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洞窟4

 

 「カイトー!」

 「いっ!」


 蒼い瞳をした彼女は、倒れていた界斗を軽々と起き上がらせると、有無を言わせぬ勢いで抱きしめた。

 抱きしめられた方は、ボロボロの体に力が加えられたことにより、脳天に駆けて激痛が奔り抜け、口からは呻き声が漏れてしまう。薄れていた意識も一瞬で覚醒させられた。

 彼女はその事に気が付かないようで、腕の力を緩める様子は無い。


 「良かったよー! このまま一人で、一生出られないんじゃないかってー!」

 「痛たたたたた!」

 「気が付いたら知らないとこにいるし、暗いし、お腹空いたし、カイトもケイもマイも誰もいないし、変なのは出て来るし、お腹空いたしでもう大変だったんだよー!」

 「ア……オ、さ……ん」


 界斗は必死の思いで名を呼び、辛うじて動かせる手でアオの腕を叩いた。

 そこまでやり、ようやくも気が付いたようで、「あ、ごめん」と言いながら拘束していた腕を離す。

 解放された界斗は、崩れ落ちるようにその場にへたり込む。その様子に、流石のアオも慌てふためいた。


 「だ、大丈夫? どこか痛いの?」」


 心配そうに界斗の顔を見る。だが、どうして良いのか解らず、アオの手は宙を探っていた。

 そんなアオに、界斗は「大丈夫だよ」と言って見せるが背中の痛みは、未だに治まらない。

 ふと、背中に違和感を感じ、手を伸ばしてみると服の感触が無かった。どうやら、あの化け物に溶かされてしまったらしい。肌を露出しているのは、少々嫌ではあったが、寸でのところを服が守ってくれたと思えば安いモノである。

 試しに背中に触れてみると、激痛が奔った。皮膚が火傷をしたかのように腫れ始めている。痛みは酷いが出血もなさそうだ。思いのほか軽症で済んだようである。

 一先ずは安心し、ホッと胸を撫で下ろした。


 「ホントに……ホントに大丈夫? 凄い痛そうだよ」


 気が付くと、アオが横から覗き込むようにして界斗の背中を見ていた。

 自分で確認することはできないので、傷がどのようになっているのかは解らない。だが、どうであれ見ていて気持ちの良いモノではないのは確実であろう。

 界斗はアオの視線を避けるように体を向き直すと、気になっていることを聞いてみた。


 「ねえ、アオさんはさ」

 「ん? どうしたの?」


 相変わらず心配そうにしていたが、声を掛けるとちゃんと返事をしてくれた。


 「色々聞きたいことはあるけども……。とりあえず、アオさんはどこから来たの? 結構走ったけど、全然会えなかったからさ」

 「どこから? えーっと……あっち?」


 そう言って指さしたのは天井だった。

 見ると人一人が通れそうな穴があり、暗くて見えないがどこかに通じているようだった。


 「上から……? 何と言うか、これまた変なとこからきたね」

 「……その、下にみんながいるかなーって。決して足元を見てなくて落っこちたとかじゃないよ。流石にそこまでお間抜けさんじゃないよ、私」

 「……そっか」


 嘘だと直ぐに解る。視線を泳がせながら喋るものだから、あまりにもわかり易すぎた。

 だが、触れないのが優しさだと思い、界斗はそのまま話を続けた。


 「二人には会った?」


 ケイとマイ。それが界斗の一番の気がかりだった。

 上手く逃げられ、あわよくばアオと合流できていればと思ったが――。


 「ううん、会ってない。二人は一緒じゃないの?」


 それほど話はうまくいかない。アオが会っていないとなると、この先を進んだ先にいるはずだ。

 それをアオにも説明しないとならない。彼女も心配のはずだ。

 界斗は洞窟に入ったこと、そしてケイとマイと衝突し、穴に落ちていったこと。そこから三人で進んでいたことなどこれまでの経緯を話した。


 「――そして、俺が囮になったんだけど……そこから二人がどうなったかは俺にも……」


 そこまで話すと、アオ唐突には何かを思い出したかのように声を張り上げた。


 「そうだよ! あいつ!」


 界斗は思わず、話すのをやめた。


 「私が穴に落ちちゃってびっくりはしたけど、下に降りてからもっとびっくりしたよ! だって、カイトがあいつに押しつぶされてたんだもん! 急いで蹴っ飛ばしてやったけど、ホントびっくりしたよ!」


 そう言ってアオが視線を向けた先には、あの化け物が壁際で動かなくなっていた。赤い目からは生気が感じられず、体も溶けたアイスのようにダラッとしていた。


 「ねえ、その怪我はあいつにやられたんでしょ? 背中真っ赤っかだよ、ホントに大丈夫?」


 何度何度も心配してくれるその優しさが嬉しいが、あまり心配させるのも良くない。界斗は何とか強がって見せた。

 それよりも気になっていた。


 「今、蹴っ飛ばしたって言った?」

 「え、うん。背中に張り付いてたから、横から脚でずこーん、と」


 そう言ってアオは脚を振って、再現して見せる。


 「ええ? アオさんは平気なの!? 怪我は?」

 「ううん? 別に何もなかったよ。平気平気」


 アオはあっけらかんとした様子で、元気そうに両手を広げて見せる。

 界斗がアオの脚を見てみても、怪我をした様子は無かった。履物も若干溶けたところがあったが、足まで届いてはいない。

 蹴った脚の勢いの問題なのだろうか。界斗が石を投げてみたり、色々と抵抗してみたが、全て飲み込まれてしまった。伸し掛かられた時も抵抗しようとしたが、まるで水を相手にしているかのように全て無駄に終わっていた。

 何が違うと言うのだろうか。


 「カイトも触ってみる?」


 界斗が考え込んでいた隙に、アオが化け物を片手にぶら下げ、目の前に立っていた。指がしっかりと化け物体に食い込んでしまっている。

 界斗はアオの体を心配したが、アオは飄々とし、表情を崩さない。本当に平気の様だった。


 「見た目はキモいけど、触ると意外と気持ちいよ」


 アオが元気そうで良かったが、顔にそれを近づけるのは止めていただきたかった。

 界斗は悲鳴を上げてしまいそうになるのを我慢しながら、丁重にお断りしたのだった。



 

 界斗とアオは横に並ぶように走っていた。

 界斗は地面に足が着くたびに、背中から激痛が奔ったが、脚を止めるわけにはいかなかった。時折、アオが心配そうな表情で界斗を見たが、気づかないフリをして、ただ前だけを目指した。

 二人と別れてたかどれくらいの時間が経過したのだろうか。正確な数字を知る術を持たないが、体感では、大分経ってしまったかのように思えた。

アオの話では、あの化け物を他の場所でも見たらしい。複数いるとなると、二人がまた遭遇してしまっている可能性もあった。

 一度そう考えてしまうと、いても立ってもいられなくなってしまう。

 界斗は痛みに耐えながら、アオと共に駆け出したのだった。


 「二人、どこまで行ったんだろう。もう結構進んだよね」


 大分進んだが、界斗達は、二人の気配を一向に感じることができずにいた。

 だが、あの二人の脚で遠くに行けるとは思えない。いつかは見つかるはずだ。そう思っていても、不安感は拭えはしない。

 さらに、あの化け物に襲われてしまったのではないかと言う想像が界斗を苦しめる。自然と二人の脚は段々と早まって行っていた。

 それにしても、この洞窟はどれだけの深さがあるのだろうか。外観だけでは解らない、迷宮のような造りだ。まるで、その最奥で何かを隠しているような。


 そんな界斗の予感は、的中することとなった。


 最早何度目かもわからない曲がり角を進むと、二人の視界にその蒼い光が目に留まった。

 道の先のもう一つの曲がり角。その先から光は漏れ出している。

 二人は言葉を交わさず、まるで光に誘い込まれるかのように進んでいた。


 「――わあああ」


 その空間に足を踏み入れたアオが感嘆の声を漏らす。

 その光景に、界斗も言葉を失っていた。


 「――凄く綺麗」


 蒼い光が全てを照らし出していた。

 壁も天井も、何もかもが蒼に染まっている。それ浴びる二人も肌の色が解らなくなるくらい強い。宙には粒子のような細かい光が漂っており、幻想的な空間を作り出している。

 それを放っているのは、地面から突き出した大きな岩石だった。

 いや、その表現は間違っている。蒼く輝くそれは、鉱石と言う表現法が相応しいだろう。

 鉱石の大きさはまちまちで、小石ほどの大きさから、大きいモノでは界斗の背をゆうに超えるものまである。そして何よりも、界斗が知っているどんな宝石よりも美しいように思えた。


 「すっごい! 凄い凄い凄い! こんなの初めて見た!」


 アオがはしゃぎながら鉱石へと駆け出す。心は完全に奪われ、その輝きに夢中の様だった。

 アオは初めて見ると言ったが、不思議と界斗には初めて見た気がしなかった。

 どこかでこの輝きを目にした気がする。つい最近、同じくらいに近くで。

 界斗が思い出そうと頭を捻ると、その視界に蠢くものがあった。

 影は二つ、さほど大きくはない。鉱石の陰に隠れるようにしているのが解る。

 界斗は、また化け物が現れたのかと思い、身構えたが、直ぐに間違いだと気が付いた。

 何故なら、界斗の見た化け物に、あのような愛らしい眼は付いていないのだから。


 「アオ……ちゃん?」


 聞き覚えのある声が静かな空間に響く。

 それを聞いたアオが声の方へと視線を向けると、嬉しそうに笑いながらその方向へと駆け出す。


 「ケイー! マイー!」


 両手を広げたアオは、鉱石に隠れるようにして座り込んでいた二人を、勢いよく抱きしめた。

 抱きしめられた二人は苦しそうな声を出すが、その表情は明るく、心から嬉しそうであった。


 「本当にアオちゃんだー! 良かったー」

 「ちょ、ちょっと、苦しいって」

 「良かったー! ホント良かったー!」


 本当に心配だったのであろう。その腕の力は、しばらくの間緩められそうにない。

 その様子を見ながら、界斗もホッと溜息を吐く。

 ケイとマイも怪我は無さそうで良かった。化け物もいないようであるし、後は全員でなんとか脱出するだけだ。道は解らないが、何とかするしかない。


 「でもー、これって何なんだろうね。綺麗だし、光ってるし。なんか力が湧いてくる感じがするよ」


 いつの間にか界斗の隣に立っていたアオがポツリと漏らす。すぐ傍にはケイとマイの姿もあった。

 アオの言う通り、不思議な物体だ。とても美しく、エネルギーのようなものも感じられ、力湧いてくるというのもなんとなく解る気がした。


 「ちょっと、持ち帰れないかな? 戦利品として」


 そういうアオの瞳は好奇心で満たされており、鉱石と同じくらいに輝いている。

 その気持ちは界斗にも理解できた。だが、不安な気持ちもあった。


 「でも……大丈夫かな?」


 あまりにも現実離れしたその輝きに、躊躇いを覚えてしまうのだ。傷を付けようものなら、すぐさまに罰が当たってしまいそうに思えた。


 「平気だって! というか、お土産一つ無いとか、割に合わないでしょ!」


 アオが言う通りに、確かにここに来るまでに散々な目に合った。だから……良いのか?

 界斗は未だに躊躇っていたが、界斗が結論を出すよりも早く、アオは鉱石に近づき、木の枝ほどの手頃なものを掴むと、小気味な音を立てながらへし折った。


 「あ」


 界斗の口から間の抜けた声が漏れる。

 当のアオはへし折った鉱石を掲げ、瞳を輝かせながら見つめていた。


 「僕にも貸してー!」


 ケイが楽しそうにアオに駆け寄る。今日一日不安そうな顔ばかりをしていたが、今ではとても明るい表情をしている。それを思うと、文句の一つでも言おうとしていた気持ちも、自然と消えてしまっていた。


 「貸してってー!」

 「待って待って、私がまだ見てるでしょ!」

 「え~」


 界斗は、まるで姉弟のようにじゃれ合う二人を見ていた。

 すると、不意に袖が引っ張られる。見るとマイが複雑そうな表情で界斗を見上げていた。


 「どうしたの? マイちゃんも貸してもらえば?」

 「……私はそんな子供じゃないし」


 マイはそう言って俯むくが、袖を掴まれながら言われても説得力がまるで無かった。

 マイは界斗の袖を掴んだまま、何かを言いたげにチラチラと界斗の様子を窺っていたかと思うと、ポツリと囁くように「……背中」とだけ言った。


 「え、背中? ……ああ」


 そう言われ、直ぐに意図が解った。


 「あれにやられたんでしょ……。その、大丈夫なの?」


 素直ではないが、マイも心配してくれているようだ。

 そう思うと界斗も嬉しくなり、頬が緩んでしまう。


 「全然平気だよ。まっ、俺も男だからね」

 「……へー」


 本当は今も痛みが奔り続けているのだが、不安にさせたくなくて、つい見栄を張ってしまう。

 でも、それもいい。誰かのために見栄を張れるなら、何度だってしてやろうと思えた。


 「……無理はしないでよね」


 マイが消え入りそうな声で呟く。油断していると聞き逃してしまいそうであったが、界斗の耳にはしっかりと届いていた。

 それを聞いた界斗の胸の奥から、形容しがたいほどの庇護欲が湧いてくる。これが父性と言うものなのだろうか。界斗は、思わずマイの頭に手を乗せていた。


 「マイちゃんは本当にいい子だなぁ」


 そう言って優しく撫でてやると、マイは嬉しそうに表情を緩ませた。その表情は、普段の様子からは想像できない年相応な愛らしい笑顔であった。

 だが、それも一瞬の事で、マイは直ぐにも表情をきつく結び直すと、だらしない笑顔を浮かべている界斗を睨みつけた。

 そして、撫でていた手を振り払い、一言。


 「キモイッ!」


 と、強く言い放った。

 マイはアオ達の方へと逃げるように駆け出すと、その場には界斗一人だけが取り残される。界斗は呆然とした表情で固まったまま、空を撫で続けることしかできなかった。


 「……なにしてるの?」


 気が付くと、アオが困惑した表情で界斗を見ていたが、何も答えることができなかった。

 界斗は表情を変えずに視線を天井へと向け、空いていたもう片方の手で撫で続ける手をそっと止めた。

 既に界斗への興味を失ったのか、アオ達のはしゃぐ声が聞こえてくる。それをどこか遠い世界のように感じながら、界斗は胸の痛みに目を瞑った。

 体の痛みも疲労も、化け物への恐怖にも耐えられたが、この悲しみを耐える術を界斗は知らなかった。目頭が熱くなるのを抑えられず、鼻を啜った。

 

 しかし、そんな悲しみも長くは続かなかった。

 突如鳴り響いた悲鳴が界斗の意識を無理やりに引き戻したのだ。


 「ぎにゃああああ!!!」


 どこか緊張感の掛けた叫び声。声の主は、考えなくても直ぐに解った。

 視線を向けると、その光景に界斗は目を瞠った。


 アオの頭が消えている。

 正確には、アオの頭がすっぽりと大きな物体に覆い隠されてしまっている。完全に口と鼻が覆われおり、呼吸もままならないであろう。薄っすらと窺える表情は、苦しみに歪んでいて、思わず目を覆いたくなってしまう。

 あの感触を界斗は知っていた。

 あの苦しみを界斗は知っていた。

 界斗はその身で覚えていた。

 赤い瞳を持つ、青いアメーバ状の――あの、化け物を。 


 「っ!? アオさん!」


 界斗は思わず叫び、駆け出した。


 「アオちゃん!」


 ケイとマイの二人は怯えた様子で、どうすることもできずアオを見つめていた。


 「おぼぼぼぼ!」


 アオはまるで水に溺れているかのような声を上げていた。何かを言っているようなのだが、まるで判別することができない。

 界斗がアオに近づき、助け出そうとするが、アオは完全にパニックに陥ってしまっている。辺りをぐるぐると走り回り、界斗の叫ぶ声も届いていない。

 先程のようにアオが化け物をどうにかできればと考えもしたが、今の彼女にはできそうになかった。


 「アオさん!」


 界斗はアオに追いすがり、化け物へと手を伸ばす。

 伸ばした指先に柔らかい感触を感じたかと思うと、次の瞬間に激痛が襲った。

 反射的に手を引き戻し、痛みがした場所を見ると、火傷したかのように赤くなっていた。界斗の背中と同じ状態だ。

 想像もしたくないが、このままではアオの身に恐ろしいことが起こってしまう。

 界斗のような痛みだけでは済まない。それだけは理解できる。

 だからこそ、手を伸ばしていた。例え、この手がどうにかなってしまうとしても手を伸ばさなければいけなかった。

 考える時間もなかった。無心で手を伸ばした。

 だが、もう一度、界斗の手が何かを触れることはなかった。

 それよりも早く、アオが壁に激突し、背中から地面に倒れこんだのだ。

 倒れた衝撃からか、頭を覆っていた化け物が『すぽっ』という小粋な音が聞こえてきそうなほど見事に抜け落ちた。化け物が地面を数回跳ね、界斗の足元で止まる。


 「ええ……」


 見ると、倒れているアオの顔に怪我は無いようだった。抵抗が功を奏したのか、理由は解らないが、小さな傷一つ無い。

 アオは綺麗な肌そのままに、目をまわし、気を失ってしまっていたのだった。

 怪我がないようで安心しだが、完全に気が抜けてしまい、界斗はその場で固まってしまう。伸ばした手が行く先を失い、宙を漂う。

 界斗はアオの顔を見ながら、どうしたものかと思案していた。

 だがしかし、そんな状態だったからか、そいつの動きに、界斗の反応が遅れてしまった。

 直ぐ足元の化け物が蠢いたかと思うと、界斗に目もくれず、ケイとマイがいる方向へと飛び上がったのだ。

 化け物が地面を跳ねながら、一気に距離を詰めていく。二人は突然の事に反応することができないのか、驚いた表情で迫る怪物を見ていた。


 「――っ! こんにゃろぉ!」


 界斗は咄嗟に駆け寄り、化け物を蹴り上げようとした。

 脚が化け物の胴体に直撃する。だが、感触は鈍く、沈み込んでいく感覚だけが界斗の脚に伝わった。

 それでも止めなかった。そのまま力任せで脚を振りぬくと、短い距離ではあったが、化け物を蹴飛ばしてやることに成功した。


 (や、やった!)


 界斗は上手くいったことに自分で驚きながらも、そのまま体勢を元に戻そうとするが、その瞬間、脚に駆け巡る激痛に思わず尻餅をついてしまう。

 見ると、脛辺りが背中と同じように、服が溶け、肌が焼けたように赤くなっていた。ヒリヒリ痛みが奔り、異常事態であると体が訴えかけている。


 「大丈夫!? カイト兄ちゃん!」

 「無茶しないでよ!」


 座り込んだままの界斗に、ケイとマイが駆け寄ってきた。

 心配そうに見つめて来る二人に一声かけてやりたいと思っても、二人の背後で蠢く化け物がその余裕を与えてはくれない。


 「お、俺は大丈夫! 二人はアオさんを!」

 「でも……」

 「お願い!」


 界斗の只ならぬ雰囲気に、言いたいことを理解してくれたのか、二人は振り返ることなく駆け出した。

 その場に界斗と化け物だけが残される。

 あの時の光景がまた繰り返されていた。

 界斗は、どうにか立ち上がろうとするが、痛みでどうにも上手くいかない。まるで生まれたての小鹿のように脚を震わせるが、直ぐにバランスを崩して座り込んでしまう。

 後ろを見ると、二人が気を失っているアオの体を揺すり、どうにか起こそうとしているのが見える。

 界斗はアオに期待をしたかったが、どうにもそれは上手くいきそうになかった。

 こうして考えている間にも化け物は迫っているのだが、界斗は立ち上がることすらできず、ただ後ずさるだけであった。


 (くそっ、またこんなの……。また怯えて、逃げることだけを考えて……)


 化け物がゆっくりと距離を詰めて来る。まるでこちらを弄んでいるかのような様子に腹が立つ。だが、事実、追い詰められていることには変わりがなかった。


 (くっ……ううう……)


 界斗は冷汗を流しながら、どうにか方法がないかと考える。すると、不意に指先に固い感触を覚えた。

 視線を向けると、そこにはアオがへし折った鉱石が落ちていた。化け物に襲われた際に落としたものがあったのであろう。それは蒼い輝きを放ちながら、界斗の手を照らしている。

 これで化け物を――と考えるが、武器にするにはあまりにも細く、簡単に折れてしまいそうだ。

 それに、先程確信したが、あの化け物は物体を柔らかい身体で受け止め、溶かしてしまうという特性がある。この鉱石程度では、あまりにも頼りない。

 他に何か対処する方法を見つけないと、このままでは……。

 だが、その時は待っていてくれない。

 時間切れを告げるように、化け物は唐突にそのスピードを上げ、界斗に迫ってきたのだ。

 逃げることは愚か、立つこともできずに、界斗の思考が白く塗りつぶされていく。目の前の現実をどうしていいかも解らず、感覚は理解からほど遠い場所へと離れていこうとする。

 その時、誰かの声が聞こえた気がするが、何を言っているのか、誰が言っているのか、今の界斗にはどうでも良かった。

 ――それは、反射的な行動だった。

 界斗は無心でその鉱石を強く握ると、きつく目を瞑り、先端を化け物に向けて突き出したのだ。


 ――――――――!


 鈍い嫌な感覚が脳へと伝わる。

 これが自分を殺している感覚なのか、それともまた違う何かなのか、それすらも解らずに、ただ呼吸すらも、祈ることも忘れ、結果が訪れるのを待った。

 その時間は、永遠にも思えるほどに間延びし、界斗を焦らした。

 次に感じたのは鼓動だった。

 自身の体から感じる一定のリズム。騒がしい心臓の脈動。生の証。

 やがて、バラバラだった思考は固まっていき、界斗頭は、今を必死に捉えようとしていた。

 意を決したかのように目を開いていく。

 開けたばかりの視界はぼやけていて、はっきりとしない。青い何かが目の前で揺れていることだけはわかった。

 背後には、誰かが息を呑む気配。遠い筈なのに、やけに近く感じた。

 手のひらには、固い感触。冷たいのに、どこか温かみがある、矛盾した感覚。

 やがて、感覚は広がっていき、自身の体を捉えていき、直ぐに理解した。界斗の体を覆うものは何もない。

 その代わりに、界斗の手には蒼く輝く鉱石が握られ、その先は化け物の体へと深く突き刺さっていたのだった。


 「――ぶはぁ!」


 肺堪った空気を一気に吐き出す。そうして、息を吸うと、思考がクリアになっていくのが実感できた。

 界斗は、まだ、そこにいた。


 「こんのぉ!」


 界斗は、化け物の体から勢い良く鉱石を引き抜くと、大きく振りかぶった。

 そうして、間髪を入れず、思い切り斜めに向かって振り下ろした。

 すると、水っぽい音が化け物からしたかと思えば、化け物は地面を転がっていく。

 力を入れづらい体勢だったとは言え、化け物に有効打を与えられたらしい。化け物は、界斗から離れた位置で苦し気に震えていた。


 「へ……へへ……」


 界斗は確かな実感を手に、鉱石を見つめた。

 鉱石はヒビも入っておらず、化け物によって溶かされた様子もない。

 どのような理屈なのか解らないが、これは化け物に溶かされることなく、有効であるらしい。

 でも、それ以上の事はどうでもよかった。


 「ホント……よくわかんないことばっかだよ……!」


 界斗は、全身を震わせながら、何とか立ち上がった。全身が痛み、最早どこが痛みを発しているのかも解らなくなってきている。


 「でも……たぶん、ここが踏ん張りどころなんだよね」


 こうして、自分が武器を構え、化け物と対峙する日が来るなんて夢にも思わなかった。

 妄想をしたことは何度もあったけど、実際にその状況になってみて、なんて恐ろしいモノか。なんて、勇気がいることなのだろうか。空想の世界の主人公が何て勇敢な存在だったか。

 知ることは無かったであろう事が次々と飛び込んできて、もう既に驚きという感覚の域を超えている。

 いや、そんなもの当に、彼女に出会ったときに超えていたのだ。

 ならば、何を怯む必要があるのだ。

 界斗の頭は気が付くと、クリアになり、自然と足は前へと進みだす。

 化け物は、まだ倒れてはいない。だから、倒さなければならない。背後にいる者たちの為にも。

 そう考えると、まるで自分が物語の主人公になった気がして、気持ちがよかった。

 そして、化け物を退治するために、界斗は武器を高く振り上げ、勇ましく駆け出したのだった。


 ――が、界斗は物語の主人公とは違う。


 ましてや、勇者のように不屈の精神力も、戦士のような屈強な体も持ってはいない。

 故に、界斗が武器を振り上げた瞬間、バランスを崩し、後ろに倒れこんでしまうのも仕方がないのだ。界斗の肉体の疲労や損傷は、当に界斗のキャパシティーを超えてしまっているのだから。


 「アラ……?」


 突然の浮遊感に間の抜けた声を出してしまう。

 次の瞬間、背中を思い切り地面に叩きつけ、悲鳴と共に肺の中の空気を全て吐き出してしまうのであった。


 「~~~~たぁ……!」


 状況も忘れ、痛みに悶絶する界斗。

 痛みからか、情けなさからか、瞳には涙が浮かんでいた。


 「ちょ、ちょっと! 前、前!」


 マイの焦ったかのような声に、界斗は痛みも忘れて起き上がる。

 見ると、化け物が直ぐ近くまでに迫っていた。

 焦った界斗は、先程と同じようにあの鉱石で迎え撃とうとした。

 だが、手には何の感覚もない。

 咄嗟に周囲を見渡すと、あらぬ方向へと転がっていくのが見えた。この距離では手を伸ばしても届きそうにもない。

 界斗は自身の情けなさに思わず頭を抱える。

 そして、猛烈に自分を呪いたくなった。


 「カイト兄ちゃん!」


 今度はケイの声が聞こえた。

 声に誘われるように視線を向けると、そこには何かを手に大きく振りかぶるケイの姿があった。そのまま綺麗なフォームで腕を振り下ろすと、手から青い光が放たれる。

 光は化け物に向かって真っすぐ飛んでいくと、その体に突き刺さった。

 見ると、そこには蒼い鉱石が輝いていた。先ほど界斗が落としてしまったものよりは短いが、確かな輝きが存在を主張している。


 「――っ!」


 界斗はそれを掴んだ。力強く、今度は離さないように。

 そして、力の限りに、引っ張った。自身の胸へと、錆び付いたレバーを引くように。

 すると、化け物の体の一部は裂け、青い飛沫が辺りに飛び散った。ゼリーのような断面が露出し、確実に損傷を与えられた。

 そう界斗は確信し、表情に笑みを浮かべた。

 だが、それを化け物の赤い瞳が射すくめる。その瞳から生気を失っておらず、怯んだ様子も見せない。

 そう、確かに界斗は化け物を弱らせることはできたかもしれないが、未だ倒すまでには至っていなかったのだ。

 化け物は止まることなく、界斗に迫る。

 界斗はもう一度腕を振りかぶるが、既に遅かった。

 化け物は界斗の体に飛びつき、全身を飲み込み始める。

 悲鳴を上げるマイ。それすらも、界斗の耳にはもう既に届かず、界斗の自由は完全に奪われてしまう。もうすぐ、感覚さえも消えてしまうであろう。

 しかし、それと同時に動く一つの影があった。

 それは飛ぶように素早く化け物に近づくと、凄まじい勢いで腕を突き出した。

 その瞬間、化け物が弾け飛ぶ。

 飛び散る化け物の破片が雨滴のように辺りに飛び散っていく様子を、界斗はゆっくりとした意識で眺めていた。青い粒が光に照らされて、キラキラと輝いている。どこか幻想的で、これが化け物の体の一部だなんて信じられないくらいだ。

 その青い滴に混じって、二つの蒼い瞳がこちらを見つめている。強い意志を感じさせながらも、美しく、同じ青色の中にいるのに、どうしてこんなにも目立つのか。どうして、こんなにも心を揺さぶるのか。


 (くそぅ……やっぱり、超格好いいなぁ……)


 界斗は体の要求に従い、目を閉じた。

 それでも、瞼の裏では蒼い瞳が焼き付き、力強く輝き続けていた。

 

 

 

 

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