わたし、馬鹿みたいじゃない
あの時、願いはかなったけれど、別に劇的な事は起こらなかった。
ただ、赤信号が青にならなかっただけだ。
男達の車は、前に進めないので、あたしは自転車で追いつくことが出来た。
街路樹が多いオフィス街の、ど真ん中だ。
追いつくと、時間帯で車線を変更するためのロードブロックがせり出してきて、男達の黒いバンを持ち上げている所だった。ブロックは黄色と黒の縞々で、散髪屋さんの回転ネオンみたいな形をしている。車を持ち上げているから、たぶん金属製だ。本当は交通整理する警官が、誘導しながら手動で操作しないと動かない筈のブロックだった。
車は前のめりになって、エンジンが唸っていたけれど、タイヤは空回りするだけだった。
あたしは自転車を押したまま、車に近づいて、ドアをノックした。
なかなか開けてくれないので、あたしは、
「警察に電話しましょうか?」
と、中に聞こえるように言った。
しぶしぶドアを開けた男達は、あたしをすごい顔で睨んでいた。視線だけで殺されそうだった。
一人は、あたしをバンに引きずりこもうとした。
考えている事はだいたいわかる。
自転車ごとあたしを引きずりこみ、携帯を取り上げて時間稼ぎをする。その間に、三人ほど外へ出て、車を持ち上げてロードブロックから脱出する。
合理的な思考だ。
男があたしに手を伸ばそうとした瞬間、周囲のオフィスから、けたたましい警報が鳴り響いた。目覚ましのベルみたいな奴だ。一斉に鳴ると地鳴りみたいだった。
通行人が、立ち止まってオフィスビルを見上げていた。
手を引っ込めると警報はやむ。
何度やっても同じだった。
それで、だいたい理解してもらえたようだった。
男達は計算高いので、すぐに逃げられない以上、この場で警察沙汰になるような事はしない。
車内に首を突っ込んで捜すと、奥の方にヤラシイ格好に縛り上げられている真樹ちゃんがいた。こんな時でも、真樹ちゃんはすごく絵になる。縛られた様子は、映画のパンフレットみたいに綺麗だった。
「縄をほどいてあげて。真樹ちゃんは連れていくよ」
「なんなんだよ、おまえ……」
男達は、気味が悪い物を見るように、あたしを見ていた。あたしはこの男達に比べたら全然まともなのに。そう思ったら、ちょっと傷ついた。
男達は、そのまま放っておいた。ここで警察を呼んだってなんにもならない。お仕置きなら後でゆっくりできる。
真樹ちゃんの手を引いて、あたしは人通りの多い方に走った。
このまま、駅まで行って、電車に乗ろう。自転車は駐輪場に預ければいい。それがいちばん安全だ。
「痛いわね! 放してよ」
駅まであと少しの所だった。ビルの一階はレストランやカフェになっていて、人通りも多い。ここまでくれば、もう大丈夫だ。
真樹ちゃんはあたしの手を振り払って、視線をそらしたまま言った。
「助けたなんて、思わないでよ。わたしはあなたのこと、一生許さない」
けっきょく最初から、友達だと思っていたのは、あたしだけだったのだ。
これが、あたしの報いだ。あたしはひとりぼっちに戻った。人を傷つけた罰だ。
「ごめんね、真樹ちゃん。あたし、知らなかった」
「謝らないでよ……」
「ごめん」
「謝らないでよ……わたし、馬鹿みたいじゃない」




