後編
2日後、ヴィットリオは法務局から呼び出しを受けていた。
彼の後ろにはいつものように4人の補佐官とジュリアンが従っていた。
「さっそくだが、今回はどのような聴取なのかね?」
最高神祇官であるヴィットリオにとって終身法務官であろうが一介の法務官に神祇局の長官である自分が呼び出されたことに対して不機嫌を隠し切れないでいた。
「あなたの長子、ジョヴァンナ嬢の審判が明日行われることになりました」
「ほう、ようやく審判が行われるのか」
「その前にあなたと話をしなければならなくなりました」
「ほう、では近衛騎士団の方々がなぜここにいる訳ですかな?」
「今回は近衛騎士団のパウル氏とその部下である騎士アラン氏とレナート氏に立ち合いをお願いしております」
「法務官より事前に申請を受けておりますので問題ありません」
神官ジュリアンは答える。
「では、話を聞かせてもらおうか」
「わかりました」
ビョルンは続ける。
「私は今回の事案はあなたが犯人だと考えています」
「何を言うかと思えば、あまりに馬鹿馬鹿しい」
ヴィットリオは苦笑する。
それにつられ後ろに控える補佐官たちも笑う。
唯一、不安な表情を浮かべているジュリアンだけがビョルンが静かに見つめる。
「動機は単純です。自分の娘であるジョヴァンナ嬢とジーノ氏の婚約を破棄させ、別の神官に嫁がせようとした。後ろにいる補佐官のどなたかに。半年前に行われる最高神祇官の選挙を援助してもらった謝礼の一環でしょう。ですが、婚約者であるジーノ氏はあなたに抵抗したのでしょう。すでにあなたの長子であるジョヴァンナ嬢とジーノ氏は政略婚ではなく本当に愛し合っていた。あなたはそんな二人が許せずに、権力を使いジーノ氏を辺境に追いやろうと画策した。しかし、ジョヴァンナ嬢とジーノ氏が身分を捨ててあなたの前から逃げようとした。それを知ったあなたは二人が落ち合う先の薔薇園に乗り込み、激高のあまりジーノ氏に手をかけた・・・と言ったところでしょうか」
「終身法務官殿、それは憶測にすぎません。物的証拠も状況証拠もないままで話されているのなら名誉棄損になってしまいますが?」
すぐさまジュリアンが訂正を求める。
「まったくだ。何を思ってそのようなことを想像できるのか。罪を負う汚れた人と接し続けると心も汚れてゆくようですな。ならばこの後に我が祭祀場に訪れなされよ。そこで祈りを捧げれば清き力により汚れた心が洗われるでしょう」
「まったくですな」
「さすがは神官長様だ」
ヴィットリオの後ろに控える4人の神官たちが同調する。
「すべて証拠がなければこのような話はしませんよ、最高神祇官殿」
「ほう。では、我々の前でその証拠を提示して頂こうか」
「わかりました」
エヴァがテーブルに報告書を置くと補佐官たちに視線を向ける。
「あなた方は私に言いましたね。その日は最高神祇官の就任式の予行演習を行っていたと」
「そうです」
「本当ですね?」
「何度も言いますが、神官長様は就任式の予行演習を我々と行っていました!」
「その時の衣装は今着ているものと同じですね」
「もちろん」
「では、あなた方は神官長が犯人だと認めることになりますね」
「何を馬鹿な事を!!」
「法務官、さすがにそれは私に対する侮辱になるぞ」
「そうでしょうか。私は彼らの証言を偽証と考えた上であなたが犯人だと考えています。パウロ団長、お願いしてもよろしいですか?」
「ああ」
パウロが頷く。
「自分の後ろに従うこの騎士たちは属州の旅団で斥候を務めておりました。ビョルン法務官は彼らに現場になった薔薇園を調べてもらいたいと我々騎士団に願い出てきました」
「薔薇園だと・・・」
「現場となった薔薇園の一角とその周辺で別の足跡と車輪の跡を見つけ出しております」
「それがなんだと言うのだ・・・」
「この足跡は肥満体の男性、車輪は貴族階級が使うものの跡でした。我々はこの事をビョルン法務官に報告しております」
「終身法務官殿、まさかその足跡が私だと言うのか?」
「はい」
「ふざけるな!!」
おもわずヴィットリオは立ち上がった。すでに息が大きく乱れている。
「私は就任式の予行演習を行っていた。後ろに控える補佐官たちも証言しているだぞ!!どうやってジーノ神官を害することができるのだ!」
「そうですね。あなたが就任式の予行演習を行っていたことは事実です。ですが時間帯は違っていたと思いますよ」
「待って下さい。時間帯のことをおっしゃるのなら明確な証拠を提示して頂かないといけません」
ジュリアンがすぐさま尋ねる。
「もちろんです。だからこそこの後の話を聞いて頂きます」
ビョルンは話を戻す。
「あなたはジョヴァンナ嬢とジーノ神官が身分を捨てて属州へ逃げようとしているのを知った。すぐにあなたは通常の神官着に着替えて彼らが落ち合う場所に向かった。そこが薔薇園です。彼らを見つけたあなたは激高した。隠し持っていた短剣でジーノ神官を刺した。しかしあなたはすぐに気づいたのでしょうね。自身が行った行為が自分の地位を脅かすことになることに気付いたのです。すぐさまあなたはジョヴァンナ嬢に短剣を渡すと自分の身代わりになるよう命令した。そして急ぎ馬車に乗り、神祇局へ戻った。血の付いた神官着はすぐに捨てたのでしょう。ですがあなたは一つ失敗を犯しました。あなたは焦るあまりに靴を履き替えるのを怠ってしまった」
エヴァがテーブルに天然ゴムで覆われた足跡の型を置く。
「これはまさか・・・」
ジュリアンがビョルンを見る。
「これはあの場所に残されていた足跡です。騎士団のアラン氏とレナート氏は斥候時に証拠を持ち帰る際によく足跡を収集できるよう膠を使った収集方法があるとのことで今回、彼らの協力で薔薇園の足跡を収集させて頂きました」
「そんなことが・・・」
ヴィットリオが震え始める。
「あなたの靴は就任式でしか使わない一品です。その日も予行演習のために履いていたんでしょう。薔薇園に残されていた足跡の靴の形はこんな形をしていました」
ビョルンの指が足跡の型をなぞってゆく。
「だから私は後ろの補佐官たちの証言を何度も確認したのです。
あなたがその日もずっと就任式で使用する靴をずっと履いていたと言う彼らの証言を」
そして、ビョルンの視線は補佐官たちに向く。
彼らは「いや・・」「わたしは・・・」と自己責任を回避することを考えているようだった
「靴はそのまま部屋にありますね。では、パウロ団長、急ぎ最高神祇官殿の部屋に向かって頂き、証拠の靴を押さえて頂きたい」
「わかった。アランとレナートは小隊を連れて向かってくれ」
「はっ」
アランたちは敬礼をすると部屋を出る。
「証拠を確保しましたら、この足跡とあなたの部屋ある靴と合わせましょう。ついでに馬車の車輪はこの場所で確認しても良いですね。それですべては終わります」
「そんな・・・なぜ・・・だ・・・」
ヴィットリオはその場で項垂れた。
それは罪を認めた瞬間だった。
「自分の娘に罪を被せる。これは証拠偽造罪と犯人隠避罪に値します。また、児童虐待罪も追加されるでしょう」
「ビョルン殿、児童虐待とは?」
ジュリアンが尋ねる。
「ジュリアン殿、不思議に思いませんか?なぜジョヴァンナ嬢はヴィットリオ氏の命に素直に従ったのか?」
「ええ、確かに・・・ジーノ神官と属州へ逃れようとする彼女が罪を被る必要はありません」
「この方はジョヴァンナ嬢が幼い頃より暴力や暴言で押さえつけていたのですよ」
「まさか!!」
「昨日、ジョヴァンナ嬢と会いました。そこで私が問いかけ事実が判明しました。エヴァにも彼女の体を確認させました。新しい虐待の傷はもちろん古くて肌に染み付いた傷もありました」
「ヴィットリオ様、どうしてそのようなことを!!」
神官であろう者がなぜとジュリアンが嘆く。
「おい!」
今度はパウロが4人の補佐官たちに向かって叫ぶ。
「お前たちも今回の件で偽証をしたので近衛騎士団が拘束する」
パウロの言葉使いがいつもの口調に戻っている。
「待って下さい。私たちは最高神祇官様の命でやむなく嘘の証言をしただけです!」
「では、市井にジーノ氏の悪い噂を流したのも最高神祇官殿に頼まれたということだな?」
「は、はい!!」
「我々はそうしなけば辺境へ飛ばされてしまうのです!!」
「だったら、なんでジーノ氏の行方を捜していた?」
「それはまさか!?」
ジュリアンも補佐官たちを見る。彼にとってもその意味合いは理解できる内容だった。
「それは・・・」
「お前たちはジーノ氏の安否が発表されないことに不安を抱いたのだろう?だから裏家業の者を使い多くの治療院の様子を調べて回った」
「なぜ・・・なぜそのことを・・・」
「近衛騎士団を舐めてもらっては困るぜ。俺たちはこの国の治安を守るために常に裏の道にも精通している。お前たちのような金や地位で動くような卑しい者たちとは違う」
「あなたたち、まさかジーノ神官が生きていたらその命を奪うつもりだったのですか?」
ジュリアンの問いかけに4人の神官は答えられなかった。
「最高神祇官殿は今でもジーノ氏が亡くなったと考えているようですね」
ビョルンは続ける。
「その考えは無駄になりましたよ。ジーノ氏は意識を回復してます」
「なんだと・・・」
「あなたは勝手に彼が亡くなったと思っていたようですが、彼は昨日の夕方に意識を回復しております」
「生きているというのか・・・」
「後ろにいる補佐官たちはジーノ氏が生きていると考えて動いていました。そして、ジーノ氏を殺害した後に彼らは今後の栄達にためにあなたを脅すつもりだったのでしょう」
「貴様ら!!」
ヴィットリオは補佐官たちを見る。
彼らの誰もがばつの悪そうな表情を浮かべており、誰もヴィットリオを見ようとはしない。
「この件はジョヴァンナ嬢にも伝えました。彼女は喜んでました。ジーノ氏が回復したことに」
そして、ビョルンはテーブルに一枚の紙を置いた。
「彼女の告白書です。あなたがジーノ氏を短剣で刺し、その罪を娘である自分に負うよう指示をしたことを告白しています」
ヴィットリオが告白書に目を通す。
そこには幼い頃からの虐待を受けた事や事件当日の事が記されている。
もちろん婚約破棄するように命じたことも。
「あなたは自分の娘を道具のように扱っていたようですね。父親なら自分の娘の幸せを願うべきなのに、自分の栄達のために娘の幸せを壊したのです」
「・・・娘を道具と扱って何が悪い」
その瞬間、ヴィットリオがテーブルに乗り越えて、ビョルンの胸倉を掴む。
「ビョルン様!!」
「ヴィットリオ殿!!」
エヴァとジュリアンがヴィットリオを制しようとする。
「構わない」
「しかし!!」
「私はね、この罪人の言い分を是非とも聞きたいのです」
ビョルンはヴィットリオの両手を掴み返すと怒りに満ちる男を見据える。
「我がカルディナーレ家は代々、神に仕えし貴き血筋だ!!栄達の極めるために我が家は娘であろうと息子であろうと誰であろうと利用してきたのだ!!私もそうやって生きてきたのだ!!」
「それはあなたの家の常識でしょう」
「それがどうした!!我が一族はそのようにして生きてきた!!私も親から押さえつけられながら親の言う通りに生きてきた!!ジョヴァンナに同じように生きるよう命を下して良いではないか!!今更、生き方を変えることなどできようはずがない!!」
「それでもあなたはジョヴァンナ嬢を愛することができたはずです」
「私が娘をどうしようと勝手ではないか!!」
「だがらこそジョヴァンナ嬢はあなたからの虐待、束縛から逃れることを選びましたよ」
「・・・違う。ジョヴァンナは私に逆らえない・・・」
「彼女は初めてあなたに反抗することを選びました。いや、その前にすでに勇気を出して反抗していますよ」
「・・・あれは違う・・・あれは些細なことだ・・・」
その言葉には動揺が見える。
だが、ビョルンは無視する。
「ジョヴァンナ嬢はジーノ氏と共に出奔して二人で生きていく約束を果たそうとした」
「・・・それはジーノが・・・あやつが・・・」
「彼女は怖かったでしょうね。幼い頃からあなたに虐待を受け続けていたのですから。それでも彼女はあなたに初めて抵抗した」
ビョルンを掴む両手が力なく落ちる。
「あなたは許せなかった。あなたが自分の両親にできなかったことをジョヴァンナ嬢はやった。羨ましかったですか?悔しかったですか?」
「・・・やめろ・・・やめるんだ・・・」
ビョルンがヴィットリオの胸倉を掴み返す。
今度は誰も止めない。
ビョルンの怒りがこの場を支配している。
「やめない。あなたのやったこと、カルディナーレ家のことがどうであれ、お前は自分の娘の幸せを願うべきだった」
「お前」と言う言葉が脳裏に響いた時、ヴィットリオが目を逸らす。
「私の目を見ろ」
ヴィットリオが視線を戻す。
・・・・・・目の前にいる男は本当に法務官なのか。
恐ろしさのあまりヴィットリオは目を逸らすことができなくなっていた。
「何度でも言おう。お前は自分の娘の幸せを願うべきだった」
「・・・願えなかった・・・ジョヴァンナは私だけのものだと・・・」
「ならば罪を償う前に刻み込め」
ビョルンは冷たい声で言い放つ。
「お前に父親と名乗る資格はない」
ビョルンに突き放されたヴィットリオはそのまま椅子にもたれかかったまま動かなくなった。
ビョルンの言葉に精神が崩壊してしまった。
彼は「ジョヴァンナ」と長子である娘の名前を独り言を呟き続けていた。
最高神祇官ヴィットリオ・カルディナーレはこの時より罪人として裁かれることになった。
続けてヴィットリオを庇った罪で補佐官たちも偽証罪などで近衛騎士団に拘束された。
彼らが拘束された後、部屋に残っていたジュリアンがビョルンに願い出る。
「終身法務官殿、もし可能ならジョヴァンナ嬢の審問は非公開にして頂けますでしょうか?」
「私も同意見です、ジュリアン殿」
「ありがとうございます」
ジュリアンにとっても今回の事案は神祇局の地位を貶めるものでありこれ以上は傷口を広げたくなかった。
「私はこれから神祇局へ戻ります。今回の件を伝えた上で、王グスタフに最高神祇官をしばらく兼任するよう願うつもりです」
「その方がよろしいでしょう。今回は神祇局にとって喜ばしからざる事案ですしね」
「はい」
「ですが、ジョヴァンナ嬢とジーノ神官は救われるでしょう」
「はい」
「ジョヴァンナ嬢は無罪となりますので、ジーノ氏との婚姻も認められるでしょう」
「助かります。私も彼らを手助けしていこうと考えておりますので」
「ジュリアン殿、二人のことを宜しくお願いします」
ビョルンが微笑むとジュリアンも微笑み返すと頷いた。
〇
その夜、ビョルンとエヴァはいつものダイナーにいた。
今日は二人ともいつもは飲まないワインを飲んでいる。
いつもと違う何かが二人を酒へと導いていた。
「感情的になりすぎました」
ふと、今日の事をビョルンは思い出し感想を述べていた。
ヴィットリオ・カルディナーレに対して、怒りをぶつけた。
そこには法務官としてでなく、一人の人間として彼を許せなかった。
「そうですね。ですがあれは仕方ないかと思います」
エヴァは平然と答えるとワインを一口飲む。
「ヴィットリオ・カルディナーレも親に虐待を受けていたのでしょう。それも代々、あの家では行われていたのでしょうね。結果としてあの家は自己愛ばかりの者たちが生まれ続けていたのでしょう」
「私には子供の心を支配し、人生まで支配したい気持ちが理解できないです」
「我々とは違う何かがそこにあるのでしょうね。今後もこのような・・・ヴィットリオ・カルディナーレのような人物を相手にしなければならないでしょう」
「気分が滅入りますね」
「これも法務官の仕事です。割り切っていきましょう」
「はい」
エヴァが微笑む。
こうして最高神祇官が起こした事案は終わりを告げることになる。
しかしながら、しばらくしてビョルンの元には新たな事案が持ち込まれることになるのはまた別の話である。