21.獅子身中の虫って言いたかっただけだろ。
マルクス達はザイーネを居間に招き入れ、もらった差し入れを早速いただきつつ彼女から詳しい事情を聞くことにした。
テーブルの前に座り、彼女が切り分けてくれたメロンをオウルがモニュモニュと頬張っている脇で、ザイーネは語り始めた。
「先ほどの通り、先のゴーレム暴走の原因は管理局が施す強制停止の術式にあったのです」
それにテトさんが続く。
「でも、そもそもゴーレムを止めるための術式が逆に暴走を起こさせるとかおかしな話じゃない」
ごもっともな意見だ。テトさんは物体錬成、とりわけゴーレムに関する知識には疎いが、これぐらいのことは簡単に考えつく。
それにザイーネが応える。
「それが、あの騒動の後管理局がコアを調査したところ、術式がまったく別のものに変わってしまっていたんです。外部から書き換えられたというレベルじゃない、もっと根本的な部分からすげ替えられたように」
「それって結局、アンタがそれをやった犯人ってことならない?自分のゴーレムなんだからそりゃ自分で細工する余地なんていくらでもあるでしょ」
さすがテトさんは他人に厳しい。―――これで自分にも厳しければいいのだが。
未だにザイーネのことを疑っているのだ。
それを承知した上で、彼女はその問いにも応える。
「管理局だって、私のような凡百な魔術師に出し抜かれるほど甘くありません。向こうの発行する術式はそう簡単には書き換え、抜き取りができないように厳重にロックされています。それなのにこんな不具合が生じたとあっては、それこそ管理局の責任問題になりかねません。私が釈放されたのにはそういう理由もあるんです」
それに、今度はマルクスが返す。
「でも、現にその不具合が起きた。管理局はまんまとどこかの誰かさんに出し抜かれたわけだ。その誰かさんが誰か?ということだな」
「はい。でも、こんなことを言っても仕方がないとは思うのですが、私は別に怪しい人物と会った記憶はないしゴーレムに触れさせた記憶もありません。術式に細工をされたとして、思い当たる節がないんです。
それについこの間管理局所属の技師にゴーレムを点検してもらいましたが、その時には何の異常も見つからなかったんです」
その言葉を聞いた途端、オウルがメロンで頬を膨らませたまま、「んー!」と声を上げザイーネの方をビッ、と指差した。
「え?」
突然のことに呆気にとられるザイーネ。
食べかけのメロンを飲み込んでから、オウルは続ける。
「いや、明らかにそいつ怪しいじゃん」
それにマルクスも続く。
「これはさすがに俺にも分かったぞ。その技師とやらが第一容疑者、というか十中八九犯人じゃないか。そいつが緊急停止用の術式を別のものに入れ替えたんだ」
それを聞いたザイーネの顔がにわかに青白くなる。『まさか』と言った様子だ。
「え、……え?
で、ですがその人は、ゴーレム開発局の最高責任者が直々にスカウトして連れてきたという人員なんですよ?技術も確かということで、ゴーレム設計士の多くは信頼して機体の点検を任せているんです。都市防衛用のゴーレムも定期的に見回ってくれていて―――」
言っている途中からザイーネは事の深刻さに気づき、眼を見開きこの世の終わりのような表情になった。
それはマルクス達にしても同じだ。
「それ、マジか?だったらその最高責任者とやらに人を見る目がなかったのか、最悪そいつと同罪ってことじゃないか!あのな、ホントに悪い人間っていうのは自分を怪しく見せない方法ってのを熟知してるものなんだよ。
これはとんでもないことになったかもしれないぞ。もし本当にその技師が犯人なら、ヤツは我が物顔で都市中のゴーレムをいじくり回してることになる。『獅子身中の虫』ってヤツじゃないか!管理局はこのことを知ってるのか?」
「分かりません。なにせ昨日の今日のことだから管理局も気づいているかもしれないし、気づいていないかもしれない」
遅れて事の重大さに気づいたらしいテトさんが、ガタリと椅子から立ち上がって叫んだ。
「なに呑気してるの!こうしちゃいられない、すぐに管理局に行ってこの事を伝えて、敵を探して捕まえないと」
それにはマルクスも同意見だった。
「そうだな、急がないと」
ザイーネも、動揺しながらも応える。
「は、はい!移動用のゴーレムを用意できます。すぐに出発しましょう」
と、そこにオウルが割り込んでくる。
「メロンがまだ残ってるよ!食べながら行っていい?」
相変わらず、微妙にズレた呑気な発言だ。
「傷んで捨てるのももったいないしな。こぼしちゃダメだぞ」
とにかくマルクス達はザイーネが用意した移動用のゴーレムに乗り、管理局へと向かった。
※
魔術都市の中央にある管理局。その一角に、ゴーレムの研究開発部門の開発室がある。ゴーレムの整備点検や量産型機体の改良のための試験などが日夜行われている、設計士にとっては聖地のような場所だ。
そこに一機のゴーレム―――大きな搭乗席から逆関節の脚部の伸びた、首なし鶏のような見た目の機体が許可もなく押し入ってきた。ザイーネの移動用ゴーレムだ。
彼らがやってきたのは、開発室内にある格納庫だった。広大な空間にいくつものゴーレムが鎮座する様は壮観で、見る者によっては興奮で震え上がるような光景だろう。
が、そこに突然無礼な闖入者が現れたとあっては、開発室内の人間としては捨て置けるわけもない。
一人の男が、怒声を浴びせながらマルクス達に詰め寄ってきた。
「貴様らァ!なんのつもりだ、ゴーレム設計の認可を剥奪されにでもきたのか!」
その声にマルクスは聞き覚えがあった。ついこの間聞いたばかりの声だ。
長い足を折りたたんで座り込んだゴーレムから降りつつ、彼は男に呼びかけた。
「君、本当に優秀ではあったんだな。開発室の職員になってるとは思わなかった」
「マルクス、だと?無能のお前が何故ここに」
そう、男は先日マルクスにあらぬ因縁をつけた末にオウルに引き倒された、あのゴーレム設計士だった。
彼は量産型ゴーレムのコンペティションに参加し、結果正式採用は逃したものの技術の一部を高く評価され、開発室の職員として採用されていたのだ。
「久しぶりだな、え~と―――」
「『誰だっけ』とでも言うんだろうが、馬鹿めが。先の一件では俺も名乗るのを忘れていたからな。
“ヘッツ”だ。次に忘れたらお前もそこのチビホムンクルスもまとめてここの雑巾にしてやる」
「チビ言うな!」




