第56話:解散と、居座り聖剣!腰元がうるさすぎて困るんですけどぉ!
夕暮れ時のアヴェントリア。
聖光教会の厳粛な門をくぐり抜けた一行は、大きな目的を果たしたというのに、どこか拍子抜けしたような顔で広場に立っていた。
「いやぁ。まさか、こんなアッサリ聖剣探索が終わっちまうたぁ……な。もっとこう、命懸けの立ち回りを覚悟してたんだがよ」
ハルドが後頭部を掻きながら笑うと、アルメリアも杖を軽く振り、同意するように微笑んだ。
「良いじゃない、楽に越した事はないわ。リアが大きな怪我もなく、無事に継承を済ませられた。それが一番の成果よ」
だが、武闘派のマルコだけは、肩を怒らせて鼻息を荒くしている。
「アタシは不満だわよッ! まったく、久々に暴れまくれるってコーフンしてたのにさァ……がっかりだわよ! あの変な扉が開いた時、モンスターの一匹くらい飛び出してくると思ってたのにィ!」
「ま、マルコさん、落ち着いてぇ……あたし的には、あの中で繰り広げられた精神攻撃だけで、もうHPマイナスなんですけどぉ……」
凛愛が魂の抜けたような声で答えると、マルコはパチンと指を鳴らして、表情を商売人のそれに切り替えた。
「まぁ、しかたねェ……切り替えよ! アタシはミリナに商売のイロハを叩き込みにいくわ! 勇者様のショップ開店まで時間もねェし、あの子を一人前の代理にするにはアタシのスパルタが必要なのさッ!」
マルコは凛愛の肩をガシッと掴み、真剣な眼差しで続ける。
「リア! アンタも時間があったら、商業区に顔を出しな! 自分の城なんだから、内装くらいチェックしなきゃ承知しないわよォン!」
「はーい、分かってますぅ……」
「んじゃあ、俺ぁ飲み直しにいくわ。これでも緊張してたんだ、赤狼亭の酒で喉を潤さねぇとな。リア、なんかあったら、いつでも呼んでくれ!俺たちはチームだろ?」
ハルドは背を向けて手を振り、夕闇の酒場街へと消えていった。
アルメリアも「私も錬金術師として、自分の店の在庫が心配だわ」と言い残し、優雅に去っていく。
広場に残されたのは、凛愛と、髪の中のチュンペー、そして右手の聖剣だけだ。
「よし。とりあえずこいつ、邪魔だから無限収納バッグにポイして……」
凛愛がアルスカイゼリオンをバッグに押し込もうとした瞬間、剣が激しく振動し、物理法則を無視した頑固さで入り口を拒絶した。
「おぉ、待て待て! 誰がそんな暗くて狭い場所に入るか! ワシはお主の腰から下げてもらいたいのぅ。勇者の柔らかな腰のラインを常に感じていたい……それがワシの望みよ、くっくっく!」
「……っ、マジでキモいんですけどぉぉぉ!!」
「警告……下劣な欲望の垂れ流しを確認。……放電、最大出力」
バチィィッ!! と、懐のメモリエルから容赦ない蒼い電撃が走り、凛愛の手ごとエロ剣を焼き上げる。
「あぎゃあああ! 巻き添え! あたしまで巻き添えなんですけどぉぉ!!」
悶絶する凛愛の髪の中から、チュンペーがひょいと顔を出した。その小さな瞳には、これまでになく鋭い光が宿っている。
『フン……バカ人間。いつまでも騒ぐな。聖光剣という牙は揃った……いよいよ、魔界への準備が整って来たということだ』
チュンペーの言葉に、凛愛は電撃の痺れに耐えながら、沈みゆく太陽を見つめた。
ショップ開店準備と、魔界への遠征。
伝説の(変態)装備を手にしたギャル勇者の、本当の戦いがここから始まろうとしていた。
夕暮れのアヴェントリア。
チュンペーは凛愛の髪の中から、遠くの空を見つめるように目を細めた。
その小さな瞳には、かつての支配者としての厳しさと、拭いきれない懸念が混ざり合っている。
『いいか、バカ人間。よく聞け。魔界は、お主がこれまでいた人界とはレベルが違う。理も、魔素の濃度も、そこに棲まう者たちの凶悪さも、すべてが別次元だ』
「……そんなにやばいの? でも、あたしにはハルドさんやアルメリアもいるし……」
『ならぬ。貴様が通うことになる魔界の学園へは、この地の仲間を連れていくことはできん。貴様が行けるのは、異例中の異例、特別枠の人間としてのみ許されたからだ。ねじ込めるのは貴様一人……』
「……えっ、ソロ攻略とか無理ゲーなんですけどぉ! あたし、力4だよ? 体力4だよ? 雑魚に囲まれたら一瞬で詰むってば!」
凛愛が悲鳴を上げると、スマホの中からモリエが静かに補足した。
「……星凛愛。現地でのバックアップは私と、この不潔な剣のみになります。魔界では、しばらくの間、物資の補給などができる保証はありません。貴様のその無限インベントリ、使い道があるのは今だけです。有り余るほどの準備を怠らないように」
チュンペーは溜息をつき、さらに声を低くした。
『……ふん、そいつの言う通りだ。いいか、バカ人間。我が魔界を離れてから、すでに500年の月日が流れている。我が知る魔界が、今もそのままの姿で在るという確証はどこにもないのだ』
「え……元魔王のチュンペーでも、今の魔界のことは分からないの?」
『当たり前だ。500年もあれば、国の一つや二つ、跡形もなく消えていてもおかしくはない。制度も、地名も、そして学園の様子も、我の記憶とは別物になっている可能性が高い。確かなことは、そこが弱肉強食の地であることだけだ』
チュンペーの羽が、苛立ちを隠すようにわずかに震える。かつての支配者ですら予測できない、500年後の未知の領域。
『ゆえに、備えは万全にせよと言っているのだ。何が起きても、何が不足しても、自らの力……そして、そのインベントリに詰め込んだ物資だけで生き延びねばならん。我を、500年前のガイドブック代わりにできると思うなよ?』
「……マジかぁ。頼みの綱のチュンペーまで『最新のアプデ内容は知りません』とか、運営投げっぱなしすぎなんですけどぉ……!」
確実な情報がない以上、想定できる限りの最悪に備えるしかない。
「分かったよ。ショップの売り上げも、これまでの報酬も、全部つぎ込んでやるんだから! 回復薬、保存食、あとは……魔力を回復するための魔石や触媒! 持てるだけバッグに積んでやる!」
腰元で「おぉ、ワシの愛でお主を常に満たしてやろうぞぅ、くっくっく」と空気を読まない発言を繰り返すアルスカイゼリオンに、モリエが即座に無言の電撃を浴びせる。
「……あぅっ! だから、巻き添えが痛いってばぁ!!」
夕闇が深まるアヴェントリアの街角。
500年という時間の断絶と、一人の少女。
凛愛は、かつてない孤独と責任を背負いながら、魔界という名の未実装エリアへ足を踏み入れるための、最初の一歩を踏み出した。
現在のステータス
• 名前:星凛愛
• レベル:17
• 力:4
• 体力:4
• 素早さ:18
• 知力:12
• 魔力:13
• 運:10
• スキル:魔力感知、逃走の極意
• 装備:聖光剣アルスカイゼリオン、蒼の宝珠
• 状況:500年後の未知の魔界へ向けて、最終準備を開始。
• 精神状態:ガイドなしの初見プレイとか、もはや縛りプレイの域を超えてるんですけどぉ!




