11.ぶっつけ本番でいきなりの大仕事。
かなりの威力の魔術を放ったはずなのだが、ゴーレムには何のダメージもないように見える。
「バ、バカ!ゴーレム風情がこんな!」
これは何かの偶然だ。
気を取り直してさらなる魔術による攻撃を繰り出す。火属性が無効なら、今度は別の属性を使うまでだ。
「《ハイドローリック・ウォーター》!」
水流を強い圧力で噴射する魔術だ。凄まじい勢いで放たれた水は、岩の一つや二つ程度ならば容易に砕く。
それを浴びせられたゴーレムの巨体が再びよろめく。
が、やはりダメージはない。それどころか、多少身じろぎこそすれ倒れてさえくれなかった。巨体に命中し弾き返された水流が周囲に飛び散り、散乱していた屋台の残骸や品物を押し流していく。このままでは、ゴーレムを倒す前にここら一帯が洪水になりかねない。
これでもダメだ。
「《ウィンド・カッター》!……《ランサー・ダート》!」
対象を切り裂く風属性の魔術や、土属性の魔術で形成した槍を撃ち出し立て続けに攻撃するが、やはり通用しない。せいぜいその無骨な装甲の表面をわずかに削り取る程度で、とても致命傷を与えられているようには思えなかった。
大(?)魔術師のテトさんの名誉のためにも説明しておくが、別に彼女が実際は大した実力もない素人などというわけではない。テトさんは実際優秀な魔術師であるし、彼女が放った魔術は一般的な量産型のゴーレムならば一撃で粉砕できるだけの威力はあった。
今回の相手が、異様に頑丈すぎるのだ。
「こ、このアタシが倒せない相手ですって!?なかなか強力なゴーレムだけど、それも制御できないなら意味ないでしょ!」
自分ではもう為す術がない。という事実を素直に受け入れたくないテトさんは、近くにいたこのゴーレムの設計士らしき魔術師であるザイーネに責任を押し付けることにした。
というか押し付ける以前にそもそもは彼女の責任であるのだから、当然の帰結ではある。
「アンタねぇ!自分で作ったゴーレムなら、自分でなんとかしなさいよ!」
身体をがしりと掴まれ乱暴に揺さぶられるザイーネだが、テトさんの言葉には返事を寄越さない。ただ、彼女の背後からゆっくりと接近するゴーレムの姿を呆然と眺めているだけだ。
相手に背を向けるなど愚の骨頂。テトさんにはそれが分かっていなかった。自分の周囲に影が落ち視界が暗くなったところで、彼女も遅れて接近するゴーレムに気がついた。
「やばい、こんなことしてる場合じゃなかった……!」
慌てて振り返るが、時すでに遅し。ゴーレムは右足を上げ、その巨大な足底をテトさんに向けていた。彼女の身体が半分近く埋まりそうなほどの巨大な足だ。それが今まさに、彼女を踏み潰そうとしていた。
悲鳴を上げる事もできず、ただただ絶句するしかない。
刹那、彼女の身体は何かに突き飛ばされていた。それと同時にテトさんの耳に、焦燥した声が響いた。
「何をしてるんですか、危ない!」
そうして数mほどの距離をよろめいた後地面に尻もちをついた彼女の目に映ったのは、突き降ろされたゴーレムの足に踏み潰される、今しがた自分が食って掛かっていた設計士の姿だった。
「ゲ、ア゛……ッ!」
「え?」
その場で固まり、言葉を失う大(?)魔術師。
その次の瞬間だった。今度は遠くの方から別の声が響いてきた。男の声だ。
「人がいる!オウル、行け!」
その声が聞こえてから一呼吸の時間を置いて、どこからともなく人の姿をした何かが猛然と飛来し、ゴーレムの胴体目掛けてドロップキックをした。
「とう!」
テトさんの魔術ではびくともしなかった巨体が、盛大に倒れた。
「誰かが倒れている!そのまま何とかして距離を離してくれ!」
続く男の声を聞いた全身真っ白けのチビな“何か”は、倒れたゴーレムの肩を掴んでその機体を持ち上げた。凄まじい怪力だ。
「距離を離せってことは、こうだ!」
そのまま“何か”は、持ち上げたゴーレムを勢いよく投げ飛ばした。三十m近い距離を鋼鉄の巨人が飛んでいく。
それに少し遅れてこの場に到着した男―――マルクスは、地面に倒れるザイーネの姿をひと目見て思わず息を呑んだ。
「間に合わなかった、のかっ?」
彼女は下半身、正確に言えば胸より下が完全に潰れてしまっていた。身につけていた衣服が真っ赤に染まっていて、まるで絞り出したかのような血溜まりが地面に出来ていた。
人間を凌駕した力を持つゴーレムに足蹴にされたらどうなるか、それは想像に難くないことだ。
それでも。
「まだ息がある!?まだ生きてるんだ、この人は!
オウル!ゴーレムは任せる。君が考えうる最良の方法で事態を収めなさい!」
ひとまず、ゴーレムをこの場から離すのには成功した。マルクスは自らの創造物であるホムンクルス―――オウルに続けて指示を出す。
「創造主の仰せのままに!」
その指示を聞き受けたオウルは、そのままゴーレムを追っていった。それを見届ける間もなく、マルクスは周囲を見渡しながら大声で呼びかけた。
「重傷者がいる、誰か助けにきてくれ!誰か!!」
しかし、それに反応が返ってくることはない。すぐ近くで尻もちをついて放心状態になっているもう一人の魔術師も含めて誰も返事をしてくれない。
ほとんどの住人はこの場から退避しているか、危機感も責任感も欠如した野次馬どもが物陰から様子を伺っているだけだ。
「くそッ!」
吐き捨てながら、マルクスは再び瀕死の重傷を負ったザイーネの方に向き直す。
彼女は最早意識を消失し、ただ反射的に食道、あるいは気道内に溜まった血液を咳と共に吐き出しているばかりだった。胸は潰されていないため、幸運にも心臓や肺は健在のようだ。即死でないのもそのためだろう。
だが、それより下の臓器はぐちゃぐちゃに粉砕されているはずだ。血管も破れ、内出血がいたる所から起こっている。このままではいずれ失血死するだろう。
早急な治療が必要となる。
しかし、どうやって助ければいい?
マルクスの脳裏に思考が巡る。この場に彼女を助けてくれそうな人はいない。
マルクス自らを除いて。
「(確かに、身体の細胞を活性化させて組織を修復し傷を癒やす《キュアー》という魔術もある。が、俺にはそんなものは使えない。それに治癒魔術を使ったところで、これだけの重症だと組織が修復する前に死んでもおかしくない。
それよりも、損傷した組織を物理的に繋ぎ合わせ傷を埋めてしまう方が手っ取り早いかもしれない。血管を縫い合わせて最低限内出血だけでも抑えないことには、逃れられぬ死へノンストップで突っ込むだけになる。
逆に言えば、出血を抑え崩れた臓器の形を元に戻しさえすれば、それを遅らせることぐらいでは可能だろう。十秒で死ぬところを十分にまで延長させることができれば、その間に次の対処をする余裕もできるはずだ)」
つまり、外科的処置だ。
「(それならできる。細胞を活性化させるのは無理でも、細胞そのものを作って弄くることなら。
それなら俺にだってできるはずだ、すでにその実績はある。昨晩の修行で、骨と言わず人体における様々な部位、臓器を複製することにも成功した。胃だろうが肝臓だろうがなんだろうが、必要とあらば作り出してみせるさ。
もし修復不可能なほどに身体が傷んでいるというのなら、新しい組織と入れ替えてしまえばいい。それだけのこと!)」
―――長い逡巡はもう終わりだ。事態は一刻を争う、後は行動に起こすのみだ。
マルクスは、家から持ってきたケースに目を向けた。
今回彼が管理局へ向かうのは、何もオウルを正式に魔術師にしてやるためだけではない。マルクス自身が魔術師としての仕事を得るためでもあった。
そしてそのためには、自分自身を売り込みする必要がある。そうなった時のために、念の為“商売道具”になりそうなものを事前に用意しておいたのだ。
「……!」
決心を固めたマルクスは、刻一刻と死へと近づくザイーネの傍らにしゃがみ込み、地面に置いたケースを開いた。
その中には、外科処置用の器具が一式揃っていた。生成した部品を移植するために必要になるものだ。外部と接触し細菌などで汚染されないよう厳重に密封されてある。
これもまた、彼が生体錬成士の道を目指し始めてから買い揃えついに使う機会のなかったものだ。
もっとも、まさかこんなところで、こんな時に使うことになるとは思わなかった。
今から他人の肌を生きたまま切り開き、その中へと手を入れることになる。生命を救うためにだ。
そんな責任を、自分は果たせるのか?
折角固めた決意を揺さぶろうと脳裏に浮かんだ迷いを、マルクスは振り払う。
「今この場に、この人を助けられる、少しでもその可能性のある者は誰がいる。悠長に探す時間も待つ時間もないぞ。もし他に誰もいないっていうなら、俺がやるしか、……ない!」
上手くいく確信はない。しかし、何もしなければ間違いなく彼女は死ぬ。なら、何もしないという選択肢はない。
マルクスはケースの封を開けようとその手を伸ばす。
と、その時だった。
「待て!其方のその判断は正しい。が、あまりにも用意が杜撰だ。患者を無意味に苦しませて後悔したいのか」




