34.お家をリフォーム。
※
狭い路地裏の中、マルクスとオウルの歓声が響いた。
「おぉー!」
「すごぉーい!」
それを怒鳴り声で叱りつけるのは、大(?)魔術師のテトさんだ。
「こんなところで大声出すんじゃない!近所迷惑でしょうが!」
「(自分が一番うるさいんだよなぁ)」
「(自分が一番近所迷惑なんだよなぁ)」
彼らが驚いているのは、路地裏の中に建つ一軒の家に対してだった。他でもない、マルクスの我が家だ。しかしその外観は以前のボロボロのものとはどこか違っていた。
いや、どこかどころの話ではない。何もかもが違った。
先日のゴーレム暴走事件において、マルクスは逃亡しようとしていた騒動の犯人を捕らえるという働きを見せた。これはザイーネの機体を無力化した時以上の功績だ。それを評価されて、再び管理局から報奨金を受け取ったのである。その額はこれまでろくな収入もなかったマルクスとしては途方もないものだった。
あの騒動自体なんでも一部の命位持ち達が発案した演習だそうなので、謝礼を受け取るようなものではないと思うのだが。まぁ、演習なら演習でその最優秀選手賞みたいなものだと考えることとしよう。
ということでマルクスはさっそくその報酬を使い、何よりも優先すべき目標を達成することにした。自分とオウルが住まう家を、もっと快適にするのだ。建築専門の錬成士を数人雇い、今までの家屋は解体、そのまま同じ場所に新しい家を建て替えてもらった。
その成果がこれだった。
「魔力がエンチャントされた外壁は高度な防音、防熱機能がある。中は静かで夏も冬も気温が一定に保たれて快適、……って話だったな。しかも―――」
マルクスはさっそく真新しくなった我が家の扉を開き、オウルとテトさん共々中に入った。
「おおぉぉ~!」
再び歓声があがる。
扉をくぐった先に見えたのは居間だ。その空間は広く、魔力を利用した照明により日光が差し込まない路地裏の中にある建物だとは思えないほどに明るい。
家具も一新され、ところどころ穴が空き色あせた机は噛み付けばそのまま食えそうなほどにきれいな色になっている。以前はよく居間の狭さのせいで腹やら腰やらをぶつけてその度に悶絶していたものだが、今は周囲のスペースもたっぷりある。その心配は無用だろう。
というか、むしろやけに広すぎる。外からみた家の大きさから考えるに、この部屋の間取りは物理的にあり得ないのではないかとすら思えるほどだった。
「これが空間圧縮の魔術か。いや、こんなこと俺にはとてもできないなぁ」
部屋の中に空間を圧縮し、狭いスペースの中に本来ならばあり得ない広さの部屋を収容する。そういった魔術も存在するのだ。そして圧縮された空間は本来よりも小さくなっているので、言ってしまえば今ここにいるマルクス達の身体も小さく潰れてしまっているということになる。
そうなると少し空恐ろしくもなるが、そのおかげで広い部屋で羽根を伸ばすことができるのだから気にしないことにしよう。
快適になったのはここだけではない。
家の間取りそのものは以前と概ね変わらないが、寝室はオウルと分けられるように増設してもらった。新しいベッドは今までにないほどに柔らかくふかふかだ。
「まるで雲の上にいるみたいだ~」
ベッドの上でぼよんぼよんと飛び跳ねながら、そんなロマンチックなことを言うオウル。
それにテトさんが釘を刺すように言う。
「実際乗ったことあるの?雲の上に。っていうか雲って要するにただの水蒸気の塊よ?触れたら身体がビショビショになるだけだから」
「(いや言わなくていいじゃん俺も同じこと思ったけども)」
テトさんの手厳しい発言は置いておいて、なんと水を魔力で温めて風呂に浸かることもできるのだから有り難い。これまでは魔術都市内にある大衆浴場に通い詰めるばかりだったが、出費がなかなかバカにならない。それに、人混みにいることが苦手なマルクスとしては一人でゆっくり風呂に入れることがなによりありがたかった。
「さて、研究室の方はどうだ?」
次に研究室に向かう。魔術師としてはもっとも注目すべきところだろう。
扉を開けて中に入るなり、マルクスは満足げに鼻を鳴らした。
「んん~!これはいい!」
足の踏み場もない凄惨たる有様だった部屋が一度片付けられ、新築するついでにきれいに整頓されていた。開かれたまま乱雑に放置されていた魔導書は各分野ごとに本棚に分けられて保管され、どこに消えたのかも分からなかった魔道具も整理されている。
湿度や室温を一定に保つよう壁には魔術がエンチャントされており、物品の劣化も抑えられるだろう。
「いやぁ申し訳ないなテトさん。せっかく君が掃除してくれるって申し出てくれたのに、この分ではそれも必要なさそうだ」
「……あのねぇ。一応言っておくけど、環境っていうものは長期的に維持していくべきものなの。今整頓されてるからって、使用者がテキトウやらかすヤツだったらまた散らかりまくって前に逆戻りするだけだからね。この状態を保てるように意識しなくちゃいけないのよ。えぇ?その辺分かってるんでしょうねアンタわあ!」
「はい、おっしゃる通りですございます。いや、確かに以前の俺はいろいろと杜撰すぎた。優れた成果は優れた環境から。これからはもうちょっと魔術師としての自覚と節度を持つことにするよ」
なにせ、これから自分達は魔術師としてこの都市で暮らしていくのだ。十年越しの再出発。これはその第一歩であり、ちょっとした前祝いのようなものだ。
家屋はともかくとして土地となると金を持ってるだけでは難しい部分もあるし、これまで住んでいた場所から離れるのもどうにも寂しい気がしたので、立地だけはそのままにしておいた。
とはいえこの家ならばどこに建っていても関係ない。環境としてはこの上ないほどに上々だ。薄暗い路地裏にひっそりと建つ新築の屋敷。そしてそこから名を馳せる偉大な魔術師。
いやはや、壮大な話ではないか。
「さて、俄然やる気が出てきたぞ!」




