75.弟子
夜会で吹っ切れたのか、殿下はそれ以降、積極的に私に関わってくるようになった。
これまでは私が騎士団にいる時には合間を縫って時折ちらりと訓練の様子を見に来ていた程度だったのに、今では執務の時間を調整して訓練に参加しだしたのだ。最初こそハロルドのように私を攻撃することに抵抗があったみたいだけれど、こちらが一切遠慮しないので次第にその抵抗も薄れていき、今では他の騎士たちと同様に真剣に打ち込んでくれるようになっている。
流石というべきか、純粋な剣の腕前は私よりも上だ。魔法なしで戦ったら普通に負けた。二度目の敗北ともなるとラディウス殿の時のように自分に苛立ちはしないものの、やはり悔しいものは悔しい……。
ラディウス殿のような体格を活かした荒々しい戦い方ではなく流れるようにこちらの隙を突いてくるタイプで、私も相手をしていてとても勉強になる。あちらには執務があるのでずっと訓練していられないのが残念なくらいだ。
そして訓練の後の情報提供や任務については、これまでは私に伝えるだけ伝えて後は任せるだけだったのに、なんと殿下が自らが同行するようになった。それが噂の事実確認といった簡単なものであってもだ。
これについては良い面も悪い面もあった。
殿下がいると現地の特に貴族の協力を取り付けるのが容易になり、その頭の良さですぐに情報を整理して次にやるべきことを示してくれるのでとても動きやすい。報告する相手が一緒なので任務完了後は王都に寄る必要もなくなり、直接エルグランツに帰還しても良くなったのも良い所だ。
ただあまりにも簡単な内容なら私が飛んでぱぱっと行って帰ってくるだけで済んだものが、殿下の移動スピードに合わせないといけなくなり、移動に余計な時間が掛かってしまう。私が馬に乗れないので、二人乗りしてお喋りしながら進むため退屈はしないものの、若干のかったるさがあるのは否定できない。
とにかく移動速度の差が大きいので先の利点とトータルして見ても、ひとつの任務にかかる時間は増えたと言っていい。
それに婚前の貴族男女二人での行動なんて本来なら外聞が悪いはずなのに、殿下は嬉々として一切止めようとせず、むしろ周囲に見せつけているようだった。いくら周囲に見せつけて外堀を埋めようとしたところで、肝心のプロポーズがダメだったら意味がないとちゃんと理解しているのだろうか……。
相談したブリジットによると、夜会でのやり取りが広まったお陰で殿下側が近づいているのが公然の事実になっているので、私の評判が下がりはしないらしい。ついでに殿下の評判については「なーんにも気にしなくていいわよ」と言われてしまった。
いやまぁ私が本気で嫌がれば向こうも辞めてくれると思うけれど、この急接近は殿下が私のことを理解しようとしての行動であることが明白なので、流石に煽っておいてそれを無下には出来ない。
結果として、殿下と過ごす時間が増えたことには間違いなかった。
殿下はハンターとしての私に興味があるらしく、途中での戦闘や野営での様子を興味深そうに観察してくる。特に今は私の「野営でも出来るだけ美味しい物が食べたい」という食事への拘りについて関心があるようだ。そのために時には宿を素通りしてわざわざ野営を選ぶくらいなので、つくづく物好きな人だなと思う。
こちらが持ち歩いている調味料や食材、その場で作るメニューやその調理法などを細かく尋ねてきていて、騎士団に身を置いて野営の心得がある殿下であってもそれらは新鮮に映るようだ。
面白いことに最初の数回は聞いていただけだった殿下が、ある時から普段の保存食だけではなく、私と同じように様々な食材を持ち込むようになった。城の料理長と野営での食事の質の向上について相談してこの日のために用意してきたそうだ。もちろん私のように常に魔法で冷やし続けたりは出来ないので量や種類は少ないけれども。
これだけでも私の拘りを理解し、歩み寄ってくれたのが伝わってくる。言葉でなくとも行動でそれが示されていることに私は大きな喜びと充実感を得ていた。
その場で採れた食材と合わせて、雑談を交えながら一緒に食事を作り、味の感想を言い合ったり、どうすれば更に美味しくなるか相談したりと話題は尽きない。
気付けば、月に数日のこの時間をとても楽しみにしている自分がいた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
夜会以来、殿下以外の貴族男性からも手紙でデートのお誘いが来るようになったので、私はそれらにも応じながら、合間にギルドで依頼をこなすような生活をしている。
私を理解して愛そうとしてくれる人であれば誰でも歓迎するし、現状一番希望が持てるからといって殿下だけを贔屓はしない。その殿下に危機感を抱いてもらう意味も込めて、私としては一切遠慮する気はない。
とはいえ夜会であれだけ言ったのに、実際に個別で対面すると舞い上がって一方的に資産や趣味の自慢話ばかりしてしまうような男性ばかりで、こちら側から見ても魅力的だと思える人はあまり多くはなかった。私が全然つれないことに意気消沈して、それっきりになってしまう相手が後を絶たない。あと相変わらず身体目当ての馬鹿もいたので、そちらもサクッと拒絶した。
まぁそれでもブリジットの言う通り、合わない相手であることがわかるだけでも意味はあるので、私は気にしていない。
正直一番驚いたのが、五人目くらいの男性と街を歩いている時に、ストーカー殿堂入りしていたアランが「この阿婆擦れが!」と突撃してきて、簡単に取り押さえられて連れていかれたことだった。
一人でただ遠くから見ているだけだから、私の考えをいつまで経っても理解出来ないし、変な妄想を膨らませていくのだ。私をストーカーする時間と突撃してくる行動力があるのなら他にいくらでもやれることがあるはずだろうに、もう自業自得としか言いようがない。
私の恋愛スタイルは私に近づいてくる貴族の間では知られていることなので、何も知らない人間が一部分だけを見て阿婆擦れ呼ばわりしてこようが痛くも痒くもない。それで傷つくようなメンタルなら初めからこんなことはしないのだと何故気付けないのだろうか。
そんなあるオフの日、久々に街の人とお喋りしようと市場へと繰り出した。
「あら、レオナちゃん。いらっしゃい!」
「やっほー、エリスさん」
最初にやってきたのはエリスさんの青果店。お喋りの相手としては最適だ。いつものように私は店頭のマスコットになりながら、世間話に花を咲かせる。
「やっぱりレオナちゃんって人気よね~」
「どうしたのよ藪から棒に……」
突然しみじみと漏らすエリスさんに、私は訝し気な視線を向ける。
「この前『いばら姫』のファンだって言うフレーゼ王国の人がいてね~」
「えぇ!? お隣の国の人まで!?」
フレーゼ王国はここローザリア王国から海を挟んで南東に位置する国だ。ちょうどエルグランツの南にあるフィデリオ港が最寄りの港になるので、掛かる日数はともかく手順だけなら結構簡単に行くことが出来る。
それにしてもまさか国外まで名が知られているとは思わなかった。私はまだ一度もこの国から出たことがないのに。
「うちの店もお得意様として更に有名になるわね! や~ん、儲かり過ぎて困っちゃう!」
エリスさんは自らを抱きしめて、悩まし気にクネクネしている。
「なんだか最近特に機嫌が良いのはそういうこと?」
「レオナちゃんのお屋敷にも売り込みに行くようになったし、伯父さんところの宿みたいに知名度が上がったみたいで、実際売上あがってるわよ~。多分ダニエルさんの所もそうなんじゃない?」
私は指南役の報酬が出ているとはいっても、ソロで報酬を頭割りせずに依頼をこなす回転の速さと、消耗の少なさで他より稼げているだけで所詮はハンター。収入としては何とか屋敷を維持出来ているくらいで今後の伸びしろもあまりないので、なんとも羨ましい話である。
「そうなんだ……ちょっと話を聞いてこようかな」
「はーい、行ってらっしゃ~い」
「あらあらレオナちゃん!」
「よく来たな。また働いてくか?」
鮮魚店に向かうと、ダニエルさんとカーラさんがこちらに気付いて明るく歓迎してくれる。
「今日はお喋りだけにしておくわ。ねぇねぇ、エリスさんの所にフレーゼ王国から私のファンが来たんだって!」
「おう、それならウチにも来たぜ」
「あ、やっぱり? もしかしたらって思ったんだよね。どんな人だったの?」
地味にエリスさんから容姿を聞くのを忘れていた。
「クリスさんって言って、背が高くて、茶色の長髪に黒い瞳のイケメンだったわよ~。向こうの国のハンターなんだって」
「へぇぇ~」
カーラさんが少し赤く染まった頬に手を当てて、若干乙女な雰囲気を醸し出している。視界の端でダニエルさんがムッとしているのがまた可愛い。
一瞬、殿下と名前が似てるなと思ったけれど、見た目が全然違うようなので別人だろう。それにあの王族のオーラを前にすれば二人も流石に気付くはずだし。
同じハンターだったからどこかで私の噂を耳にしたのだろうか。いやでもお店に来るとか逆に知り過ぎな感じもするけど……。
「そいつも店で働いてみたいって言いだしてな、実際やらせてみたんだが、これがまた頼りなくてなぁ……。お前さんとは大違いだったよ、ワッハッハッハ!」
「お金のやり取りも最初は遅かったし、魚については何も知らないし、声掛けは恥ずかしがっちゃってねぇ……。でもしばらくしたら慣れたみたいでテキパキ働いてくれたわよ」
「あはは……」
カーラさんまで言うぐらいだから、中々のものだったのだろう。まぁハンターなんだから、そういう経験がなかったのかもしれない。
そう話しながらも二人の接客の手は止まらない。前までならこの時間帯ではここまでお客さんは多くなかったはずなのに。
「前よりも絶対お店賑わってるよね? これじゃ初めての人は大変だよ……」
「売切れまでの時間が早くなったもんだから、取り扱う量増やしたんだわ。こりゃ間違いなくお前さんのお陰だぜ、ありがとうな!」
ダニエルさんはそう嬉しそうにニッカリと笑う。やはりこちらも儲かっているようだ。
「ううん、みんなが上手くいってるなら私も嬉しいよ。忙しそうだからこの辺で失礼するわね、またね~!」
「おうよ!」
「またいらっしゃい~」
二人は接客しながらも、手を振って送り出してくれる。
私は賑やかな市場をゆっくり眺めながら突き進む。ちょうど市場が途切れて西門がはっきりとその全体像を晒したところで見覚えのある男性が目に留まる。紫色の短髪と日焼けした肌が特徴的なマイクだ。
「おっ、マイクも仕事中なのね」
「嬢ちゃんか。いよう!」
あちらも近寄ってきた私に気付いて、その人懐こい笑顔で迎えてくれる。噂好きの彼なら例のファンについても既に耳にしているに違いない。
「ちょっと話したいから手伝っても?」
「んあ? 別に構わねえけど……」
このまま立ち話をして仕事の邪魔をするのはよろしくない。配送先が近い荷物を選び、並んで抱えて歩きながら話すことにする。道行く人からすればちょっと邪魔だろうけど、そこは勘弁して欲しい。
「何か最近私のファンだっていうフレーゼ王国の人がいるらしいのよね」
「おー、そいつなら俺の所にも来たぜ」
「え……お店ですらないのに?」
流石マイク、やはりもう把握していた。ただエリスさんやダニエルさんたちのお店は私の御用達のお店として観光スポット的な感じになったからファンにも知られていたのだと思っていたので、まさかマイクの所にまで来ているとは思わなかった。
「いや、普通にギルドの依頼でだな。こっちの街の観光がてらで受けたらしい。仕事ついでにお前のこと聞いてきたわ」
……そういえばカーラさんがハンターだって言ってたんだった。まぁそれなら一応流れとしてはおかしくはないか。
「なんて聞かれたの?」
「俺も最初は警戒したんだが割と普通の内容だったぞ、『どんな人か教えてくれ』って。直接会えるように話つけてやろうかって提案してみたんだが、『会っても握手を求めるくらいで、喋れる気がしないから遠慮しておく』ってよ」
随分と奥ゆかしいお人のようで。逆にあんまり熱烈に迫ってこられても困るから、それくらいで丁度良かったのかもしれない。
「ふーん……まぁファンならそんなもんなのかな。そこいらのストーカーよりはマシそうだから放っといてもいっか」
「雰囲気も落ち着いていて害は無さそうだったぞ。っつーかストーカーは相変わらずなんだな……」
「まぁね。ちょっと不快なだけで実害はないから大したことはないわよ」
以前A級を目指す時にもこんな話をしていた気がする。このマイクの苦々しい表情もあの時と同じだ。
「今の嬢ちゃんに何か出来る奴はまず居ねぇだろうから、そういう意味では安心だな」
「そういうこと。――あ、私の荷物はこっちだから。またね」
ここから路地に入らないといけないのでマイクとはここでお別れだ。少ししか話せなかったけど、危ない人ではなさそうだから情報収集はもうこれで充分だろう。
「おう、またな」
荷物を抱えて両手が塞がったまま去っていくマイクの背中を見送って路地に入り、その後ちゃんと荷物を届けた。
(確かに実害はないんだけど、今日はちょ~っと気になるんだよねぇ……)
私は路地の曲がり角で身体強化を使って、少し離れた建物の陰からこちらの様子を伺っていた人物に一気に近づいていく。
「えーと……エマちゃんだっけ? 私に何か用?」
「……へ? あれ!? ええっ!?」
それは行方不明事件の調査の時に誘拐犯によってアーマーアントの巣に連れて来られていた女の子だった。女性のストーカーは珍しいので流石に気になっていたのだ。
「うわ~~~! ごめんなさ~い!」
これまで見ていたはずの私を見失った上に、後ろから声まで掛けられて混乱したようだ、まるで化け物を見たかのように声を上げて腰を抜かしてしまっている。
「用事を聞いただけなのに、何で謝ってるのよ……」
「えっ、あっ……すみません……」
何か言いたげにしながらも、少し待ってみても中々口を開こうとしない。路地裏で腰を抜かした相手を私が見下ろしているというこの変な状況も何か嫌だ。
「とりあえず、場所を移動しましょうか」
「うわわっ!」
仕方なく彼女を抱え上げ、人気のない路地を進む。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
ちょうど近かったので、南東区画にある以前ミーティアが囮捜査をしていた小さな広場のベンチに腰を下ろした私たち。
「すみません……運んでもらって…」
「ここなら人通りも少ないしゆっくり話せるでしょ? それで、私に何の用?」
恐縮しているのか縮こまってしまっている彼女に再度問いかける。でないといつまで経っても話が進まない気がする。
「えっと……あたし孤児院の出身で、つい最近成人したんです」
「あら、おめでとう」
「ありがとうございます……! 成人して働き口が見つかったら孤児院を出るのが通例なんですけど、あたしハンターになろうと思って……」
そこまで言って彼女はちらりとこちらに控えめな視線を向けてきた。
(あ……先の内容わかっちゃったかも……)
ただハンターになるならギルドに行くだけで済む話だ。それをする前に私に接触してくるということはつまり――。
「あの事件の後、貴女がS級ハンターの凄い人なんだって周りから教えてもらって……。どうか、あたしを弟子にして下さい!」
そう言って勢いよく立ち上がり頭を下げるエマ。
(やっぱりか~!)
これまでありそうでなかった弟子入り志願。しかも相手はカイルとは違う、私のことを知らなかったくらいハンターに興味もなかった多分の本物の素人だ。
イルヘンの女の子たちのような憧れだけではとてもやっていけないし、正直まったく気が乗らない。とはいえナンパでもないのに話も聞かずに追い返すのも流石にかわいそうか。
「……とりあえずいくつか質問させてもらうわね?」
「はい!」
「どうしてハンターになりたいの?」
「あたし以外にも孤児院の子が一人、誘拐されて行方が分からなくなってるんです。その子を探したいし、孤児院の皆も守りたい。だから強くなりたいんです!」
意外にも私に憧れてとかではない、とても真っ当な理由だった。勝手に碌でもない理由だと決めつけていた自分を反省し、ベンチにしっかり座り直して姿勢を正してから質問を続ける。
「これまでに武器を持って戦ったことはある?」
「ないです……」
やはりこれまでの話や身のこなしの通り完全な素人のようだ。別に嬉しくはないけれど、一応想定内ではある。
「私の訓練は骨が折れるぐらい痛い目にも合うし、吐くくらいキツいわよ。それでもいいの?」
「は、はい……」
お師匠様のことを話に聞いているウェスター騎士団の騎士たちの様に、それがどれだけ大変なのかまでは恐らく理解はしていないだろう。でもそれでも少し怯みながらも真っすぐ見つめてくるエマ。
(独り立ちまでは時間が掛かりそうだけど、やる気があるなら何とかなるのかな……)
少なくとも下手に突き放して私の知らない所で、実力が伴わないままハンターになられるのだけは避けたい。この子は理由が真っ当であるが故に突っ走ってしまう可能性が高いのだ。
だから私には実質これを断る選択肢はない。けれどこの子が本当に修行についてこれるのか、将来立派なハンターになれるのかを今の私では判断出来そうにない。
人ひとりのこれからの人生に大きく関わる問題なのに、私はハッキリと答えを出すことが出来ないでいる。自己責任と突き放すのは簡単だ。でもそれで実際に彼女に何かがあった時、きっと私は後悔するに違いない。
(一応念のためハンター以外の選択肢も取れるように、身近に置いておいた方が良さそうかな……)
たとえ優柔不断だとか、覚悟が足りないと言われようとも、これが私のやり方だと言うしかない。私は特別な魔力量を持ちながらも私なりの努力と苦労はしてきた。……逆に言うとそれしか知らない。言葉は悪いけれど、凡人の苦労なんてわからないのだ。
「……いいわ、弟子にしてあげる。ただ私が良いと言うまでは本格的なハンターの活動はさせない。それまでは私の屋敷で住み込みで働きながら鍛え、学びなさい。働いた分の給金は出すから、その間の生活に不自由はさせないわ」
「あ、ありがとうございます! これからお世話になります!」
私が頷いたことで一気に希望に満ちた彼女の表情がどうすればずっと続くのか、私はこれから考え続けなければならない。不安は大きいけれど、私がやらなければ――。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
『お帰りなさいませ、お嬢様』
私の帰宅に気付いた使用人たちが揃って出迎えてくれる。
「うん、ただいま。早速だけどリリィ、この子エマって言うんだけど、今日から住み込みで働いてもらうから色々必要なものを準備してあげて」
「かしこまりました。よろしくね、エマ」
「よろしくお願いします……!」
侍女のリリィが昔のやんちゃ娘な姿からは想像もつかないほど落ち着いた様子でエマを使用人用のスペースへと案内していく。まぁ彼女だって今年で三十の三児の母なんだから落ち着きもする。
「お嬢様、あの子は一体?」
エマの姿が見えなくなってから、そっとアンナが説明を求めてきた。
「以前の行方不明事件の被害者で、ハンターになりたくて弟子入り志願してきたの。ただ本格的な訓練をするにはまだ早すぎるかもだから、私が課すトレーニング以外の時間は、屋敷で家事全般と読み書き計算、言葉遣いや立ち振る舞いなんかを叩き込んで欲しいの。ハンター以外の選択肢も残しておきたいのよ」
「……………………かしこまりました」
「みんなにはアンナから伝えておいてくれる? 私は考え事に集中したいの」
「お任せください」
アンナに任せておけば使用人たちに関してはもう安心だ。そうして自室に戻ってからは、日が暮れるまでの間ずっとエマを鍛えるにはどうすればいいのか悩み続けた。
(お師匠様も私に押しかけられた時こんな感じだったのかしら……)
同じ立場になって初めて分かる苦労に、頭が下がる思いで一杯だった。




