第三話 異世界! 一気に異世界感! 魔力が宿っていろいろ見えるようになっただけにしては異世界感マシマシなんですけどおおおお!
俺が店長になってから22日目のアイヲンモール異世界店。
魔力が体に馴染んだせいで見える景色が変わったらしいけど、「魔法を使えるようになるかもしれない」ことと比べたらその辺は小さなことだ。
クロエの髪色とか、人化モードのバルベラの尻尾とか、むしろいままでこっちの人と見てるものが違ったわけで。
アイヲンモール異世界店の店長としても、同じように見えた方がいいだろう。
だから気にしない。気にしないことにした。
「便利なのは水とか土の魔法だよなあ。けど消毒? や虫退治? ができる〈浄化〉も捨てがたい」
ブツブツ呟く俺、アイヲンモール異世界店の店長、谷口直也24歳。
アンナさんに調べてもらったところ、「魔力が馴染んだ」ほかに異常はなかった。
ちなみに、魔力量は「一般的な魔法使い並み」にはあるらしい。
アンナさんいわく、相性にもよるけど簡単な魔法なら使えるようになるだろうと。
「まあその辺は、営業時間後にアンナさんから教えてもらうとして……いまは売上アップに集中しないと」
夢は広がるけど、いつもの日常は続く。
異世界でアイヲンモールの店長をやるってちょっと変わった日常だけど、それはそれとして。
視線を上げると、いつもと同じように営業は続いている。
「これか? このカートは売り物ではないのだ。欲しければナオヤに聞いてみるが……」
「残念だ」「うむ」「素材は」「わからん」「工房は」「わからん」「だがいい腕だ」「うむ」
水色の髪を揺らしてクロエが接客に励んでいる。
買い物カートに群がる、髭もじゃのの小さいおっさんたちはドワーフだろうか。
「……ビーフシチュー。おいしい」
「くうっ、いい匂いだ!」
「おい待て、こっちのカツレツもうまそうだぞ!」
尻尾でぺちぺち地面を叩いて、バルベラがお惣菜を勧める。
二足歩行の獣人さんは、耳をピンと立てて尻尾を千切れんばかりの勢いで振る。
……あ、コレットと違って毛むくじゃらタイプの獣人さんもいるんですね。種族が違うのかなあ。
「水場はこっちです!」
「あんがとよ、獣人のお嬢ちゃん!」
パタパタと尻尾を揺らして、コレットがお客さまを店舗入り口横の噴水に案内している。
小さなハットをかぶって小ぶりのリュックを背負った、四足歩行のイグアナを。
……異世界だとイグアナって喋れるんだなあ。へえ。
……。
…………。
「っておいいいいいい! 異世界! 一気に異世界感! 魔力が宿っていろいろ見えるようになっただけにしては異世界感マシマシなんですけどおおおお!」
ドワーフはいい。
エルフがいる世界なんだ、身長が小さくてがっしりして長いあご髭のおっさんぐらいいるだろう。
クロエはエルフなのに気にしてなさそうだな、エルフとドワーフは別に仲悪い感じじゃないのかな、ってのもどうでもいい。
見た目が犬だけど二足歩行するタイプの獣人さんもいい。
コレットだってイヌミミと尻尾はあるんだし、そういう種族がいたっておかしくない。たぶん。なんとなく。
待ってファンシーヌさんの亡くなった旦那さんってどっちタイプだったんだろ。ファンシーヌさん常識人枠どころかケモナー疑惑。
けど人の好みは人それぞれだしそれもいいとして。
「え? イグアナ? 獣人さんじゃなくて、見た目まんまイグアナ? いや元の世界のイグアナよりちょっと大きいかな? へえ喋れるんだ。こっちのイグアナって喋れるんだ」
目が泳ぐ。
コレットが水場に案内したイグアナは、小さな桶に水を張ってちゃぷっと水浴びしてた。
ハットとリュックは防水加工してあるようで、水を弾いてる。
あ、水から上がって日向ぼっこはじめた。
イグアナっぽいですね。
「ナオヤさん? どうしました?」
「ああアンナさん。いやさっきあのイグアナが喋ったように聞こえまして。連勤が続いてるし疲れてるのかなあ俺、そんなわけないですよね、ははは」
「あら珍しい。あれは『竜人族』ですね。ナオヤさん、『イグアナ』や『トカゲ』と言ってはダメですよ、彼らは自尊心が高いですから」
「竜人。竜。へえ」
「リザードマンと仲が悪いことで有名です。どちらが『竜人族』でどちらが『蜥蜴人族』なのか、学者の論争も絶えません」
「そうなんですね。どっちもドラゴンっぽいですもんね。へえ、異世界もいろいろあるんだなあ」
どうでもいいですぅ、と思っても口にはしない。
民族紛争? 論争? に迂闊なことを言うと炎上するだろうし。いやこっちにはネットがないけど。
「はい。どちらの種族も『種族の祖はドラゴンだ』と主張していまして、ドラゴンを神聖視しています」
「へえ。…………へえ?」
アンナさんの言葉を聞き流そうとして止まった。
視界の先で、コレットと一言二言かわしたイグアナが、俺に近づいてくる。
「こんないい水場が使い放題だって? あんがとよ、店長さん」
「ああいえ、こちらこそご来店ありがとうございます。水場があることで馬車の方やお客さまのような方に来ていただければと思いまして」
「おう、いい心がけじゃねえか。こんないい店を見逃してたなんて、俺もまだまだだな」
「は、はあ」
声が渋い。
イグアナの声が無駄に渋い。あとニヒルな感じでなんだこれ。
「王都と港町をつなぐ中間地点の街近く、ドワーフの町とエルフの里からもほど近い。まわりにゃダンジョンもあるしな、便利な場所に店を構えてるじゃねえか」
「お褒めいただきありがとうございます……?」
「おっと、いくら水場がタダだからってそれだけで帰るわけにゃいかねえな。どれ、ちっと買い物さしてもらうか」
「ありがとうございます」
身をくねらせながら歩き去るイグアナ、もとい竜人族? のお客さまを見送る。
お惣菜や野菜を買っていただいても、あの小さいリュックに入るんだろうか。それともその場で食べるつもりなんだろうか、いやそれどころじゃなくて。
「エルフの里、は家出娘のクロエが最寄りの街にたどり着くぐらいだからまあ近いんだろうとして。目の前の道はまあまあ交通量が多いから、『王都と港町をつなぐ街道』ってのもまあいいとして……」
「どうしましたナオヤさん?」
「えっと、ドワーフの町? ダンジョン? 近くにあるんですか? そんな感じでしたっけ?」
「そうですよ? 最寄りの街は『交通の要衝』だからこそ、復興されたのです。たとえ呪われた街であっても、滅びたままでは不便だと……呪われた……呪われてなどいないのに……当時の私が不甲斐ないばかりに……」
「げ、元気出してくださいアンナさん! ほら不治の伝染病は薬が完成したわけで! 今後は助かるんですから!」
何気なく聞いた一言は、アンナさんの地雷を踏み抜いたらしい。
最寄りの街が「交通の要衝」って気になるけどアンナさんに聞くのはやめよう。
あとでファンシーヌさんか行商人さんあたりに確かめよう。
なんて思ってたところで。
「お嬢!? ここはお嬢の店でしたか! ご無沙汰してやす!」
イグアナさんの渋い声が響いた。
顔を向ける。
「……だれ?」
イグアナさんは、人化したバルベラにくいっと頭を下げていた。
バルベラはコテンと首をかしげる。
お嬢って、イグアナとドラゴンに何の関係が……いやドラゴンモードの姿とは似てるけども。大きさは別として。
「アンナさんが『祖はドラゴン』って言った通り、あのイグアナさんは成長したらドラゴンになるとか? バルベラはあれで140歳なんだし、あと100年もしたらイグアナさんもドラゴンに」
「なりませんよ?」
ならないらしい。
アンナさんがちょっと冷たい。さすが体温ないだけある。アンデッドぉ……。
魔力がある世界は不思議です。
魔力が宿っていろいろ見えるようになったのはいいことなんだろうか。
待って、そもそもドワーフとか獣人さんとかイグアナとか、魔力と関係なくない?
魔力がなくても見えたんじゃない?
俺が店長になってから22日目のアイヲンモール異世界店。
もうこっちに来てから二十日以上経ったのに今日初めて知ることが多いのは、そういう日だって自分に言い聞かせよう。
…………異世界は不思議でいっぱいです。