蛇足 ほっこり夫婦の日常譚に需要はあるのか?(メタ)
「繋さん、そのうちに私のことをネタにして書きそうで、ちょっと怖い……」
今日も前田夫妻を見送って、晩酌の仕切り直しだ。
新婚夫婦なのにこんなにうちに入り浸って大丈夫なのかと少し心配になるが、縁によると二人とも料理が得意ではない、というか、若菜さんの味付けがかなり個性的だという。
前田からも「社食より美味いです!」と言われた。褒め言葉と受け取っておこう。
「……書いてもいいけど、需要があればね」
鯵はなめろうにする。茗荷が安かったのだ。
あとは冷奴、ちくわと切り昆布のあっさり煮。
小鉢を並べてあまり強くないスパークリング冷酒の小ぶりのグラスを縁の前に置く。
「私は繋さんが書くものなら何でも読みたい」
「個人の需要と大衆の需要は必ずしも一致しないからね」
「……需要って何だろう。だって、オジサンが一人でごはん食べてるお話とかだって好きな人は好きじゃない?シゴデキ妻の意外な一面に夫が惚れなおす話とか」
「誰が読むのそれ。ごはんエッセイとかは描写力が試されるね」
「若菜は若い女の子は溺愛モノにきゅんきゅんするんだって……あ、家事を全部やってくれる夫、これは溺愛でいいんじゃない?」
「……ちょっと違うでしょ。溺愛なら妻を働かせたりしないんじゃない?」
「だって、私が働きたいって言ったら、繋さんは応援してくれるでしょ?」
「そりゃあね。君が望むなら」
「じゃあ溺愛じゃない?」
「……そういう判定なの?」
「家事を全部やってくれて、私の仕事も応援してくれる。溺愛以外の何ものでもないわよ。今流行りのスパダリってやつ?」
縁はそう言って、満足そうに冷酒を口にした。
「ぼくにスパダリを求められても困ります。でも君、逆にぼくのこともかなり甘やかしてるよね」
ぼくは苦笑しながら、彼女の小鉢に残っていたなめろうを少し取り分ける。
「……相互溺愛?」
「なにそれ……そんなジャンル、あるのかな」
「なければ私たちが開拓するのよ!令和の溺愛、かくの如し」
そう言って笑う縁を見ながら、ぼくはこの暮らしを、案外気に入っているのだと思った。
「はいはい。機会があったら相談してみるよ」
恋愛ジャンルを期待して読み始めた読者が首を傾げる、そんな話があっても悪くはないか。
ほっこり夫婦の日常、ときどきごはん。
そしてこれが我が家なりの溺愛の形なのだろう。
少なくともぼくたちはそう思っている。




