74.あっけない終わり
突然の発言に召喚士達はさすがにニルの絵を眺めるのをやめ、戸惑いの視線を彼に投げかけた。それを一身に浴びて、イェソドは説明する。
「そもそも精霊召喚術が問題となっているのは、この世界にある魔力を補う術もなく消費してることにある。術者自らの魔力を用いる五元素行使術などにはその危険はないんだ。
それなら要するに、精霊達にも同じことをさせればいい。それだけのことだった」
言っていることは分からなくもないが。
「そう簡単な話でいいのか?」
と、誰かが疑問を投げかけるのももっともの話だった。
「よかったんだよ。あの水精のことを僕もよく知らないが、その言い分から判断するに彼女はヒトの文化―――とりわけ絵画の分野に感銘を受け、自らもその道を修めることを目的とした。そうすることで彼女はヒトとの関わりを深め、いうなれば精霊からよりヒトに近い存在へと変化した。
それにより、あの水精の中に独自の魔力が形成されたんだ。その魔力と、精霊本来の世界に偏在する魔力を行使する術を組み合わせれば、あれだけの規模の魔術を発動することだって、不可能じゃない」
「つまり精霊がヒトの文化に触れれば、世界から魔力が消費されることを防ぐことができる。彼らが自力で魔力を生み出すことができるから。……ってことか?」
結論はそうだった。
精霊達が自らの内に魔力を生み出す方法を得てそれを使用するようになれば、相対的に世界に偏在する魔力が消費されることはなくなる。消費がゼロになれば、後は徐々にではあるが世界そのものが少しずつ魔力を補い、大地には再び活力が戻るだろう。
その方法というのが、精霊がヒトの、その文化に触れることだったのだ。
精霊召喚術というのは精霊から力を奪う禁忌の術だと思っていたが、実際は違う。彼らをヒトの世界に呼び出すことでそこに新しい力を与えられる可能性を秘めた、未来へ進むための標にもなり得たのだ。
惜しむらくはそれを、召喚術を用いる当人達が今まで気づけなかったことだろう。
イェソドが後悔をたたえた声を吐き捨てる。
「……彼らのためにと革命などと標榜しておきながら、結局のところ我々は精霊のことを何も知ってはいなかった。彼らもヒトの文化に興味を示し、それを愛することができるなど、考えも及ばなかった。所詮僕たちは、彼らをヒトとは違う異種と見なすことしかできなかったんだ」
それに続いたのは、ノームのドキだった。
イェソドの発言そのものは否定することなく、うむと頷きながらも、こう応える。
「そりゃあ儂らも似たようなもんだ。絵画だ?そんなものあると知っても、こちらから触れようなどとは思うまいな。これほどのものを見せられたら別だがよ」
『できなかった』もなにも、実際ヒトと精霊は違う。互いの生態や理念を交えることなどないだろうと考えていたのは、互いに同じだった。
だが今、その固定概念は崩された。ひとりの水精によって。
イェソドもまた上空に描かれた魔術都市の鮮やかな姿を眺めながら、ある決意をこめて言った。それは同時に、先程まで存在していた別の決意を捨て去るものでもあった。
「これならば確かに、精霊の未来にも希望がある。彼らの存続を脅かすこともなく、我々ヒトとの繋がりも保つことができるかもしれない。そうである以上、我々のやろうとしていたことはみんな無意味だ。管理局に降伏しよう」
イェソドははっきりとそう言い切った。その考えに異論を唱える者もいない。
とはいえ、管理局に降伏する。その一点だけにおいては、手放しに賛同できない者もいた。
「しかし、手放しで降参していいのか?こちらはもう一端の反逆者だ。その安全が保障されるとは……」
そんな危惧と共に発せられた言葉の最中にも、エアリィが操る風の魔力に乗って、ニルの声が聞こえてくる。
「そして魔術師のみな様も、どうか彼ら召喚士を、そしてわたしくし達精霊を敵としていじめないでください。どうか許してください。みな様にはそれができるだけの温かみがあると、わたくしは信じています」
「……」
そんなことを聞いてしまうと、もう黙るしかない。
自分達がやったことは紛れもない事実だ。それを覆すことはできない。今更あれこれと取り繕うだけ無駄なことだろう。諦めるしかない。
後は信じるだけだ。彼女の言う、魔術都市に生きる人々の温かみと寛容さを。
「彼女はそう言っている。僕達にはこれだけでも充分だろう。精霊達の理解者にすらなりきれず、ただ独りよがりに足掻いていただけの僕達に、これは過分なほどだ」
※
ニルの、彼女がその心を全てぶつけたこの大作を眼にしてもなお、怪物は止まってはくれなかった。ホムンクルスのアインはなおを戦闘を続け、オウルとドレークはそれに応戦せざるを得なかった。
そして、いよいよ恐れていた事態が現実になってしまった。
それはほんの一瞬の油断であるし、同時に極限状態での攻防による疲労と緊張が顕在化したことにより、起こりうるべくして起こった結果であるかもしれない。
怪物の右腕、その五指の一本一本から伸びた鋭い爪が、オウルの左脇腹から肩にかけてを切り裂き、抉り取った。
その勢いのまま上空に投げ出され、地面に落下するオウル。その身体は体表面積でいえば1/4程度が削れてなくなっている。
とはいえ、その痛々しい見た目に対して、当のオウル自身は随分と平気そうではあるが。
「うわっ、肋骨ごと肺がこそげ落ちてしまった!さすがにもう戦うのは無理だ!」
命に別状はなさそうなのでひとまず安心ではある。さすがは多少の怪我を負っても活動を続けられるホムンクルスだ。ここまでくるともう『多少』のレベルではないが。
とはいえ、もう彼女を戦わせるのはそれこそ無理だろう。彼女はあの怪物のように、細胞を瞬時に再生させて傷を治すなんてことはできない。この損傷を修復するには、一度組織を再生成した上で時間をかけて癒着させなければならない。
今までよく粘ってくれた。マルクスはオウルに指示を飛ばす。
「今までよく頑張ったよ!もう諦めて逃げよう」
さすがにこればかりは引き止めるわけにもいかないだろう。ティファレッテが応える。
「なら殿は―――」
「我がしよう」
残るドレークが、せめて足止めだけでもしようとアインに炎の拳を叩き込む。
しかし、これまでオウルと二人掛かりでなんとか食い止められていた相手だ。一対一になってしまえばもはや歯が立たない。
拳が相手に触れるよりも先に怪物の手がドレークの胴体に叩き込まれ、その炎の身体をかき消した。
「ぐおっ!」
大きく後方によろめくドレーク。なんとか魔力が完全にかき消されることだけは防いだが、オウル同様半身が吹き飛んでしまっている。拡散した魔力を再び集めれば先程のようになくなった部位を元に戻すこともできるだろうが、さすがにそんな芸当を何度もできるわけでもない。
出来たとしても、かなりの時間を要するだろう。それまでの間ドレークは無力だ。
「くっ」
ティファレッテが歯がゆそうに呻く。
万事休すか。もうあのホムンクルスを止める手立てはない。どうやら警備隊の連中はニルのおかげで武器を手放し大人しくなってくれたようだ。戦闘は一時中断されている。
だが、こいつが戦い続けるのならばどうしようもない。このまま生き残った精霊を皆殺しにされるだけだ。
一体どうするば……
そんなマルクス達の焦りに反して。アインは何もしなかった。
まだ殺しきっていないドレークやオウルにトドメを刺すわけでもなく、他の精霊達を追うでもなく。ただじっとその場で立ち尽くすだけだった。
それはまるで、自らの目的を達成し、活動する必要がなくなり停止したかのようだった。マルクスの胸中のそんな予感は、実際的中していた。
やがて、過ぎ去った嵐のように静かになったホムンクルスは、その仮面の奥の異形の口腔から、声を発した。
「今、“創造主”からの指示が来た。『戦闘は中止』、『精霊達はそのまま逃がす』。けど、『そうしたいのなら、眼の前の二人とはケリをつけていい』。それも達成した。
みんな終わり。おつかれさま」




