で話題となっていた。
だとすれば、勇者は魔王に敗れ、私が勇者の肉体に乗り移ったまま、この神殿で復活したのであろう。
私の肉体は朽ちてしまったのだろうか?
まあ、生きていただけでも儲けものだったと考えよう。
そんな最悪の事態を私は想定していたが、今はこの現状をなんとかするしかない。
「無事にクリスも復活っした事だし、さっさとミルナース宮殿に向かうわよ」
「あの国王様に失敗の報告をしなければならないのか……はあー」
そうため息をして、落ち込んでしまう戦士。
どうやら任務失敗の報告をしなければならないようだ。
私も当分はバレないように勇者を演じなければならない。
実に面倒な事になってしまった……
今まで最大級の不幸だ……
街を見渡しながら、歩いている私達は宮殿へと目指している。
辺りは人通りのまばらで活気はなく、非常にどんよりとしていた。
なんだ? 人間は魔族よりも繁殖力が凄まじいと聞いていたのだが、随分と人が少ないな……
「随分と活気が無いのだな」
「そんなの当然でしょ。未だに食材が供給できないんだから、このままじゃ人口が減る一方よ!」
「だな。しかも連合軍は魔の領域の国境付近で全滅。俺たちの奇襲も失敗。活気がなくなるのは、無理もないわな」
うんうんとそう頷く戦士。
どうやら人間の土地では食糧危機が引き起こっているのは本当のようだ。
魔の領域ではそのような被害はひき起こっていないが
人間の住まう土地では農作物が全く育たなくなったらしい。
しかも長い干ばつ、数か月にも渡る嵐……異常気象による天災も増加していた。
私は全く人間に関心が無かったが、改めてこの街の現状を見ると、かなりの被害が出ているようだ。
世界的な飢餓……一体なにが原因なのだろうか?
「本当に足取りが重くなるわ……おい、クリス。俺だけ宮殿から抜けてもいいか?」
元気がない戦士は私にそうお願いして来た。
実にダメダメな戦士である。
「駄目よ! 勇者PTは解散するまでは一心同体……連帯責任になるのに決まっているでしょ!」
「そう言う事だ、諦めろ」
「とほほほ……」
魔女に怒鳴られてがっくりと肩を落としながら落ち込んでしまった。
なんだ? この国の王はかなりの恐ろしい人物なのか?
不安になってきたぞ……
何事もなく、宮殿に辿り着いた。
この国の王だけあって、立派な建物の中でも警備はかなりの厳重である。
いい加減な警備をしている魔王城とは大違いだな。
……そこだけは本当に改善してほしい。
私達は、ついに国王の元へ辿り着いた。
国王の姿は中年男性だが、非常にたくましい肉体が備わっている。
どうやら人間の王も肉体は、鍛えているらしい。
まあ、真の支配者である魔王様に敵う人間の王など存在しないと断言できる。
そんな教皇はかなりの険しい表情で私達を眺めていた。
まあ、魔王様を暗殺するのに失敗したのだから、当然だろうな。
「……そうか。失敗してしまったのか」
「申し訳ありません……」
無難に謝罪をして頭を下げた。
私はエリート教育で様々な難題や強敵から立ち向かった。
例え相手が人間だろうが、ある程度の礼儀はしなければならない。
……今は人間の姿になってしまったしね。
「もうよい……神の施しが備わった勇者ですらどうにもならないのならば、魔の領域は諦めたほうがよさそうだな」
ため息を吐きながら、顔を青ざめてしまった国王は落ち込んでしまった。
相当に追い詰められてしるのだろう。
まさか、魔族が侵略していない筈なのに、勝手に人間側が自滅しているとはな……
人間の戦力では魔族に勝つ事は不可能だ。
おとなしく自国で引きこもっていればよかったものを、伝説の勇者が現れたお蔭で、魔王様ですら倒せると云う幻想に浮かれていたのだろう。
この蘇生スキルはかなりの厄介ではあるが、その場で復活する事もないので、全く脅威ではない。
しかも魔に属する私が勇者の肉体を得てしまったのだ。
いくら神の命令で、魔王を滅ぼせと進言されたとしても、私は魔王様を殺すような事はしない。
「じゃあ、当分は魔の領域に侵入しなくても良いって事でしょうか?」
「そうだ。もはや、戦力となるハンターと兵士の多くが失ってしまった。当分は防衛と食糧確保に専念するしかあるまい……」
「やったぜー!」
「………」
辺りは静寂に包まれ、すっかりと沈黙してしまった。
そして、その原因を作ったガッツポーズをしている人物に多くの人々から視線が注がれてしまう。
そんな残念な空気になってしまった私は、戦士に注意を施す。
「流石にここでガッツポーズをするのは良くないと思うぞ……・」
「わ、悪い……全然、空気を読んでなかったわ」
髪の毛を引っかけながら、テヘヘと謝罪しているが、全く反省してなさそうだ。
「ゴホン! まあ、そういう事だ。当分は魔物の狩りへ専念させてもらう。大臣もそれでいいか?」
「うむ、正直いって、魔族にケンカを売った事が間違いだった。魔族からの宣戦布告はなかったものを、下手をすれば我々はさらに窮地へと追い込まれていただろう。今は自国の食糧をなんとかしなければばらない。勇者クリスには引き続き、魔物の狩りを行ってもらいたい」
そうお願いして頭を下げている大臣。
やはり、相当に追い込まれているようだ。
私も出来れば、元の肉体に帰りたい。
本当にどうしたものか……
まあ、私は勇者になりきるならねばならない、任務を全うするしかないな……
「了解した。多くの食材を狩り取ってみせましょう!」
「まあ、そうなるわよね……」
「面倒だが、今はやるしかないわな」
本当に、これから私はどうなってしまうのだろうか?
不安は感じている。
だが今は前へ突き進むしかない。
こうして、流されるままに勇者となってしまった元吸血鬼の少女は、今日も魔物を狩り続ける。
人間の男性になった事による戸惑いと動揺。
だが慣れてしまえば、普段よりも力が付いた勇者の肉体のほうが使い勝手がよかった。
何より生理が無いのが素晴らしい事である。
あのストーカ吸血鬼からの被害はなくなり、死ぬほどに厳しい鍛錬もしなくなった。
魔法も普段と変わらないように扱う事が可能で、勇者の既約を破らなければ、当分は安泰である。
故郷を懐かしむ事があるが、クリスは今のほうが充実した生活を送っているように感じてしまう有様であった。