63.無血の殺戮
「みんな、とにかく彼女から離れて管理局へ向かえ!ここは私達と火精の王で引き受ける!」
イェソドがそう叫ぶのと、ホムンクルスが掲げた槍を横薙ぎに振り払い、同じ荷台にいたノームの身体を上下に切断するのはどちらが早かっただろうか。
「うおっ!?」
切り裂かれたノームの身体はそのまま生気を失った砂の塊となり、風に吹かれて溶けるように消えていった。
それで堰が切られた。
召喚士達は騒然となり、その場から離れようと逃げ出した。馬車を全速で進めようとする者。あるいは荷台から飛び降りて走り出す者もいた。
いくらイェソドの理念に賛同し戦う覚悟を決めたと言っても、召喚士には戦闘の経験もない素人も多い。一度被害が出れば、途端に混乱するのも仕方がないことだった。
そして、そんな者達に対しホムンクルスに容赦はなかった。
彼女は逃走を図る別の荷台の馬車に瞬時に飛び移る。その動きはもはや速いとか遅いとかいう次元のものではなかった。彼女が無人となった荷台を蹴ったその瞬間には、すでにその身体は別の召喚士と、そしてその精霊の眼の前にいたのだ。
「や、やめろ!」
勇気ある行動だった。召喚士の男は自らが呼び出したであろうシルフの前に身を乗り出し、その身を守ろうとする。
が、次の瞬間。その召喚士の左腕がなくなっていた。突き出された槍の穂先により根本からえぐり取られたのだ。
「あッ、ぐああああああ!?」
吹き出す鮮血で荷台に赤色の池を作りながら、苦悶に顔を歪ませうずくまる召喚士。その姿を愕然と見てるしかないシルフの喉に、主人の血がこべりついたままの槍が突き刺さった。
「かっ!?か、かは……」
刃の突き刺さった喉元を息を喘がせ押さえるシルフの姿を見ながら、ホムンクルスは静かに語る。
「召喚士を殺すなとは命じられている。けれど、傷つけるなとは言われていない。切断面にはすでに《キュアー》の魔術は施してあるから、出血もじきに収まる」
言い終える頃には彼女は槍を横薙ぎに振り払い、シルフの首を切断した。宙に舞ったその顔は絶望の表情のまま、まるで細い糸が解けて散らばるように、風となって周囲に飛散していった。
ホムンクルスの言う通り、召喚士の出血はすぐに収まっていた。しかし、その痛みは一切和らぐことはない。
別の召喚士がうずくまる男の身体を抱き抱えて、荷台から離れようとする。
「逃げよう!」
そのまま引きずられながら、男は恐怖と、目の前で自らの精霊の首が飛んだ喪失感により、もはや呻くことさえ忘れうわ言を繰り返していた。
「酷い……酷い」
それを見て義憤に駆られたのだろう。片腕となった男の身体を引きずりつつ、仲間の召喚士が荷台に残る相棒のサラマンダーに命じる。
「殺ってしまえ!」
命じられるまでもなく、そうするつもりだったのだろう。
「死ねィ!」
そう声をあげながら、サラマンダーは炎の拳をホムンクルスの顔面めがけて繰り出した。もはや頭部を残して無力化する、などというつもりはない。一撃で完全に殺すつもりだった。
しかし、その拳は彼女の手のひらによってあっけなく受け止められてしまった。それそのものが灼熱の炎であるはずの拳に触れても、ホムンクルスの手は焼けることはない。体表面に結界を展開し保護しているのだ。
刹那。サラマンダーの腕はすでに彼の腕ではなくなっていて、胴体から千切れていた。その腕が棍棒のように振り抜かれ、頭部を打ち据えた。砕かれた頭はそのまま揺らめく炎となってかき消され、連鎖的に全身が篝火に水をかけたかのようにフッと鎮火された。
他の召喚士達は自分が逃げるのに必死で、また同胞が殺されたことに気づかない。なんとかその場を離れようとするが、遅れて駆けつけた警備隊のホムンクルス達とぶつかり結局戦闘を余儀なくされた。
状況は修羅場そのものだ。
たった一体のホムンクルスにより、全てがめちゃくちゃにされてしまった。
こんなはずではなかったのに。
ティファレッテはこの惨状に対し、何も反応することができなかった。
実際のところ、それはどこか間の抜けた光景だった。槍に突き刺され切り裂かれた妖精達の身体からは、別に血が吹き出すこともない。そして彼らは別段苦痛に悲鳴をあげることもない。ただ戸惑うような声と共に消えていくだけだ。
そもそも精霊とはそれぞれの属性の魔力の塊であって、生物ですらない。あくまでヒトや動物、自然現象を模しているだけだ。神経も筋肉も血管もないのだから、身体が傷つけられたところで痛みはない。身体を形成する魔力が急激にかき消されたため、精霊としての姿を維持できず元の純粋な魔力に戻ってしまうだけなのだ。
だから、それは厳密に言えば死ですらない。もともとあるべき姿に還っているだけなのだから。喪失ですらない。その気になれば飛散した魔力をもう一度精霊として呼び出すこともできるだろう。再召喚というやつだ。
―――だとしても、自分達の友人である精霊達の身体が壊され、絶望の中で消えていく光景を、受け入れられるわけがなかった。
それに、再召喚できると言っても、それはイェソドとエアリィのような力ある召喚士と精霊の場合だ。ごくごく普通の精霊の場合、消え去った魔力は二度と戻ってこないかもしれない。純粋な魔力に意思はない。ということは一度それに戻ってしまうと、精霊の心というものはなくなってしまう。確かにそこにいたはずのひとつの生命が、その痕跡を失ってしまう。それを再び繋ぎ止めることは、困難を極めるのだ。
結局のところ、それはもはや死となにも変わらないのではないか。
仲間が何人か消し去られたところで、ようやくティファレッテの中で止まっていた時間が再開し始めた。それと同時に彼女の心の中で沸き起こってきたのは、怒りだった。
「どうしてそんな簡単に精霊を殺せるの。わたし達が、一体何をしたの。誰も殺してない。ただわたし達ヒトのせいで弱っていく精霊を解き放って、自由にしてあげたいだけなのに。
それで、それでこんな仕打ちを受ける必要があるの……」
やがてある命令が、彼女の相棒であるドレークに向けて発せられようとしていた。
「ドレーク。あいつを、……あいつ、を」




