75.後の祭りならぬ後に祭り
「なんだって?」
突然の発言を訝しむオウルの声に聞く耳も持たず、アインはそのまま地面を蹴って大きく飛び上がり、近くの建物の屋根まで移った。
「ちょっと!?」
思わず呼び止めようとするオウルだったが、それも不要なことだろう。
ここまでくれば何が起こったのかは分かる。奴は戦闘を止めたのだ。そしてどこへなりと戻ろうとしている。
アインもホムンクルスならば、誰かの手によって生成されたはずだ。その創造主からの指示があったのだろう。自分達は間一髪のところで助かったのだ。それをわざわざ呼び止める必要もない。
嵐にせよ地響きにせよ、慈悲のかけらもないような災害というのは容赦なく押し寄せて、過ぎてしまえば静けさが残るだけだ。先程までの壮絶な戦闘はあっけなく終わった。
もっとも、残るのは静寂だけではない。アインに先んじて、すでに警備隊と召喚士、そして精霊達も戦うことはやめていた。召喚士達は抵抗をやめて大人しく降伏し、ホムンクルス達も精霊に攻撃することはなかった。
だが、それよりも前に傷つけられ、魔力が拡散し消滅した精霊はそれまでだった。戻ってくるかどうかも分からない。少なからず犠牲が出てしまった。その痕跡だけはずっと残る。
それでも、このままアインが暴れまわっていればなにもかもは台無しになっていただろう。それを防ぐことができただけでも十分だと思うしかない。
「づ、……づがれ゛だ」
身体が何割か消し飛んだ状態のまま、オウルはその場で尻もちをついて座り込んだ。これでひとまず事態は収束に向かうのだろうと思うと、俄に力が抜けてきたのだ。
それは彼女達の戦いを見守ることしかなかったマルクス達にしても同じだった。
彼は、なんとかオウルが無事(?)でいてくれたことに、ほっと胸を撫で下ろした。
「なんとかなったか……」
が、その声に応えるように隣で何かが地面に落ちるような、どさっと言う音を聞いて、肝心なことを思い出した。とっさに音のした方に振り向く。
ティファレッテの身体が地面にうつ伏せに倒れていた。
思わず血の気が引いた。冷静に考えれば当然のことだった。いくら魔力で保護しているといっても、肺に穴が空いているのにいつまでも平気そうな顔をして突っ立っていることが異常だったのだ。
「まずっ!やっぱり無理矢理にでも大人しくさせておくべきだったか!」
せめて応急処置だけでもすぐに始めなければ。
慌てて用意に取り掛かるマルクスに、ドレークがさすがに焦燥した様子で駆け寄ってくる。
「貴様、しくじったら許さんからな!」
「だったらプレッシャーかけるようなこと言うなよ!」
※
結論から言うと。
召喚士達の目的は何一つ達成されることはなく。彼らの戦いに意味はなかった。
管理局の目前までたどり着いたところで、この襲撃の首謀者であるイェソドを含めた数人の召喚士は降伏し、それからほどなくして他の召喚士達も全て戦意を失い拘束された。
これは魔術都市に対する重大な叛逆行為だった。その首謀者であるイェソドは最悪死罪になってもおかしくはないし、他の者達についても重罪は免れない。
はずだった。
だが、実際のところ彼らに課せられた処遇は想像よりも遥かに軽いものだった。数日間の身柄拘束と事情聴取。それだけで済んだのだ。
というのも、彼らの襲撃による魔術都市の被害はほとんど無いも同然だったというのが理由のひとつだ。
外壁と市街のほんの一部が壊された程度で、後は再生成可能なゴーレムやホムンクルスが多数損失した程度。が、そんなものは魔術師達にとっては被害の内にも入らない。
実際には大したことをやっていないという結果が、召喚士達の罪を結果的に軽くする要因となった。
が、そんなことは単なる後付けだ。減刑された本当の理由は別にあった。
魔術師というのは、実績を重んじる。たとえその過程においてどれだけの愚行があったとしても、残した結果次第では全てが帳消しになる。結果も出せない愚者には容赦がないが、結果さえ出せば英雄にでもなれる。それがこの魔術都市だ。
そして今回、イェソドにより―――正しくは彼らの襲撃において、これまでの精霊召喚術の常識を塗り替えるほどの重大な発見がなされた。召喚術という分野そのものに新しい可能性を示す発見だ。それの前では、魔術都市が襲撃されただとか、革命がどうかだとかいうのはもはや些事でしかない。
襲撃に対する処罰などそっちのけで、その新発見の実証を行うことに魔術師達は躍起になった。
そして。
※
イェソド達による襲撃から数日後。魔術都市では、街を総出であることが行われていた。
それは、宴だ。
精霊達を主賓とした宴だった。




