25.荒涼たる山岳に敵影が見えちゃった。
「跳ぶからしっかり掴まっててね!」
「よし、行ってくれ!」
オウルに言われた時にはすでに、マルクスは彼女の身体にがっしりとしがみついていた。はたから見れば、幼い少女におっさんが抱きついているようにしか見えない。犯罪である。
が、これからのことを考えると、体面など気にせず必死になってしがみつかなければ。
「むっ!」
次の瞬間、オウルは勢いよく地面を蹴り、その身体がしがみつくマルクスごと高々と跳び上がった。
「ひゃああ~~!」
創造主の素っ頓狂な悲鳴が響く。そのままオウルは物見塔に向かって真っ直ぐに跳ぶが、
「砲撃が来る!」
マルクスの叫び。
防壁上で暴走している防衛用ゴーレムが再度魔力砲を放ってきたらしい。白い光の塊のようなものがいくつか飛来してくる。魔力を圧縮した砲弾だ。石造りの建物であろうと粉々に粉砕する威力がある。あんなものが直撃すれば、人の身体などジャムになって飛び散ってしまうだろう。
それが一発、オウルと激突する軌道を描いている。このままでは命中してしまう。
が、彼女はそれを回避しようとしない。
「《プロテクション》!」
そう唱えると同時に前方に魔力による結界が展開され、それが魔力砲弾を受け止めた。見えない壁に当たった光の塊が弾け、圧縮された魔力を一瞬で拡散させていく。
オウル達にはダメージはない。
「さすがは我が創造物!」
振り落とされまいと必死にオウルの身体にしがみつきながら、マルクスが声を上げる。
そうしてそれから数秒もしない内に、摩天楼がごとき物見塔が目前にまで迫ってきた。
そのままオウルは、視界確保のための窓をくぐって中へと滑り込む。
彼女達が入ったのは、ちょうど物見塔のメインとなる区画。実際に周囲の監視を行う場所のようだ。
開けた空間の中央に大きな球形の物体が緩やかに回転しているのが見える。これこそが、魔術による自動遠隔視を行うための装置だ。このくるくる回る球が、侵入者を察知する魔術都市の眼となる。
「よし。これを借りよう。創造主は離れて、いつまでも抱きついてるとみっともないよ」
「わ、分かってる。生命が最優先だろ、死にたくなかったんだよ」
物見塔に着地してもまだしがみついていた創造主を離れさせてから、オウルは遠隔視装置に歩み寄り、先程ゴーレムにやったのと同じようにその表面に手を触れた。
そうすることで、装置が取得する情報を共有する―――つまり、視覚を横取りするのである。
オウルの頭の中に、一瞬にして魔術都市の全景が流し込まれてくる。それだけではない、都市の外の景色もだ。
後はこのまま全てを見渡して、先程検知した魔力と同じものを発するところがないか探すだけだ。
見つかった。
オウルが声をあげる。
「やった、成功だ!暴走術式に残った魔力と、一致する術士を見つけた。十中八九こいつが犯人!」
「さすがは我が創造物!本日二度目!
で、どこにいる?」
「都市の外。早々に街から逃げ出したのか、元々外から術式を発動したのか。
なんにせよ、物見塔の監視範囲ギリギリの場所だよ。このままじゃ見失うかも!」
「ならすぐに追おう、もう一度ジャンプだ!」
「今度はさっきより遠いよ、大丈夫?」
「まぁもしもの事が起きたらその時はその時だ。被造物をひとり残して旅立つ不肖な魔術師を許してくれ」
「許すかどうかはあの世の天使様の判断にでも任せる」
犯人を見つけたのなら、足踏みしている場合ではない。すぐさまオウルは物見塔から再び跳躍し、発見した地点へと向かった。
今しがたそれらしいことを言ったそばから、マルクスの悲鳴は先程までよりも大きかった。
視界の端、下の方をまたたく間に流れていく魔術都市の町並みはひどく小さく、現実味を感じない。自分が生きている世界が、あっという間に遠くに行っていくのがマルクスには見えた。
続けて彼の視界に映ったのは、赤茶けた岩の塊を無造作に並べたような、荒涼とした山岳地帯だった。言うまでもなく、魔術都市はこの中に存在している。
周囲に森や川の類はなく、せいぜい背の低い植物が絨毯のように生い茂っているだけだ。
切り立った山の数々は侵入者を拒み、仮に足を踏み入れた者がいたとしても文字通りふるい落としてしまうことだろう。
確かにこのような立地なら、姿隠しの魔術を使えばそう簡単に見つかることはないはずだ。今でこそ周辺の区画が整備され訪問者を受け入れられるだけの交通網も敷かれたが、それまでは長い歳月に渡ってあの魔術都市は未踏の領域であり続けてきた。
今その山岳の中を、オウル(とマルクス)が跳ぶ。
向かう先は、今回の騒動を引き起こした張本人。ヤツの首根っこをつかめる場所だ。
二人が山肌に勢いよく着地する。跳躍による加速は凄まじい衝撃となりオウルの全身を伝う。が、彼女の身体は生半可な人間のそれよりも頑丈だ。これしきのことではヒビも入らない。
―――入ったら怖いが。
「創造主、死んでない?」
振り落とされなかったのはよかったが、今の衝撃で身体がぐちゃぐちゃになってしまっては本末転倒だ。
が、その心配は無用のようだ。
「お、俺はいいから。オウル、ヤツが見えるか?」
「見えるもなにも、すぐそこだよ」
マルクスに促され、オウルが前方に眼を向ける。
そこには黒いローブを全身を覆い隠すようにまとった、一つの人影が見えた。最早疑う余地もないだろう。あれこそがこちらがやっつけて捕まえるべき、敵だ。
突如流星のごとく飛んできたオウル達の姿を見たその人影が、静かな声を発する。
女の声だ。
「よもやここに辿り着く者がいようとは。とはいえ」
そう言いながら、女はゆっくりとローブに隠れた右腕を上げる。そうして、マルクスの方を指差した。
「―――驚くまでもない」
それと同時に、オウルがマルクスの身体を押してその場から引き離した。
「創造主!」
その次の瞬間には、オウルの姿にまた別の影が覆いかぶさっていた。
ゴーレムだ。
一体のゴーレムがオウルに(正しくはマルクスを狙って)体当たりをしたのだ。しかしそのサイズは、魔術都市で一般的に運用されている大型のものよりも小さい。せいぜいマルクスより10cmそこら背が高いだけだ。
しかしそんな小さなゴーレムが、ぶつかった自らの身体ごとオウルを吹き飛ばした。彼女の身体がみるみる内に遠くへと吸い込まれていき、デコボコした山肌の影へと見えなくなった。
途中、彼女の大声がマルクスの鼓膜を震わせる。
「創造主気をつけてーー!!」




