13.激つよホムンクルスは腕の一本ぐらい溶けてもへっちゃら。
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一方、ゴーレムを追撃するオウル。
鋼の巨体がその右拳を振り下ろしてくる。オウルの細い腕がそれを受け止めた。明らかにスケール感が違うその拳に対してまるで針金のような腕だが、それでも完全に敵の攻撃を受けきっていた。
「んぬぬ……っ!」
とはいえ、いつまでもこうして固まっているわけにはいかない。彼女はそのまま身をかわし、拳を地面へと受け流した。
膨大な重量が衝突し、敷かれていた石畳が粉々に砕け路面が陥没する。
「これの修理だってタダじゃないってのに。早い内に止めないと!」
ひとまず、数歩後ろに引いてわずかに距離を取る。
全身の体重を使って倒れるように地面を殴打したゴーレムが、再びゆっくりと立ち上がる。その姿を見据えながら、オウルは考える。
「粉々に壊してしまえば止めるのは簡単。でも、それでいいのかどうか?創造主は最良の選択をしろと言った。じゃあ逆に、このような状況において一番やっちゃいけないことは何か?
それは、こんなことになった原因が分からなくなること!原型も留めないぐらい壊してしまうとそうなるからダメだ!」
どのような物事にも、それが発生した原因がある。事態の解決における最終段階とは、その原因を探り出し予防策を講じることだ。
ただ暴れるゴーレムを壊して止めただけでは最良とは言えない。後にいろいろと調査できるよう、ある程度形を残した上で機能だけを止めるべきだ。
「確かゴーレムには、稼働のための魔力と動作の命令が組み込まれた“コア”があるはず。今回の暴走の原因は多分そこにあるだろうから、まずコアを無傷で回収するのが最低条件。
さて、じゃあそのためにどうするか……」
立ち上がり体制を立て直したゴーレムが、再びオウルに襲いかかろうと動き出す。
そこにすかさず、
「《ウィンド・カッター》!」
オウルの発動した風属性の魔術。一度に二つ放たれた鋭い風の刃が、振り出されようとした両腕を根元から切断した。大(?)魔術師のテトさんが放った攻撃ではびくともしなかった装甲が、さながら豆腐のように切り裂かれたのだ。
魔術の成功率や精度に関わる“集中力”、その名の通り魔術を発動するためのエネルギーである“魔力”、魔力との相性を表す“適応性”。これらの値が大きければ大きいほど、結果的に同じ魔術でも威力も大きくなる。
それだけオウルの魔術師としての実力が桁違いということだ。たった一晩理論を学び初めてそれを実践した身でありながら、五元素行使の魔術をこれだけ高度に扱えるほどに。
「ごめんよ、その悪い腕だけは切らせてもらった!
んでもってー!」
腕が両断され、大きくよろめくゴーレム。その胸にあたる部分に目掛けてオウルは飛び込んだ。分厚い装甲に左手の指を食い込ませてしがみつく。
「強い魔力反応を感じる。そこだ!」
続けざま、残る右手の平を叩きつけるように押し当てる。その奥にあるのが、このゴーレムのコアだ。
「《ピンポイント・バーナー》!」
瞬間、装甲が凄まじい勢いで赤熱化、溶解を始め、勢いよく飛び散り始めた。鋼の巨人の胸から赤々とした溶けた鋼が吹き出す。それはさながら、勢いよく出血しているかのようだ。
手のひらを基点に火属性の魔力を一点に集中させ、とてつもない熱量で瞬時に焼き尽くす攻撃魔法。オウルが使えばその威力も絶大なものとなった。
みるみる内にゴーレムの装甲が焼かれていく。それに伴い吹き出す溶鉄が、彼女の身にも吹き付ける。体表面に防御用の結界魔術を張っているのでせいぜい右腕の皮膚が多少焼ける程度で済みそうだが、身につけている衣服はそうもいかない。先程まで着ていたカーディガンの右袖は、すでに跡形もなく消え失せてしまっている。
「こっちも折角買ってもらった服を台無しにするんだ。それに免じてそっちも大人しくしなさい!」
続けてオウルは、高熱で溶解される装甲の中にそのまま右腕を突っ込んだ。ゴーレムの内部を次々と焼きながら、ゆっくりと奥へ進めていく。
このまま装甲を溶かし、その奥に守られているコアを直接手で掴み引きずり出すのだ。
「あち、あちち!熱ぃ~!」
オウルが眼を >< ←こうしてあまり悲壮ではなさそうな悲鳴をあげる。
鉄か何かの合金か、それは知らないが、金属で作られているであろう装甲がドロドロに溶けるとなるとその温度は火山の火口のど真ん中に飛び込むようなものだろう。
そんな中に手を突っ込んで『熱ぃ』だけで済むわけがない。並の人間なら熱さによるショックだけで死にかねない。
これが、ホムンクルスという人造生命体の強みだった。ホムンクルスには人と同じように神経が存在するが、彼らはその機能を意図的に調節することができる。つまり自らの意思で、痛みをある程度まで遮断することが可能なのだ。そのため、結界でも防ぎきれない熱量に皮膚が焼かれて炭化し始めようがお構いなしに手を突っ込んでも平気ということだ。
これはホムンクルスである自分にしかやれないこと。だからこそオウルは迷わず、この方法を選択した。
「そろそろいいかな?うっかりコアまで焼いちゃったら敵わんからね。あっちぃ~!」
かなり奥まで腕が進んだ。もうそろそろコアまで届く頃合いである。
《ピンポイント・バーナー》を止め、突っ込む腕に力を込める。
そうして、開いた手のひらが何かに触れた。
「これか?これか!よぉ~し」
すぐさまその何かを掴み、勢いよく腕をゴーレムの胴体から引き抜く。
溶けた装甲をずるりと飛び散らせながら引き出されたそれは、半透明な球状の物体だった。おそらくはこれがこの機体のコアだろう。動力源を失ったゴーレムは、動きを完全に停止していた。
「やったー!うっかり焼いちゃったかもと思ったけど、無事みたいだ。さすがゴーレムの心臓部は頑丈!」
オウルが、右手に掴んだコアを高々と掲げる。
が、その瞬間。さながら萎びた植物の茎のように腕がぐにゃりと折れ、そのままドロドロと崩壊し始めた。高熱により細胞が焼けただれてしまったのだ。
そのまま崩れる腕からコアが零れ落ちそうになるところを、慌てて残った左手で受け止める。
「おっと……。 う わ あ 腕 が 溶 け た あ ! ?
あ~あ。身を守るための魔術に関してはまだまだ未熟か。まぁ、後で創造主に新しく付けてもらうからそれはいいか」
そのまま物言わぬ鉄塊となったゴーレムから飛び降り、静けさを取り戻した路地裏を駆け出す。マルクスの方に戻るためだ。
「創造主の方はどうなってるんだろう?」




