第五話 しばらく通いになるけど、寮を建てることも考えてる。その時は、キミもお母さんもウチで暮らしたっていい
俺が店長になってから、17日目のアイヲンモール異世界店。
無料往復馬車のテストも兼ねて、俺はクロエと行商人さんと、最寄りの街にやってきた。
「ふんっ、ゲスめ! あいかわらずイヤらしい目つきをして!」
「商人ギルド長も、やたらイヤらしい発想のエロフに言われたくないと思うぞ」
商人ギルドを出ると、クロエが悪態を吐く。
つくづく商人ギルド長と合わないらしい。
「さて、店長さん。このあとはどうなさいますか?」
「ああ、ちょっと行きたいところがあるんです。付き合ってもらってもいいですかね?」
「つ、突き合うだとッ!? こ、こんな昼間から男同士でいやまさか私を!? ふふふ二人がかりで『ほう、ここを突かれたいのか?』などと言いながらッ! くっ、殺せ!」
「そういうとこだぞクロエ。むしろ商人ギルド長よりゲスいだろエロフ」
たしかに商人ギルド長の見た目はでっぷり太ってて脂ぎっててぐふぐふ言ってて舐めるような目つきでこっちを観察してくるけど、言動はわりと普通だ。
いまだって、ギルド長の立場を利用してテナント募集を妨害することだってできたのに、特に何もしてこなかった。
嫌味っぽい発言はあっても、クロエみたいなアウトな発言はない。
「はあ。まあともかく、行きましょうか行商人さん。クロエも」
優秀だけど残念な元店長のことを考えたらちょっと疲れた。
肩を落としつつ、俺は歩き出した。
テナント募集をかけるなら、声をかけようと決めてたから。
「待てナオヤ、馬車はどうするんだ!」
「ナオヤさん、ゆっくり歩いていてください。私は馬車を取ってきて、追いかけますから」
忘れてない、行商人さんが気づいて馬車をまわしてきてくれるって信じてただけだ。忘れてないし。
行商人が無料送迎馬車を操作して、ナオヤとクロエはその横を歩いていく。
「ナオヤ、ここは……そうか、『てなんと』に誘うのだな!」
先導するナオヤが見つめる先を見て、クロエはナオヤの目的に気づいたようだ。
「そういうこと。ほら、レシピを買い取っても眠らせたままだし、場所代を払うからいままでより利益は減ってるはずだし、いまだって場所代を払ってるわけで」
ナオヤの説明はなぜか言い訳がましい。
馬車の音に、一人の少女が振り返ってナオヤと目が合った。
「オヤツにガレットはいかがですか? あっ! 騎士さま! ナオヤさん!」
「うむっ、三つもらおうか! ひさしぶりだからな、たっぷりかけてくれ!」
「ふふ、はい、わかりました」
「挨拶より勧誘より先にナチュラルにオーダーしやがった。まあいいけども」
クロエの注文を受けて、女の子は首にかけたヒモとお腹で木のトレイを支えて両手をフリーにする。ビールや駅弁の売り子みたいに。
女の子は空いた手で陶器のツボを開けた。
ふわっといい香りがする。
女の子はニコニコと楽しそうに、ツボに木さじを突っ込んで中身をすくい出し、ガレットにぶちまけた。青紫色のドロッとした液体を。
クロエはニマニマ笑いながらお金を渡して、ドロドロがぶちまけられたガレットを受け取った。
口に入れてサクッと音を立て、満面の笑みを浮かべる。
けっきょく、勧誘より先に俺もガレットを食べることにした。
ひさしぶりの「果物のジャムがけガレット」は、やっぱりおいしかった。
「さて、本題に入るかなー。いまちょっといい?」
「え? あ、はい、大丈夫です」
ガレット売りの少女は笑顔だ。
でもよく見ると着てる服は繕った跡が前より目立つ。それに、ちょっと痩せた気がする。
「いま、ウチでテナントを募集してるんだ。もしよかったら、ここじゃなくてアイヲンモール異世界店で商売してみない?」
緊張しながら、俺は本題を口にした。
アイヲンモールのテナント募集。
もし日本でやれば、募集者が多くてむしろ俺たちがテナントを選ぶ側なんだけど。
「え? でも、たしか騎士さまがお店は街の外だって……」
「あー、うん、そこは確かなんだけど。でも、街からアイヲンモール異世界店まで無料の送迎馬車を走らせるから、通えるようになるよ」
そう。
無料送迎馬車を走らせることは、そんなメリットもある。
朝イチの馬車で来てもオープン時間に間に合わないかもしれないし、門を閉める前に帰ることを考えると営業終了前に閉めなきゃいけないかもしれない。
日本のアイヲンモールじゃ考えられないけど……ここは、異世界だ。
「ウチで営業する分には、場所代は粗利のパーセント、割合でいい。それも相談して決めよう」
行商人さんがやってる「この世界の日用品の店」も、売上の%じゃなくて粗利の%でもらうことにしてる。
アイヲンモール異世界店の店長って立場で見たら入ってくるお金は微々たるものになるけど、それより商品が増えること、それが集客につながることを期待しての判断だ。
「そうすれば……行き来する時間はかかるけど、いまより暮らしはラクになる、と思う」
「はっ! そうなれば私はいつでもガレットを食べられるではないか! すばらしい、すばらしいぞ! 少女よ、いますぐ『てなんと』に入るのだ!」
「あー、なんか売れ残りは気にしなくていいっぽいし。買う気満々すぎるだろクロエ。これにバルベラとアンナさんもいるしなあ」
勢いよく近づいたクロエに、ガレット売りの少女はちょっと顔が引きつっている。
それでも木のトレイに乗ってるガレットの残りをチラ見するあたり、俺が言ったことを理解して計算してるんだろう。異世界の少女たくましい。
「だから……ウチに来てくれないか?」
「え?」
「ナ、ナオヤ?」
「これはこれは。言いますね、ナオヤさん」
「しばらく通いになるけど、寮を建てることも考えてる。その時は、キミもお母さんもウチで暮らしたっていい」
「あ、あの、その」
「ナ、ナオヤ、それは」
「おやおやおや? ナオヤさんはなかなかヤリ手なのでしょうか」
「もちろん、キミさえよければだけど。どうかな?」
ガレット売りの少女の警戒心を解くように、俺は意識して微笑んだ。
少女と目を合わせて返事を待つ。
と、少女が顔を赤くして目を伏せた。
「あ、あのっ! 私とナオヤさんはまだ知り合ったばっかりでっ! そのその、私、こういうの初めてで、えっと、あああああのわたし」
「お、おお? いきなりどうした? ちょっ、落ち着いて」
「むむっ? ナオヤ?」
「ナオヤさん、まさか……」
なんだかアワアワしだした少女に焦る。
クロエも行商人さんも助けてくれない。
「そっ、その! 私、お母さんを助けないといけないからまだ結婚は考えられなくて! あっでもお母さんも来ていいって言ってくれてあれそうしたら問題ないような」
「えっ?」
「ま、待て少女よ! よよよく考えるのだ!」
「うわあ。ナオヤさん、これはやってしまいましたねえ」
「あっ、あの! 結婚を誘われてもいますぐ決められなくてですね! ちょっと考えたりお母さんに相談したりあとおたがいのことをもっと知るためによかったら一緒にお買い物、いえ、お友達から」
「けっこ……? 待って。ちょっと一回待って。整理、そうだ、整理しよう」
何かがおかしい。
ガレット売りの少女はキラキラした目とテンションで、クロエはなんだか涙目で、行商人さんは頭を抱えてる。
俺が店長になってから17日目のアイヲンモール異世界店。
俺、テナントに誘ったつもりがやらかしたみたいです。





