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109. セタの別荘

 シオンがグレイ家所有のセタの別荘にたどり着いたのは日が暮れる頃だった。


 途中まで馬で進んでいたのだが、その先の道にハルバートの部下と見られる男達が見張りをしているのが見え、シオンはそれ以上馬で進むことを諦めた。


 仕方なく少し元来た道を戻り、近くにいた一人の農夫に金を渡して馬を預かってもらい、そこから徒歩で目的の別荘まで向かうことにした。そのため予定していたよりも時間はかかったが、なんとか見張りに気づかれることなく先へ進むことができた。



 気配を殺してやっとのことで別荘の近くまでやってきたシオンだったが、やはりイチカの心を感じることはできない。心の中で呼びかけてもみたが何も返ってくるものを感じず、シオンの不安はより濃くなっていく。


 そしてふいに何かの気配に気づき、剣を抜いた。


「シオン、切らないでくれ。」

「テオ!?」


 そこにはなぜかテオニタスと連れらしき男性が一人、木の陰に隠れて座っていた。状況が全くわからず眉間に皺を寄せたままテオニタスの隠れている場所へと近寄っていく。


「いったいここで何をしているんだ!?奴らに見つかったらただじゃ済まないんだぞ!?」

「わかってる。でも俺はイチカにあの苦しみの中から救ってもらった。今助けないでいつ彼女に恩返しをするんだ?しかもシオン。俺らはいいものを持っている。」


 テオニタスはニヤッと笑い、シオンは怪訝な顔で「いいもの?」と返す。


「ああ、爆薬と起爆装置。」

「は!?」

「家の裏口をこれで爆破する。いいか、その間にイチカを救い出すんだ。これを起動させれば五分で爆発する。裏口のドアが吹き飛ぶほどの威力しかないが、煙幕も準備するし敵を引きつけるには十分だろ?チャンスは一度きり。絶対にイチカを救い出せよ!!」


 テオニタスの真剣な表情に、シオンは一瞬呆気に取られたものの、すぐに気持ちを立て直した。そして口角を上げる。


「ああ。絶対にイチカを助ける。テオ、これで貸しはチャラだな。」

「ああ、そうしてくれ。」


 そしてテオニタスが素早く装置を仕掛けると、シオンは入り口近くへと忍び寄って爆発する瞬間を待った。


(イチカ、絶対に助けるからな!!)



 そして、時は満ちる。



 ドオオオン!!という爆発音と共に裏口付近でモクモクと黒っぽい煙が上がり、屋敷内の男達が一斉に裏口へと向かっていくのを確認するとシオンは一気に屋敷に入り込んだ。記憶が正しければ女性用の部屋は一つしかない。そのドアを開けようとして、シオンは気づく。


「ドアが開いてる?イチカ!!」


 そして急いで部屋の中を確認したが誰もいない。他の部屋もざっと確認したが気配は無かった。


(この混乱に乗じて逃げたのか!?だが誰ともすれ違わなかったぞ?)


 シオンは焦ってイチカの後を追い屋敷を飛び出す。そして幸運にも新しい小さな足跡を見つけ、それをひたすら追っていった。


 後ろからの追手の気配は感じないが、彼女の痕跡はできるだけ消しながら進んでいき、そしてなぜか途中でそれを見失ってしまう。


(イチカ、まさか俺を追手だと思って、撒こうとしているのか?いや、でもイチカは俺の気配はわかるはずなのに・・・)


 森の中で暮らし続けてきた彼女ならできないこともない芸当だが、シオンの気配を誰よりも察知できる彼女が、なぜか今日はそうできないらしい。結果、シオンはイチカの後を追えなくなり、途方に暮れた。


 もう一度心の中でイチカの名を呼び、そして生まれて初めて、真摯に神に祈った。


(イチカ、頼む、俺を呼んでくれ!神よ、俺はまだまともに祈ったこともない不信心な男だ。でも彼女を、イチカを与えてくれたあなたのために、俺はこれから真っ直ぐ、彼女を守り抜いて生きていくと誓う。だから頼む、イチカと心を通じさせてくれ!彼女と、もう一度出会わせてくれ!!)


 その悲痛な願いが届いたかのように、突然これまで感じたことのない不思議な感覚が、シオンの胸を震わせた。


「イチカ、近くにいる!どっちだ!?」


 足が自然とある方向に向いていく。まるで何かに導かれるかのように、シオンはひたすら山の中の、道でも何でもない場所を歩き続けた。


 そして一本の大きな木の側で、うずくまっていたその小さな背中をようやく、見つけた。



「イチカ!!」


 振り返った彼女の顔は、涙に濡れているように見えた。もうそこはほぼ暗闇に包まれていたはずなのに、なぜかシオンにはそれがわかった。そしてイチカの元へと走り寄る。


「シオン?」


 二人には、もう言葉はいらなかった。


 ただ抱きしめ合い、互いの温もりを感じ合う。


「よかった、よかったイチカ・・・やっと会えた・・・」

「シオン、私・・・どうしよう、本当にあなたに対して酷いことしちゃったのに、それなのにあなたに会えて、こんなに嬉しいなんて。」

「イチカ、何があったかは後で聞く。とにかくここからすぐに離れよう。」

「・・・うん。」


 そうして二人は手を取り合い、どこか全くわからなくなってしまった山の中で、見えない出口を目指して歩き始めることになった。



 真っ暗な山の中を手探りで歩いていた二人は、一時間ほど歩いたところで遠くに小さな光があることに気づいた。


「イチカ、あの光が見えるか?」

「うん。もしかして誰かの家かな?」

「行ってみよう。」

「うん。」


 そこまでほぼ無言で歩き続けた二人は、その会話だけを交わし、再び黙ったまま光に向かって歩き続けた。


「あ、あれ、家じゃない!?」

「ああ!泊めてもらえないか聞いてみよう。駄目でも道を教えてもらえればありがたいしな。」

「そうだね。」


 そうして二人はそのログハウスのような家にたどり着き、木でできた素朴なドアをノックした。鈍くくぐもった音がする。


「はい、どなたですか?」


 そう言ってドアを開けた男性を見て、イチカは驚きの余り言葉を失った。そして目の前にいた男性もまた、口と目を大きく開いて驚いた後、イチカを突然抱きしめた。


「え!?あ、おい!?」

「大丈夫、シオン、父なの!」

「は!?」

「イチカ!!どうしてこんなところにいるんだ?びっくりしたじゃないか!!」

「お父さんこそ!!私ずっとコクレの町で探してたのよ!?」

「ああ、そうか、早く着いていたんだね。それは悪かった。さあいいから中へ入りなさい。ええと、君は?」


 そう言うとマシュートはシオンの顔を見つめて返答を待った。


「あ、はい!イチカさんと仕事の相棒をしています、シオンと申します。私もお邪魔して宜しいでしょうか?」

「ああ、そうですか。さあ、どうぞ中へ。」

「ありがとうございます。」


 そうして二人はようやく安心して話せる場所を確保し、一息つくことができた。



 マシュートは二人をダイニングテーブルに座らせ、お茶を淹れるためその場を離れた。イチカもシオンもあちこち汚れた状態で座り、お互いの顔を見て思わず笑ってしまう。


「ふふ、疲れた顔してるね、シオン。」

「イチカこそ、なんだよその覇気のない顔。」

「色々、あったの。」

「・・・そうか。ごめんな、守れなくて。」

「ううん。シオンのせいじゃない。」


 そして二人に沈黙が訪れる。


 数分もするとマシュートがお茶を淹れてその場に戻ってきた。


「イチカ、そんなに汚れて、いったい何があったんだい?」

「お父さん、一言では語りきれないほど色々あったのよ。今言えるのは、まだ逃げている最中ってことだけ。」


 マシュートの顔が曇る。


「もしかしてお前・・・」

「ごめん。ばれちゃったの。しかも、一番ばれちゃいけない人に。」

「イチカ、それは本当かい!?」


 そしてその言葉は、当然シオンをも驚かせた。


「あの人が、知ったのか?」

「うん。それと、あなたの秘密も、一つ聞いた。」

「そうか・・・」


 マシュートは二人のやりとりを見て何かを察したのか、立ち上がって今後の方針を告げる。


「二人とも、私に大事な話があるようだね。だが今夜はもう遅い。今日は休んで、明日三人で話をしよう。だがここではまずいから明日朝一番に私の知人の家に向かう。そこの方がいくらか安全だろう。いいかい?」

「わかったわ。」

「はい。」


 二人はマシュートの言葉に頷く。マシュートは体を拭くものを準備してくれた後、イチカはベッドへ、シオンはソファーへと寝る場所も用意してくれた。


 そしてその日は二人とも泥のように眠り、それぞれが抱える思いをその眠りの中に閉じ込めたまま、朝を迎えることとなった。


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