自称縁結びのカリスマ、なお成婚率は…
一話完結+蛇足をもう一話。
「繋さん、今夜の筑前煮も、最高!」
感動の面持ちで妻、縁が煮物を頬張る。
結婚十年ともなると、妻の味覚もだいぶ把握している。甘さ控えめで、ダイエットも意識した一汁三菜の食事。妻の胃袋をがっちり掴めているようでなにより。
妻、出雲縁は大手商社の人事部で働いている。
職場ではアシスタントマネージャーとして、課長からの無理難題を受け止めつつ若手や派遣社員の手配を回し、なかなか胃が痛くなるポジションらしいが、異動時期でもなければきちんと帰ってきて、夕食を共にする。
ぼくは5年ほど前に会社を辞め、今は在宅で物書きをしながら主夫を務めている。
夫婦水入らず、それなりに充実した日々を送っている。
家事をこなし、縁の職場の愚痴やら報告やらを聞く。それが今のぼくの役目だ。
夕食時にはテレビをつけない、ただし緊急の連絡があるかもしれないのでスマホは卓に伏せておくという我が家のルールのもと、自然と多くなるのは彼女の職場での話題だろう。
……ぼくの仕事柄、日々のささやかな変化は、語るならものの数分で言い尽くしてしまう。
縁は「人」に対する興味が非常に強い。
これは女性全般に言えることなのかもしれないが。
だが、彼女はとりわけ他人の相性というか、カップリングに過剰とも言えるほどの情熱を注いでいるのだ。
「私ね、総務の山内さんと経理の田中さん、絶対に合うと思うの!山内さんって几帳面でとっても細かいでしょ?美人だけど気が強い田中さんにぴったりよ」
「……それ、仕事の話?」
「ううん、結婚の話」
「人事部ってそういう部署じゃないよね?」
「そうだけど、それはそれ、これはこれなのよ」
縁の関心は職場の人間関係に限ったことではない。大学の後輩、近所のお嬢さん、自治体の役員さん——
彼女の名誉のために言っておくが、決して所謂「カプ厨」というわけではないし、そこまで恋愛脳でもない。
二次元や無機物に対しては全く食指が動かない。
ただ人間観察が好きで、ちょっとおせっか……面倒見が良すぎるだけだ。
実際に紹介することもあるが、相手にその気がないならば引くのも早く、会うように強制することもない。
「君、会社では人を見る目があるって評価されているんじゃないの?」
「そうよ!だから絶対に合うの。……見る目があるから、繋さんと結婚したんじゃない」
可愛い妻である。
「それはともかく、君の紹介で結婚した人ってまだいないよね?」
「だって会おうともしないんだもの。みんな見る目がないのよ!」
「まあ、みんながみんな結婚したいわけでもないさ。あまり他人のことには出しゃばらない方がいいと思うよ」
「でも絶対に合うのよ……食わず嫌いは勿体ないと思うの」
「そうだけど、程々にね。頼まれて紹介するならともかく」
「ほら、私、この名前じゃない?きっと縁結びのために生まれてきたのよ。人と仕事を結びつけているし、きっと人と人だって結べると思うの」
「名前負けじゃないといいね」
出雲縁、彼女は人と人を結びつけることに並々ならぬ情熱を燃やしている。
結果、ついた渾名は「いっつも大社」
なお、未だに結ばれた縁はない。
出雲家の朝食はいつも決まっている。去年、縁が上海に出張して以来気に入ったようでリクエストされた緑豆の入ったお粥、ゆで卵、季節の果物、そしてコーヒーだ。
「今日は若手社員のメンタルケアをかねての懇親会があるから、夜は遅くなるの。先に食べててもらえる?」
「いいよ。何時?」
「九時半には帰れると思う……意外に食べられないこともあるから、ちょっとつまめるものがあると嬉しいな」
「了解……ぼくも今日は大学の映画研究会の上映があるから、OBとして顔を出してくるよ」
「あら、じゃあ帰りはそんなに変わらないかしら。無理しなくていいからね。なんなら食べて来ちゃって」
「や、そんなに遅くはならないと思うよ」
「そっか……今日行くのは駅近にできたクラフトビールバーなんだけど、もしいいところだったら今度は二人で行こ?」
「いいね」
行ってきますのキスを交わして縁を送り出し、午前中に家事を済ませる。
原稿の締め切りまではまだ余裕があるけれど、集めた資料だけは軽くまとめておく。
買い物は映研の後でいいか。
「おー、先輩!お久しぶりです」
よくOB会で顔を合わせる七つ年下の前田がにこやかに手を振る。長身でガタイのいい男だが、腰が低いので圧迫感を感じさせない。
「久しぶり。今日は、飲み会とかはなかったの?」
「いやあ、実はあったんですけど、キャンセルして来ちゃいました」
前田は実は縁の働く会社で営業の仕事をしている。
「いいの?」
「今はそういうの強制するような時代じゃないですよー。会社の人と飲むのって緊張するじゃないですか?どうせなら気が合う人とサシ飲みしたいですよねえ」
気さくな男だ。縁も前田のことは気に入っている。
上背のある前田はいつも後ろの人の視界を気にして一番後ろの席に座る。二人で並んで座り、上映を楽しんだ。
明日は休みだという前田にサシ飲みを誘われたが、縁が帰ってくる前にいろいろ準備もしておきたい。家で軽く食べていけば?と誘うと喜んで買い物にも付き合ってくれた。
「先輩相変わらず愛妻家っすねえ」
あまり手の込んだ料理を作る時間もないので、湯豆腐、香りものが苦手ではないらしいので三つ葉の卵炒めと、買ってきた刺身。あとは常備菜でもてなす。……米足りるかな?
「……実はこの間、出雲マネージャーに女性を紹介されそうになりまして」
『遠慮の塊』残り数切れの刺身を申し訳なさそうに口に入れながら前田は言った。
「マネージャーの後輩さんらしいんですけど、ちょっと不安なんで断っちゃいました」
「……まあ、気にしなくていいと思うよ」
妻の「いっつも大社」っぷりは健在らしい。
「ところで明日、さっき話したあの映画の初日ですよね?前評判も高いし、あそこの映画館なら監督挨拶とかあるんじゃないですか?先輩も行きません?」
「うーん……ぼくは初日の混みは苦手だから、落ち着いてから観に行こうかな」
「了解です!」
気持ちよく完食してくれて、前田は帰っていった。
「え、前田くん来てたの?……そっかー、映画かあ。若菜を引き合わせようと思っていたのに残念!」
帰ってきた縁に白身魚の刺身と三つ葉でお茶漬けを作る。ご飯が残っていてよかった。
「若菜さんって縁の後輩?なんか前田が言ってたよ」
「そうなの!仕事もできるし、甘え上手だから面倒見が良い前田くんとぴったりだと思っていたんだけど、前田くん来ないじゃない?あー、絶好のチャンスだったのに」
縁によると、若菜さんは甘え上手だが甘えっぱなしにはしない。ちゃんと相手の負担を考えることができる人だという。
若くして父親を亡くし、妹の面倒をみてきた前田とは、確かに合いそうな気がする。
「……それは若菜さんには悪いことをしたね。でも前田も不安だって言ってたから、今は仕事を頑張って蓄えたいんじゃないかな?」
「……まあ若菜も、『やめときますぅ』って言ってたからしょうがないんだけどね。前田くんの顔は見たことがあるって言ってたから猛プッシュしといたのになあ」
なんだ、お互いに会う気はないんじゃないか。
縁の空回りっぷりは通常通りのようだ。
前田からの手土産のみたらし団子には緑茶、といいたいけれど、眠れなくなると困るので熟成させた三年番茶にしよう。
「いくら相性がよくても、タイミングがあるからね。もし本当に合う二人だったら、きっといつかなるようになるさ」
「そうかなあ」
そして、ちょうどその一年後、ぼくたちはまさにその二人からの婚約の知らせを聞かされることになる。
ようやく原稿があがった。なんとか締め切り前に間に合った。
ここしばらくは縁が買ってきた出来合いのおかずで済ませていた。せめてもの埋め合わせに、今日はパエリアでも炊こうか——。
そんなことを考えていると、縁から連絡が入った。
『今夜、前田くんと若菜も家で夕食、いい?』
『OK。食べられないものとかアレルギーとかないか聞いておいて。特に甲殻類』
『わかった』
何でも大丈夫、という返事が五分と経たずに返ってくる。
フライパンをワンサイズあげれば問題なく対応できるだろう。お祝いも兼ねてワインと、あとはローストビーフと、デザート……いやつまみの方がいいのか?
前田と若菜さんの婚約の知らせを聞いて、縁は得意満面だった。ほら、やっぱり私の目に狂いはなかった、やっぱり私は縁結びのカリスマだ……。
うん、楽しそうでなにより。
今夜はきっと二人の馴れ初めについてあれやこれや聞き出す会になるのだろう。
……でもあの二人、会おうとはしていなかったんじゃなかったか?
「で、で、で?お互いに意識したのはいつ頃?」
金色に炊き上がったパエリアを皿に取り分けるやいなや、縁は二人に詰め寄る。
テーブルには若菜さんが持ってきてくれた小さなブーケがすでに飾られている。食卓が明るくなっていい。
小柄な若菜さんと身長180センチの前田。顔を見合わせてどちらが口を開くか迷っている様子。
「えーそうですね……去年出雲先輩に映研の後ご飯食べさせてもらったことあったじゃないですか。その翌日に映画を観に行きまして、その映画館で若菜ちゃんが大泣きしてた時に……」
「ちょっと満くん、そんな大泣きなんてしてないってば!」
耳まで赤くなって若菜さんが遮る。
「え、若菜、映画好きだったの?」
「違いますよー。普段あまり映画なんて観ないんですけど、ちょうどその映画の主題歌を大好きなバンドが担当してて、あわよくばそこに来てたりして、なんて下心で」
そんな若菜さんを見つめる前田の視線はどこまでも柔らかい。
「なんか『本当の映画好きさんに前の方で観てほしいから』って、後ろの方で観てたんですよね。それがちょうど僕の前で」
「で、もうエンドロールで曲が流れて、なんかあまりにも映画の世界観そのままで、なんか尊さが溢れちゃって涙が出ちゃって」
「ハンカチじゃ足りなそうだったので、迷惑かなと思いながらも僕が持っていたタオルを使ってもらったんですよ」
「それだけじゃなかったよね?ロビーで涙が止まるまで人目を遮っていてくれて『水分補給した方がいいですよ』って、その後飲み物ご馳走してくれて」
目に浮かぶようだ。前田も泣いている女性の顔を覗き込むようなデリカシーのない奴ではない。
「同じ会社ですよね、タオルは今度返すんで、そのときは私が飲み物奢りますって、連絡先を交換して」
「映画の感想を送り合って、それからそのバンドのライブにも付き合ってくれて、また感想を……気づいたらしょっちゅう会うようになってました」
息もぴったりにお互いがお互いにしてくれたことを語り合っている。
うん。この二人の空気感、妙にしっくりくる感じで、相性がいいのが見てとれた。
「ね、私ずっと二人のこと、絶対に合うからっておすすめしてたよね?なんで紹介は要らないなんて言ってたの?実は照れ隠し?」
あ、これは若干縁が拗ねるパターンか?
「それなんですけど……」
「縁先輩、満くんのこと、『ジジババにめっちゃ好かれる人』って言ってたじゃないですか?……そう言われても『私おばあちゃんじゃないし』って思うし」
「何よー!老人に好かれるなんていい人そのものじゃない!」
「満くんのことを知るようになってからは、ああそういうことか、って思うこともあるけど、恋愛対象にしようと思うかどうかは微妙すぎて」
あー……。
「じゃあ前田が以前若菜さんを紹介されたけど不安だったっていうのは……」
「出雲マネージャー、若菜ちゃんのことを『マイペースだから振り回されるかもだけど、前田くんなら大丈夫』とか言ってたので、振り回される前提なのかと思うとどうも会う自信がなくて」
縁。
確かに君の人を見る目と相性を見通す力は抜群だよ。
問題は……プレゼンが壊滅的なのか。
「縁のは……なんか人事っぽい評価だよね」
「わかるー、紹介の文言が不採用者へのフォローっぽく聞こえるときある!」
呆然としている縁にサラダを取り分ける。
「え……なにそれ。もしかして今まで紹介しようとした人ってみんな」
「たぶんどんなに良さそうな人でも『会ってみよう』とは思わない……かも?」
「そんなあ……」
縁、パプリカこぼれてるぞ。
「縁、ちょっと考えてみて。もしぼくと知り合う前に、誰かからぼくのことを『経済力は微妙だけどよく気づく優しい人で、縁なら大丈夫』って言われたら会う気になる?」
「『じゃあ私が養う』って言う」
「……違うでしょ。一般的にはそんなヒモ男候補は嫌だってなるんだよ?」
まあ実際縁のほうが稼ぎがいいんだけど。
そこはもう、最近は開き直っている。
「潜在能力を確かめてから判断するわよ。何事も適材適所。家事能力、プライスレス」
「……さっすが縁先輩、男前!次期課長候補!」
……別に家事ができるから繋さんと一緒になったわけじゃないけど、とごにょごにょ呟いている縁。今日はちょっとワインのペースが早くない?
「じゃあ、じゃあ繋さんが前田くんを誰かに紹介しようと思ったらなんて言うの?」
「そうだなあ。……ちょっと見た目は厳ついけど、実はインドア派で、細かいところにさりげなく気を回してくれる。けど、過干渉にはならない、程よい距離を保ってくれる。ぼくの大切な後輩だよ」
「まさにそう!放っておいてくれるのに、困ったときにはちゃんといてくれる人なの。私が思いつきで行動してもイライラしたりしないし」
「予定変更は多いよね……そこは縁マネージャーが言ってた通りなんだけど、予定どおりにいかないと困ることって、そんなにないので」
「……なんか悔しい」
「それは……ぼくは言葉を繋ぐのが仕事だからね」
トントンとテーブルを叩いていた指がぴたりと止まり、縁の目がきらりと光った。
頬が上気しているのは酒精のせい?
それとも……
「適材適所……そうよ、そうすればいいじゃない!」
あ、なんか危ない予感。
「私が相性を見極めて、繋さんがプレゼン担当!これがまさに人材のベストマッチ!……私が合うと思う人の紹介文を繋さんが考えてくれたらパーフェクトじゃない」
なに、社内結婚相談所でも始める気?
「……却下。ぼくは人の縁を勝手にいじる趣味はないよ」
「でも、私の見る目と繋さんの文章力が合わされば——」
自称縁結びのカリスマ、出雲縁。
結果、ついた渾名は「いっつも大社」
正直ぼくには結ばれた縁をどうカウントしていいかわからない。
(終)




