29.女魔術師拘束 ~煮るなり焼くなり好き放題......~
強烈な痺れそのものは一瞬だった。だがその余韻はいつまでも残り続けている。わけもわからぬまま小刻みに痙攣するばかりでまったく動けなくなった身体で、為す術もなくその場に倒れる女魔術師。一体何が起こったというのか。
その姿を見下ろしながら、マルクスもまた苦悶の表情を浮かべている。
生成した腕を移植したと言っても、そこにも神経は通わせていた。切り飛ばされれば当然痛い。しかも右足については移植したものではない、正真正銘の自分の脚なのだ。生まれたその時からずっと自分の身体に繋がっていたものが、今なくなっている。
それはとてつもない痛みと恐怖だった。
しかしまぁ、死ぬよりかはマシか。
「痛ててて、痛ってぇ!……あー、君がそういった知識に明るいかどうか知らないんで、そっちが無知だという前提で話をさせてもらうが。ぁいてて。
まず、この手足についてはまあ、俺が生体錬成師ならこれぐらいできて当然だということは分かるよな。こういう時に備えて、材料になるものはローブの中にずっと用意してあったんだ。で、次に。実は生物は電気を生み出すことができる。それは勿論、人間にしてもだ。痛みは神経に伝わる電気信号でしかないし、筋肉が収縮して手足が動くのも同様だ。
そこで、今君の末梢神経に直接電流を流すことで一時的に機能を麻痺させた。本来伝わるべきはずの電気信号を、バカにしてしまったのさ。この短剣には、接触した部分に電流を流す“発電器官”が備わっていてね。一部の魚類が持ってるようなものだ」
「お、……おの、れ」
「中枢神経系に近い視覚や聴覚は無事だし、そうやって声を発することもできる。ということで気の利いた台詞をもう一つ。
俺を魔術師ですらない紛い物だとか言ったな?その紛い物に負かされた気分はどうだ?俺は最高だよ、ざまァみろ」
と、遠くの方から聞くだけでほっとしそうな元気な声が聞こえてくる。
「創造主が立っていてもうひとりが倒れているということはそういうことだー!創造主~!」
オウルだ。どうやら彼女も無事に戦いを終えて戻ってきたらしい。
「ってキモォ!何か脚が生えてるキモい!」
「はっきり口に出されると傷つくからやめなさい……。こうでもしないと勝てそうになかったんだよ」
「うわぁ、しかも元の脚一本なくなってるじゃんご愁傷様」
「これをご愁傷様で済ませられるホムンクルスの身体が羨ましいよ。超痛いんだぞこれ?泣きたいよもお゛ぉ゛。泣いていい?」
「もう涙出てるんだよなぁ。とりあえず《キュアー》で出血を止めたげるね!」
「あーいいよ、傷口を塞ぐぐらいなら自分でできる。傷口に細胞を埋めわせればいいんだから。それよりもこいつを拘束しよう。麻痺が収まる前に身動きを封じないと」
「ほいきた!」
※
かくして女魔術師はオウルが土属性の魔術で生成した枷により、後ろ手に拘束された。
脚にも枷がしてあるので、立つこともままならないだろう。地面に座り込むしかない。
そのみっともない姿を見下ろしつつ、マルクスは拾ってきた自分の脚を付け直すことにした。
新たに外付けしたものも合わせて三本の脚で器用にバランスを取りつつ、魔力砲弾によりえぐられた断面が痛々しい右大腿を前に出す。
そうして両手で、先程までそこにくっついていた右膝を掴んでいた。
「よぉ~し。重ねて聞くがオウル、ちゃんと傷口は無菌状態にしてくれたよな?麻酔もしてるよな?」
「《エア・コンダクト》で空気を入れ替えて、神経を一時的に遮断している。問題ないはずだよ」
「よし、じゃあいくぞ?……い、いくぞ?」
「こういうのは怖がっちゃダメだよ思い切り行かなくちゃ!」
「ヌッ!」
オウルに後押しされ、マルクスは意を決して膝と大腿をくっつけた。
魔力弾により跡形もなく吹き飛んだ細胞を埋め合わせて、神経と血管を繋げる。理論上はこれで千切れた脚も治るはずだ。
「麻酔を解除してくれ」
「もうしてるよ」
マルクスが恐る恐る筋肉に命じてみる。脳から発せられた信号は脊椎から末梢神経を通り、そして……
ぴくぴくとつま先が動いた。
成功だ。
「お゛お゛~」
「お~」
思わず歓声をあげる二人。
「これですっかり元通り。ちょっとばかし出血したせいでどうにも気分が悪いが、まぁこの間あれだけ出血して死にかけたザイーネが今ピンピンしてるんだから、弱音を吐いちゃダメだよな」
なんにせよ、これでようやく本題に入れる。
マルクスは女魔術師の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。とはいえ、同じ目線に立ったぐらいのことで、拘束した者とされた者の絶対的な優位差が覆ることはないが。
「さて、別に君が誰でどこから来たかということを聞き出すつもりはない。俺が君にやってほしいことはただ一つだ。
術式を解除し、ゴーレムの暴走を止める。それだけだ」
それにオウルが付け足すように続く。
「ここに来る前に、野鳥がいたんで一匹使い魔にしておいた。今魔術都市を上から見てくれている。その視界は今も自分と共有してあるから、ゴーレムが止まればすぐに分かるし、暴走を続けていても分かる」
それはマルクスとしても初耳だった。くるりとオウルの方へ振り向く。
「えぇ、いつの間にそんなことしてたの?もうなんでもアリじゃないか」
「なんとなくやってみたら、なんかできた」
「言うと思った、定型文だなその発言はもう……」
改めて女魔術師の方へと向き直し、冷然と語りかけるマルクス。
「だそうだが、どうする?」
それに魔術師は、フードの奥から覗く口元から響く乾いた笑声を返事とした。
「はは。我が使命はあの腐りきった街、そしてそこに住まう異端者共をただひたすらに叩き潰し、すり潰し、自らの愚かさを思い知らせながら消去すること。決してやめるわけにはいかぬ」
「そうかい。それはそうと、そんなもので顔を隠さないでもらいたいねぇ」
マルクスは魔術師の顔を覆い隠すフードを掴み、強引に引き剥がした。面と向かって、眼を見て話をするためだ。
しかし、覆いが剥がされてあらわになったその顔は仮面によってさらに隠されていた。口だけは空いているようだが、目鼻が分からない。このような悪事を働こうというのだから、人相が分からないようにするのは当然か。
「そんな仮面も外して、きれいなお顔を見せてもらおうかな~。……うわ、魔術で固定してるのか?びくともしないっ!」
「出歯亀すんなってさ」
「別にそういうつもりじゃないよ!たとえこいつが絶世の美女だとしても、手心を加えるつもりはない」
「でも、『見逃したらいいことしてあ・げ・る』とか言われたら???」
「え、してくれるの?」
割と本気で悩むマルクス。
そこに、女魔術師の苛立った声が叩きつけられた。
「ふざけているのか!」
「いや、ふざけちゃいないさ。君がその気だっていうなら、こちらもそれ相応の手段というのを取らせてもらう」
「ふ。拷問でもするつもりか。やってみるがいい。私が術式を解除しなければ、ゴーレムは永久的に暴走を続ける。そしてこの身が死に果てれば、誰も術式は解除できない」
「そうかい」
魔術師の凄むような台詞は適当に聞き流しつつ、マルクスはズボンのポケットからビンを一本取り出しその蓋を開け、ピンセットを使い中から何かを取り出した。
それは、虫だった。爪切りで切った爪の残骸程度の大きさの小さな虫が、ピンセットの先でうねうねと身じろぎしていた。
「こいつを俺は、“掻痒虫”と名付けた」




