41.田舎娘がとんでもサラマンダーを召喚したという話。
栗毛の少女ティファレッテは言葉を続ける。
「わたしがまだ小さかったころの話です。まぁ、今も大きいわけではないですけど。
わたしの家は農家でした。農家といっても、自給自足の生活ができて時々多く収穫できた作物を売り物にするとか、そんな程度のものです。
ある日、わたしたちの住む家が火事になりました。理由は今でもよく分かりません。ただ両親は出稼ぎのために家を開けて、わたし一人で留守番をしていました。火は驚くほど早く燃え広がり、私が気づいた時にはもう家中が火事になっていました。すぐに逃げようとしたんですが、崩れた瓦礫がわたしを取り囲んで逃げ道を塞いでしまったのです」
「えぇ、じゃあなんで生きてるの……」
話を聞いていたオウルがゾッとした顔で聞く。それをマルクスが呆れ顔でなだめる。
「いいから聞いてなさい」
「なんでわたしが今生きているのか、その理由はわたしだってはっきりとは知りません。ただ、周りに崩れ落ちた瓦礫からも炎が吹き上がり、そのままわたしの身体を焼こうとしました。だけど、わたしはいつまで経っても焼け死ぬことがなかったんです。炎がわたしの周りを渦巻くけど、ただそれだけ。一向にわたしの身体に触れようとすらしませんでした。
そして、その渦巻く炎の中に何か小さな。小さなものを見たんです」
「(それがつまり……)」
マルクスの中で、合点がいった気がした。
「結局、炎はそのまま家をまるごと焼いて炭にしてしまいました。けれどわたしは何一つ、服が焦げたりすることもなく生き残ったのです。出稼ぎから戻ってきた両親は焼け落ちた家を見てびっくりした後、崩れた瓦礫の中にわたしがいることに気づいて涙を流していました。その時に気づいたのですが、家の周りに耕してあった畑にも被害はありませんでした。すぐ近くだったから延焼してもおかしくなかったのに。
それからは、焼け落ちた家屋も他の人達が手助けしてくれたおかげですぐに建て直すことができました。何事もなく、全てが元通りになったんです。でもわたしはずっと、あの時に見えた何かのことが気になっていました。そうして月日が過ぎたある日、わたしたちの村に立ち寄った魔術師の方から精霊の話を聞きました。
『もしかしたら』と思いました。この魔術都市にくれば、召喚士の人の手であの時見えた何かがもう一度わたしの前に姿を現してくれるかもしれない。そうしてここを訪れてすぐ、今回の講習会のことを知ったのです。優秀な召喚士の方々に教えを請えば、あるいはわたし自身の手であの何かにもう一度会えるかもしれないと、そう思いました」
それが、彼女が今回の講習会を受けた理由か。
マルクスは一度小さく頷いてから感想を口にした。
「なんだ、立派な理由じゃないか。きっとさっき召喚された火の精霊はその時に結んだ縁できてくれたんだよ(無根拠)」
「そんな……。確かに、何かの拍子でちっちゃな精霊を呼べればいいかなって気持ちで講習を受けましてけど、でも別に上手くいかなくてもよかった。駄目なら駄目で故郷に戻って、両親のように田畑を耕して生きていこうって。それなのにこんなことになってしまうなんて思わなくて。
それに、わたしが召喚したのはあの時炎の中にいた“何か”じゃない。あの時はもっと優しくて、熱さではなく温かい空気が満ちていた。あんなやつは違います、あんな荒々しくて熱苦しいだけの精霊じゃありません!」
卑屈そうにそう語るティファレッテに、マルクスが応える。
「あんなやつて……。まぁ、いきなりのことで戸惑う気持ちも分かる。けど、せっかくこれだけの成果をあげられたのならそれは自信に繋げるべきだ。これは紛れもなく君の力なんだからもっと有効に使う方がいい。もっと胸を張っていいんだよ」
そう。なんであれティファレッテは他の連中がぎょっとするほどの強大な精霊を召喚することができた。それは紛れもなく彼女の才能によるものだ。それを否定するなんてもったいない。
その言葉には、魔術師としての才能に恵まれず十年間成果をあげられずにいたマルクス自身の、ある種の嫉妬のようなものもあった。
「そう、ですか?」
戸惑いながら聞き返すティファレッテに対し、マルクスは念を押すように頷く。
「それに、《恋人》の人だってこれからもいろいろ教える機会を用意してくれるって話だったじゃないか。ああいう人達もどんどん頼っていけばいい。プロに頼るのはいいぞ~、俺だって現在進行系で医師の先生方におんぶにだっこなんだから。―――っていうか実際問題俺達じゃなくてあっちに話しようよこういうのは」
ごもっともな発言である。もともとティファレッタも本場の召喚士に頼るつもりで魔術都市にきたのだ。要はその原点に立ち返ってしまえばいい。
彼女もようやく、少しは前向きになれたらしい。その声音からは少し元気を取り戻したように感じられる。
「そうですね、確かにそれもそうですね。分かりました、今度イェソド様にもう一度直に会って相談できないか試してみます!」
「そうそう。それに、さっきのサラマンダーだって君のことを認めて呼び出されたんだろ。自分の精霊は自分でちゃんと信頼してあげた方がいいと俺は思うけどなぁ。
かくいう自分は精霊を召喚できてない分際でこんなこと言うのもなんだけど」
と、マルクスがそんなことを口にした瞬間。礼賛広場に突如として凄まじい熱気が立ち込めてきた。
これは、あの時と同じだ。周囲がにわかにざわめく中、ティファレッテの隣に炎を吹き上げる人型の蜥蜴が再び現れた。その威厳を讃えた声で、マルクスの方を悠然と見下しながら言う。
「そこな小僧、所詮は取るに足らぬ些末なヒトだと思っておったが、存外言うではないではないか」
続けて、自らの召喚者であるティファレッテの方に視線を向ける。
「汝のその体たらく、我を呼び出した身の上として情けないとは思わぬのか」
立ち込める熱風を間近で浴びたオウルと、その隣にいた“未定ちゃん”が揃って悲鳴をあげた。
「あっつ!」
「びゃー!死にますわ!」
ティファレッテが慌てて現れた火の精をなだめる。
「分かってるよ!わたしだって事実は事実として受け入れる。だからあなたももうちょっと自分の力の抑え方ぐらい身につけて、わたしが頭を抱える理由をなんだと思ってるの!」
「ふははは!」
火精はただ笑声を返すばかりだ。それを眺めながら、身体中から汗をだらだら流しながらマルクスが言う。
「案外仲良さそうじゃないか。その様子だと上手くやっていけると思うよ」
「そ、そうですか?」
「だからとりあえずこの熱いのをまずなんとかしようね……」
「だってさ!後であなたともちゃんと話をするから、今はちょっと下がってて!」
きっぱりと言い放つ栗毛の少女。そこまで言われてようやく火精の方も聞き入れたようだ。
「ふん。そうだ、そうやって傲岸不遜に命じればよいのだ。でなければ我が召喚主たる資格もなし」
「い・い・か・ら、下がって!」
「ふはははははは!」
再び高らかな笑い声をあげた後、炎の塊のような精霊は再び空中に溶け込むように消え失せた。
一時の嵐のような熱気が去っても、礼賛広場のざわめきは収まらない。このままここにいるとちょっとした騒ぎにまで発展しそうだ。
それを察したのか、ティファレッテは早々にこの場から去ろうと立ち上がった。
「マルクスさんとお話して、少し気が落ち着きました。相変わらずわたしにはどうしたらいいかは分からないけど、イェソド様にご教授してもらえれば、あいつもなんとかできるようになるはずです。
わたし、がんばってみます!」
「あ、あぁ。それならよかった。実際のところ俺なんにもしてないけど」
「いえ、ありがとうございました。ご縁があればまたお会いしましょう!」
そう別れの挨拶を言い残して、ティファレッテはそそくさとこの場から離れていった。
その足取りは確かに軽やかそうだ。




