第二話 疑念と友愛
はぁ。どうしてこうなってしまったのかしら。
目の前にいる吸血鬼の少女、リリー。私は、この子の友人になってしまった。
私は吸血鬼ハンター。吸血鬼と友人になるなんて、普通はありえない。
でも、リリーは異質だ。見た目は私の年とそう変わらないように見えるのに、その力は底が見えない。あの一瞬で、私はそう感じた。
……相手は明らかに格上だし、下手に逆らうこともできないわね。
「どうしたの?ヴェリナ。何か考え事?」
「あなたについて考えてたのよ。ハンターと友達になりたがるなんておかしいわ」
「え?そうかな。」
「だって、あなた達の敵よ?吸血鬼を討伐するのが私達の仕事なの」
「うん。分かってるよ。それでも私は、ヴェリナと友達になりたい。」
初対面なのに、どうしてこんなに気に入られちゃったのかしら。
……もしかして、油断させて隙をついて私を食べようとしてる?——いや、少なくとも私よりは強いんだから、生かす必要もないか。
「それよりヴェリナ、君の話、聞きたいな。」
「話って何よ。話すことなんか、何もないわよ」
「友達のことを知るのは当然でしょ。——話してくれないの?」
どんな光も飲み込んでしまいそうなほど黒みがかっている赤い瞳。——そのはずなのに、なぜか輝いて見える。
……そんな目で見つめられたら、断りにくいじゃない。
「はぁ。仕方ないわね。少しだけよ」
「やったぁ!じゃあ、さっきの戦いの話、聞かせて!」
さっきの戦いって、あの二罪級吸血鬼との戦闘のことかしら。
「えぇ、いいわよ。けど、私を助けたのはあなたよね?あの時見てたんじゃ——」
「最後の方だけだよ。ヴェリナを助けるために、あのおじさんはすぐ倒しちゃったから話も聞けなかったし。」
「……そういえば、どうやって私のこと助けたのよ」
あんな傷、一人で行使できる治癒魔法じゃ、絶対に治せない。もしかして、この礼服の吸血鬼も治癒魔法が使えるのかしら。
「え?普通に治癒魔法で治したけど。」
……え?
いやいや、いくら上位の吸血鬼でも、さすがにありえない。
すると、礼服の吸血鬼が私の顔を見て、口を開いた。
「ヴェリナ様、理解しがたいのは分かりますが、リリー様のおっしゃっていることは事実なのです」
「なによそれ!そんなのおとぎ話でしか聞いたことないわよ?!」
「リリー様には、それほどのお力があります」
そんな魔法を一人で行使できる存在なんて……まさか。
「……もしかして、原罪級なの?この子」
「はい。リリー様は間違いなく、原罪級に区分されると思われます」
でも、こんな少女の原罪級なんて、聞いたことがない。——まさか、未発見の個体?
「ねぇ、『げんざいきゅう』ってなに?」
「原罪級というのは、人間が吸血鬼の強さを分けた指標の中での、最上位の区分のことですよ」
「へぇ。じゃあ、私って強い?」
「えぇ。それはもう」
「やったぁ。」
にこやかに話している二人は、主人と執事という主従関係では語れない——どこか、祖父とその孫のような、家族のようにも見えた。
……信じられない話ではあるけど、この二人が嘘をついてるようには見えないのよね。
「……あなた達は、どうして私を助けたの?」
「ん?急にどうされましたか?」
「あなた達には、私を助ける理由がない。わざわざ仲間の吸血鬼を倒してまで守る価値は、私にはないはずよ」
「……だって、かわいそうだったから。」
可哀想?——ふっ、何よそれ。
「ふぁぁ……なんだか、眠くなってきちゃった。」
「半刻ほど治療魔法を行使していましたし、きっとお疲れなのでしょう。お休みになられては?」
「うん、そうしようかな。」
は、半刻?!そんなに長い時間使ってたの?
……どうやら、私を助けたかっただけっていうのは、信じても良さそうね。
「んぅ……じゃあ、おやすみ。」
リリーは、先ほどまで私が眠っていたベッドに横たわり、そのまま静かな寝息をたて始めた。
「本当にお疲れだったみたいですね。お客人の前で、主人が申し訳ございません」
「……いえ、大丈夫よ」
お客人って私のことよね。——この礼服の吸血鬼はハンターのことちゃんとわかってそうなのに、どうしてこんなに好意的なのかしら。
「そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね。私は、ヴェルトルと申します。お気軽にお呼びください」
ヴェルトルと名乗った礼服の吸血鬼は、私に向かって礼儀正しく頭を下げた。肩から、後ろで結んだ少し長めの白髪が垂れてきている。
この礼……この国の礼儀作法だわ。吸血鬼も敬意の示し方は人間と一緒ってこと?それとも、この吸血鬼が知っていただけ?
「……わかったわ、ヴェルトル。——それで、聞きたいことがあるんだけど」
「えぇ、なんなりとお申し付けください」
「あなた達は、どうしてそんなに私に好意的な態度なの?」
「それは、先ほどリリー様がおっしゃられていた通りです。私はそのご意向に従ったまで」
「……私が、滑稽だったから?必死に足掻いてるのが、惨めに見えたから?」
「…………」
ヴェルトルは、何も言わず、優しさを帯びた深紅の瞳をこちらに向けて、ただ私の言葉を聞いていた。
……何か言ってよ。
何も言わないヴェルトルを前に、私の口は止まらなくなった。
「そりゃあ、二罪級レベルの吸血鬼も倒せるあなた達からしたら、私は愛玩魔物程度にしか見えないかもしれない。でも、こっちは今まで必死に生きてきたの」
ヴェルトルは、まだ何も言わない。
「確かに、助けてくれたのは心から感謝してる。でも、あなた達に憐れまれる筋合いはないわ」
……なにやってるのかしら、私。
吸血鬼だとしても、私を助けてくれた恩人に、何言ってるんだろう。——少し、感情的になりすぎた。
「……ヴェリナ様は、先ほどリリー様とお話されている時、常に警戒を絶やさず、冷静に物事を観察されていた。それは、ハンターとしてとても大切な力だと思われます。ですが、どんな状況でもそれを続けるのはとても難しいことです。ですから、あなたはこれまで努力を絶やさずにここまで来られたのだと、私はそう感じました」
……何よ、それ。
「そんな上っ面だけの褒め言葉、私が素直に受け取るとでも——」
……あれ。
言葉が出ない。何かが胸の奥からこみ上げてくる。目から何かが零れ落ちる。
こんな上っ面だけの言葉で、どうして——
「——どうして、私は泣いているの……」
こみ上げてくる涙が止まらない。声が出せなくなってきた。
「吸血鬼に……私のなにが……っ……」
今までちゃんと我慢できていたのに。あの日から、ずっと。
お祈りが長くて足が痛くなったときも、勉強が難しくて行き詰まったときも、体が重くて動かなかったときも。
——どれだけ頑張っても上手くいかなくて、笑われたときも。
ずっと、抑えこめていたのに。
「……っ…………うっ……ぐ…………ひっ……く……」
「——そして何よりも、あなたはリリー様のご友人です。貴方様をもてなす理由は、それだけで十分だと、私は思っています」
すると、後ろから少しいたずらっぽく、少女の声が聞こえてきた。
「あー、爺がヴェリナのこと泣かした~」
「り、リリー様、おやすみになられていたのではっ?!」
ヴェルトルは、先ほどまでの慈愛に満ちたような表情を崩した。
「眠かったけど、二人の話を聞いてたら、気になっちゃった。でも、爺が泣かせたのは本当でしょ?」
「ですから誤解です!私はただヴェリナ様からお見受けしたことをありのままお話しただけで——」
「爺が、ヴェリナ、泣かしたー。」
少し間を空けて、リリーがいたずらっぽく言う。
「……ふふふっ、あははっ」
リリーとヴェルトルのやり取りを見て、思わず笑みが堪えきれなくなる。
この二人、どこか変だわ。
「……あれ?笑ってる。」
「ほら、私はヴェリナ様を泣かしてなどないでしょう?」
ヴェルトルが少し誇らしげに言う。
はぁ~。なんだか二人を見ていたら、涙も引っ込んじゃったわ。
「——吸血鬼なんか、ね」
どうやらこの人達は、私の知っている吸血鬼とはまた少し違うみたいね。




