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遺忘  作者: 李夫子
2/2

遺言



帝国の皇宮。


深夜。


月明かりが広大な宮殿を照らし、皇都全体が静寂に包まれていた。


しかし、皇宮の最奥部。


歴代の皇帝だけが立ち入ることを許された一室で、異変が起きていた。


数百年もの間、沈黙を守り続けてきた石板が、かすかな音を立てたのだ。


「カタ……」


床に、一筋の亀裂が走る。


次の瞬間。


古代の魔法陣を形作る紋様が、ゆっくりと浮かび上がった。


青白い光が、部屋全体を照らし出す。


扉の前で警備にあたっていた近衛兵たちは異変を察知し、すぐさま室内へと駆け込んだ。


「陛下!」


部屋の中央。


現皇帝である女帝が、魔法陣の前に立っていた。


彼女は何も語らなかった。


ただ、目の前で数百年もの眠りについていた魔法陣を見つめていた。


この魔法陣は、帝国が建国された当初から存在していた。


歴代の皇帝たちは、その存在を知っていた。


だが、その用途を知る者は誰一人としていなかった。


――今日、この瞬間までは。


魔法陣が、初めて起動したのだ。


女帝はゆっくりと歩み寄った。


すると、魔法陣の中心から一筋の光が浮かび上がった。


その光に攻撃性はない。


ただ静かに、遠い彼方を指し示していた。


一人の老いた宮廷魔術師が床にひざまずき、慎重に魔法陣の紋様を観察していた。


その手は、わずかに震えている。


「こ、これは……古代の位置特定魔法です」


女帝は彼に視線を向けた。


「位置特定?」


魔術師は息をのんだ。


「はい」


「ですが、通常の位置特定魔法とは異なります」


「この魔法が探しているのは、場所ではありません」


「ある特定の存在……そのものなのです」


部屋に沈黙が満ちた。


女帝は、遠い彼方へと視線を向けた。


脳裏によみがえるのは、皇室に代々受け継がれてきた秘密。


皇帝だけが読むことを許された、あの遺言。


そして、祖先たちが数百年もの間、守り続けてきた一つの名前。


彼女は、それを単なる伝説だと思っていた。


だが、今は違う。


その伝説が……。


今、確かに応えようとしていた。


* * *


数日後。


クロアーゴ山脈の東側。


小さな村。


レインはいつものように、村の外で薪を割っていた。


「レイン!」


村の子供が、慌てた様子で駆け寄ってきた。


「村長が呼んでるよ!」


レインは斧を止めた。


「何かあったのか?」


子供は首を横に振った。


「わかんない。でも、鎧を着た人たちが大勢来てるみたい」


レインは眉をひそめた。


鎧を着た人間?


この村は辺鄙な場所にあり、外から訪れる者はほとんどいない。


ましてや、大勢の騎士がやって来るなど、今まで一度もなかった。


レインが村に戻ると、村人たちが道の両脇に集まっていた。


その中央には、完全武装した騎士団が整然と並んでいた。


掲げられた旗には、帝国皇室の紋章が刻まれている。


レインは思わず足を止めた。


なぜ、帝国の騎士たちがこんな辺鄙な村にやって来たのか。


彼には、まったく見当がつかなかった。


やがて、一人の騎士が馬から降りた。


騎士団長だった。


彼はレインに視線を向けた。


「お前が、レインか?」


レインはうなずいた。


「そうだが」


騎士団長はしばらく黙り込んだ。


まるで、目の前の少年が本当に探していた人物なのか、確かめるように。


やがて、彼は口を開いた。


「女帝陛下のご命令により、お迎えに上がった」


「皇城まで同行してもらいたい」


周囲の村人たちが、ざわめき始めた。


レインは眉をひそめた。


「……どうして俺が?」


騎士団長は答えなかった。


「理由は皇城に到着すれば、おのずとわかる」


レインは動こうとしなかった。


「もし、断ったら?」


その瞬間、周囲の空気が凍りついた。


騎士団長は、じっとレインを見つめた。


そして、静かな声で告げた。


「その場合は……力ずくでも連行させてもらう」

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