51.水精の絵にあなたも描いてもらおうキャンペーン!
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それからまたある日のこと。
《法皇》の命位を関する医師ゲブラーは、礼賛広場を通りがかっていた。別に理由はない。とある要件を終え出先から帰る途中、最近あまり来る機会のなかったここに立ち寄り、大魔術師ケテアの像でも拝んでいくかと思い立ったのだ。
と、広場に訪れたゲブラーは、ただでさえ賑やかな場所が今日はなおさら賑やかなことに気づいた。特にケテア像の近くに人が集まっているようだ。
一体何事かと考える間に、見知った顔をその人だかりの中に見えたので、そちらの方へと近づいていく。
「マルクス君ではないか」
その声に呼びかけられた生体錬成士のマルクスがゲブラーの方に振り向く。彼の隣にはホムンクルスのオウルも一緒だ。
「先生。お疲れ様です、礼賛広場に何か用事ですか?」
「いや、別段用事はないのだがね。先日提供してもらった例の人工血液な、こちらで治験を行ったところだが、安全性についても問題ないようだ。よもや水の精霊に力添えを仰ぐとは盲点だったよ」
「それですか、それはよかった!」
「今のところは、召喚士と提携して生産体制が用意できるように手配しているところだ。近い内に本格的な実用化ができるだろう」
「医術のさらなる発展に微力ながら尽力できて光栄です」
「―――それはそれとして、この騒ぎはなんだ?」
改めてゲブラーが、周囲の人だかりを興味深そうに見渡す。
「あれを見れば分かると思いますよ」
そう言ってマルクスはとある方へと指さした。
ゲブラーがそちらに眼を向けると、ケテア像を囲む円形の段差に大勢の人が座り込んでいるのが見えた。普段からあそこに座って休憩している人が何人かいるのは見たことがあるが、今回のそれは殊更多い。十や二十は下らないだろう。
そして、そんな人々の姿を見据えながら支持台に立て掛けてある画用紙に筆を進める一人(?)の精霊の姿。
どうやらこれが、賑やかさの理由らしい。
「精霊……、ウンディーネか。もしやあれは其方が?」
「いや、オウルが召喚したものですよ」
「ほお~。いやはや、相変わらず其方は多彩だなぁ」
感心した様子でオウルの頭を撫でるゲブラー。
オウルの方もまんざらでもなさそうに胸を張る。
「もっと褒めるがいい」
「だーかーらー。そういう失礼なことを言うんじゃないの」
戒めるようなマルクスの声を「まあまあ」となだめるゲブラー。
そのまま彼はつたつたと水の精霊、ニルの方へと歩み寄り、藪から棒に声をかけようとした。
が、そういえばいつぞや手術中の集中している時にいきなり看護師に話しかけられて若干ブチギレたことを思い出した。自分がされて嫌なことを他人にしないようにせねば、なにせ今のゲブラーは医師という職種が親しみやすくなるようにイメージ向上に努めているのである。
集中を乱さないように細心の注意を払って声をかける。
「あー、その。もしもし?少しお話よろしいかな?作業は続けて構わないから」
それに、ニルが返事する。
「よろしいですわ」
彼女の後ろから画用紙を覗き見てみる。どうやら、ケテア像の周りに座っている人達をデッサンしているようだ。
「何を描いているんだ?」
「今、とある絵を執筆しておりまして、そこに人物を加えようとしているのですわ。だからその前に、大まかな構図を参考にできるようにアタリをつけておりますの。やり直しが利かないことですから、前もって大まかな形を把握しておかなくちゃいけませんわ」
「前準備ということか、まぁ施術前の話し合いは大事だものな。しかし、ちゃんと座っている人達に許可は取ったのか?無断での肖像というのはほら、いろいろとデリケートだろう」
「勿論取りましたわ。というか、いろんな方たちが次々自分も絵に描いて欲しいと申し出てきて、思っていたよりも大勢になってしまいました。これは完成させるのが大変そうですわ~」
そう語るニルの声には大変そうというよりもむしろ楽しそうだった。
と、彼女の言葉にマルクスが付け足す。
「少し前から時々ここで作業しているんです。そうしている内にいつの間にか、なんか礼賛広場の名物みたいになってしまって……。観光客や魔術師の人に声をかけたら、次から次へと人が集まってきて、気がついたらこんなことに」
「へえ~、楽しそうじゃないか。そういうことならちょいと此方も描いてもらおうかな~!え~と、誰さんだっけ?」
「ニルといいます先生。っていうかそんな場当たり的な、今から人物を追加して大丈夫なんですか?」
そんなマルクスの声にニルが言う。
「大丈夫ですわ!おじさまもどうぞお好きなところに座ってくださいまし。別にじっとしている必要はありませんから、お好きなようにケテア様の像を眺めていらしてください」
「だそうだ。っていうか其方はどうなのだね。せっかく自分達が召喚した精霊が絵を描いているのだぞ?自分達もその題材にしてもらおうとは思わないのかね?」
一緒に描いてもらおうと誘っているのだ、それにマルクスは気恥ずかしそうに頬を掻く。
今まで他人から注目されることすらないような人生を歩んできた自分が、絵に描かれる。想像するとどうにもむず痒い気分になる。
「えぇ?い、いやあこちらは別にそういうんじゃ……」
と、その背中を押すようにオウルが続く。
「それジブンも言おうとしてたところなんだよ。さすがはゲブラー先生!
せっかくなんだから創造主も一緒に描いてもらおうよ。こういうのは人が多ければ多いほど賑やかでいい絵になるんだから!」
「二対一の多数決だ。ほら行こう行こう!此方のことは一番目立つように描いてくれよニルくん」
ゲブラーがまるで子供のようにマルクスの手を引く。
まったく無駄にエネルギッシュなおじさんだ。これぐらい活力がないと医師として多くの人々の生命を預かることはできないということか。
マルクスも渋々従うことにした。
「しょ、しょうがないなあ」
そのままマルクス達もケテア像の前に座り、ニルのデッサンに加わることにした。
それからしばらくして、どこからともなく聞き慣れたを通り越して聞き飽きてきた姦しい声が聞こえてきた。
テトさんとザイーネの魔術師二人だ。
「ちょっと何してるのよこのアタシに断りもなく!大魔術師であるこのアタシの姿もなく絵を完成させられると思うな!」
「ちょっとテトさんいきなり割り込んで邪魔になりますよ!」
「何言ってんのよアタシ達も混ぜてもらうのよ、アンタだってそうしたいでしょ」
「それはまあ」
「あーはいはい君らもこっちきなさい!みんなで仲良くニルの絵の中に描いてもらおう」




