8話 遠征
文章の書かれた書類をメイドの魔族から手渡されイルビアは首を傾げた。
「どうして、これが私のところに回って来るのだ?」
内容は凶暴な魔物を退治してほしいと書かれている。
魔王ジルスの元ではなく、俺の元へこの陳情が届いていた。
場所によると、飛竜なら日帰りで通える距離のようだ。
部下に任せれば問題ないと思うのだが……
俺にどうすれと?
「おそらく、王妃となったイルビア様の名を上げる為でしょうね。魔王ジルス様もご同行をする予定らしいです」
「……むむ」
『絶対服従』のスキルがあるんだから、俺が退治しなくても魔王で十分じゃないか!
でも、あの魔王の事だ。
きっと気分は新婚旅行に違いない。
それに付き合わされる俺の身にもなってくれ。
だが、仕事はやり遂げなければならない。
俺は真面目な男だからな!
……………今は女だったね。
冷たい風が透き通る中、空は星々で輝き、綺麗な夜空が広がっていた。
空高く飛んんでいるが、真っ暗な筈の地表が鮮明に見えている。
吸血鬼が夜行性のせいなのかな?
「あそこが、目的地の集落だね」
「なあ……話すのはいいけど、体を密着しすぎだと思うんだ……」
俺は魔王の膝の上に乗らなければならず、後ろの魔王が飛竜を操りならが走行している。
お蔭で魔王にべったりとくっついてしまって離れられない!
「この飛竜は一人乗りだからね。体を密着しないと上手く操縦が出来ないのさ」
「……なら、さっきから胸を揉むのもやめてくれよ」
「出来るはずがないじゃないか」
俺の後ろにいる魔王はニヤニヤと笑っているような雰囲気が漂い、寒気を感じてしまう。
そもそも竜騎士って、基本的に前の席じゃないの?
なんで視界が見えにくい後ろの席でも余裕で操縦できるのさ?
いろいろと突っ込みたくもなるが、今は我慢するしかない。
くそ! だがこの態勢も後わずか、やっと俺は開放されるのだ!
「あっ! ゴメン、あれは目的地の集落じゃなかったよ」
「えっ?」
空の旅はまだまだ続くようだ……
集落の目的地を間違えてから数十分後、俺たちはついに依頼された集落へと着地した。。
辺りは魔物の襲撃らしい爪痕があちらこちらに残っている。
畑らしい禍々しい植物が無残にもなぎ倒され、地中は穴だらけになっていた。
ここに住む集落の人々はオークである。
魔の領域ではかなりの力持ちであると自慢されている魔族だ。
人間の土地ではハンターに狩りつくされて既に絶滅してしまったが、魔の領域ではひっそりと少人数で暮らしてる。
しかし、童話の本ではかなり恐ろしい魔物と言われていたオークがここまで被害を及ぶとはね。
一体どんな化け物がオークを襲ったのだろうか?
「おお……魔王様と王妃様が来て下さるとは……お会いできて光栄であります!」
身長が3mはありそうな巨体な図体で、マントを着ている。
どうやら、この魔族が村長のようだ。オーク達が、魔王直々の登場に感動してしまい、生き残ったオークたちも集まっていき同様に歓喜の雄叫びを送っていた。
「……ふむ、これが魔物から受けた被害か」
「そうです……オラ達の畑は殆ど荒らされ、多くの仲間も魔物に戦いを挑んだものの、傷をつける事も出来ずに集落までもが被害に及んでしまっただ……」
怪力のオークですら傷をつけない魔物か……
かなりの強さを持っていそうだ。
よし、俺も詳しく聞いてみよう。
「その魔物の特徴はどんな姿なのだ?」
「地中を自由自在に移動する大きく細長い魔物だす……」
「うーん……聞いたことの無い魔物だね」
腕を組みながら悩みだしている魔王。
どうやら魔王ですら知らない魔物のようだ。
しかし……地中を移動しながら襲撃するのなら、かなり厄介な魔物だな。
まあ、ジルスの『絶対服従』を発動させれば、直ぐに片付けられるけどね。
でも不安要素はある。
「で……どうやって地中に潜っている魔物を退治する気だ?」
魔王にそう告げながら俺も考え込む。
食糧を調達していた俺ですら地中に潜る魔物を仕留めるのは至難の業であった。
飛び出した瞬間でしか狙う事が出来ない。
『サーチ』が出来る魔女でも、正確に出現ポイントを導きだす事は不可能。
本当にどうやって仕留める気だ?
「大丈夫さ。もう居場所は突き止めている」
「本当だすか!」
オークの村長は歓喜の表情で大喜びしている。
俺も驚いた。
既に居場所を突き止めていたとはね……
ちょっと早すぎないか?
「……どうやって居場所を突き止めたのさ」
「『マジックサーチ』のスキルを使う……暴れた魔物に魔力の残滓が残されているし、魔力の特徴、臭い、色……それぞれをつなぎ合わせれば殆どは居場所を特定する事が可能だよ。まあ、勇者クリスの魔力を特定する事が出来なかったのは残念だったけどね」
衝撃の事実を聞かされてしまった。
たったそれだけの情報で得る事が出来て、居場所まで突き止める事が出来るのかよ!
魔女の『サーチ』よりも恐ろしいスキルだ……
俺は冷や汗をかきながらも魔王に質問する。
「……それって私が逃げ出しても無駄って事なのか?」
「もしもイルビアが逃げ出したのなら……地の果てまで追いかけてあげるさ」
そう言って、俺にニッコリとほほ笑む魔王ジルス。
俺はムっと不機嫌な顔でやり返した。
どうやら俺の匂いと魔力は完全に把握されてしまったようだ……
いかん、魔王が俺を隅々まで調べ上げている様子を想像をしてしまった影響で寒気がしてきた!
「まあ、そういう訳で特定が可能なのさ。そして今回の魔物はここから東の数十キロ先に、この集落を襲った魔力の残滓と同じ気配がする……それがどういう意味をしているか分かるよね?」
「そこに魔物が潜んでいるって事になるな……」
もう居場所を特定されてしまったようだ。
ならば、俺もさっさと片付けに行きますか。
飛竜に乗った俺と魔王はそのまま空高く飛び、たった数十分で目的地のポイントへと到達する。
周辺は荒れ果てた大地で、盛り上がった大地には無数の穴が空いていた。
魔物が暴れた爪痕なのだろうか?
「あれが、オークの集落を襲った魔物の巣か……この距離なら『絶対服従』を発動してもいいんじゃないか?」
「無理だね……あれは僕の支配から脱している魔物だ」
「……魔王の支配から脱する魔物?」
あまり想像できないな。
俺ですら身動きが取れなくなるほどに強力なスキルだぞ……
「新種の魔物……まあ突然変異した魔物って事だね」
「ふーん、なるほどね」
俺の肉体も精神が人間なんだから、魔王の支配から逃れてもいいと思うのだが、現実は非常だ……
「イルビア……しっかり捕まって」
「わわ!」
突如として垂直に急浮上されて、俺はどうする事も出来ずに落ちそうになる。
だがガッチリと魔王が俺を片手で抱いたお蔭で難を逃れた。
飛竜の乗った俺たちはさらに空高く飛んでいく
いったいどのくらいの高さまで飛んでいるんだ?
風もさらに冷たくなってしまい、非常に肌寒い。
俺は後ろを向き、魔王の様子を窺った。
その姿は何やら呪文を唱えている最中のようで、絵になるようにカッコいい姿である。
「一体なんの呪文を唱えるつもりだ?」
そう問いかけたが返事はない、呪文を唱えるのに集中しているようだ。
呪文の成果もあり、夜空の上空に何やら巨大な魔法陣が展開されていた。
あれほどに大がかりな魔法陣は見たことがない。
俺の仲間である魔女でもあそこまでは出来ないぞ……
「フフフ……お掃除をするだけだよ」
そう微笑みを交わす魔王。
さらに魔法陣が何重にも展開され、かなりの規模を誇る呪文を唱えているようだ。
……そこまでの相手なのだろうか?
「さあ……滅びるがいい……!メテオストライク!!」
邪悪な微笑みをしながら魔王が叫んだ途端、大きな閃光が迸ったと同時に、赤く燃える、巨大な岩が出現した。
あまりの大きさに、口を開けながらポカーンとしてしまった俺は無言でその様子を驚きながら眺めていた。
燃え盛る岩は、そのまま猛スピードで魔物が住み着いている場所へ落下し、巨大な衝撃音と共に、大爆発を起こした。
ここからでも熱風が伝わるほどの衝撃波が襲う。
中心には大きな穴が開き、空には大きな煙が辺りに広がっていた……まさに大参事である。
俺って、こんな化け物にケンカを売ってしまったのかよ……
「うん、どうやら魔物も無事に退治できたようだね」
「……ちょっとやりすぎじゃない?」
「僕でも地中に潜っている魔物を仕留めるのは苦労するからね、手っ取り早く終わらせなら、この呪文が最適だったのさ」
そう俺に向かってドヤ顔をされても困のだが……
「さて、用事は終わったし、そろそろデートスポットに行こうか」
「デ、デートだと!?」
どうやら、まだまだ旅は終わらないようだ。
数十分は飛行した時、飛竜はついに高度を下げる。
そして高度を下げようとしている地表には、大きな湖の姿が映し出されていた。
「あの泉に何があるのか?」
「それは見てからのお楽しみさ」
相変わらずにニヤニヤしながらそっけない返事を返されてしまった。
むう……何を仕掛けているのかは知らないが、俺は決して驚かんぞ!
そう決意を固めながら、俺と魔王は未知の土地へと着地した。
地表に降り立った感想としては、只の大きい泉と森。
特に森は、見たことも無い形をした植物ばかりで、非常に不気味である。
一体、ここの何処がデートスポットなのかが理解できない。
きっと魔族の感覚ではかなりの素晴らしい光景なのだろうが
俺を驚かすには100年早かったようだな……
「これがデートスポット? ふふん、この程度じゃ俺は驚かないぞ!」
俺は勝ち誇った表情で魔王に振り向きながら、そう告げた。
だが、未だに魔王はニッコリと笑っている。
なんだ? なにがおかしい!?
「そう言うと思っていたよ……まあ見ていてごらん」
そう言って魔王が両手で叩いた途端に、ある異変が引き起こされた。
湖や地面から、数えきれないほどの無数の光を照らす物体が浮遊してきたのだ。
無数の光に照らされて明るくなる森と湖
あまりの幻想的な姿に、思わず見とれてしまった。
それは過去にはありふれた風景であり、今では全く見ることが出来ない風景でもある。
「……まさかこんな隠し玉があったなんて」
目を瞬かせるイルビアを魔王は満足げに見つめて微笑んだ。
「驚いたかい? これは大地と湖に眠っているマナ……光を輝くほどにマナが大量に埋蔵されているのは、今の世界でここだけしか存在しない」
マナ……それは人間にとっては毒だ。
少量であれば問題はないが、大量にマナを吸収してしまえば、マナ中毒に陥ってしまい、死に至る危険性があった。
だが、エネルギー源としては優秀で、魔力結晶に変異させる事が出来る。
魔力結晶は、魔法使いの呪文をサポートするのに欠かせないマジックアイテムである。
さらには農作物としての肥料にも絶大な効果が発揮されて、人口は大きく急増した。
まさに生活で、なくてはならない存在である。
それは今も変わらない。
「……人間が魔の領域を攻めこんだ理由はこれだったのかもしれないな」
「そうだね。彼らはマナを長年にわたって大量に消費させすぎた愚か者さ。そんな事をすれば大地は枯れ果てて、気候は荒れて、植物も育ちにくくなるのは分かりきっているのに……今ではマナの残滓である魔物だけが湧く、枯れ果てた大地さ」
マナは数年前に枯渇してしまった。
枯渇してしまった影響で、今まで裕福な暮らしが約束されたのが一変し、急激に生活が苦しくなる人が激増する。
俺も貧しい生活を強いられた。
さらには、マナが原因だという情報は、あまり広がっていはいなかった。
殆どの国々は民衆の暴動を恐れ、その責任を逃れるために情報を隠ぺいしていまったからだ……
でも情報を隠したとしても、食糧が食べられない問題は変わらないおかげで、結局のところは暴動は各地で発生してしまい、隠ぺいした情報は洩れる原因になったけどね。
そう考え、俺の胸がちくりと痛む。
人間の自業自得……明らかに魔王のせいじゃない。
勇者は、人々に窮地が差し掛かった時に現れる。
神が創りだした救済システムだ。
まさか人間の業で、緩やかに人類が滅びへと向かってしまうなんてね。
皮肉な物だよ……
人類の敵なんて初めから居なかったんだ。
「魔の領域も、これほどの量があるマナは珍しくなってしまった。人間がマナを大量に吸い取った影響だろうね」
そう言って魔王は、フワフワと浮遊するマナを捕まえて握りしめた。
握られた手の中の光は飛散してしまい、また何処かへと飛び去ってしまう。
「なあ……ジルスは人間の事はどう思っているんだ? 恨みとかはないのか?」
「うーん、僕にとっては、長年もの間に争った敵でもあるけど、特に憎悪はないよ。まあ、人間の土地に侵入した先祖の魔王に責任があったしね。まあ、今は人間の動向を注意深く監視する程度さ」
そう腕を組みながら、悩みながら答えを出すジルス。
それを聞いた俺は「やっぱりね」としか頷くしかなかった。
過去の責任を認めるとか、お前って大物だな……
それに比べて、俺は流されるままに任務をこなして、神の力を授かっていたお蔭で、調子に乗っていた。
「お前って、本当に凄い奴なんだな」
「フフ……今更になってそれに気づくなんて、イルビアらしいね」
そう言って俺を見つめながら笑いを必死に抑えている魔王。
少し馬鹿にされてしまったのかもしれない。
ちょっとだけムカついたぞ!
「それじゃあ、雰囲気も良くなった事だし……そろそろ始めようか」
「始めるって……まさか、ここでする気なのか!」
辺りは無人で誰もいない。
だがしかし……野外でそれをやるって……
だけど……ここで魔王に抱かれるのも悪くないと思ってしまう。
俺に夢中になってくれるのなら、魔王は人間の国へ攻める事はないかもしれない。
魔族に攻めこまれてしまえば、もはや人類に抗う術は無いのだ。
それほどまでに人類は疲弊してしまっている。
神の力を授からなかったら、戦力が足りない人類は侵略する事はなかった筈だ。
喧嘩を売る原因となった勇者……
これは俺の責任だ。
だから受け入れてやる。
決して俺は、魔王を好きになった訳ではないからな!
「そうだよ。イルビアもいいよね?」
「……好きにしろ」
俺がそうため息を出しながら言った途端に魔王は抱きついてくる。
そのまま一緒に地面に倒れ伏せ、そのまま覆いかぶさるような態勢となってしまった。
不意打ちを食らった俺はムッと不機嫌になる。
「今回は随分と大人しいじゃないか。いつもなら、激しく抵抗するのにね」
「勘違いするなよ……これは諦めの境地だ!」
諦め……後悔……
抵抗したって、どうせ無駄だと分かっているのだから気が楽である。
けど、胸の鼓動は収まらない。
それどころか体も熱を浴びたのかのように体温も上がり
鼓動が段々と強くなっているのを感じていた。
これはなんだろう?
なぜ俺は恥ずかしくなってないのに、これほどに熱くなっているんだ?
わからない……けど、悪い気分ではないな。
今まで襲われていた時よりはマシだ。
「じゃあ、諦めたのかどうか、試してあげるよ」
「っー!」
口づけをされてしまったが、もう何度もされてしまったのだ。
これだけ情熱と愛情を注がれてしまえば、もはや諦めもつく。
だから今回だけは受け入れてやろう。
ダウンするのは貴様のほうだ……覚悟しろ!




