44.色がいろいろ(ダジャレ)
いきなり目の色を変えて、一体どうしたのだろうか?何か他の展示品と違うところでもあるのか。
マルクスは区画に入って最初に視界に入った絵画に眼を凝らしてみた。
確かに、その絵は他とは違った。
内容そのものは人物画のようだ。ひとりの男が正面からこちらを見ている。題材そのものは何ら特別なものはない、ありふれた絵だった。
しかし、その絵は確かに異質なものだった。
「ひぇ~、なんかギトギトした絵だなぁ。人物画に色をいろいろ(ダジャレ)継ぎ足して塗りたくっているのか?」
それは兎にも角にも、色彩がめちゃくちゃだった。まず男の肌の色からして、黄色だったり緑だったり赤だったりといくつもの極彩色で塗りたくられている。他の部分にしても人物を囲む背景にしても同様だ。
とてもではないが、この絵に書かれているものが現実の写しであるとはマルクスには思えなかった。見ていると眼が痛くなってくる。
なんだこれは。
と、区画の入り口に一枚の案内板が立て掛けられていたので、目の保養ついでにそちらを一読してみた。
「え~、なになに?ここにあるものは“コクマー”って人が描いたものだそうだ。へー、《愚者》だって!命位持ちが描いたものなんだ。そう考えると確かにここにある作品は他とは違うように見える(棒読み)」
知ったような口を聞く生体錬成士。
それを他所に、めちゃくちゃな色彩で描かれた人物画を前にした水精のニルは、自分でも知らず知らずの内にその絵に触れようと手を伸ばし、額縁の前に貼られていた格子の柵から身を乗り出そうとしていた。
オウルが咄嗟にそれを制止する。
「こらこら。作品に触れるのは厳禁」
「す、すみませんわ」
気を取り直して、オウルが目の前の絵の説明をする。
「この人の絵はテトさんも好きらしいよ。コクマーは物事に宿る本質を視覚化する魔術を身に着けた。人の精神だとかをね。そうしてそれらを絵画の中に表現しようとした。感情や記憶だとか、そういったものを。これらの絵はとても現実的なものに見えないようでいて、その実他の何よりも現実を色濃く書き出した写実なんだ。―――ってテトさんは言ってた」
「人の精神。ヒトの……、こころ?」
「そうとも言う」
ニルはしばらくの間じっと絵を眺めていたかと思うと、ふいに隣に展示されている別の絵の前に移動して、またしばらくじっと眺める。そんなことを繰り返してちょこちょこと移動していた。
彼女が歩く(?)度にぴちゃぴちゃと水の跳ねるような音が聞こえるが、館内の床は濡れていないようなので安心するマルクス。
「これが人の精神、ねぇ~」
コクマーという魔術師が描いた絵は一様に、色がいろいろ(ダジャレ)混ぜ合わされて塗られていた。人物画にしても風景画にしてもだ。輪郭そのものはまるでそこに確かに存在して触れられそうなほどに緻密なのにとにかく色彩があべこべなもので、端的にいって混沌としている。そんな絵ばかりだ。
しかし、そんな一角にある一枚の絵。それだけはどこか違った。
その絵は、今マルクス達もいるこの魔術都市を、どこからか高い場所から見下ろして描かれたものだった。彼にも馴染みのある管理局の建物や、防壁の向こうにある山岳地帯の稜線が見える。
そしてその絵は、他のものとは打って変わってとても眼に優しかった。というのも例の無茶苦茶な色彩ではなく、現実に即して描かれたと思しきごくごく普通の風景画だったのだ。少なくともマルクスにはそう見えた。絵としてはこちらの方が見ていて眼に優しいが、いざこういう絵を描かれてしまうとなんだか物足りなくも感じる。
が、ニルは不意にこの絵の前に立ち止まると、そこからまるで地面に縫い付けられたかのようにじっと動かなくなった。さながら彼女の時間だけがぴたりと静止してしまったのか。
食い入るようにその単なる風景画らしきものを見つめながら、ニルは小さくつぶやいた。
「これが、ヒトのこころ?」
それを傍から眺めるマルクス。
いつまで経ってもニルが絵の前から離れてくれないので、こちらも移動のしようがない。正直マルクスとしては作品を眺めるのにも早々に飽きてきたので早くもっと別の場所に行きたいのだが。
「なぁオウル。この絵ってそんなにすごいものに見えるか?」
「いい絵だと思うよ」
「えええ~?ホントにそう思ってるか?なんとなくで言ってるんじゃないのお?」
「あーのーねー創造主。美術館ではべらべら喋るもんじゃないの。静かにしてなくちゃ」
「はーいわかりました」
そんなやり取りをする二人の方に、急にニルが振り向いた。
「ど、どうした?」
突然のことにびっくりしつつもそう聞くマルクスに、彼女は何か決意めいたものをその眼差しにたたえながら応えた。
「わたくしも、こういったものを描くことができますの?」
「うん。……うんんん???」
反射的に頷いてしまったが、ちょっと待て。
いきなり何を言い出すんだこのお水は???




