36.いいとこのお嬢さんと仲良くなる隅に置けない男。
遅れて、オウルとザイーネも玄関先にやってきた。ザイーネもまた訪問者の姿を見てマルクスに聞く。
「どちら様ですか?」
「あぁ。いや、実はいうとこの前の事件からゲブラー先生のところで何度か勉強する機会をもらえてね。あの人はとはまた別なんだがプロの医師から直々にレクチャーを受けていたんだ。で、その縁で患者さんをひとり紹介してもらって、治療する機会ができたのさ。
これがその患者さん」
クロウリー卿と呼ばれた紳士が、
「その折はありがとうございました。今回はそのお礼にきたのです」と丁寧に礼をする。
それに続いて少女のアレイスティアもぺこりと頭を下げて言った。
「今日にもここを出発するから、もう一度ひと目先生のお顔を見たくて」
「あぁ、そういうことか。わざわざありがとう」
「先生のおかげで、こうやって立って歩くことができるようになったんです。ほら、この脚だって―――」
言いながらアレイスティアは長いスカートの裾をまくりあげて、その奥に隠れた素足を見せつけようとした。思わずマルクスの顔が赤くなる。
それを慌ててクロウリー卿が止める。
「こ、こらやめなさいこんなところで!まったく我が娘ながらはしたないやつだ。はしゃぎすぎだろう」
「い、いやぁ、ははは。でもお気持ちは分かります。先天性の神経異常により、生まれつき両脚が動かなかった。この歳になるまで自分の脚で歩くこともできないというのは、こちらには計り知ることもできない程の辛さがあったでしょう。
神経組織を移植することで治療できたのはよかった。その後のリハビリも、ゲブラー医院の先生方の協力のおかげで順調に進みましたし、お嬢さんにとっては今が一番嬉しい時なんですよ」
そんなマルクスの声に、クロウリーの眼にはじわりと涙が浮かんでいた。
「……いや、本当に。先生方にはどれだけお礼を申し上げても足りません。これが、魔術というものの恩恵なのですね」
「正しくは、その中の生体錬成術という分野です。でも、本当によかった。アレイスティアさんも、初めて見た時に比べてずっと明るい顔になりました。自分としても、そういう顔を見るとこの道を志した意味というものが見いだせる気がします」
そうしてマルクスは、アレイスティアの頭を撫でた。少女の顔はみるみる紅潮し、さながら茹で上がったタコのようになった。
それにテトさんが青天の霹靂どころか、空から隕石が五百個ぐらい降ってきたような顔になった。
「……!」
声にならない叫びをあげるテトさんをよそに、恥ずかしがるアレイスティアを不思議そうに見るマルクス。
「どうかしたのか、アレイスティア?」
と、クロウリーが気恥ずかしそうに頬を掻きながら言う。
「その。この際なので気負うこともなくはっきりとお話しようと思うのですが、一国の領主の娘があろうことか半身不随とあっては、婿の貰い手などもなく今まで苦労していたのです。このまま家系が断絶するか、あるいは養子を迎え入れるようものかと思案していたところ、魔術都市の存在を知りました。すがる思いでここを訪れたところ、先生が見事に治療してくださったのです」
「そのご事情、お察しします」
「え~、それでなんですが。娘はどうやら先生のことを大変慕っているようなのです。それで、これはあくまでほんの提案なのですが、もしよろしければ、その、……この娘を貰ってやってはくれませんでしょうか?」
「クァァッ!!」
テトさんが突然、奇声を発しながら白目を剥いて卒倒した。ザイーネが慌てて駆け寄る。
「あぁもう、なにいきなり倒れてるんですか。邪魔だから私達は引っ込んでますよ」
そのままずるずると彼女の身体を引っ張って、家の奥へと戻っていく。
とりあえず、話を戻すか。
クロウリーからの申し出に、アレイスティアの頭頂部から水蒸気が出てくる。このままでは血液が沸騰して死んでしまいそうだ。
が、マルクスはこの申し出を丁重に断った。
「いえ。それを決めるのはまだ尚早でしょう。お嬢さんはまだお若い。その青春は始まったばかりなのです。なにせ自分ですら三十四という齢になってようやく魔術師としての一歩を踏み出したところです。彼女にはまだまだ未来があります、これからもっといい男性がいくらでも見つかるでしょう。
なにせアレイスティアさんは可憐で聡明な方です。心身ともに健康となったら、いくらでも縁談の申し出などあるでしょう。そりゃあもう入れ食い状態です」
マルクスの言葉がツボに入ったのだろうか。アレイスティアが突然豪快に吹き出した。
「ぶっふwww入れ食いってそんな、釣りじゃあるまいし……っ」
「ま、まぁそういうわけなんで。これからはこちらのことなど気にせず、自分の人生を謳歌して欲しい。あ、ですが定期的な診察はした方がいい。年に一回はまた魔術都市にきてください。自分でなくとも、ゲブラー医院の先生方が診てくださるはずです」
それに、アレイスティアが元気よく返事する。
「はい!また来ます」
と、オウルが続く。マルクスの治療が続く間、彼女もアレイスティアとは仲良くしていた。
「次に会った時には、もっと走り回れるようになってるといいね!馬ぐらいの速さで!」
「いやwwwそれはwwむりwww馬ってwwwwww」
またしてもアレイスティアが腹を抱えて爆笑する。紛いなりにもいいとこのお嬢様がこんな姿見せていいのだろうか。娘の醜態に呆れ顔のクロウリーが、気を取り直して、
「こんな娘に、本当に縁談など来るのだろうか……。ひとまず、あまりそう長くはここに滞在することもできない。私達はもういきます。何か形あるものでお礼をしたかったのですが、本当に申し訳ない。後日なんらかの方法でそちらにお送りします」
「いいんですよ。治療の報酬そのものは受け取ったんだから」
「個人的な好意による贈り物です。近い内に必ずお渡ししますから、どうか受け取ってください」
「はあ」
そのままクロウリー達は去っていった。ほんの挨拶をしただけだったが、まぁ仕方がないだろう。なにせ彼は某国の国土の一部を管理する領主だというのだから、やるべきことなどごまんとあるのだ。
アレイスティアが両脚ですたすたと歩き、
「また来ますから!一年後、いいえもう半年後にでも!っていうかもう行きたくなったらすぐ行きます!」と手を振り去っていくのを、オウルと共に見守る。
その姿が、家の外に待機していた護衛らしき者達と合流しそのまま見えなくなったところで、マルクスは扉を閉めた。
「いやぁ、でも本当によかった。なにせ人を相手にした施術はあれが初めてだったんだから緊張した。上手くいってこちらとしても助かったよ。まぁ、末梢神経の先天性の異形成だけで他の組織は常人と同じに成長していたから、治療そのものはそう難しくはなかったけどな。
ゲブラー医院の先生もその辺はよく考えてくれてる。俺でも治療できるような簡単な患者さんを紹介してきたんだからさ。おかげで自信もついた。ホントプロの医師サマサマだ」
当時のことを思い出しながら語るマルクスに、オウルがにやにやしながら返す。
「でもよかったの?せっかくいい話があったのにさ。あれ受けてればマルクスは晴れてお偉いさんのお婿さんだったんだよ?あんなかわいい女の子をはべらせてさ」
「いいんだよ。そうしたら魔術都市から離れなくちゃいけなくなる。俺は魔術師だ、ここにいたい。だから断った。
まったく、俺のホムンクルスが随分と下卑た考えをするようになったもんだ。どこでそんな発想身につけた、俺に隠れて娼館にでも通ったりしてないよな?」
「(無言)」
「な、なんでそこで黙るの?」
まぁとにかく。研究室に戻るか。
マルクス達が戻ってくるなり、気を取り戻したテトさんの絶叫がこだました。
「なんださっきのはァ!このアタシも知らない間に何をしていたんだ!お前は誰だァ!!」
「『お前は誰だ』って俺はマルクスですけど!?」
「マルクスごときがふざけるなァ!」
「なんなのこのひと」




