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35.魔術師十人狂気も十色。



        ※



「さて、オウル。この世界のあらゆる事象は五つの属性に分けられており、我々魔術師はそれらを便宜上魔力と呼称して行使している。その属性が何であるかは分かっているわね」


 ゴーレム暴走事件のほとぼりはあっという間に消え、数日もすれば魔術都市にはいつもどおりの日常が戻ってきた。


 新しくなったマルクスの研究室にて、机の前に隣り合って座りながらオウルとテトさんの二人が話をしている。机の上には、いくつかの魔導書が開かれていた。

 約束通り、彼女に魔術の教えてくれているのだ。

 テトさんからの問いかけに、オウルが応える。


「“火”、“水”、“風”、“地”に―――あと“金”」

「そう。それでは、これらの属性を使って“雷”を作ってみなさい」

「……あれ?どうやって雷なんて作ればいいんだ?雷属性なんてないよ!」


「そうね、雷属性の魔力は存在しない。仮にあるとしても、現在の五元素行使術においては確認されていないの。だから単一の属性で簡単に発生させることはできないわ。

 でもこの世には落雷という現象が確かに存在する。存在するものなら、魔力を使って再現できるはず。それが魔術の原理であり原則なのよ」


 テトさんは懇切丁寧に基本からオウルに教えてくれていた。彼女のような癇癪かんしゃく持ちに教師が務まるのかとマルクスとしては不安だったのだが、これが案外上手くいくのだ。自分より知識の下の人間を相手にする時は、優越感に浸って上機嫌になりその分余裕も増える。

 テトさんとはそういう人間なのだ。

 彼女は説明を続ける。


「魔力というのはそれぞれの属性において、多面的な解釈ができるもの。水にしたって、ただ流れるだけじゃない。そして火の属性も、単に炎がメラメラ燃えるだけじゃない。つまりは“熱”を操るのよ。例えば水の魔力で産み出した水から熱を奪い去れば……」

「冷やされて氷ができる」

「そう。魔術というのはなにも単一の属性を行使するものじゃない。いくつかの属性を組み合わせることで、この世のどんなものであろうと理論上は再現することができるのよ」

「へえ~」

「それじゃあ、今から雷を見せてあげるわ」


 そう言って、テトさんは手のひらを上に向けて眼前にかざして見せた。すると、その上に二つの小さな霧のようなものが、間隔を開けて上並びに浮かび上がってきた。


「水蒸気の中に、いくつかの氷の結晶浮かべている。そしてこれを風の魔力を使って高速でぶつけ合わせてみる」


 ほどなくして、二つ並んだ上側の霧の中でバチバチと何かが光り始めた。

 それを見たオウルが、「おぉ~」と歓声を上げる。


「ぶつかり合った氷は電荷を発生させ、それが霧の中に溜まっていく。そして電気っていうのは水のように高いところから低いところへ流れていくものでね、下の方の霧には何もしていないから、電荷も溜まっていない。とすると、どうなるか」

「そうか!」


 合点がいった様子でオウルが声をあげるのと、バチバチと光を漏らす小さな落雷からひときわ大きな光が下方へと奔ったのは同時だった。

 光はそのまま霧を突き破りテトさんの手のひらに接触した。


「痛ァ!か、加減を間違えた!いったぁ……っ」


 小さな雷にあてられた腕を押さえ、悶絶するテトさん。



 その姿を、離れた場所から眺めているマルクス。


「ああいう危険な実験は教え子にやらせず自分で実践してくれるんだから、テトさんってなんだかんだ言って律儀だよな」


 そうして彼女達の方から視線を外すと、眼前にある小さなケージの中に小指の先ほどの大きさの肉の塊を入れた。それに、四匹の小さな虫がもぞもぞと群がってきた。

 その姿を眺めるマルクスの傍らから、声が聞こえてきた。


「虫に肉をあげてるんですか?葉っぱとかじゃなくて?」


 ザイーネだ。彼女は別段目的があるわけでもなく、ただ遊びにきていた。


「あぁ、こいつは掻痒虫くすぐりむしと言ってな。人の皮膚を食い破って筋肉と神経を直接刺激する虫なんだ。なにせ人の皮を喰うんだから動物性のタンパク質が大好物。肉を餌とする贅沢な奴らさ」

「こ、これがオウルさんがこの前言ってた……」


 マルクスの説明に若干―――というか大分引いているザイーネ。


「もともとリラクゼーション効果のある一種のペットセラピー的用途で販売しようと思ってたんだが、試作段階では刺激が強すぎて下手したら死にかねない代物だったんだ。けど、ようやく実用段階まで調整ができたんで管理局に認可を貰って正式に売り始めた。

 そしたらこれが案外評判良くてさぁ。『見た目が可愛いから使わず飼ってる。繁殖出来るようにしてくれないか』って話も出てるんだ。そういう方向で品種改良するのも案外ありかもなぁ。まぁ、あまり大繁殖しないよう調整するのが大変そうなんだが……」


 饒舌に説明を続けるマルクスに、突然テトさんからの怒鳴り声が飛んできた。


「さっきから聞いてりゃ試作だ販売だ調節だ品種改良だって、そんなの生命への冒涜だわ!これだから生体錬成士って嫌いなのよ!」

「なんだ聞いてたのか?いいんだよぉ、そういう目的で生み出した生命なんだ。俺だって虐めて殺したりしないよう信用できる人にしか売ってない。可愛がられながら大好きな筋繊維や神経にかじりつけるんだからあいつらだって満足さ。

 そういう意味で言えば、この四匹にもそろそろ()()()()()()()()()()()()。二人ともどうだ?一回くすぐられてみる?」


 これにはさすがのザイーネも死んだ眼を浮かべる。


「お断りします。マルクスさんってやっぱりちょっと狂っていますよね」

「なに?でもザイーネだって、自分のゴーレムをバラバラに分解して整備してもう一度組み立てる時のむき出しになった内部構造とか見るの好きだろ?人型の物体がバラバラになってるわけだけど興奮するだろ?」

「それはもちろん」

「テトさんだって自分の魔術を所構わず誰彼構わずぶっ放したい欲求にかられるだろ?」

「もちろ……、んなわけないでしょ!(建前)」

「つまりそういうことなんだよ。魔術師はそれぞれの分野でそれぞれの欲求と快楽を見出すものなんだ!それが我々生体錬成士としては、他人様ひとさまをくすぐるのが大好きな虫を育てることだってだけさ」


 マルクスの言葉を否定しきれない二人。

 オウルから言わせてみれば、「ジブン(自分)からしたらみんな狂ってるなあ」と言ったところである。



 と、不意に来客を知らせる呼び鈴が鳴った。


「このアタシがいくわ」と、テトさんがすっくと立ち上がる。


「いや、ここの家主俺……」

「いいから。アンタみたいな変人に出迎えられたらお客さんもいい迷惑でしょう」

「(君も大概変人なんだよなぁ)」


 とにかく、ずかずかと玄関まで向かい扉を開ける。

 その先に待っていた者は。


「あの……」


 可憐な少女と、その後ろに立つ身なりの良さそうな紳士だった。


「……」


 固まるテトさんに、紳士が呼びかける。


「貴方は、マルクス先生のお知り合いですか?突然訪問して申し訳ない。先生はご在宅でしょうか」


「あ、あぁ~……。マルクスに、用事ね……」


 テトさんはうわ言のようにそう応え、この家の本来の家主を呼ぶために引き返そうとする。

 が、その寸前に驚愕にまみれた顔で再び訪問者の方へと向き直した。


「いやマルクス『せんせい』って誰ェー!?」


 叫び声を聞いたマルクスが慌てて飛び出してくる。


「だーから俺が行こうと思ってたのにー!

 あ、あぁ。これはこれはクロウリー卿!わざわざご足労いただきありがとうございます。アレイスティアさんも、その様子だと脚の調子は問題ないみたいですね」


 マルクスの顔を見た少女が、ぱっと笑顔を浮かべた。


「あ。はい!」


 そんな二人の顔を、点になった眼で交互に眺めるテトさん。


「え?

 ……へ?」

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