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74.続・お忍び(クリストファー視点)

この話でクリストファー視点は終わりです。

 泥のように眠って迎えた翌朝、気を取り直して再度ギルドに向かった。


 だが到着してから既に結構な時間が経過したものの、今も掲示板の前から動けずにいる。初めての依頼で大変な思いをしたせいで貼りだされている依頼がどれも怪しく思えてしまい、これと決めかねているのだ。


(内容的に問題なさそうなのはいくつかあるが……後は俺の心持ち次第だな……)


 やってみないことにはわからない、それはもちろん理解している。だがあくまで俺はこの街には彼女への理解を深めにきたのであって、ハンター活動をしたくて来たのではない。また変な依頼を引いて余裕がなくなり、本来の目的がおざなりになってしまっては本末転倒である。


「お兄さん、さっきからそこで何してるの? そこE級の掲示板だよ?」

「おい、バカ! いきなり絡んでやるなって」


 背後から声が掛かり、はっと顔を上げて振り向いた。そこには茶髪に黒い瞳の溌溂とした女性が不思議そうにこちらを覗き込んでいた。弓を携えているところを見るに彼女もハンターなのだろう。慌てて連れらしき赤い髪の男性が彼女を止めに入ってくる。


「何かおかしかったか……?」


「お兄さんどう見ても強そうなのに、E級の依頼受けるなんて変わってるって言われない?」


「……あぁ、そういうことか」


 見習いや日雇いで暮らす者はともかく、戦う力があるのにそうしないというのは他のハンターから見れば珍しく目立つ行為のようだ。


「まだこの国に来て日が浅いものでな。こちらに慣れるために街中の依頼を受けているのだが、昨日受けた『猫探し』のせいで他の依頼まで怪しく見えてしまって困っていたのだ……」


 俺がそう説明すると二人は途端にその顔に同情を浮かべ、しみじみと頷いた。


「わかるぜ……あれホントにひでぇよな……」

「お兄さんも洗礼を受けちゃったのね……ご愁傷様……」


 その反応を見るに、どうやら彼らも同じ依頼を受けたことがあるようだ。あの達成への道筋が全く見えずに途方に暮れる己の無力感、周囲には憐みの視線を向けられるも力にはなってもらえない孤独感、しかしそれでもやらなければならないという焦燥感、それをもたらした依頼主への苛立ち……。


 たった一つの依頼で味わわされる数々の負の感情を理解してくれる、ただそれだけでまだ名前も知らない彼女らに対する好感度がみるみる上がっていく。


「わかってくれるか……! ならばそんな同志に頼みたいことがある。この中から比較的まともな依頼を教えてもらえないだろうか?」


「ならとりあえず『家の掃除』と『祖父の話し相手』はやめときな。クッソ汚い家とボケた爺さんを相手にしねぇといけねぇから」


「この中なら~……『荷物の配達』が一番まともだと思う。純粋に力仕事で大変だけど、お兄さんならきっと大丈夫だよ!」


 二人は突然の頼みに嫌な顔をすることなく、ざっと掲示板を眺めてあっさりと答えてくれる。やはり他にも過酷な依頼はあったようだし、本当に聞いて良かったと素直に思えた。


「『荷物の配達』だな、恩に着る。俺はフレーゼ王国から来たB級のクリスという者だ。よろしく頼む」


 手を差し出して握手を求めると、男性の方が強く握り返してくれる。


「俺たちはB級パーティ『烈火』のアクセルとユノだ。よろしくな」

「よろしくね~」


「本当に感謝している、心の友よ。――では行ってくる」


 受付を済ませ、二人に見送られながら俺は集合場所である西門へと向かった。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 王都からエルグランツに来る際に必ず通る西門には相変わらず大量の木箱が山積みになっている。最近ではパトリックたちの結婚披露宴のために訪れたが、その時に見た光景と何一つ変わっていない。


(何度見ても凄い量の荷物だな……)


 同じような格好の運び手が大勢集まっている中、慣れた様子で他の者に指示を出している一人の男性を見つけたので話し掛けてみる。


「ギルドの依頼で来たクリスという。責任者はお前か?」


「……んあ? あぁ俺だ俺、マイクってんだ。……兄ちゃんは期待出来そうだな、よろしく頼むぜ」


 その紫色の髪に黒い瞳の日焼けした男性はこちらを上から下まで眺めて満足げに頷いた。そしてすぐさま一枚の紙を手渡してくる。


「別に難しいことは何もねぇ、書かれている通りに荷物を届ければいいだけだ。進行状況を確認するために昼飯の時間はみんなで合わせて取るから、出来るだけそれまでに午前中のぶんは終わらせてくれな」


「あぁ、わかった」


 早速そのメモの一番上に書かれていた荷物を見つけて持ち上げる――が、かなりの重量で少しフラついてしまう。


(ぬぅ……魔法無しでいけなくもないが、落としたり怪我をしないよう身体強化は使っておいた方が良さそうだな……)


 念の為に身体強化を使うと、これまでの辛さが一気に和らいで姿勢も安定する。


「お、やるねぇ! ……ていうか今魔法使ったか?」


「わかるのか?」


「途中から急にフラつかなくなったから、なんとなくな。魔力なんてモンはわかんねぇし、多分嬢ちゃんから聞いてなけりゃ気付けなかっただろうけどよ」


 マイクは威張るでもなく、むしろ少し自虐的にそう説明する。過去にも身体強化を使ってこの仕事をしていた者がいたようだ。


(嬢ちゃん……)


 そして恐らくだが、それはクローヴェル卿のことではないだろうか。彼女は自分の屋敷に使用人が入るまでは依頼の階級に拘らなかったと聞いている。呼び方こそ「レオナちゃん」とは違っていても、明らかに気安さが見て取れるので彼から情報を得るのも良いかもしれない。


「その嬢ちゃんというのは『いばら姫』のことか?」


「……へぇ、ここいらじゃ見ない顔なのに良くわかったな」


 だが俺の問いかけに対し肯定はしたものの、逆に警戒心を露にしたマイク。表情こそ笑っているが、目は笑っていない。流石にエリスのように簡単に受け入れてはくれないようだ。


 だがむしろこの反応の方が正しい。聞いた俺が言うのもなんだが、エリスは警戒心が足りないというか、お人好し過ぎたと思う。


「そのあまりに常識外れな功績に同じハンターとして興味があってな。彼女のことをもっと知りたくてこの国に来たのだ」


「……そうか。まぁ働き次第では教えてやらねぇこともねぇかな」


「依頼はちゃんとこなすさ。……しかし身体強化を使っているとはいえ、この重たい荷物を抱えっぱなしというのは流石に堪える。早いところ終わらせるとしよう」


「ハハッ、確かにな」


 働かざる者食うべからず――ではないが、依頼を蔑ろにしておいて教えてもらおうなどという虫の良い話は存在しない。そもそも依頼には既に報酬が用意されているのだから、彼には情報に対する相応の対価が必要だ。エリスは店の宣伝を望んでいたが、このマイクは何を望むだろうか。


 その要求内容や、彼から聞ける彼女の話はどんなものがあるかなどを予想しながら、俺は歩き慣れない街を荷物を抱えて動き回る。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 初めての配達の仕事は、休憩時間までになんとか午前中の分を終えることが出来た。体力的な問題よりも、土地勘がないせいで配達先の把握に手間取ってしまったという印象だった。慣れればもっとスムーズに出来そうなのだが、今はこれが精一杯だ。


 だがそれでもマイクは嬉しそうに頷いている。


「さすが言うだけのことはあるな」


「依頼もこなさずに話が出来るなどとは思っていない。こんなものは礼にもならんだろう」


「……それで? 気になるってんなら紹介でもすりゃいいのか?」


 マイクは俺の反応を見て少し考えてから、そう提案してきた。まだ完全にではないが、多少は俺に対する不信感を払拭することが出来たようだ。


「いや……確かに容姿については青果店の娘から聞いただけだが、会ったところで握手を求めるくらいで碌に話も出来なさそうだから止めておこう。人となりについて聞かせてくれれば充分だ」


 直接話をするのは彼女が王都に来た時にでも出来る。こうやって姿を変えてエルグランツくんだりまで来たのは周囲からの客観的な彼女の人物像を聞いて、直接話すだけではわからないその人柄を深く知るためなのだから。


「もうアイツからも聞いてるのかよ……。なら俺だけが知ってる話となると、そうだな……」


 話にエリスが登場するとマイクは呆れたように息を吐いた。この反応を見るに、彼女がお人好しなことも把握しているのだろう。


 顎に手をやって何を話せば良いのか考え始めたマイクだったが、十秒ほど唸ってから顔を上げた。


「あれはB級になった直後だったか、『いばら姫』って周りから呼ばれだした頃から頻繁にナンパされるようになったみたいでな。嬢ちゃんはそいつらを近寄らせないために、これまで階級に興味なかった癖に突然A級を目指しだしたんだよ。……これは知ってたか?」


 それは初耳だ。素直に首を振って応える。


「歴代最速かつ最年少でA級になったのは知っていたが、まさかそんな理由だったとは……」


「目指す理由がそれで、実際になれちまえるんだから笑えるだろ? そして俺はナンパ嫌いっていう噂を流す手伝いをしたのさ。今じゃもうこの都市で嬢ちゃんをナンパする人間はいなくなったくらいに、その効果は覿面(てきめん)だったぜ」


 それだけナンパが後を絶たず辟易していたのだろう。上辺だけを見て近づいてくる相手ばかりだったからこそ、彼女の今の恋愛スタイルがあるのだという俺の推測は正しかったようだ。


「噂の出所はお前だったのか……」


「ま、ストーカーは相変わらず居るらしいけどな。――おっ、アレ嬢ちゃんじゃねえか?」


「む?」


 突然マイクが遠くを指差した。何か凄い内容をさらっと流されたような気がするが、俺もその指差した先を確認する。


 その先には一台の馬車が走っており、窓から金髪の女性の姿が見えた。視力強化を使って確認してみると、それは確かに彼女で間違いなさそうだった。


「相手はあまり見ない顔だが誰だろうなぁ。噂の王子様ではなさそうだが……」


 もう平民にまで俺の失態が広まっているのは頭が痛いが……まぁ今はそれは良い。マイクも流石に知らないだろうが、馬車で向かい合って座っている男性はあの日の夜会で見た顔だった。あの時俺に宣言した通り、来るもの拒まずというスタイルで相手を探しているようだ。彼女の言葉に嘘はなく、本当に俺のプロポーズだけを待つことはしないらしい。


 普段のハンターの衣装とは違う、粧し込んだ姿の彼女が馬車の中で談笑している。たったそれだけで胸が苦しくなっていくのを感じる。


(落ち着け……人を知るというのはそんなに簡単なものではない。彼らだってその道のりの険しさをこれから身を以て知ることになるのだ)


 こちらは他より一歩先んじているのは間違いない筈なのだが、いざその光景を目にしてみればここまで不安になるのかと自分でも驚いている。あぁして遠慮しないことで周囲をより必死にさせようという彼女の目論見は大いに成功していると言える。


「……おい、大丈夫か?」


 横から声を掛けられて我に返る。咄嗟にそちらを向くと、マイクが訝し気にその黒い眼を細めてこちらを見ていた。


「あ、いや……本当に美人で驚いたよ」


「……まぁそういうことにしておいてやる。んで、こんなもんで良かったか?」


「あぁ充分だ。一見華やかな彼女も苦労しているのだと良くわかったよ。礼がしたいのだが、何か希望はあるか?」


「礼って言われてもなぁ……初めから期待しちゃいねぇからいらねぇよ。人手が欲しいとか言ってもお前にゃどうしようもないだろ」


 マイクは遠い眼をしながらそうぼやいた。参加人数が安定しないギルドの依頼に頼っているくらいなのだから、よほど人手が足りていないのだろう。作業自体もひとつひとつ手運びで効率も良くない。


「わかった、それについては伝手がないこともない。期待しろとまでは言わないが、気長に待っていてくれ」


「お~お~、じゃあ期待せずに待ってるぜ」


 実際に希望を叶えてくれると思っていない彼からは適当な返事だけが返ってくる。


 青果店の宣伝、荷運びの仕事の斡旋に手押し車の手配――この調子で情報を集めていくと王都に帰る頃にはしなければならないことが山積みになりそうだ。勿論放り出す気は更々ないが、今後はあまり増えすぎないように上手く交渉していかなければ。


 などと考えつつも、結局はこの後も平民たちから魔道具の氷室や上等な剣などを欲しがられてしまうのだが、それに見合う情報を数多く得られた。




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 一通り聞き込みが終わり、振り返ってみて印象的だったことは、とにかく彼女と平民の距離が近いことだった。使用人たちとの距離感から考えても、伯爵令嬢だった頃から身分など気にせずに接してきていたであろうことが伺える。


 正直俺は国を運営していく上で民は必要不可欠なものだと理解はしていても、まだ彼らが身近な存在とまではいかない。


 しかし彼女が彼らを大切に思っているのならば、俺もそう思えるくらいでないといけないだろう。今は変装の魔道具もあるのだし、彼女に倣って手始めに王都の民に積極的に関りにいくのも良いかもしれない。


(必ず其方を理解してみせる。どうかそれまで誰の手も取らずに待っていてくれ……!)


 彼女と、民たちと、共に暮らし泣き笑う情景を思い浮かべながら、俺はエルグランツを後にした。




「でもこれってストーカーじゃね……?」

「レオナ様本人が前向きなストーカーは認めてるから問題ないわよ」

「前向きなストーカーって何???」

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