28.絵面としてあまりにキモすぎる決着。
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マルクスもまた、ひとり戦いを続けていた。
彼は今、岩と岩の間にある溝のような隙間にまるで野鼠のように身を隠していた。その様は被造物であるオウルの戦況と似ていたが、マルクスの置かれている状況は彼女よりも深刻だった。
なにせマルクスはオウルのように、溢れんばかりの才能でゴリ押しすることなど到底無理だからだ。そんな実力などない。
敵が装備した強化外骨格から放たれる魔力砲の砲撃は強力だ。《スケイル・ディフェンス》で何発か防ぐことはできても、そこから敵の懐に入り込むことができず、こうやって死角に身を隠しながら逃げ回るしかない。
せめて後もう一手、何らかの策を講じる必要がある。
身を隠している溝の向こうから、あざ笑うような女の声が聞こえる。
「潔く出てくるがいい、我が手を煩わせるな。戦わずして、何のためにここに来たというのだ?」
「……」
返事をするわけにはいかない。どうやら向こうは一時こちらを見失ったようだ。このような身を隠せる溝はいたるところにあり、さながら天然の塹壕となっていた。その中を縫うように進むことで相手をやり過ごすことができたのだ。
だから今、挑発してあぶり出そうとしている。せいぜい好きに言わせておけばいいだろう。
「貴様のような凡愚が、魔術師を名乗る。これこそが今のこの世界の歪みだ。魔術というものが、あらゆる者から軽んじられている。崇高であるはずの神秘の御業が、今や大衆に消費される俗事に堕してしまっている。こんなことはあってはならない。我らの使命は、貴様ら異端者を糺し世界をあるべき姿に正すことである。
凡愚よ。魔術師ですらない紛い物よ。この粛清を受け入れよ」
「(『我々』……?)」
もしや、ヤツは自分達の正体を白状しようとしている?だとしたら間抜けなことだ。
『我々』ということは、あの女は何らかの集団、あるいは組織に所属しているということ。個人でこの騒動を引き起こしたわけではないのだ。
なら、その組織というのは一体なんなのか……。
それは今考えることではないだろう。
ヤツの挑発に乗るわけではないが、そろそろこの状況をなんとかしなければいけない。
「(このままずっと隠れてやり過ごそうとしたら、それこそ探すのも飽きた敵に逃げられてしまうだけだ。それじゃ本末転倒、どこかで打って出ないと)」
不意に、手足がかすかに震えてきたことに気づいた。
一歩踏み間違えれば、選択を誤れば最悪死ぬ。その現実に無意識が恐れをなしているのだ。
こんなことではダメだ。
「(なにを震えてるんだよ俺の身体は!……おい。おい、今『やっぱ戦うのやめときゃよかった』とか思ったか?
ふざけるなバカ!こんなのオウルに見られたら笑われるぞ。ましてやこのままヤツをむざむざ逃しでもしたら、テトさんとヘッツ―――だったっけ?―――に何を言われることやら)」
そう、オウルだ。彼女のことを考えろ。
「(あの子だって今戦っている。まぁオウルのことだからきっと勝つだろう。あの子が戻ってきた時に堂々と胸を張って迎え入れるのが、創造主である俺の義務だろうが。なにをこんなところでコソコソ隠れている!)」
それに、
「(なに、方法なら一つあるさ。要はそれを実行する勇気が出せるかどうかだけ。かなり痛いし気持ち悪いだろう。だがな、俺は生体錬成師。他人様にすることを自分に出来ないわけがない。
……あぁもう、御託並べてないでいいから行けよほら!最終的にはオウルがなんとかしてくれるさ、自分の創造物にもう全部押し付けちまえ!)」
最早半ばヤケクソだった。だが、思考そのものは冷静だ。勝機はある。
マルクスは意を決して、物陰から身を乗り出した。
そうして《スケイル・ディフェンス》と《ボーン・ブレード》を構え、前方よりこちらににじり寄っていた敵魔術師に向けて距離を詰める。
その姿は、相手からすれば無策な突撃にしか見えなかった。
「ようやく死ぬ気になったか」
《スケイル・ディフェンス》による防御は確かに強力ではある。
だが、盾そのものが身体全体を覆い隠せるほど巨大なわけではない。守りきれず露出している部分はいくらでもある。
要はそこを狙えばいいのだ。
外骨格の篭手から放たれた魔力砲弾。数発放たれたそれらはまっすぐにマルクスの足元へと向かって飛び、彼の右膝を穴だらけにしてそのまま大腿から下を引きちぎった。
後はこのまま体勢を崩して盛大に転倒するだけだ。そこにすかさずトドメを刺せば終わり。
あっけないものだ。
―――否。
「あ?」
「おああああああああああ!!」
女魔術師の素っ頓狂な声とマルクスの雄叫びが同時に響く。
おかしい。
なぜ転ばない。というかなぜ片足を失ってなお大きく跳躍してさらに距離を詰めてくるのか。
気がついた時には、大きく前方跳んだマルクスの身体が女魔術師の眼前にまで迫っていた。彼の右手に握られる《ボーン・ブレード》が大きく振り上げられ、今まさに切りつけられんとしていた。
が、そんなことを許すわけがない。
「ふざけるなッ!」
すかさず狙いを定めて魔力弾を発射。今度は斬撃を放たんとする右腕を撃ち抜いて吹き飛ばしてやった。持っていた剣ごとだ。
これでもう、攻撃する手段はなくなった。たとえ近づいたところでどうにも、
「へ?」
―――だからなぜなのだ。
なぜ今しがた剣ごと腕を吹き飛ばしたのに、腹に刃が刺さっているのだ。
マルクスと女魔術師の身体が重なり合うようにぶつかり、魔術師の腹部には手のひら程度の長さの短剣の刃が突き刺さっていた。
その刃の柄には、今しがた吹き飛ばしてやったはずの右腕が繋がっていた。そしてその右腕は、袖が破れたことでローブが脱げあらわになったマルクスの肩に、確かに繋がっていた。
そこでようやく女魔術師には何が起こったのか分かった。
つまるところ、増やしたのだ。
マルクスは生体錬成により腕を一本作り出し、それを自らの身体に移植した。今しがた撃ち抜かれたのはその移植した方の腕であって、本来の右腕はローブの陰に隠していたのだ。短剣と共に。
脚にしても同じだ。マルクスの後ろ腰のあたりから、猛禽類のそれを彷彿とさせる長い二本の脚が伸び、千切れ飛んだ右足の代わりに地面を踏みしめていた。
形の違う三本の脚が身体から生えているその姿は、冒涜的なまでに薄気味悪い。絵面としてあまりにキモすぎる。
「しまったっ!」
完全に油断した。こんな奥の手を持っているとは予想外だった。まったくもって相手のことを甘く見積もりすぎていた。というかこんなことが出来るのなら最初からやってくれれば、こちらとていろいろ警戒することができたものを。
とにかく、この短剣だけでも引き抜いて一旦距離を置かねば。
―――その瞬間だった。
それは痺れだった。とてつもない痺れが女魔術師の全身を駆け巡り、動こうとする身体を縛り付けた。
「 ぎ あ ! ? 」




