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93話 風、星、それから

 アグニャの身体が激しく燃え上がります。

 <終焉の炎(メギド)>は自らの体内魔力を全て使い、辺り一面を焼き尽くすまで止まらない狂気の炎を呼び出す禁忌です。

 もちろん誰にでも使えるものではありません。

 火魔法に熟達し、精霊と信頼を結び、そして何よりも――絶望すること。

 

 命を燃やして終わってしまってもいいと、心の底から願わなくてはこの魔法は発動しません。

 過去、この魔法が使われたと記録に残っているのは100年前。

 アルメキア王国と帝国の戦争時です。

 当時は今よりも魔法使いの数は多く、そして石ころのように悲劇が転がっていたといいます。


 恋人を失った熟練の火魔法使いは、全身を串刺しにされながら、敵陣の真ん中でこの魔法を発動。

 そして、辺り一面を火の海へ変えたのだそうです。


 今、この場にいるのは7人。

 私、エルフィナ、ディ・ロッリ、ルッルさん、侍、三つ目のトカゲ族、そして双剣使いのトカゲ族。

 そのうち、ルッルさんと侍、エルフィナについては気を失っているようです。


 今から階段に駆け込んでも、おそらくアグニャの放つ<終焉の炎>はこのダンジョン全てを飲み込むでしょう。



「痛みますね……」


 エルフィナに殴られた腹部を抑えながら、なんとか立ち上がります。

 その間にもアグニャの纏う炎の温度はどんどん上昇していきます。

 あのような炎で焼かれれば、普通の人間ならもう死んでしまっているでしょうが、朱い竜鱗を纏うアグニャは炎に耐性があるのか、その中で倒れる事なく立っています。


 ただただ燃え上がるその炎を見ているだけ。

 この魔法の知っているからこそ、私の風魔法ではどうすることもできないと――――。


 あれ、()()()()()

 どうして私はこの魔法のことを知っているのでしょうか。

 無意識にそう考えていましたが、今思い返そうとしても上手くいきません。


 もしかして記憶が戻り始めて――――?



「キルトッ!」

「!」


 ディ・ロッリの声でハッと顔をあげます。

 彼は険しい顔で、炎に包まれたアグニャを指差しました。


「竜巻だ! あいつを囲むように!」


 そんな事をしても炎を巻き上げるだけで、むしろ火勢が増すことになります。

 しかし、他に打つ手はありません。


 私は言われるがままに、体内魔力を練り込みました。



----


 くそ、時間はあとどれくらい残されている?


 ヴィオラは数分で気を失うと言っていた。

 数分が1分か9分かは分からないが、もういつそうなってもおかしくない。

 そうなる前に、あの炎を止めなくては。


 火勢が増し続けるあの炎には覚えがある。

 キルトの<フレア・ボール>だ。

 ただそれよりもずっと大きく、何より術者自身を取り込んでしまっている。

 術者が死ねば止まるのかもしれない。

 でもなんだか自爆技っぽいし、普通の人間があれを使ったら最初の1秒で死にそうだし、きっと死んでも発動が止まらないタイプな気がする。

 だとしたら、炎自体を消してしまわないといけない。


 魔素が見える今の僕には、何が起きているかよく分かる。

 この広場にある空気中のとある魔素が、もの凄い勢いであの朱い竜人に取り込まれていく。

 この魔素は恐らく、キルトが『空気中に含まれる火属性に関わる何か』と言っていたものだ。


 逆に言えば、あれがなければ火は燃えないんじゃないか?


「なあ、もうスキル使っていいんだろ?」

「ま、感覚は掴んだようだしね。好きにしな」


 よし。

 この状況でまだ腕組みして、こちらを試している様子のヴィオラから許可が出た。

 魔素が見えている今なら、前よりずっと効率的にスキルが使える。

 

「<エア・コントロール>!」


 火に必要な魔素――長いから火魔素にしよう――が炎に流れこないように押し止める。

 しかし全方位、どこからでも取り込まれていく火魔素の全てを押し止めることはできない。

 そもそも、これだけ勢いがあると停止させるのは難しかった。


 だが動きを誘導する程度ならできる。

 炎に向かう火魔素の方向を、力の流れに沿って変えていく。


「だめか!」


 ありとあらゆる方向から入り乱れてくる火魔素の全てをコントロールするのは無理だった。

 竜巻のように全てを巻き上げられればいいのだろうが、<エア・コントロール>の風力ではそれは叶わなかった。

 まてよ、竜巻か。


「キルトッ!」


 キルトがはっとしたような顔でこちらを見る。

 風魔法をバンバン使い倒している今のキルトなら竜巻ぐらいお手の物だろう。


「竜巻だ! あいつを囲むように!」


 一瞬怪訝そうな顔をした後、キルトは短い魔名を唱えて竜巻を発現させる。

 目論見通り、竜巻は火魔素のほとんどを上方へ巻き上げた。

 同時に火も巻き上げられているため、一見逆効果に思える。

 だが僕の目は、中心にある元凶の炎の勢いが衰えたのを捉えていた。

 しかしまだ火魔素の全てを押し留められているわけじゃない。


「<エア・コントロール>!」


 竜巻から漏れ出す火魔素を上空へ逃がす。

 中に残っていた火魔素は、中心にいる朱い竜人に全て吸い取られた。

 追加はなしだ。

 僕の予想があっていれば、これで――。


「よしっ!」

「<終焉の炎>が、消えた……?」


 距離があっても肌を焼く程になっていた火勢は、火魔素がなくなった瞬間にあっという間に消えた。

 キルトが竜巻を霧散させる。

 後に残ったのは真っ黒に焦げた竜人と、白く立ち上る煙だけだ。

 

 竜人は、両膝から崩れ落ちた。

 そのまま倒れ付して――――。  


「なっ――――!」

「ディ・ロッリッ!!」


 竜人の目がカッと見開き、大きく開けた口から火球を吐き出した。

 魔法ではないのか、発動の兆候はまったく見て取れなかった。

 くそ、目に頼って油断した!


 完全に虚をつかれ、逃げることも防御することもできない僕の前に小さな影が飛び込んでくる。


「ギャギャギャーー!!」


 小さな四肢をめいっぱい広げて、火球の盾になるトカゲ。

 まるで時間が止まってしまったかのようにゆっくりと流れる。

 そしてトカゲは火球に飲み込まれていった。


 僅かに軌道を変えた火球が、僕の目の前で地面に炸裂。

 直撃は避けられたものの、爆発により後方に大きく吹き飛ばされていく。


 地面を激しく転がりながら、上も下も分からないぐらいに景色が廻る。

 そしてようやく止まった時、そこは壁に空いた大穴の縁ぎりぎりだった。

 片手が塔の外に出ている。

 吹き上げる風が、髪をなびかせた。

 

「あ、危なかった……」


 あ、でもスキルが使えるから飛べるのか。

 なんて、そんな事を考えながら立ち上がろうとして――――。



 ――――目の前が真っ暗になった。



 薄れゆく意識の中、僅かに感じた浮遊感。



 まずい、これ落ち――――。



----



「ッ!」


 最後の火球を吐いたアグニャが倒れ伏し、真っ黒に焦げた鱗が光となって消えていきます。

 その下から現れたのはヤケド跡のあるトカゲ族の顔。

 竜鱗の耐火能力と、魔法自体が途中で止められたお陰で死んではいないようです。

 ですが、今はそれどころではありません。


 吹き飛ばされたディ・ロッリが、突如意識を失い、崩壊した壁から塔の外に落ちました。


 その光景をみた瞬間、私は腹部の痛みも忘れて駆け出していました。

 この塔は6階で、高さはかなりのものです。

 それでも地面に落ちるまでに何秒猶予があるのか。

 間に合ってください――――!



 躊躇することなく、塔の外へ飛び出しました。

 全身を襲う浮遊感。

 星明かりに照らされた砂漠に、<蜃気楼の塔>の影がくっきりと浮かんでいます。


 ディ・ロッリは……いた!

 地面までの距離はほとんどありません!


「<風よ>!」


 地面スレスレに風の爆発を起こします。

 砂を大きく散らし、同時にディ・ロッリの身体が上空に舞い戻ってきました。

 気絶しているその手を掴み、今度は一緒に落ちていきます。

 落下のスピードを緩めるため、もう一度風を起こしました。


「うっ、目が……」


 強い上昇気流が砂を巻き上げてきます。

 私は地面に仰向けになるようにして、背中で風を受けました。

 少しでも風を受けられるように、両手を大きく広げます。


 すると、目に飛び込んで来たのは、宝石のように輝く満天の星空です。


 今日は新月。

 月のない夜です。

 普段は見えない弱い光の星までもが、雲ひとつない夜空に輝いていました。


 その時、頭の中にピリッとした痛みを感じました。。


 吹き付ける風。

 満天の星空。

 そして、つないだ手から伝わる温もり。


 どこかで、これと同じような事が――――。



「きゃっ!」


 ドンッという衝撃が背中にあり、気づいたら砂の上に着地していました。

 どうやら無事に降りられたようです。


 いや、今はそれよりも。


 つないだ手の先を見ます。

 そこには、いつも騒がしい黒髪の青年が、静かに目を閉じて横たわっていました。

 その横顔を見た瞬間、ある言葉が私の頭に浮かんできました。



 そしてポツリと、口から漏れ出ます。



「――――――――ヒモ野郎?」



 その響きに、カチリと最後のピースが嵌まり。





 私は記憶を取り戻しました。


 



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