夢
闇。
果てしなく広がる闇。
レインは、自分がここに立ってどれほどの時間が経ったのか、もう覚えていなかった。
ここには空もなければ、大地もない。風さえ吹いていなかった。
ただ、自分の足音だけが静寂の中に響き渡る。
一歩。
また一歩。
まるで、この道には終わりなど存在しないかのようだった。
レインは、これまで何度も自分に問いかけてきた。
――これは、本当に夢なのだろうか。
夢だというのなら、なぜ毎回、こんなにも現実味があるのか。
なぜ目を覚ましたあとも、言葉では言い表せない不安だけが、心の奥に残り続けるのか。
答えはわからない。
彼が唯一覚えているのは、自分の名前だけだった。
レイン。
それより前のことは……。
何も覚えていない。
彼の記憶は、十八年前で途切れていた。
あの日、レインはクロアーゴ山脈の東側にある小さな村で目を覚ました。
彼を拾ったのは、一人の老人だった。
老人はレインを引き取り、我が子のように育ててくれた。
森の中で倒れているところを見つけたのだと、老人は語った。
家族はいない。
身分もない。
過去もない。
そもそも「レイン」という名前さえ、老人が彼につけたものだった。
それ以外には、何も残されていなかった。
そして、この夢だけが、彼の過去につながる唯一の手がかりだった。
そのとき。
闇の中に、小さな光が現れた。
レインは足を止めた。
その光には見覚えがあった。
なぜなら、夢はいつも、同じ場所へと彼を導くからだ。
レインは光に向かって歩き出した。
やがて、その先に一本の剣が姿を現した。
闇の中に突き立てられた、一振りの剣。
刀身は古び、表面には無数のひびが刻まれていた。
華やかな装飾はない。
強大な力を感じさせる気配もない。
それなのに。
レインは、なぜかその剣から目を離せなかった。
彼はゆっくりと手を伸ばした。
なぜ触れたいと思うのか、自分でもわからなかった。
この剣が何を意味するのかも、わからない。
ただ、確信に近い何かが、彼の心の奥で告げていた。
この剣に触れさえすれば。
失われたすべてを知ることができる。
指先が剣の柄に触れようとした、その瞬間だった。
「触れるな」
不意に、声が響いた。
レインの身体が硬直する。
聞き覚えのない声だった。
低く。
静かで。
それでいて、どこか……悲しげな声。
レインは勢いよく振り返った。
「誰だ!」
だが、闇の中には誰の姿もなかった。
足音もない。
気配すらない。
何もない。
「お前は誰なんだ!」
レインは叫んだ。
しかし、返ってきたのは沈黙だけだった。
彼はゆっくりと振り返り、再び剣を見つめた。
その次の瞬間。
世界が崩れ始めた。
闇が、砕け散るガラスのように崩壊していく。
レインは何かをつかもうと手を伸ばした。
だが、何もつかめなかった。
「はっ!」
レインは、勢いよく目を覚ました。
見慣れた天井が目に入る。
木造の窓から差し込む朝日が、部屋を淡く照らしていた。
窓の外からは、村人たちが一日の仕事を始める声が聞こえてくる。
レインは上半身を起こし、荒い息を整えた。
また、あの夢だ。
彼は自分の両手を見下ろした。
剣はない。
闇もない。
何もない。
「……いったい、何なんだ」
レインは小さくつぶやいた。
十八年間。
この夢は、一度たりとも変わらなかった。
いつも、あの剣の前までたどり着く。
そして、必ず誰かに止められる。
かつてレインは、養父に尋ねたことがあった。
自分は昔、何か恐ろしいことに巻き込まれたのではないか、と。
老人は長い間、黙り込んでいた。
そして、最後にこう答えた。
「忘れてしまったほうが、幸せなこともあるんだよ」
当時のレインには、その言葉の意味がわからなかった。
今でも、わからない。
ただ一つ、確かなことがあった。
自分の人生は、最初の数ページが抜け落ちた一冊の本のようだった。
そして、失われた物語の断片は……。
あの夢に現れる剣の向こう側に、隠されているのかもしれない。
その頃。
遠く離れたクロアーゴ山脈の彼方。
数百年もの歴史を誇る、古き帝国の皇宮。
そこに、長い間封印されていた魔法陣があった。
誰にも知られることなく、静かに眠り続けてきた魔法陣。
その紋様が、不意に光を放った。
数百年もの間、眠りについていた力が。
再び、目を覚ました。




